表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/28

第21話 あたらしい契約

 糸谷美南のお見舞いだと言うと、


「会えるかわかりませんよ」


 受付うけつけの女性が冷たく言う。

 僕は息を切らしながら、


「それでもかまいません!」


 4階にあがると、ナースステーションで、若い看護婦さんが待ちかまえている。


「意識がないから話せませんよ」

「いいんです!」


 看護婦さんはハッとした顔をする。


「あなた、友達なの?」


 僕は一瞬考えて、


「いいえ」


 友達じゃなく、しかばね先生の言葉が本当なら、彼女は未来の奥さんなんだ。


「じゃあどんな……」

「なにしてんの」


 太い声がして、奥から年配の看護婦さんがノシノシやって来る。


「あ、婦長、糸谷さんのお見舞いで……」

「ダメ。帰ってもらって」


 直接僕に言わず、若い看護婦さんに言う。


「でも!」


 僕の声なんか聞かず、婦長と呼ばれたイノシシみたいな女は、ナースステーションの奥へいなくなる。

 僕と、若い看護婦さんだけが残される。


「お願いします、会いたいんです」


 若い看護婦さんが、ナースステーションをふり返る。

 だれも、見ていない。看護婦さんは僕の方に顔を近づけて、

「501号室。はやく行ってあげて」

「ありがとうござます!」


 僕は廊下を急ぐ。

 501号室。ここだ。


 そっとドアを開け、中に入る。

 白一色、ときが止まったみたいに静かだ。


 ふたり部屋の、手前のベッドはから。その奥に、ベッドがもうひとつ。カーテンで仕切られて、ここからじゃ見えない。


 ゆっくり、近づいていく。

 仕切りのカーテンの、前を通る。


 見えた。


 小さな頭が、まくらの上に乗って、目を閉じたまま動かない。黒い髪、無垢な顔……あの子だ。図書室で会った、あの子が寝てる。


 胸が痛い。心が切り裂かれる。「北条かな」と「糸谷美南」は同一人物だったんだ。


 目の前で、僕の未来の奥さんが、失われようとしている。素人の僕が見てもわかる。小さい体から、生気が失われて、毎秒毎秒、死に近づいてる。


「ごめん……」


 声が震える。僕が書けないばかりに、僕がしかばね先生に小説を教わったばかりに、あなたをこんな目にあわせて……。


 心の底から自分をにくんだ。書けない自分を。


 ベッドの端に手を置くと、白いフトンの感触があって、僕は思った。


 救いたい。


 絶対、なにがあっても、僕はあなたを助けます。


  *


「先生! どうしてくれるんですか!」


 サッカ部にもどると、いちばん奥のイスにおさまって、しかばね先生はまだそこにいる。


「どうもしないよ。言ったじゃないか、契約だよ」

「じゃあじゃあ!」

いため物みたいな声出さないでよ」

「じゃあ新しい契約を結びましょう!」

「ん? なに?」

「小説を書きあげます、そしたら彼女を救ってください」

「きみそれ、因果はつながってる? 小説を書くから彼女を救えって、おかしくない?」

「独自の因果です! 先生が教えてくれた!」

「独自の因果であっても、物語内では、その因果はずーっとスジとして通っていないといけないんだよ。突然出てきた不可解な因果のことではないんだよ」

「因果なんてもうどうでもいいんです!」

「いやいや、よくはないよ」

「いいんです! 先生、僕は彼女が元気になればいいんです。べ、別に奥さんにならくても……僕はただ、彼女に元気になってもらいたいんです……本当に……そのために……」


 あふれ出しそうになる感情を、グッと目の奥でこらえる。


「先生、僕は小説を書きます。だから」

「それじゃあきみ、いいことづくめだよね。小説もできて、未来の奥さんもいて」

「でも僕にはいま! なにもないんです!」


 夜のサッカ部に、悲鳴のような声が響く。


「欠落しか、ないんです……。だから小説を書いて、欠落を、回復したいんです……」


 声はしだいに小さくなっていき、暗闇に吸いこまれて消えた。


「わかったよ」


 先生の声が聞こえた。


「先生!」


 顔をあげると、先生の顔はおだやかだ。


「しかたないなあ、小説を書けたら、糸谷美南を救ってあげるよ」

「本当ですか!」

「ウソだよ」

「ウソですか!」

「いやいや」先生が笑う。「それもウソ。大丈夫、ちゃんと救ってあげるよ」

「もう! ビックリさせないでくださいよ!」

「フフフ……でも大丈夫なのかな? あと1日だよね」

「そうなんですよ~」


 たった1日で小説を書くなんて、できるわけない。せっかく喜んだのに、天国から地獄とはこのことだよ。


「しかたない、教えてあげるかな」

「いい方法あるんですか!」

「うん。絶対に書ける方法がひとつだけある。そのかわり、契約はまだつづいてるからね。きみはまた、ひとつ失う。それでもいい?」


 漆黒の黒髪をかきあげ、先生が僕を見る。どこまでも妖しく、どこまでもやさしい笑顔。


「わかりました」


 覚悟を決める。小説を書くためなら、彼女を……糸谷美南を救うためなら、僕はなにを失ってもいい。


「小説の材料は、ここにあるよ」


 先生が、僕を見て言う。


「どこですか?」

「ほら、僕の目の前に」


 先生の目が、白く輝く。その先には、


「僕ですか?」

「そう。きみは自分のことを小説にするんだ」

「そんな……」

「いまから小説を考えても間に合わない。でも自分が経験したことなら、話はもう決まってる。あとは書くだけだ」

「でも、自分のことを書いて、面白いんでしょうか?」

「面白い。ハッキリ言ってきみはすごい経験をしてるんだ。地獄の亡者のために小説を書くことになって、しかも書かないと殺される」

「たしかにそうですね。なによりいま、死んだ先生に小説を教わってますしね」

「そう、死んだかっこいい先生に教わってるんだよ」

「『かっこいい』をつけ足さないでください」

「さあ、この体験を小説にするんだ。締切に間に合わせるためには、これしかない」


 自分のことを書く。そんなこと想像もしなかった。だけど言われてみれば、たしかにここ数週間は激動だった。


「わかりました。書きます」

「がんばるんだよ。ヘル出版のペンと原稿用紙もあるし、きっと書けるよ」

「ん? どういうことですか?」


 フフフ……。先生は不敵に笑う。


「教えてもいいけど、もうひとつ失うよ」

「いいです! もうけっこうです!」


 そうだ、僕は大事なものをひとつ失ったんだ。それがなんなのか、わからないけど。


「物語を途中で終わらせてはいけない」


 先生が言う。


「小説は、書きはじめたら必ず完結させないと。ひとつ書き終わるごとに、能力はグンとのびる、それがきみたち作家なんだ」

「わかりました、必ず書きあげてみせます!」


 気持ちが燃えあがる。

 サッカ部をあとにして学校を出る。


 外は暗く、僕は夜のなかに飛びこんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ