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第2話 しかばね先生 vs スクールカースト

 顔をあげると、目の前にしかばね先生が立ってる。くしゃくしゃになった紙を、不思議そうな顔をして持っている。


 音も気配もしなかった。いつのまに来たの?

 先生が紙を開きはじめる。まずい! 教室全体が息を飲む。


「バカやろう」

 新井葉の声が聞こえた。


 先生は紙を開いて、しげしげとながめてる。

 それから、僕を見る。するどい目だ。ズキンと胸が痛む。


 先生、ごめんなさい。下を見ると、国語の教科書が目に入る。


なんじ奈何いかんせん」


 四面楚歌の武将はなげいてる。僕も嘆きたいよ。しかばね先生まで敵にまわしてしまったんだ。


 遠ざかっていく足音が聞こえる。それから、黒板にチョークで書く音。ざわめきが起こる。うなだれた僕の耳に、ひょうひょうとしたあの声が聞こえる。


「小説の書き方を教えます」


 え? 顔をあげると、先生が黒板の前に立っている。黒板には新井葉の文章が書いてある。


「しかばね先生の授業つまんねー!さんせーのやつはすぐ寝ろ 読んだら前にまわせ 見つかるなよ・・・」


 うわっ、前代未聞だ。授業中にこんな文章が書かれるなんて。

 でもどうして、先生、どうしてそんな楽しそうな顔なんですか?


 いったいどうなるんだ。だれもがそう思った瞬間、


「まずこれ知らない人多いと思いますが、!や?のあとは1マス空けてください。カギカッコの直前だったら空けなくていいけど……」


 そう言って先生は、黒板に向かってチョークをふる。まるで刀を斬りおろすようにズバズバ音がして、黒板から赤い血が垂れた……いや、それは目の錯覚だ。赤いチョークの添削が、斬られた血のように見えたんだ。


 先生は僕たちの方に向きなおる。トレードマークの白いYシャツに、チョークの粉が返り血のように散っていて、


「それから文章の終わりはマルで終わる。あとこれ、『・・・』は3点リーダーって言って、テン3個を1マスに書くんだよ。で、それは2つでワンセットだからね。基本、偶数個ずつ書く。つまり、」


 先生はまたしてもズバズバ黒板を、いや、新井葉の文を斬る。添削された文章が、まるではりつけみたいに黒板にさらされたよ。


「しかばね先生の授業つまんねー!<1マス空け>さんせーのやつはすぐ寝ろ<マル>読んだら前にまわせ<マル>見つかるなよ・・・<3点リーダー2個使い><マル>」


 うしろから、うめき声が聞こえる。きっと新井葉の声だと思う。斬られた悪役の、断末魔のような声だ。


 最後の仕上げだ。先生が、直した文章を黒板に清書する。


「しかばね先生の授業つまんねー! さんせーのやつはすぐ寝ろ。読んだら前にまわせ。見つかるなよ……。」


「『さんせー』は漢字にしてもいいけど、新井葉君らしさがあるからこのまま残しておくよ」


 先生は、シガーケースみたいな銀色のチョーク入れに、静かにチョークを置いてフタを閉める。刀をさやにおさめるみたいに、優雅な動き。


 かっこいい……。僕は心のなかでうなった。


 「!」や「?」のあとの1マス空け、それに3点リーダーなんて言葉すら知らなかった。それらを一瞬で教えて、チョークを置いた。いつもの、のんびりした死にかけの先生とはまったく違う。


 あれ? でも先生、「新井葉君らしさがあるから残しておくよ」って、どうしてあれが新井葉の文章だってわかったの?


 チャイムが鳴りはじめる。授業は終わり。これにて一件落着……

 のはずだったけど、


「そんな添削、意味ないスよ」新井葉だ。「意味は通じテンだから」


 新井葉あらいばしょう、最後の抵抗。斬られてなおもがく、敵役のように。


「添削の意味はあるよ」


 先生の目が、底知れない輝きを放ってる。不気味で美しい。


「言葉はコミュニケーションなんだ。文章だってね。よりよく伝える努力をしないとね」

「伝わればいいだろ!」


 新井葉が声をあげる。


「翔!」


 星良せいらが止める。教室のだれもが、言いすぎだと思った。


 でも先生は、どうしてだろう、笑ってるんだ。


「新井葉君、顔にツバをかけられながら、なにかいいこと言われても、響かないよね。それとおなじだよ。相手になるべく伝わるように書く、そのためのルールがあるんだ。コミュニケーションだよ、文章だって――」


 僕を見て言う。


「小説だって」


 先生はニコッと笑い、授業道具をマジシャンみたいにスルリとまとめ、歩きだす。さすがの新井葉にも、返す言葉は残ってないみたいだ。


 あ、小脇にかかえた教科書からなにかが落ちた。でも先生は気づかずに、あっというまに廊下に出ていってしまう。


 残されたのは僕たちだ。時間が止まったように固まってる。


 いつまでもずっと、このままなんじゃないか。そう思ったときに、だれよりも空気の読めない今村さやかがようやくひとこと、


「わたしの朗読、どうだった?」

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