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第17話 死者との契約

 先生はくるりと背中を向けると、スポットライトの外に出る。一瞬、闇に消える。


 目をこらすと、てくてく歩いていく先生が見える。イスまで歩いていって、机に原稿用紙を置き、ゆっくり座った。


「因果関係ちゃんと理解したね! すごいじゃないか! 独自の因果はそういうものだよ。それで読者を楽しませるんだ。じゃあ、つぎに教えるのはね――」


「ちょちょ! ちょっと待ってください!」


 前へ出る。月光のなかへ。今度スポットライトあびるのは僕だ。


「どうしたの? 教えてもらいたくないの?」

「そんな感じですか?」

「どんな?」

「いや、なんていうか、『よくもわかったなー』的なものはないんですか?」

「ない」

「なんで!」


 思わず月に吠える。狼男なら、いまごろ僕は毛むくじゃらだよ。


「だって悪いことしてるわけじゃないし、小説の書き方を教えてるんだよ」

「でも僕はいろんなものを失ってますよ! 先生のしわざですよね!」

「まあね」

「軽い!」

「なになに? どうしたらいいの? きみいま、めんどくさいよ」

「めんどくさくないですよ! なんで僕は、両親やらサイフやら失うんですか!」

「そういう契約だからね。僕は小説の書き方を教える。きみは大事なものを失う」

「そんな契約してませんよ!」

「フフフ……」


 先生が笑う。いやな予感がする。こういうのはたいてい……


「前に言ったよね、『授業料はもらうよ』って」

「いつですか?」

「きみが小説を教わりたいって言ったときだよ。そのとき僕がなんて言ったか、おぼえてる?」


 ぶるぶると首をふる。


「こう言ったんだよ、『フフフ……もらうのはお金じゃないよ』って」


 キーンと耳鳴りみたいな衝撃があった。そうだ、先生はそう言ってた。授業料がなにか知りたかったのに、「ナイショ」ってはぐらかされてしまったんだ。


「そんなのズルいですよ! それならそれと言ってくださいよ! 大事なものが失われるっておかしいですよ!」


 月明かりでおどる悲しいマリオネットみたいに、僕は手足を動かし力説する。


「欠落と回復だよ。回復するためには欠落が必要だから、僕が欠落を用意してあげたんだよ。失ったから、きみは書き方を得た。やったね!」

「『やったね!』じゃないですよ! 僕は納得しませんよ!」

往生際おうじょうぎわが悪いなあ。僕を見なよ、こんなに簡単に往生おうじょうしてるんだから」

「先生は簡単に死にすぎなんですよ!」

「きみもコロッとほら、往生して」

「いやです!」

「小説、書きたくないの?」


 悪魔のような、やさしい口調。心の奥の、いちばん繊細な部分に染みいるような。


 月明かりが、静かに消えた。きっと雲に隠れたんだ。真っ暗になったサッカ部で、僕たちは向かいあったまま、先生の白い目だけが妖しく輝く。


「書きたいです」

「じゃあ契約だよ。僕は教える、きみは失う」


 なんて残酷な契約なんだ。小説を書くためには、なにかを失わないといけないの?


「小説はね」


 先生が言う。


「なにもしなかったら生まれない。放っておいて、かってに完成するわけがない。つまり、いままでとは違うなにかを、しないといけないんだよ」

「なにかって、なんですか」

「たとえば1日は24時間だ。いつもとおなじようにすごしていたら、書く時間はとれないよ。書くためにはなにかを削って時間を作らないといけない、絶対に。好きだったゲームをやめる、テレビを見ない、惰性だせい徘徊はいかいしてるネットを1時間はやく切りあげる。そうやって無理矢理、時間を作るしかないんだ。いままでの日常を変えないといけない。なにかを失う、その代わり、執筆時間を得るんだよ」

「僕も失わないといけないってことですか」

「いまはね」


 月明かりが、もどってくる。僕を明るく照らして。

 先生の顔が見える。イスに深く腰かけ、笑顔だ。先生の顔をじっと見つめる。


 小説を書きたい。心の底から。僕はしかばね先生を、信じていいの?


 下を見る。自分の足が見える。決断のときだ。先生の授業が頭をかすめる。あの日、小説の書き方をみんなに語った先生の姿。どこまでも純粋に、僕たちに教えてくれた。そんなしかばね先生を、


「わかりました」


 僕は信じる。


「僕は小説を、書きます」


 顔をあげると、先生は一瞬、ぴくりと眉毛をあげ、すぐに笑顔になる。


「よし、がんばろう。きみなら書けるよ」


 原稿用紙を差し出してくる。


「がんばります」


 原稿用紙を受けとる。

 もう引き返せない。


   *


 学校の玄関を出ると、背後でガチンとカギがかかる。

 いったいこれは、どういう仕組みなのか。


 僕は道を歩きだす。


 夜気が肌寒い。手が震える。見ると原稿用紙を持っている。そうだ、返してもらったんだ。商店街にさしかかると、電灯はついてるのに、どの店もシャッターをおろして、死んだように静かだ。


 だれもいない廃墟のような商店街をひとり歩く。足音がアーケードに反響して、何重にも聞こえる。まるで、僕の足音のほかに、だれかがうしろから歩いてくるような。


 立ち止まる。僕の足音が止まり、反響してた足音も消える。


 うしろを見る。だれもいない。

 そりゃそうだ。なににおびえてるんだ。


 歩きだすと、やっぱりうしろから、カツ、カツ、カツ、聞こえてくる。

 立ち止まる。足音も、しばらくして止まる。でも心なしか、さっきよりも時間がかかったような。


 また歩きだす。気にするな。自分の足音におびえるなんて。でも変だぞ。足音がだんだん、近づいてるような気がする。


 うしろからカツ、カツ、カツ……音が迫ってくる。

 ウソだ、そんなわけない。でも……


 見るな。見ちゃダメだ。

 そう思っても、見てしまう。


 うしろから編集者がやって来る。手にナイフを持って走ってくる。


 うわああ!


 あわてて逃げる。商店街を駆けぬける。うしろなんか見てられない。足音はどんどん迫ってくるんだ。


 商店街をぬけて、ひた走る。

 暗い夜道に、足音が2つ。


 マンションまで逃げ切った。エレベーターを連打する。上からゆっくりおりてくる。はやく! はやく!


 ドアが開いた。飛びこむように乗りこむと、来る! 編集が猛烈な勢いでナイフをふりあげ!

 「閉」ボタンを殴るように何度も押す。閉まれ! 閉まれ!


 編集目がエレベーターに乗りこもうとする前、ドアが閉まる。上にあがっていく。ドア越しに、編集の血走った目が見える。口からよだれをダラダラ垂らしてる。怪物のような姿だ。


 4階でドアが開く。すぐに飛び出し、長く暗い廊下を走る。でも、いつもならあっというまに部屋に着くはずなのに、走っても走ってもたどりつかない。


 どこに部屋があるんだ! はやくしないと編集が来るぞ! 階段をあがってくる!


 409号室、ここだ! ドアを開けてなかへすべりこむ。玄関には「ニャー」とザムザが待っててくれた。


「ザムザぁ~」


 泣きつくとザムザが、


「その前に、うしろだニャー」

「え?」


 ふり返ると編集がいる。


「うわああ!」

「原稿いただきにあがりました」

「でも、でも!」

「書けてないなら、死んでもらいます」


 編集がナイフをふりあげ、僕の頭にふりおろしたところで目が覚めた。


「おはようだニャー」


 ザムザがいる。僕はベッドの上で、大の字状態。いま、夢のなかで殺されてきたところだ。

 ザムザは僕の胸にちょこんと乗って、かわいい顔でのぞきこんでくる。


「どうしたんだニャー。叫んでたニャー」

「うなされてたんだよ」

「もしかして、不安な夢から覚めたところかニャー?」

「そうかもね……」

「ムシだニャー、ムシだニャー」

「なに? 無視? いやな夢は無視しろってこと?」

「おまえはなにも知らないんだニャー。不安な夢、虫、オレの名前は?」

「ザムザ」

「ニャーニャー!」

「興奮するなよ! そんな連想ゲームわかんないよー」


 起きあがるとザムザはぴょんと跳ねて、軽やかに床に着地する。


「小説書きたいなら、本くらい読むんだニャー!」


 そう言って部屋から出ていってしまう。

 そうだ。締切まで、ついにあと1日。


 不安感が押しよせる。さっきの悪夢もそのせいだよ。僕は締切という重圧に押しつぶされそうなんだ。

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