表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/28

第11話 最初の授業

「やあ、待ってたよ」


 聞きなれた声だ。授業でいつも聞いている、やさしくもたよりない、死にかけの声。

 そう、それは……


 開いたドアから見える。倒れたままの状態で、顔だけ不自然な角度でこっちを見ている。まるで崩れ落ちたマリオネットみたいな、


「しかばね先生……」


 ノドから声をしぼり出す。


 声に反応したように、先生が体を起こす。生きてる人間には不可能な角度で曲がった手足が、ゆっくりと床をとらえる。


 ゾッとする。まるで逆回転で起きあがる映像みたいな、不自然な起き上がり方なんだ。


「やあ」


 先生は立ち上がり、まっすぐ僕を見る。不思議なほほえみだ。でも、先生の目は真っ白。黒目がなくなって、死人のようににごってる。


「先生、死んだんじゃ……ないんですか?」

「フフフ……」先生が笑う。「まいったよ、死んじゃったよ」

「わ、笑いごとじゃないですよ。どうして死んじゃったんですか?」

「それがねえ、不思議なんだ。ちょっと油断しちゃったのかなあ?」

「油断しないでくださいよ!」


 ギリギリ生きてたしかばね先生だから、ちょっとした気のゆるみが死を招くんだ。なんか、交通安全の標語みたいだけど。


 先生は他人事みたいに笑いながら、部室の奥にあるイスに座る。


 机の反対側にはもう一脚あるけど、そこに座ると先生と真向かいになってしまうので、座りにくいなあ。僕はまだ、先生のことを怖いと思ってる。


 だからサッカ部のなかには入ったけど、先生と距離をとって立つことにする。


「先生、本当に死んじゃったんですか?」

「うん、そうみたいなんだ」

「だ、大丈夫なんですか?」

「死んでるんだから、大丈夫ってことはないけど、まあ、いまのところ不便はないよ。生きてるときと変わりないかな」

「たしかに、そうですね……」


 しかばね先生はあまりに死にかけだったので、死んだところで、ほとんど違いはない。不思議な状態だ。


 フフフ……。先生は少し乾いた笑いを見せる。


「ところで白滝君、きみを待ってたんだよ」

「僕を? どうして……」


 先生がグッと、机に乗りだす。白い目が、にぶく光る。


「きみ、ぼくの原稿持ってったね」

「あっ! すみません!」


 先生、わかってたんだ。


「あの原稿、どうしたの?」

「あ、あのですね、先生の持ってたチラシを拾ったんで、それに応募しました」

「本当? どうだった?」

「大賞とりました」

「やっぱり! いやあ自信作だったんだ。で?」

「え?」

「で?」

「なんですか? 『で?』って」

「で、どうなったの? 出版はいつごろ? 直しもしないとね!」

「先生、ごめんなさい。出版者の人が言うには、生命力がないから出版できないって……」


 先生は動かず、表情を変えず、じっと僕を見る。


「あ、あのですね、地獄の亡者が読むから生命力のある小説じゃないとダメだって……これは編集者が言ったんですよ、僕じゃなく!」

「そう……」


 先生は顔色を変えず……いや、死んでるから白くはなってるんだけど、とにかくだまって僕の話を聞いている。


「ただ、先生の小説は面白かったみたいですよ。だって大賞とったんですよ、『詩学三十六景』でしたっけ、すごいですよね!」

「うん、すごいんだ……」


 そう言って先生は、イスに深く体をしずめる。


「大丈夫ですか?」

「死んだのに、まだこうしてるってことは、僕には未練があるのかなあ。本を出したいっていう」

「落ちこまないでください、先生の小説は認められたんですよ。出版されなくても、いいものはいいんですよ」

「そう思う?」

「はい」

「じゃあ、納得なっとくしたから成仏しようかな」

「ま、待ってください!」

「止めないでよ。ふつう止める?」

「いま成仏されると困るんです!」

「なんで?」

「僕には先生が必要なんです。お願いです、僕に小説の書き方を教えてください!」


 言ってしまった。先生はイスにうずくまってる。黒髪がかかり、表情はわからない。

 でも髪のすきまから、白い目が輝やいてる。先生は死んでから、あやしい魅力が増してるみたいだ。


「いいよ」


 顔をあげ、先生がほほえむ。


「ありがとうございます!」

「その代わり、授業料はもらうからね~」

「授業料とるんですか!」

「だって僕は教師だよ、教えるんだから当然だよね」

「でもここは学校ですよ、義務教育なんだからタダですよ!」

「高校だから義務教育じゃないね」

「あ、そうでした!」


 僕たちは笑いあう。よかった、やっぱりしかばね先生はいい先生だ。


「じゃあ、いくらくらい払えばいいですか?」

「フフフ……もらうのはお金じゃないよ」

「なんですか?」

「ナイショ」

「ないしょですか!」


 僕たちはふたたび笑いあう。でも本当に、授業料はなにで払うんだろう……?


「そもそも、どうして小説を書きたくなったの?」


 ひととおり笑ったところで、先生が聞いてくる。


「それなんですけど……」


 そうだ、まだあのことを説明してなかったんだよ。


「先生の小説を応募して、大賞の知らせがきたんですよ。それで、ヘル出版まで行ったんですが」

「行ったんだ……」

「まずかったですか?」

「殺されにいくようなものだからね」

「やっぱり!」

「よく生きて帰ってこられたね」

「はい、その代わり、小説を書かないと殺すって脅されて」

「なるほど。あと何日?」

「3日です」

「いまどのくらい書けてるんだろう」

「0文字です」

「それはあきらめた方がいいね」

「そんな! 殺されますよ!」

「しかたないよ」

「先生、冷たいじゃないですか!」

「もう死んでるからね」

「そういうことじゃなく!」

「彼らは殺すって言ったら殺すから」

「そんなあ……」


 僕は愕然がくぜんと肩を落とす。


「まあでも……ペンと原稿用紙もらった?」

「ヘル出版のですか? もらいました」

「まだ可能性はあるか」

「ホントですか!」

「あきらめたらそこで終わりだからね、やるだけやろうか」

「はい! お願いします!」


 勇気づけられる。さすが先生だ。


「きみ、全然書けてないんでしょ」

「はい……」

「じゃあ基礎からだ。因果いんが関係って知ってる?」

「んー、どうでしょう」

「どうでしょうってことはないだろ、知らないんだね」

「はい……」

「因果ってのは原因と結果のことだよ。なにかがあって、その結果、別のなにかが生まれる。すべての物語は因果関係でできてるんだ」

「ど、どうやったら因果関係を書くことができますか?」

「むずしいことはないよ。僕たちは因果関係の連鎖のなかにあるんだ。たとえばきみはどうしてここに来たの?」

「えーと、先生の小説があったら、それをもらって書き直そうと思って」

「え? そうだったの?」

「あ、でもいまは先生に小説を教われるから、自分の小説を書く気満々(まんまん)ですから!」

「それが因果関係だよ。『先生の小説を探そうと思った』、これが原因だ。で、その結果、『サッカ部に来た』」

「『先生の小説を探そうと思った、だからサッカ部に来た』……たしかに因果関係ですね!」

「それに、さっききみが言った、『先生に小説を教われるから、自分の小説を書く気満々』。これも原因と結果だ」

「なるほどー」


さすが先生、サクサク教えてくれる。


「それとね、原因と結果がワンセットで終わるわけじゃないんだ。たとえば、サッカ部に来た→先生に教わる→書こうとする→でも書けなかった→だから編集に殺される」

「ひどい! 僕、死んでるじゃないですか!」

「たとえばだよ。いま、因果が連鎖してたのがわかるかな? サッカ部に来て→先生に教わる、だと『先生に教わる』は結果だ。でもそれは、つぎの『書こうとする』の原因になってるんだ」

「おおー」

「さっきは結果だったのに、それが原因になって、つぎの結果を生みだしてるんだ。これがずっとつづいていけば?」

「物語になる!」


 先生はうれしそうにほほえむ。


「すごいじゃないですか先生! こうやって小説は書くんですね!」

「あたりまえのことだから、ふだんは意識しないで書くんだけど、まあ、書けないときは、どうやって因果をつなげていくかを考えてみるといいよ」


 さすがしかばね先生。スラスラと教えてくれた。


「ありがとうございます、因果関係を使って、小説書いてみます!」


 立ちあがると、サッカ部は暗くなってる。天井近くの窓からは、夕陽の明かりがなくなって、夜気がしずかに入りこんでいる。


 いつのまにか時間がたっていた。下校の時間はとっくに終わってる。


「気をつけてね」


 暗闇のなかで先生が言う。


「え? なににですか?」

「形式的な言葉だよ。気をつけて帰ってねっていう」

「先生が言うと怖く聞こえますから」

「そうかい、ヒヒヒ……」

「へんな笑い方やめてください!」


 僕はあとずさり、ドアの方へ近づく。暗い部室のなかで、先生の目だけがぼんやり光ってる。


「書けなかったら、また来てね」

「は、はい。先生も、ひとりだとさびしいですよね……」


 ドアに手があたる。


「大丈夫、部員がいるから」

「でもサッカ部って、ひとりもいないんじゃ……」


 うしろ向きのまま、ドアノブを探す。手がなんどもからぶる。


「いるんだよ」

「だ、だれがですか?」

「幽霊部員」

「いないってことじゃないですか!」

「きみも入ればいいよ、サッカ部」

「か、考えときます!」


 ドアノブがあった。すぐにまわす。


「さようなら先生!」


 ドアを開けて飛び出すと、


「さようなら」


 少しさびしげな声が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ