3話 怪しいお店、親切な少女
「到着しましたね」
「そうだな」
何とか町に到着することができた。
ここまで何時間かかったのかわからないが、おそらく四時間程度だろう。
流石にそれだけ歩くと太陽も傾いて、辺りは夕焼けで真っ赤に染まっている。
「ここまで護衛してくれてありがとう」
「いえ。私も用事ありましたし。流石に襲われてた人を置いていくのは、ちょっと気が引けましたから」
「いや、本当にあの時は助かった。リリーは用事あるんだよな? 流石にこれ以上は悪いから、もう行ってもらっていいよ」
「そうですか……では、お言葉に甘えて先に行かせてもらいますね」
「あぁ」
それを合図にリリーは歩き出す。
しばらくそれを眺めると、息を一つ吐く。
彼女は俺を助けてくれた恩人だ。しかし、途中で見せたあの感じ――あれは少し恐怖を感じた。
あれ以降普通だったのだが、頭から離れないので気が休まることは無かった。
そして、今彼女が行った事で俺の中で湧き上がっていた緊張がほぐれるたのだ。
「まぁ俺が警戒してるのはリリーも気が付いていそうだが」
そんな独り言をつぶやき、俺はあたりを見渡す。
見るからに西洋の街並み、といった雰囲気が漂う町だ。
町を歩く人々は俺が居た所とは違い、学生服やスーツといった服を着ている人もいない。
「さて。まずは宿屋を探すか」
流石に野宿とかは嫌だ、何よりお金は結構持っているのだ。
宿屋の値段によるだろうが、しばらくは暮らせるはず。
そして、何か仕事を見つければ、それで生活していけるかもしれない。
まぁ、今色々考えても仕方がないので、とりあえず宿屋を見つける事を優先にしないと。
しかし、こうして歩いてると色々なお店がある。
アクセサリーショップに野菜など売っている八百屋ポイ所だったり。
しかもそのどれもが、俺の居た世界にあった物と似ているようで、少し違うものばかり。
先程も思ったがこうやって見ると本当に別の世界って感じだ。
☆☆☆
「宿屋、宿屋……」
周りをキョロキョロと見渡しながら宿屋を探す。しかし、今の俺の挙動は他人から見れば、不審者と間違えられてもおかしくない。
それほどまでに周りをキョロキョロとしているのだ。時々、人の視線感じるし。
それは置いといて。本当に宿屋が無いな――かれこれ、30分くらい探している筈なんだが、何処にあるんだろうか?
やっぱりこの町の人に聞いた方が早かったかもしれない。宿屋くらい直ぐに見つかると思っていたので、町の人に聞かなかったのだが、これだけ探しても見つからないとなるといい加減町の人に聞くしかないだろう。
それから少し歩いて俺は自分で探すのを諦めかけた時――一つの道が目に入る。
こういう町の裏通りは危険だったりするがこれだけ探しても見つからないのだ。
だとしたら、裏通りにあるのでは? という考えが頭をよぎる。
ゴブリンに襲われたりして、精神的にも限界が来ていた俺はいつもなら考えるところを直ぐに行動に移す。
「ん?」
裏通りに入ると直ぐに一つの店を見つける。
もちろん宿屋という雰囲気の店ではない。
むしろ、宿屋とはかけ離れて客を寄せ付けない不気味な雰囲気を漂わせている。
しかし、俺はアレがどんなお店なのか――そういう好奇心が疲労した心を押し退け現れる。
もしかしたら、ちょっと雰囲気が悪いだけの普通のお店かもれない。
そんな言い訳を心の中でしつつ、店に近づく。
そして少し近づくと扉に営業中と書いている立札が見えた。
やはりここは何かのお店のようだ。
「失礼……します」
恐る恐る扉を開く。すると扉についていたベルがチリンチリンっと鳴り響いた。
そして、お店の中にいた一人の半袖の赤い服を着た筋肉質な男性がこちらに目を向ける。目が合った時、思わず後退る。
「あん? なんだガキ。ここはお前の様な奴が来る場所じゃねーぞ」
開口一番暴言が飛んでくる。
あの人はお店の店主か? だとしたら愛想悪いにもほどがある。
いや、愛想悪いとかそんなレベルではないな。普通ならもう潰れていてもおかしくない。
とはいえ、確かに俺が来る場所じゃなさそうだな
俺は周りを軽く見渡す、辺りは武器だらけで剣、盾、ナイフ、そして拳銃っぽい物も置いてある。
あの拳銃みたいなのは魔法銃か?
魔法銃――転生黙示録では魔力を弾として飛ばすことのできる武器だ。
ゲームでの説明では通常の弾も装填できる様になっていて、また、魔力を籠めればその弾に炎や氷を纏わせて発射させることもできる。という事が書いていた。
だけど確か……魔法銃は結構大きい町にしかなかったと思うのだが、まぁそれはゲームの時の話だから多少の違いはあるのかもしれない。
しかしここの商品は結構年期が入っている物が多いな。
ちゃんと使えるのだろうか?
俺がそんな事を思いながら店の中を見ていると、店主と思われる人物の目がさらに鋭くなり見るからに苛立っていた。
流石にこういう所は、さっさとおさらばするのが一番だと思いお店を出ようとする。
いや待てよ? 目的の宿屋ではないが、一応宿屋どこにあるか聞いてみるか。流石にそれくらいならこの店主も教えてくれるだろう。
「あのーちょっといいですか?」
「なんだ?」
「宿屋探してまして。もし、よかったら教えてもらえないかと」
「あん?」
めちゃくちゃ睨まれた。宿屋の場所聞いただけなんだがな、なんでそんなに苛立っているのか。
「何で俺がお前なんかの為に教えなくちゃいけない。勝手に探してろ」
宿屋すら教えてもらえないのか、見た目どおり親切に教えてくれる人じゃ無かったみたいだな。
仕方がない、と思い。お店を出ようとすると――
チリンチリン
誰かが入って来て、その人物と目が合う。
「あれ? お客さん?」
その人物はクリーム色のショートカットにピンク色の服、赤いスカートをはいている。
身長も160くらいだろうか? 背が高いわけでなく、低いわけでない。女性として普通の身長をしている。
というかなんだ? なんで彼女は俺の顔をそんなにジッと見てくるんだ?
俺の顔に何かあるのだろうか?
「ココナか……早かったな」
「うん。目的は決まっていたからね」
目的? と疑問に思ったが、その疑問はすぐに解決される。
少女の手には鞄があり、その中に野菜などが入っているのだ。
おそらく買い物帰りだと予想できる。そして、彼女の言っていた目的とは今晩の献立が決まっているから、それに必要な材料の事を指しているのだろう。
「…………どうかしました?」
少女が俺の事をジッと見ていたため、首を傾けて聞く。
「ああ、すみません。それじゃ失礼しますね」
ココナと呼ばれていた彼女は俺の隣を通り抜ける。
俺も長いするわけにはいかないので、お店を出る事にした。
店を出ると息を吐く。
こんな場所にあるのが宿屋な訳ないとは思っていたが、とんでもない場所だったな。
まさかあんな態度の悪い奴が居るとは。
店主の言動を思い出し、苦笑いして俺は再び宿屋を探しを再開するために歩きだす。
正直もうこのお店には関わらない方が良さそうだ。あの店主もただ怖い顔してるだけで、実は優しいなんて感じでもなかったし。まぁココナって呼ばれてた人は優しそうな人だったけど。
「待ってください」
俺が来た道を戻ろうと何歩か歩いた辺りで、後ろからベルの音と同時に呼び止める声が聞こえてくる。
後ろを振り向くと、先ほどココナと呼ばれたた少女が立っていた。
なんだろう? 俺に何か用なのだろうか。
「はい? 何か御用ですか?」
「ごめんなさい。私のお父さんがひどい事を言ったみたいで」
そう言って深々と頭を下げる。
あぁ――さっきの店主にでも聞いたのかな? そしてわざわざ謝りにきてくれたっと。
「いえ。大丈夫ですよ気にしてませんので」
「いいえ! そうはいきません!! お父さんが失礼な事を言ったのは事実ですから。娘としてお詫びをしないと気がすみません」
困ったな。俺はこの子に何かされたわけでも、言われたわけでも無いだがな。
ん? 今とんでもない事言わなかったか? お父さん? 今のガラの悪い男がお父さん? 全然顔似てないな。お母さん似なのか?
「本当に大丈夫ですから」
「先ほども言いましたが、私の気が済まないんです! お父さんから、宿屋を探してると聞きました。よければ私に是非案内させてもらえないでしょうか! お願いします」
グイっと顔を近づけてくる。
その距離はかなり近く、顔に鼻が触れそうなほどだ。そんなに近づかなくていいから。肩を押して離れさせる。
まぁ、宿屋を人から聞いて探すより案内してもらった方が楽だし。お言葉に甘えさせてもらうか。
「わかりました。それじゃあ、お願いします」
「本当ですか!! ありがとうございます!」
いや、ありがとうって言うのは本来こっちの方な気がするが……まぁいいか。
「それじゃ、早速案内しますね!」
そう言って俺の手を握る。その行為に一瞬ドキリとしてしまう。
女の子と手を握るなんて何年ぶりだろうか、小学生以来な気がする。いやもっと最近にも誰かと握った気もするが、恋人とかはいなかったし気のせいだろう。
「どうし――あ。ごめんなさい」
俺が動かない事を疑問に思ったココナは振り返ると、自分が手を握っている事に気が付き謝罪の言葉と一緒に手を離す。
柔らかく暖かった彼女の手が俺の手から離れる。少しだけその握られていた余熱が消えていくのを寂しいと思った。
俺が自分の手を見て再び視線を彼女に戻すと、ココナは少し赤い顔をしながら俺と同じ様に手自分の手を見つめていた。
「どうしたの?」
「いいえ、では案内しますね」
「はい、お願いします」
☆☆☆
表通りに出てきて5分くらい歩いた時、人が集まっている場所を見つけ、なんとなく気になり足を止める。
「何だろう? あれ」
「さぁ? それに何か憲兵の方もいらっしゃるみたいですね」
憲兵――やっぱりそういう人達もいるんだな。
よく見てみると、武装している人たちが何人か居るのがわかる。おそらくあれが憲兵の人達なんだろう。
「気になります?」
「まぁ少しは……ね」
「あまり、ああいうの気にしない方がいいですよ? 関わっても、ろくなことになりませんから」
まぁ、関わろうとは思っていはいないが、確かに関わったらろくなことにならないのは俺も同意だ。
「それに。おそらくですけど。あれはまた犠牲者が出たんだと思います」
犠牲者? 犠牲者ってこの町では何か事件でも起きているのか?
「犠牲者って?」
「この町では、今、連続殺人事件が起きてるんです、犯人はまだ捕まってないみたいなんで。怖いですよね」
「そうですね……」
連続殺人事件か……俺自身の身に危険が及ばないことを願っておくか。そして、早くその犯人が捕まることも……な。
「ここに居ても仕方がないですし、行きましょうか?」
「はい」
それから歩くこと10分くらいしたころで、ココナさんは声をあげる。
「あ」
「ん? どうかしました?」
「ほら。あそこ宿屋が見えてきましたよ」
俺はココナさんが指を指した方を見てみると、赤い色の屋根が目立つ建物が建っていたいた。
どうやら、あれが宿屋のようだ。しかし、予想以上に町の入り口から離れていたな。こういうのは旅人が来てもすぐにわかる様に入り口の近くにあったりするのでは無いだろうか?
ゲームでもそう言った説明されていたはずなんだがな……。
「あれが宿屋なんですね」
「そうです」
「案内してくださって、ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそお父さんがご迷惑おかけしました。えっと……」
ふと、ココナさんが何か困ったような顔をする。
俺はどうしたのだろうと、頭を傾ける――
「その、お名前を教えていただけませんか?」
「あ」
そう言われて俺は間抜けな声を上げる。
そういえば、ここまでの間にお互いの自己紹介をしていない事に気が付いた。
俺はこの子のお父さんが名前を言っているのを聞いているから、一方的にココナという名前は知っている。だけど、彼女は俺の名前を知らない。
流石にそれは不公平だよな。何より、ここまで案内してもらったんだ。名前くらい名乗らないと。
「そういえば、名乗ってませんでしたね。上代楓って言います」
「カミシロ……カエデさん?」
「はい」
「私はココナ・エンドゥ。カエデ君とお呼びしてもいいですか?」
「ええ、構いません。エンドゥさん」
「私の事はココナでいいですよ。名前で呼ばれるの好きなので。あと敬語もいらないです」
ココナはにこりと笑った。
初対面でいきなり名前呼びか――ちょっと恥ずかしい気持ちもあるが、本人がそっちの方が良いと言っているのだ、遠慮なくココナと呼ばせてもらおう。
「わかった。じゃあココナ案内ありがとう。それからココナも敬語はいらない」
そう言って俺は手を前に出す。その行動の意味を理解してくれたのか、ココナも手を前に出して掴んでくれる。
「うん、わかった。あ。それから、カエデ君。もし困ったことあったら言って、できる範囲で助けるから」
それは助かる。ゲームの知識はあるが、ゲームとは違う点が多々ある。
だから、ほぼこの世界の事を知らないのと同じ状態なのだ。そんな状態で日々過ごすには難易度が高すぎる。
「そうか。なら色々と助けてもらおうかな」
「うん。どんどん助けちゃうよ。あ。でも今日は無理かな、お父さんの手伝いしないといけないから」
「今日は大丈夫だ。本当に案内してくれてありがとう」
「うん。じゃあ私戻るね。また明日ここに顔だすから」
「わかった」
俺の言葉を聞いてココナは軽くうなずくと、「またね」と言って走り去っていった。
随分と明るい子だったな。転生した時に魔物に襲われたり町に来ても宿屋の場所がわからなかったりで、色々あったけど彼女と知り合えたことが、今日初めての嬉しい出来事かもしれない。
リリーとの出会いは喜んでいいのかはわからない。
彼女は闇が深すぎる気がする――
できれば、あまり関わりたくない人物ではあるが……何故だろうか? 彼女とはこれからも出会うようなそんな気がする。
「さて、宿屋に入るとするか」
「いらっしゃいませ」
宿屋に入ると直ぐに受付の場所が目に入った。そして左側にはテーブルが並んでいて何人かの人が食事をしているのが見える。受付の右側には階段があるから、2階が宿泊する人の部屋がある場所になっているのだろう。
「あの宿泊したいですが、部屋空いていますか?」
「はい。大丈夫です。宿泊でしたら、一泊銀貨五枚となります」
銀貨一枚がどれだけの価値あるのか不明だが、とりあえず、銀貨五枚なら持ち合わせがあるので支払って部屋へ案内してもらった。
そして、部屋に到着すると直ぐにベッドに飛び込む。
「はぁ……疲れた」
全く女神アテーナも困ったものだ。
彼女の願いは一体なんだったのか……一体誰を助けて欲しいと言うのだ。
ちゃんと言ってくれれば良かったんだけどな。まぁ俺が助けられるかはわからないが、それでも、アテーナの個人的な理由での転生は断ることは無かっただろう。
俺だってもっと生きていたかったからな。転生させてもらえる条件として出されるなら受けていた。
今頃俺の葬式とか開かれているのかな? 開いてはくれているだろうが、あの両親が悲しんでくれているのかそれすらも怪しい。
しかし、ここまで疲れるとはな。
色々と知らない事もたくさんあるし、明日ココナに色々聞くとしよう。
この世界の事、そしてお金の価値についてとかな。
俺はその夜は睡魔に身を任せそのまま眠りにつき、翌日を迎えた。