熊禅と睦兎
熊の化身は怒り心頭や。
ばあちゃん……あんた、何してんねん……。
怒りも顕に、熊の化身が俺たちに向けて明らかな臨戦態勢をとっとる。
ばあちゃん……あんた一体、この熊の化身に何したんや……。
いくら蓬の防御結界に守られてるっちゅーても、流石に棒立ちなんかでおられへん状況や。
俺と利伽も、いつでも動けるように体勢を整える。
「ちょい待ち―。あんた、何するつもりやねん?」
そんな俺等の間に割って入ったんは、熊に対して敵意むき出しのビャクや。
「と……止めて下さるな、ミケ……いや、ビャク様! 彼奴等はあの不知火禊の子孫……。俺の胸に生涯消えない傷を付けた、にっくき者の縁者なのです!」
……あ―……成る程。
そら―怒り心頭にもなるわな―……。
ばあちゃん……絶対あっちこっちで要らんことしてるんやろな―……。
とは言え、俺等もばあちゃんのやった事でやられたる義理はない。
「まてまてまて―いっ!」
そん時、遥か遠方からこの争いを止める声が聞こえてきた。
遠い……っちゅー事は分かるんやけど、やけに通る声や。
俺等は体勢を維持したまま、声のするほうに気配を向けた。
「双方、動くことまかりならんっ!」
すぐに近くまで来た声の主は……兎やった。
「熊禅よ……ここは退け。お主の怒りも分からぬではないが、ここで争っては奴らの思う壺ぞ」
可愛らしい兎にしては、言い方がなんや時代劇がかってんねんな―……。
目の前に飛び出してきた兎は耳が4本、手足が4本ずつの、見るからに異形の兎や。
……まぁ、兎なんやけどな。
熊の奴と違って、大きさも普通の兎位や。
けどそんな兎から発せられる気勢は、熊の奴と変わりない。
「睦兎よ、止めてくれるな! この傷の痛みは、せめて不知火禊と同族の者を殺らぬ事には消え失せぬ!」
……えっ? ……何なん? この絵面は……?
刃傷時代劇風になってるけど、演じてるんはウサギちゃんとクマちゃんやねんな―……。
シリアスなんか微笑ましいんかよー分からん構成になってるで……。
呆然としてる俺等を前に、演劇は尚も続いてる……。
「だがここは……ここだけは、ぐっと堪えるんじゃっ! ここで双方が争ったとて、何ら益はないっ! それどころか、奴らを利するだけぞっ! ここはわしの顔には免じて、退いてくれぬかっ!?」
「……くっ……」
なんや、話もまとまったみたいやな―……。
俺と利伽、ビャクと蓬も、この寸劇を白けた目で見とった。
まぁ―……本人達は大真面目なんやろーけどな―……。
「……いや……お見苦しい所を見せてしまい申し訳ない。まさかお主達が不知火禊様のご血縁とは、此方もうっかりしておりました」
熊……熊禅と話がついた兎……睦兎は、俺等に向き直ってペコリと頭を下げた。
熊禅のほうはそっぽを向いて、謝る気なんかないみたいやけどな。
もっとも、謝られても困るんやけどな―……。
「いえ……かまいません。それで……私達と話をしてくれるんですか?」
利伽がちょっと憮然として睦兎に答えた。
まぁこの場合、憮然っちゅーか、堂々と……なんやろうけどな。
なんぼ敬意を払うべき存在であっても、化身は化身や。
下に見られたらあかんのはゆーまでもないわな―……。
「それは勿論。我らとしても、あ奴らの台頭にはほとほと困っているのが実情。是非互いの意見交換を致したく存じます」
なんや、こっちのウサギさんの方が話が分かるみたいやな―……。
俺等はその提案に同意して、場所を移すことにしたんや。
「あ奴らは以前よりこの地にいた、それまでは取るに足らない下級の化身であり申した」
ここは熊禅の住処……らしい。
山の頂上にある、何とも立派な建物や。
見るからにお社か、平安時代風の家屋。
外見だけやなくて、内装もそらー豪華な造りや。
そこのだだっ広い床の間に案内された俺等は、熊と兎を上座に、俺等が下座に座って会話してる。
そらご丁寧に、茶と菓子まで出してくれてる。至れり尽くせりやで。
「それがある時……突然一匹の力強い化身が加わり、奴らは急変したのです。統率のとれた集団で行動し、周辺の化身も手が出せなくなったのです」
口惜しさを滲ませてるんは睦兎だけやない。
熊禅も天井を見て、歯噛みしとった。
俺等にも分からんでもないけど、彼らにしてみれは屈辱なんやろな―。
「それは……あなた方が戦っても……なんですか?」
利伽がズバッと切り込んだ。
いやー……そらー傷口に塩塗り込む行為ちゃうか?
「……我等でも……です。1匹の力は大したことはない。しかし集団で攻撃を受ければ、此方の受ける傷も少なくはない……」
その辺は良庵さんや伊織に聞いた話と一致すんな―……。
「いえ、私が聞きたいんは、そのリーダー格と戦ったかって言う事なんですけど」
利伽は更に踏み込んでいった。
けど確かに、その突然現れたっちゅーリーダー格が強いんかどうなんか、まだ聞いたことなかったな。
「それが彼の者は用心深いのやらズル賢いのやら……我らと直接戦う事はしないのです。手下をけしかけるだけで、自分は後方で指示を出すか姿を眩ませるばかりで……」
っちゅー事は、結局そのリーダー格の強さは未知数か―……。
それにそのリーダー格が取ってる戦法。
複数の敵を同時に相手した事ない俺等にとって、多数の敵を相手取るんはかなり厄介やな―……。
「話は分かりました。一旦戻って、対策を考えます」
利伽はその場では結論を出さんと、一度戻る決断をした。
それに俺も頷いて合意した。
今、どんな約束をしたとこで、それを守れるかどうかなんか分からんからな。
「このところ、奴らの動きが静かです。こういう時は決まって、大きな動きの前触れかと。気を付けてくだされ」
睦兎は丁寧に挨拶をしてきたけど、熊禅は最後まで無言やった。
よっぽどの事をばあちゃんにされたんやな―……。
俺等は軽く挨拶して、熊禅の住処を後にしたんや。
「午後からは南の方に行ってみよか」
東雲神社に帰る道すがら、利伽が俺にそう話してきた。
確かに、敵の姿を一回も見てないんやから作戦の立てようもないわな。
それにあいつら……熊禅と睦兎の手前、一回は戦っとかんとあいつらも納得せんやろ。
勿論、必ずしも戦いになるとは限らん。
けど話を聞く限りでは、友好的とも言われへんねんな―……。
「分かった。けど、危ないことは無しやからな」
俺がもっともな答えを返すも、
「はぁ? それをあんたがゆーん!?」
呆れた声で更に返されてもうた。
……いやいや、利伽も結構、思いっきりぶっぱなしてたで―……浅間宗一ん時とか……。
「まぁまぁ。タッちゃんはこのビャクが責任をもって守って差し上げますニャ―」
俺と利伽の会話に、ビャクが何でか得意満面の顔で割り込んできた。
ビャクの実力からゆーたらそれも可能やけど、問題なんはその性格やねんな―……。
守りに徹するなんて……無理やろ。
「それをあなたが……言いますか……ビャク」
そこに蓬のツッコミが入る。
さっきの会話と鏡写しやの―……。
「な……なんやねん、蓬ぃ―っ! 守り一辺倒のあんたに言われたニャいわっ!」
「へぇ……。試して……みますか……?」
敵意丸出しのビャクと、静かな怒気を孕ませる蓬。
こっちはこっちで、化身大戦が巻き起ころうとしとった!
「あんたら―。ええ加減なとこで止めときや―」
しかしあっさりと鎮火されたっ!
……まぁこっちの戦いは、利伽がおる限りただの口喧嘩にしかならんわな―……。
兎に角俺等は一旦戻った後、南の山に向かうことにしたんや。




