11話 縁側での雑談
「何ぼーっとしているの?」
「え?」
その声を聞き俺は振り返る。するとそこには風で薄い水色の髪が揺れながら、微笑みを浮かべているサナエが居た。
「隣座っていい?」
「どうぞ」
俺の了承を得ると、ゆっくりと隣に座る。
すると、ふわりと甘い匂いが漂い思わずドキリとしてしまう。
「んー風が気持ちいいね」
「そうだな」
「それで、何をぼーっとしてたの?」
「別に……お前に関係ないだろう」
強く突き放す。
俺自身、これ以上踏み込んでは欲しくなかったから。
しかし、そんな俺の言葉を物ともせず、サナエは笑顔で口を動かす。
「そうなんだー、でも、もし辛いことがあったら、わたしに言ってね? わたしは楓君の味方だから……たとえ、悪の側に落ちたとしても」
何なんだ? 一体彼女は何故そこまで俺に気をかけてくる?
「お前一体なんなんだよ」
「わたしは楓君の味方」
「だから! その味方って――」
「味方は味方だよ。それ以上でも、それ以下でもない」
「お前に……俺の何がわかる」
「うん。何もわからないと思う」
「だったら!」
俺が叫ぶように声を上げようとした瞬間、サナエは俺の頭を抱えて自分の胸に持っていく。
「え――」
頭が追いつかない。
一体何が起こったのか、そして何故サナエは俺の頭を抱えているのか。
わからない。サナエの行動全てがわからない。
だけど――何故だろうか。こうされると俺は少し心が落ち着く。
「わたしは楓君の味方。そして、この命に代えても守りたい人」
ゆっくりと頭を撫でられる。
その心地よさに身をゆだねたくなるが、それを我慢してサナエから離れる。
「どうしたの?」
「お前は……誰なんだ?」
「…………楓君はわからないと思うけど。だけど、楓君が思っている以上にわたしは楓君の事を知っている」
彼女の言葉はいまだに理解できない。しかし、その目は真剣だった。
俺をおちょくっているようには見えないのだ。
「はい。ヒントはここまで」
サナエはポンっと両手を叩いてそう言う。
どうやら、本当にこれ以上は何も語るつもりはないらしい。
ならば、俺だけ一方的に知られているのはしゃくだ。
サナエの事を教えて貰おう。
「そうか……なら、サナエの事を教えてくれないか?」
「わたしの事? いいよ!」
サナエは笑顔を見せると「何が聞きたい?」と言ってくる。
そして、俺はルトガアとの出会いを聞くことに決めた。
ルトガアからはサナエとの出会いを聞いてはいるし、サナエに対する気持ちも知っている。だが、逆にサナエはルトガアの事をどう思っているのか、それが気になった。
「ルトガアとの出会いが聞きたい」
「師匠との出会い?」
「あぁ」
うーんっと唸りながら考える素振りをする。
そして、静かに口を動かし喉を鳴らす。
「師匠との出会いわね、わたしが森で迷って、魔物に襲われているいるところを助けてくれたんだ」
「なるほど」
「うん。あの時は本当に怖かった。しかも夜だったしね」
「今のサナエからは想像がつかないな」
「まぁわたしはあの時より強くなったからね」
そう言うとサナエは、まるで力こぶを作るような構えを両腕にして笑顔を見せる。
そして再び口を動かす。
「まぁ今だから言うけど、あの時。師匠も怖かったんだよね」
「なんでだ?」
「だってあんな巨体だよ? 誰だって怖いよ。しかも魔物を目の前で殺していたし」
あーなるほどな。確かに俺も最初に出会ったのがルトガアなら怖かったかもしれない。
女の子なら尚更ルトガアの姿は恐怖でしかなかっただろうな。
しかも、隣に立っているだけでも、かなりの威圧感放っているくらいだ、それが更に恐怖を与えることになるだろう。
「まぁそうだな」
「うん。それで、怖かったんだけど暗い森に一人で居る方が怖いから、仕方なくついていったんだよ。そこで師匠が悪い人じゃないってわかったの」
「そうなんだな」
「何故かは知らないけど、やたらわたしに親切にしてくれてね」
ルトガアは言っていた。サナエは娘に似ていると――
おそらくそれが理由で親切にしていたのだろうな。
まぁルトガアはなんだかんだ、俺達にも親切にしてくれているし、そういう性格なのかもしれないが。
「見た目で勘違いされやすいが、そういう性格の人だっただけじゃないか?」
「うん。わたしもそう思う。でも、あの時は自分自身でいっぱいだったからね。全てを疑って」
サナエは俺とは逆なんだな。俺は人をそれほど疑わなかった。
全く疑わなかったかと言われば、そんな事はないがな。
「それで、自分を守る術を見つけなきゃって思ってね。疑ってはいたけど、目の前にすごく強い人が居たからお願いしたの」
「自分を強くしてくれと?」
「そう――でも、残念なことに簡単には承諾してくれなかった……」
確かにルトガアも言っていたな条件を出したと。
「でも、条件を出してきてくれたの」
「それが、ルトガアに一撃を当てる事か」
「そうだよ」
「本当に良くあの人から一撃取れたよな」
ルトガアが語ってくれたサナエとの戦い。
それは聞くだけだと簡単に思える。しかし、彼はあの戦神と呼ばれている程の人物だ。
そんな彼に一撃を与えるのがどれほど大変か、俺は何となくわかる。
俺の師匠も同じ条件で手合わせしたことがあるからな。そしてその時の事を鮮明に覚えている。
あの師匠の容赦のない攻撃で、何度地面に顔を付ける事になった事か……。
「必死だったからね。それに、もしもの可能性を考えて、わたしは強くならなきゃいけなかったから」
「もしもの可能性?」
「そう。そしてその可能性を引き当てたちゃったけどね」
首を傾げて。「それはどういう意味」と聞きそうになるが、思いとどまる。
それを聞いて俺に得があるのか? 考えてしまった。
そして、そんな思考をした自分に苦笑する。
前なら自分に得があるかなんて考えなかったはずなのに、今はそのことを考えてしまった。
困っている人が居て、楓の力で助けてあげられそうなら――その人を救ってあげなさい。そうすれば、きっと楓に恩を感じて楓の手となり足となってくれるから。
「ふ――」
「どうしたの?」
「いいや。何でもない」
まさか両親の言葉を思い出す事になるとはな。
人を見下し、人を道具にしか見ていなかった両親だが……。
この言葉だけは俺は意識して守ってきた。
最低な事を自分の子供に教えていたと、今ならわかる。
だけど、『困っている人が居て、俺の力で助けてあげられそうなら――その人を救ってあげなさい』はいい言葉だと思った。
だからこそ、俺はこの言葉を守ってきたが……そうだな。
俺は全てを殺さなければいけないんだ。『魔族』を『信者』を――
ならば、手段なんて選んでいる場合ではないな。
「なぁ、サナエ」
「うん? 何?」
「その可能性を引き当てたと言っていたが、なんなんだその可能性っていうのは?」
俺はいつもの雰囲気を崩さないようにして、サナエが言っていた「可能性を引き当てた」とは何のことか聞いてみた。
俺の予想では、きっとサナエは誰かを守ろうとしているんだ。
俺を守るとは言っていたが、俺とサナエは初対面だ。だから、俺である可能性はないはず。あんな風にされたら勘違いされそうだが。
だから他の誰かのはずだ。今の俺ならそれなりに実力はある。きっとサナエの守ろうとしている人を、俺も守れるはず。
「そうだね…………教えない!」
そんな事を言いながらサナエは立ち上がる。
俺が利用しようとしている事に気が付いた?
俺は演技は素人だからその可能性はある。
もしそうなら不味いな――
サナエとの関係は全て壊れる。
「あ。勘違いしないで欲しいんだけど~、もともと誰かに言うつもりなかっただけだからね」
なるほどそういう事か。
その言葉に安堵をして笑顔を向けて口を開く。
「別に気にしてないから大丈夫。何かはわからないが頑張れよ」
「うん!」
笑顔を俺に見せてくれる。
ドキリと胸が高鳴り。そして、一瞬本当に一瞬だが……誰かの笑顔が掠めた。
それと同時に頭痛が起こる。
今までで一番の痛みに俺はうずくまり、頭を押さえる。
「楓君!?」
激しい痛みと吐き気が襲い掛かる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
過呼吸の様に呼吸が乱れていく。
「大丈夫……じゃないよね。どうしたの!」
「わか……な……い。とつ……ぜん痛みがぁ」
「もしかして……」
痛みで動けなくなっている俺の頭を優しく持ち上げると、サナエは自らの膝の上にのせ。顔を近づけてきた。
そして耳に息がかかる気配がする。
「汝、時はまだ放たれるべき時期ではない。優しき向かい風よ、再び扉を閉めよ」
その謎の呪文が終わると。痛みが次第に引いていく。そして、それと同時に睡魔が襲い掛かり、抗う事を許さず瞼を強制的に閉じさせた。
意識が遠のく感覚の中、優しい声が途切れ途切れに聞こえた。
「ごめんね………かえ……ぱい」




