16話 休戦
「タイミングが良すぎるな。何かあったのか?」
「リリー本人に聞いてくれ」
そう言って一つの手鏡みたいなのを渡す。
そして、ルトガアがそれを覗くと。
『お久しぶりですね。ルトガアさん』
その手鏡からリリーの声が聞こえてきた。
「リリー何の用だ? 俺は今忙しいのだが?」
『レオーネとの戦いをやめて、一旦私たちと合流してください』
「何? どういう事だ!」
『それはこちらと合流してからという事で、あぁ、それと安心してください。向こうの方が襲ってくることないよう、話は通してありますので』
「何?」
目線を手鏡からレオーネの方へ向ける。
そしてそれに釣られるように、俺もサナエもレオーネの方を見る。
「なんだと! どういうことだ! エグル!」
何故かレオーネはルトガアが持つ手鏡と同じものを持っていて、それに叫んでいる。
おそらく、あちらの手鏡にはエグルが映っているのだろう。
『そんなに大声で喋らなくても聞こえていますよ。ですから、一旦帰還してください』
「だから、その理由を聞いているんだ!」
『はぁ……レオーネ、では心して聞いてくださいね?』
「あぁなんだ?」
『スカーレット王国を攻めにいった幹部が殺されました』
「なッ!?」
薄っすらとエグルの声が聞こえてきたが、スカーレット王国だと?
確かそれは、帝国の隣にある。王国だったよな?
独裁政治で民を支配しているという。
「どういう事だ! 確かそこに向かったのは!」
『ええ、タイガーです。貴方と肩を並べるほどの実力者ですね』
レオーネは拳を強く握る。
そして、まるで信じられない物でも見たような表情をしていた。
「証拠はあるのか? タイガーが死んだという」
『残念ながら、あります』
「それはどんな証拠だ」
『今私が見ているんですよ。スカーレット王国の広場で晒し首にされている、彼の頭を』
「なん……だと」
『これでわかりましたよね? さぁ撤退してください』
「なら――」
『はい?』
「なら尚更この任務遂行しなければいけないだろう! 何故、撤退なんだ!」
『……そちらに戦神がいらっしゃいますね?』
「あぁ」
『今回、タイガーを殺したのは戦神と同格の者と予測されます。これだけ言えばもうわかりますね?』
レオーネは歯ぎしりをして握りこぶしから血が垂れている。
何故この距離でエグルの声が薄っすら聞こえるのか謎だが、どうやら今のエグルのはこう言っているのだろう。「戦神と同格の者がお前と肩を並べるほどの幹部の一人を殺した。つまり、お前も殺されるぞ」と。
レオーネもそれは理解しているだろう。このまま戦っても戦神ルトガアには勝てないと。
しかし、それでも彼は何かしらのプライドがあるのか、撤退することを拒否し続けている。
「俺と……同格、か」
「おや? ルトガアは何か心当たりでもあるんですか?」
「一応、な」
ルトガアと同格となれば、俺の知る限り。ゼル師匠しか知らないな。
でもあの人はあそこから動かないだろうし、他に誰が居るのか気になる。
「なぁエグル。タイガーを殺した奴は誰だ?」
『私は知りません。しかし、もしかしたら、私の目の前にいる。リリー・ネフティアなら知っているかもしれませんね』
「なんだと!」
その言葉にレオーネこちらに視線を向ける。
そしてルトガアも手鏡に視線を向けた。
「リリー! お前エグルの近くに居るのか!」
『はい。おそらくそちらにエグルさんの声が聞こえていたと思いますが、その理由は私が近くにいて、この鏡が声を拾っているからですよ』
この場にいる、ルトガアと俺とサナエは驚きの顔になる。
しかし、仮面の男とセシルは驚いた様子はないことから。知っていたのだろう。
『レオーネ』
「なんだ?」
『彼女に、タイガーを殺した奴を教えていただくための条件が、その場からの撤退なんですよ』
レオーネは歯ぎしりをする。
そしてしばらくの瞑目後。口を開いた。
「わかった」
『ありがとうございます。レオーネ』
『フフフ。交渉成立ですね。ではお教えしましょう。貴方達の幹部の一人を殺したのは、私の祖父『真の剣聖』ではなく。『雷帝』です』
その言葉を聞いたルトガアの眉がピクリと動く。
「雷帝……か。どこに行ったかと思っていたが、まさかスカーレット王国にいたとはな」
『ええ、私も驚きました。ですが、スカーレット王国を支配しているのは女王……つまり雷帝ではないですから。雷帝を従えさせている女王に、個人的には興味があります』
「だがな。リリーお前忘れてないよな? 俺は家族の仇を討つために、お前の仲間になったという事を?」
『ええ、もちろん忘れていませんよ? ですが、今目の前に居るからって焦ってはいけません』
「ふざけるな! 今殺さずして、いつ仇が取れる!」
鬼の形相で怒鳴る。
あのレオーネという魔族が、ルトガアの家族の仇なのは聞いていてわかった。
その仇が目の前にいるのに、そしてすぐにでも殺す事できるはずなのに、何故見逃さなければいけないのだろうか? そんな事を思うのは理解できる。
むしろリリーは何を思って見逃せと言っているのか……。
『これはリーダー命令です』
「従えないな。約束が違う。お前が自ら約束を破るなら、俺はお前には従わない」
『いくらルトガアさんだからって。怒りますよ?』
「お前に何ができる? ただの小娘が」
『ええ、私一人では貴方に勝てません。しかし、メンバー全員ならどうですか?』
「何?」
ルトガアはセリアと仮面の男を見る。
そして気が付く。二人が武器を構えていることに、その武器を向けている先がルトガアである。
様子を見ていた俺は全く状況に追いつけていない。
何故だ、何故アイツらはルトガアに武器を向けている? そして、何故ルトガアも二人に殺気をぶつけている?
仲間であるはずの三者が、今にも戦闘が始まりそうな緊迫感が漂っていた。
『いくらルトガアさんでも、私を相手にしながら、メンバー全員相手できますか?』
「……ならば、いまここで俺がこいつらを殺せばいい話だろ?」
『そうなれば、本当に私と貴方は手を切らなければいけませんね。そうなれば、あの魔族を殺す事は叶いませんよ? 私が殺しますから』
「……」
『私無しで魔族を探せますかね? 探したら何年かかりますかね?』
リリーの怒涛の言葉攻め。
そのたびにルトガアの表情が変わっていくのがわかる。
怒りの表情から、自らの弱さを理解して悔しいそんな表情だ。
この場合の『弱さ』とは自らの情報能力の事だ。
ルトガアは理解しているのだろう。リリーの力無しで、魔族に……レオーネにたどり着けないと。
そして、今目の前にはレオーネはいる。いるのだが、レオーネを攻撃しようとすれば、仮面の男とセリアが妨害される。
ルトガアなら彼ら二人相手であろうと倒す事はできるだろう。
しかしそれでも彼らは実力は相当なものだ。
そんな彼らを一瞬で倒せるかと言われれば、ルトガアでもそれは難しい。いや――不可能なのだろう。
今ルトガアは思い留まっているのだから。
「わかった。だが、今回だけだ。次奴と対面すれば今度こそ殺す」
『ご理解いただけて感謝します。それと、ルトガアさんカエデさんに変わってくれますか?』
そんな声が聞こえると、俺に手鏡を渡してくる。
それを受け取ると、俺は鏡をのぞき込む。
すると、そこには案の定リリーの顔が映っている。そして、彼女の後ろにモニカがいるのも確認できた。
『カエデさんお久しぶりですね』
「お前はどこにでも現れるな」
『それはこちらの台詞ですよ? 私達の行く先々で貴方はいます。もしかしてら、これも運命なのかもしれないですね』
「何が言いたい?」
『改めて言います。私達の仲間になりませんか?』
オルレットの町でも言われた台詞――
あの時は俺は断った。しかし今の俺はどうだろうか?
少し考える。
そして静かに口を動かし、喉を鳴らす。
「アリアはどうなる?」
『はい?』
「アリアやサナエはどうなる?」
『ふむ……なるほど。そういう事ですか。残念ながら、彼女達は仲間にはできません』
俺は瞑目する。
アリアはメアリーに言われて俺が守らなければいけない。そして俺個人的な気持ちもある。
サナエも俺のもう一人の剣の師匠でもある。年は俺より下なのはびっくりしたが、それでも彼女の方が俺より『刀』という武器の扱いは慣れている。
彼女と別れるのは惜しい『力』だ。
そうなれば、俺が出す答えはこの二つの考えで決まった。
「なら、お前とはいけない」
『そうですか。残念です』
鏡の中でリリーは微笑む。
初めてあった時のような笑顔だ。
その笑顔に寒気を覚え、手鏡をルトガアに差し出す。
「もういいのか?」
「あぁ」
「そうか……」
その言葉を発した後、ルトガアはレオーネの方を見る。
「行け。リリーに感謝するんだな。今貴様が俺の目の前に居ながら生きていられるのは、リリーのおかげなのだから」
「戦神。お前の命は俺が絶対にもらい受ける」
一言そう言い。軍服を揺らしながら踵を返す。
そして、横にいたミノタウロスは俺に視線を向けていた。
「小僧。今回は不覚を取ったが、次は殺す。そこの仮面の奴もだ」
「フフフ……楽しみにしていますよ?」
そう言って魔族や魔物達は謎のゲートを開きその中に入っていった。
おそらく、帰還したのだろう。
そして、先ほどのミノタウロスの発言はどうやら、俺と隣に立っているこいつに向かっての宣戦布告のようだ。
ミノタウロス……アイツあれだけの傷を負いながら、尚も立ち上がった魔物――
魔族だけでなく、魔物の中にもあれほどの力を持つ者が居るのは誤算だ。
そして幹部レオーネ。奴は今の俺が手を伸ばしても、背伸びをしても届かない程遠くの存在だ。
俺が殺さなければいけない存在なのに、そいつがこれほど遠いとは……。
魔力を纏う方法……これを学ばなければいけないかもしれない。
そして、この『ムラマサ』とも向き合わなければ――




