19話 失意の少女
あれから数日。
戦神が町を去ったことで、常に騒がしかったこの町も、大分静かになって来た。
そして――俺は何故まだこの町に居るのだろうか? そんな疑問が浮かび上がって来たころでもある。
「カエデ様どうかなさいましたか?」
「……いいや。なんでもない。大丈夫だ」
もう――この町にいる理由もないな。
ルトガアは去った。そしてサナエもあれからずっと家に閉じこもったままだ。
あれだけ成し遂げた顔をしていたはずなのに、翌日にはまるでそれが無かった事になっているかのような、落ち込み具合で俺達を迎えた。
アリアが何があったのかと聞いてみても、何も答えてはくれなかった。
「今日は出てきてくれますでしょうか?」
「さぁな。それは本人次第だ」
アリアは控えめにノックをする。
すると奥から誰かが歩いてくる気配がした。
「……アリアちゃん?」
「はい」
「隣にいる人はカエデ君でいいのかな?」
「そうだ」
サナエはしばらく無言になる。
俺は大きな溜息をつくと、喉を鳴らす。
「なぁサナエ」
「……何?」
「そろそろ、外に出てきたらどうだ?」
「出たくない」
「何故出たくないんだ?」
「それは……」
「ルトガアの事か?」
「ッ!?」
どうやらビンゴの様だ。
さて、次はルトガアの何が原因でこうなったかだな。
「ルトガアが去って寂しいのか?」
「そんなわけない。アレは師匠が選んだこと、わたしが止める資格はない」
これは違うか。
俺は可能性のありそうな物を頭の中でピックアップする。
もちろん、俺はルトガアの事を全くしらない。
しかし、彼は何気に俺に色々話してくれたのだ。その中にもしかしたら今のサナエを生み出した物があるかもしれない。
「ルトガアの家族の事か?」
「ッ!? ……違う」
少しだけ反応があったな。
「じゃあ、ルトガアの家族の死についてか?」
「さっきから何なの? ほっておいて」
「お前が引きこもっていると、アリアが心配する」
「……」
これでも出てこないのか。
さて、どうするか…………。ダメだ思いつかない。
本当はサナエが元に戻ってから言うつもりだったがこの場で言っておくか。
「サナエ」
「何?」
「お前には出てきてもらわないと困るんだ」
「なんで?」
「お前には、まだ剣を教えてもらわなければならない」
「ッ!? そんなのわたしには関係ない」
「そうだな、だけど、サナエお前はルトガアに会いたいんじゃないか?」
俺のその質問に答えない。
しかし、しばらくして扉が開いた。
そして、そこから少しだけサナエは顔を覗かせた。
「何でそう思ったの?」
「何となくだ」
「そう……」
サナエは目を伏せる。これは重症だな。
俺は静かに手を差し出す。
そんな俺の行動を見て、サナエは目を見開いた。
そして、精一杯の笑顔を浮かべて俺は口を動かす。
「俺と一緒にルトガアの元へ行かないか?」
「あ――」
そんな俺の言葉にサナエは何故か涙を流す。
その姿をみて今度はこちらが目を見張る番だ。
「さ、サナエ!?」
「サナエさん!?」
今までの会話を静かに見守っていたアリアですら思わず声をだしていた。
「ど、どうした?」
「ううん。何でもない」
わかりやすい嘘にも程がある。そんな涙を流して何でもないなんて事はないだろう。
涙を流し、嗚咽をもらすサナエを見続ける。
「さ、サナエさん大丈夫ですか?」
「うん。うん。大丈夫」
なんだろうな。俺も甘いのかもしれない。
「え……?」
「カエデ……さま?」
俺の手は自然と、サナエの頭の上へと吸い寄せられ乗せられる。
そんな俺の行動にアリアやサナエは驚く。
正直、俺自身もびっくりしている。何故自分が意図せずこんな行動をしたのか。
でも、何故だろうか……この子の――サナエの涙は見たくない、と思ったんだ。
彼女の涙を見ると、胸がざわつき、泣かせた自分が嫌になってくるのだ。
「悪い……」
「う、ううん。びっくりしただけで大丈夫。でもなんで?」
「さぁ……な。なんかサナエの涙は見たくないって思った」
「忘れていても……またそう言ってくれるんだね」
サナエは何かを呟いたのはわかったが、最初の言葉だけうまく聞き取れなかった。
「何か言ったか?」
「うん。ありがとうって言ったの」
「そうか」
そう言って頭から手を退けようとすると――止められる。
疑問が頭に浮かび首を傾げると、サナエは上目使いで何かを訴えかけてくる。
その目から逃れるように目線を逸らすが、手は放してくれない。
俺は観念して、引こうとする力を緩めサナエの頭を撫でる事にする。
「これで満足か?」
「もうちょっと」
溜息を吐きながらも撫で続ける。
ふと、アリアが静かなのを疑問に思い、隣に目線を向けると――アリアは少しむくれていた。
そして羨ましそうにサナエの頭を見続ける。
これは後々同じこと要求されそうだな。と思う。
だが、すぐに頭を切り替える。
次に向かうべき場所は……魔女の里だな。そこには俺の魔法を教えてくれた――否、魔法を使えるようにしてくれた師匠がいる。
剣の師匠がゼル・ネフティアなら魔法の師匠は彼女だ。
今も元気にしているのだろうか?
いや、あの人の事だから元気にはしているだろうな。
そんな風に物思いにふけっていると、服を引っ張られる。何かと思い引っ張られた方を見てみると、ジト目で俺の方を見てくるアリアと目が合った。
そして俺と目が合うと同時にアリアは喉をならした。
「いつまでサナエさんの頭を撫でているんですか?」
「あ――」
そうだったすっかり忘れていた。
俺は今サナエの頭を撫でていたんだった。サナエの表情を見てみると、顔を赤くしながらも、少し気持ちよさそうな顔をしていた。
そんな顔をされるともう少し続けたく鳴るが、これ以上するとアリアが本気で怒りそうなので手を退ける事にする。
「あ」
案の定サナエは、少し名残惜しそうにしていた。
悪いなそんな顔されてもこれ以上はできない。アリアが怖いから。
「こほんっ。とりあえず、サナエどうするんだ?」
「うん。わたしカエデ君と一緒に行きたい」
「サナエさん!」
どうやら、サナエも一緒に旅に出てくれるようだ。
アリアもそれがとても嬉しいのだろう。
サナエの手を持ち上下に軽く動かしている。
「ねぇ、カエデ君」
「なんだ?」
「今も宿に泊まっているの?」
「そうだが?」
「そう……」
俺のその言葉を聞き目を左右に揺らし、何かを言おうとしている。
その挙動に俺とアリアは訝しげに見る。
しばらくして、何かを決意したのか小さく「よし」と言って、こちらに視線を向けてくる。
「カエデ君!」
「な、なんだ?」
「まだこの町にいる?」
「あぁ、色々準備もあるし、あと三日か四日はいる予定だが……」
「だったら、この家に泊まらない?」
俺はしばらくの間思考が停止してしまった。
サナエはなんと言った? この家に泊まらない?
この家とは、サナエが今一人でいるこの家の事だろうか?
そして唖然としている中引き出した言葉が――
「…………え?」
だった。
いや、もっと色々と言わなければならない事が多いのだが、それ以上に思考が追いついていたのだ。
「あー、と。そうだな。アリア泊まりたいか?」
「え? 私ですか? はい。できるならお願いしたいです。サナエさんと沢山お話できますので」
それなら、答えは決まったな。
「わかった。なら、アリアだけ泊まっていけ」
俺がそんな言葉を発すると二人同時に声をハモらせて「え!?」と言う。
「な、なんだ?」
「何でよ! そこはカエデ君も一緒でしょー!」
「そうですよ! カエデ様も一緒です!」
何故か俺は二人から攻められる形となった。
「な、何を怒っているんだ?」
「怒ってません!」
「そうよ! 怒ってない! でも、なんでカエデ君は泊まらないの?」
「いや……それは」
「それは?」
サナエが目を鋭くしてこちらを睨んでくる。
先程まで涙を流していた人の顔ではないな。
俺は大きな溜息をつきながら、理由を説明した。
女の子二人いるところで男が一人入るのは世間的にマズイ事を。
流石にこういえば二人は納得すると思っていた。しかし俺のそんな考えは次のサナエの言葉で打ち砕かれる。
「世間なんて気にしなくていいよ。というより、今までアリアちゃんと同じ所で過ごしていたんだから、今更過ぎない?」
まったくもってその通りである。
正直、アリアの押しに負けたとはいえ、ここ数日一緒に過ごしていたのは間違いない。
なので、サナエの言う通り『今更』なのだ。
まさか、サナエにそこを突かれるとは思いもよらなかった。
「そ、それはそうだが……」
ずいっと顔を近づけてくる。いや、近い近い近い。
グイっと肩を押して離れさせる。
「そう……わかった。アリアちゃん」
「はい?」
サナエに呼ばれたアリアは近づき、何かを耳打ちされる。
そして首を傾げて「それを言えばいいのですか?」と言っている。
なんだ? 何を言ったんだ? サナエのやつ。
少しだけ嫌な予感がする。
そしてアリアは俺の方に顔を向けて口を動かす。
「か、カエデ様は、私と一緒に寝るのはいや……ですか?」
上目使いでそんな台詞を言う。
その可憐で、美しく、可愛らしいアリアにそんなことを言われるとは思っていなく。咄嗟に視線を外す。
「よし、手ごたえあり、なら次はね――」
サナエは再びアリアに耳打ちする。今度は何を言わせるつもりだ?
そんな事を考えていると、アリアは上目使いで口を動かした。
「私と……寝たのは遊びだったのですか?」
「な……!?」
その台詞を聞いた瞬間俺は驚愕する。そして、サナエに近づき脳天にチョップをくりだす。そして「いたッ!?」と言っていた。
その後頭を押さえながら、俺を睨みつけてくる。
「何するの!」
「何するのじゃなない。何をアリアに言わせている」
「えーいいじゃん。アリアちゃん意味を理解してないんだし」
「尚更ダメだ!」
俺達がそんな事を言っていたからだろう。アリアが今自分が言った言葉の意味を聞いてきた。
「あーそれはね」
「お、おい!」
サナエは本日三度目の耳打ちをする。
俺は不味いと思い止めよとしたが、遅かった。
耳打ちされたアリアの顔がみるみる朱色に染まっていく。
俺は手を顔に持っていき溜息を吐きながら覆う。
「サナエさん!? 何てこと言わせているんですか!」
先程の意味を知ったアリアはポカポカとサナエの体を叩いている。
そんな微笑ましい光景に笑みがこぼれた。
俺が微笑んでいるのを気が付いたのか、二人はこちらに顔を向けていた。
「そ・れ・で」
「うん?」
「泊まるよね?」
そう言って来た。
軽く溜息をつき、苦笑しながらも喉を鳴らす。
「わかった。どうせ数日だ。ここでお世話にならせてもらいます」
「はい。どんっとお世話します」
拳を作り胸をドンっと叩く。その際少し咳き込んでいた。
俺的には寝るとところを提供してくれるだけでいいんだけどな。
流石にお世話になりっぱなしだと。申し訳ない気持ちがある。
「ご飯とかは――」
「ご飯もわたしが作るから」
「え?」
「だから、ご飯もわたしが作るの。カエデ君は次の目的地に行くための準備だけ集中していて」
真剣な顔でサナエはそう言って来た。
「……」
ここで断るのは無粋かな?
「わかった。じゃあご飯もサナエに頼む」
「うん。任された」
「あ。だったら、私もご飯の支度の時お手伝いします」
「お、いいねー、じゃあ二人でカエデ君の舌を虜にしよう!」
「はい!」
アリアとサナエは笑顔を浮かべる。
サナエを仲間にしたのは自分のためではあったが、これはこれで良かったな。
アリアがこんなに楽しそうに笑うんだから。
俺との時でも笑顔は見せてくれていたが、こんなに心から笑うことはなかった。
女の子同士の方がやっぱり話しやすいし、楽しいんだろうな。
「それじゃあ、宿に置いてある荷物取りに一度帰る」
「あ、わかった」
「私もいきます!」
踵を返すとアリアも同じ様に踵を返して来た。
そして、サナエから声を掛けらる。
「カエデ君」
「ん?」
振り向く。すると、サナエは柔らかい笑顔をこちらに向けていた。
「ありがとう」
「何が?」
「心配してくれて、本当にありがとう」
「それはアリアにも言うべき言葉じゃないか?」
「そうだね。アリアちゃんも本当にありがとう」
「はい!」
アリアはいつもの太陽のような笑顔をサナエに向ける。
「眩しいなぁ」
サナエのその呟きは聞こえないふりをして歩き出す。




