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第13話 参考になる4冊

「フフフ……」


 先生が妖しく笑う。


「たとえば魔法の世界とかだよ。魔法を唱えたら→空を飛べる。この因果は、現実世界じゃおかしいよね」

「それはそうですね」

「ところが物語のなかで魔法が出てきても、おかしくないよね。むしろ重要な因果関係だ。その世界をかたちづくってると言ってもいい」

「おかしいと思われませんか?」

「ひたいに傷のある少年が、魔法学校で魔法を使っても、だれも文句言わないよね」

「たしかにそうですね……。でも先生、それってどこかで聞いたような話ですが」


 先生は本をめくる。表紙は世界的ベストセラー、有名な魔法学校の話だ。

 驚いて見ると、先生は蠱惑的な笑みを浮かべてる。すべてお見通しとでも言うように。


「魔法だけじゃないんだよ。すべての物語には、独自の因果がある。読者はリアル世界の因果からはずれても、許してくれるからね」

「そうなんですか? そんなのありえねーとか言われませんか?」

「因果関係がしっかりしていれば大丈夫。しっかりっていうのは、原因と結果の連鎖がちゃんとつづいてるってことだよ。連鎖が最初から最後までつらぬかれていれば、読者は因果に乗ってくれる」

「因果関係を、最後までつらぬく……」


 言葉の意味を飲みこむ。机には、本がまだ3冊、裏返しに置かれてる。


「因果の連鎖がつづくっていうのは、設定した因果がぶれないってことだけじゃないよ。ストーリーも因果にそって進むってことだよ」

「ストーリーも、その因果にそって進む?」

「そう、ハッキリ言って、ストーリーに乗ってしまえば、たいていのことは許されるからね」

「なんだか乱暴な感じもしますが」


 先生はまたしても不敵な笑みを浮かべながら、2冊目の本をめくる。


「ネコ型ロボットが、異次元につながるポケットから秘密道具を出すことに、文句を言う読者はいる?」


 ご存じ、国民的人気マンガだ。


「いないですね」

「でしょ? 話が進んじゃってるからだよ。その道具を使って、成功したり失敗したりして話は進んでるのに、ポケットの設定が気になる……なんて人はいないよね」

「た、たしかにそうですね……」

「フフフ……」


 白い目が、あやしく光り、つぎの本に手をかける。


「物語のスピードをはやくして、観客が判断できないまま、つぎの展開つぎの展開って見せていくアニメ映画もヒットしたよね。なんていう名前だっけ? 人の名前を聞くようなタイトルだったと思うけど、えーと、だれの名前だっけ? 僕の名じゃなく……」

「先生、知ってて聞いてますよね」

「フフフ……物語独自の因果関係を作れるって話だよ」


 先生は3冊目の本を開く。その映画の小説版だ。


「面白く魅力的な因果なら、読者は喜んでくれるんだ」

「先生がいま言ってることは、設定とは違うんですか?」

「お、いい質問だね」

「ホントですか!」

「設定や世界観と呼んでもいいよ。けっきょく、因果のつらなりが世界を作っているんだからね。世界や設定にもとづいて、因果が発生してると言ってもいいかな。わかる?」


 とたんに難しくなった。僕の知能では……


「わかりません!」

「自信満々に言わないでよ。つまりね、独自の因果を設定とか世界観って言ってもいい。でも、どう呼ぶにせよ、前に進むことが大事ってことなんだ」

「前ってなんですか?」

「ストーリーを進めることだよ。設定や世界観を作るだけじゃなく、そこから物語を動かさないとね。大事なのは、設定や世界観のなかにある独自の因果を、うまく使って物語を進めることだ」


 先生の話が核心に近づいてるような気がする。それは、残された最後の1冊と、どう関係があるんだろう。まだひらかれていない、その1冊。


「先生、独自の因果をうまく使うっていうのは、どういうことですか?」

「作者は、設定や世界観を作るよね。それは独自の因果関係を生むわけだ」

「物語の因果関係ですね」

「そう。物語の大きな流れや、ささいなできごと、キャラなんかにも、その因果が反映される。たとえば……」


 先生が本を表にする。長方形の黒い表紙。地味なようだけど、奥深さを感じさせる。


「この本。数ヶ月後に、隕石が必ず衝突する地球、っていう設定なんだ」

「隕石が必ず衝突って、すごいですね」

「そう、隕石が衝突して、人類は滅亡することはわかってる。そんな状況で、主人公は刑事になる。なぜなら、地球滅亡はもうハッキリしてて、犯罪を取り締まるのもバカらしいから、刑事がどんどんいなくなる。なり手がいないんだ」

「えーと……」


 僕は頭をフル回転させる。


「主人公が刑事になる理由が、独自の因果関係に沿ってる、ってことですか?」

「そう、なりたくてなりました、とか、警察学校を卒業したから、とかじゃなく、地球滅亡がさけられないから、なり手がいないっていう因果関係だね」

「へぇ~」

「そこで殺人事件が起こる」

「おっ!」


 グッと話に引きこまれる。先生はその本を手に取り、ペラペラめくりながら、


「でも、たとえ犯人を捕まえたところで、どうなるんだろう。捕まえたところで、主人公も犯人も、数ヶ月後には必ず死んでしまうんだ。なのに主人公は事件を追う」


 不思議な話だ。僕は、滅亡が近づく地球で、ひたむきに犯人を追う刑事の姿を思い浮かべた。


「なんか、主人公は実直で、そこがいいですね」

「そうなんだ」


 先生が僕の方に身を乗り出す。手にした本が、グッと僕に近づく。


「わかるよね。独自の因果関係のなかでどう動くか、そのことでキャラクターも表現されているんだ。ところで、もし殺人の真相も、地球滅亡っていう独自の因果に関係してたら、どうする?」

「え! そこも因果ですか! すごいですねその本、読みたいです!」


 思わず本に手をのばす。先生はひょいと引っこめ、イタズラっ子のような笑みを浮かべ、


「その前に、きみはまず、自分の小説を完成させないとね」

「そうでした……」


 怒られた子どものようにシュンとする。


「今日はここまで。独自の因果について、わかったかな?」

「はい! 先生の説明わかりやすかったです。ふだんの授業もこうならみんな寝ずに……あ、なんでもないです」

「みんな寝ずにすんだのにって?」


 先生がニコリと笑う。今日いちばんの笑顔だけど、こういうときの方が怖いよね……。


「違いますよ! みんなもこういう授業を聞きたかっただろうなって」

「フフフ……」


 先生は笑いながら、


「そういえば、とある先生の悪口を言って、つぎの日から学校に来なかった生徒がいるとかいないとか」

「い、因果関係ですか?」

「独自の世界観にもとづく因果だね」

「ふつう、先生が生徒にそんなことしないですよね……」

「この世界の因果はどうかな?」


 気がつくと、部室が真っ赤に染まってる。まるで鮮血が飛び散ったように……いや、これは夕陽の赤だよ。


「この世界の因果も、おかしくなってるかもしれませんね……。先生は死んでるはずなのに……」

「こうして話をしてる」


 先生が目を細める。

 考えてみたら、この状況は異常だよ。僕は、死んだ先生に教わってる。ふつうの因果関係ではありえない。


 まるで、さっき教わった独自の因果じゃないか。異常な因果関係でも、ストーリーが進んでしまえば気にならなくなる。そう、いつのまにか僕は、おかしな因果のなかに入りこんでしまって……


「せ、先生ありがとうございました! これで書けそうです!」


 あわてて立ちあがり、ドアへ向かう。


「もういいの? まだ教えることはあるんだよ」

「また今度お願いします!」


 部室の端まで行って、ドアノブをつかむ。


「今度って締切はあと何日?」

「2日です!」

「間に合うのかなあ?」

「さようなら!」


 ドアを開け、悪魔の誘惑をふりきるように飛び出す。

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