20話 サナエという少女の独白
わたしは二人が見えなくなるまで見送った。
それから一人静かに微笑む。
まさか、あんなことを言われるなんて……。
「俺と一緒にルトガアの元へ行かないか?」か。少し言葉が違うけど、わたしはこの台詞を知っている。そして良く覚えている。
「上代楓君」
彼の名前を呟く。
わたしの大好きな人。
わたしの愛しい人。
わたしの初恋の人。
楓君との思い出は全てわたしの宝物。
「くしゅんっ!」
少し寒くなり、家の中に入る。それから、履物を脱ぎゆっくり奥へ向かう。
一つの扉の前で足を止めた。
そこは、わたしの師匠であり、もう一人の父親的存在だった、ルトガア・ヴェルデの寝室だ。
ゆっくりと部屋の扉を開けると、そこにはわたしの部屋と違い殆ど何も置いていない。
しかし、少し視線を左に向けるとそこには小さな机がある。その上に何枚もの羊皮紙がまとめられて置いてある。
まぁまとめたのはわたしだけど。最初は机の上に散らばっていた。
「師匠……」
静かに机に近づくと、羊皮紙を手に取る。そして内容に目を通す。
そこに書かれているのは彼の――呪詛。
わたしの師匠はこの町を魔物を恨んでいる。そしてこの世界すらなくても良いと思っていたようだ。
何故彼がこれほど人を世界を恨んでいるのかは、この羊皮紙に全て書かれている。
ペラペラと捲っていた手を止める。そこにはこう書かれている。
『俺はとんでもないことを知ってしまった。あまりにも信じられない事だった。だから、この気持ちを書き残しておこうと思う。俺の、俺の家族はこの町に殺された。あいつらは獅子の魔族に言われて俺の妻を、娘を差し出したのだ。許せない許せない許せない許せない許せない許せない、そして妻と娘のピンチに戦場で戦っていた自分も許せない』
何度見ても心が痛くなる。
『この世界は争いをやめない、何故だ? 何故世界は争いをやめない? 争いが無ければ俺は家族を守れた。何故だ。何故だ何故だ何故だ何故だ!』
ここで少し文字が滲んでいる。最初は気が付かなかったけど今ならわかる。師匠は泣いていたんだ。これを書いている時に……。
自らの家族を失い、自分を責めて、レオーネに従うしかなかった町を恨み、争いをやめない世界を恨み泣いていたんだ。
わたしの目頭が熱くなる。何度読んでもなれない。
なんで一年も一緒に居て気が付かなかったのだろう。なんで、わたしは気が付いてあげられなかったのだろう。
そんな自分が嫌になり引きこもってしまった。
楓君が来なかったら今も引きこもってたかもしれない。そんな自分を想像して苦笑する。
「これ……楓君に見せるべきかな?」
わたしがここに来たのは、その判断を下すためだ。
正直、見せる必要があるかと言えば、無い、と思う。だけど、わたしの勘が何故か見せるべきだと言っている。
自分自身の勘を信じるべきなのか……。
「……」
あれから、何分たったのだろうか?
一分、又は十分かもしれない。それでも答えは出ない。
「考えても仕方ないか」
そして決断する。
わたしはこれを――楓君に見せる。
情報はなるべく共有をしておいた方がいいよね? それに、師匠がやろうとしていることはこの世界を壊すこと。それを止めないと。
そして一枚の羊皮紙を見る。
『あれから数日。ゼルの孫のリリーが俺の元へ来た。そしてその目的は――世界を壊すこと。最初は何を馬鹿なことをと思った。しかし、話を聞いているうちにそれが本気だとわかる』
リリー……楓君と知り合いぽかった人だよね?
鏡越しでしか見れなかったけど、とても可愛らしい子だった。
でも――怖かった。
笑顔なのに闇がある。とても深い、深い闇が。
憶測でしかないけど、楓君も勘づいている。だから、すぐに師匠に鏡を渡したに違いない。
あの子は危険。楓君に近づけてはいけない人だ。
でも……リリー、か。
これも運命なのか、はたまた必然なのかわたしにはわからないよ。
わかるのは彼女がとても危険だってこと。何故彼女と楓君は出会ってしまったのだろう。
わたしは玄関の方へ足を進める。
そして、玄関近くに飾ってある『刀』を見る。
「本当はダメなことだけど」
刀を取り、引き抜く。銀色に煌めく刃が少しづつ姿を現す。
『加州清光』それがこの刀の名前。
今日からこの刀は楓君のためだけに振るう。彼がピンチなら何が何でも助けに行く。彼が人を殺せと命令するなら、それを遂行する覚悟はある。
だけど……その前に彼がああなってしまった理由を知らなければ。
今の楓君はとても危険な状態だ。
彼との再会はとても喜ばしいことだったのに、彼のあの姿を見た時驚きもあった。
わたしの知っている楓君じゃなかったから。
あんなに優しい目をしていた楓君が、今はとても暗く儚い目をしている。
あんな事になった理由を知らなければ、そして何とかして元の楓君に戻さなければ。
「そろそろ。戻って来るころかな?」
刀を鞘に戻すと。元の位置に置く。
今の日の傾き具合から推測して、たぶん、お昼の2時だろう。少し遅いかもしれないが、お昼ご飯を作らなければ。
今日はまだ何も食べてないし。
そしてわたしは台所へと向かい。昼食の仕度を始めるのである。




