5話 サナエとルトガア二人の出会い
朝食を食べ、俺は部屋に戻るとすぐに準備をする。
「楓様」
「ん? どうしたアリア?」
「あの……付いて行ってもいいですか?」
アリアは少しわがままを言う子供のような目をしながら、そう言ってくる。
「別に構わないが、あんまり面白い物でもないぞ?」
「構いません、ただ、見ていたいのです」
アメジストの瞳をこちらに向けられる。
その瞳は先ほどとは違い、何かを決意している目だった。
「断るのは無粋……か。わかった。なら来い」
「はい!」
俺たちは準備を済ませると、昨日サナエと戦った場所に来ると、そこではすでにサナエとルトガアが待っていた。
「待たせたか?」
「いいや、そんな事はない。弟子のサナエが早すぎただけだ」
「ちょっと師匠? それは酷くないですか? 師匠だって、いつもはわたしより起きてくるの遅いのに、今日はわたしより早かったよー」
「今日はたまたま早くに目が覚めただけだ」
「うそだー! 今までそんな事無かったのに!」
わいわいと騒いでいる二人を見ていると、俺にだけ聞こえるようにアリアが話しかけてきた。
「なんだか、師匠と弟子というより、父と娘みたいですね」
そう言われ改めて二人を見る。
確かにあの二人は師弟というよりは、家族みたいだ。
再びアリアの方を見ると、まるで懐かしい物を見るように目を細めてみていた。
俺は何となく頭をなでる。
「あの……楓様?」
「ん?」
「これは?」
「さぁな」
俺はアリアの頭から手を下ろすと、いまだに言い争っている師弟に声を掛ける。
「おい。そろそろ、始めないか?」
「む? そうだな。おい、バカ弟子さっさと始めろ」
「バカ弟子ってなんだよー、まぁそろそろ始めないといけないのは確かだけど」
そう言って、サナエは少し大きめの袋を持ってこちらに近づく。
そして、その袋を開けると竹刀を取り出す。
「はい」
そんな声と同時にこちらに渡してくる。
「あ。ありがとう。でもよくそんな袋なんてあったな」
「えへへーこれはわたしの特注して作ってもらったのー、この竹刀も同じだよ」
「へー」
「まぁこれの事は置いといて、始めようか」
「あぁ」
「じゃあまずは構え方からね」
俺の横に立つと、こちらに顔を向ける。
「さて、楓君は構えは何かこだわりある?」
「ないな。というか、構えってそんなに種類あるのか?」
「あるよー。例えば、わたしが霞の構えとかね」
そう言ってサナエは刀を顔の近くまで上げると、刃を横にした。
これが霞の構えのようだ。確かに良くサナエが使っている構えだ。
あの鎧の男と戦った時も、俺と戦った時も構えていたやつだ。
そして俺も同じ様に真似してみる。
「おーかっこいいよー」
「ありがとう」
んー確かにかっこいい構えだが、なんだかしっくりこない。
「うーん。なんかぎこちないね」
「あぁなんかしっくり来てない」
「まぁ色々の構えをしてみようか」
そして、サナエは一つづつ言っていき、その構えをしてくれる。
俺はそれを真似する。
最初は正眼の構え、次は上段の構え、下段、脇構えなどを取っていく。
そして一通り構えを取った後、サナエが俺に向かって口を動かす。
「どう? 何かしっくりするものあった?」
「うーん。特にはなかったが、まぁしいて言うのなら正眼の構えかな」
「あーなるほど」
何故か納得したように言う。おそらくサナエから見ても正眼の構えが一番良かったのだろう。
実際、俺も他の構えよりも正眼の構えの方がしっくりしていたからな。
「じゃあ、その構えで素振りをしてみようか」
「あぁわかった」
言われた通り、一回、二回、三回とその場に素振りをする。
「うーん。もっと早く振れる?」
「……わかった」
俺は言われた通り、先ほどより早く素振りをする。
そして、サナエは手を口に当てて首をひねる。その愛らしい仕草を見続けていると、何かを思いついたかのように手を叩く。
「わたしも正眼の構えをするから、それで模擬戦しようか?」
「はぁ?」
「ほら、その方が刀を振る鋭さも上がると思うし、何よりわたしが目の前にいた方が覚えやすいでしょ」
まぁ確かにその通りなのだが、それなら別に模擬戦じゃなくてもいいのではっと思ってしまうが、それでもサナエの言う通り目の前にお手本があれば、それを真似すれば何か感覚を掴めるかもしれない。
「わ、わかった」
「じゃあやるよー」
そして俺の横にいたサナエは俺の目の前に移動して、俺と同じ様に正眼の構えを取る。
息を大きく吸う。
サナエも同じ様に大きく息を吸っているのだろう、大きすぎず小さすぎない胸が少しだけ上下した。
そして静寂が辺りを包む。
お互いに動くタイミングを見計らう。
無暗に動けばこちらが逆に取られる。
しかし、動くタイミングを逃してもやられる。
動くタイミング――その一瞬を俺とサナエは見極めるために集中する。
一筋の風が吹き草木が揺れ、静かな音色を奏でる。
そしてそれが止まると同時にサナエが動く感じがした。
俺はそれを感じ、焦って動いてしまう。
しかし、それがいけなかった。
サナエは少し口の端を上げると、一気にこちらに近づき竹刀を振るう。
俺もほぼ同じタイミングで振るったが、一瞬――刹那の反応の遅れが原因で敗北する。
「わぁ……」
「ふむ……」
「あのルトガア様」
「なんですか?」
「どちらが勝ったのですか?」
「サナエだ」
素人目ではどちらが勝者なのか判断ができないが、間違いなくサナエが勝者だ。
「まるで剣道みたいだな」
俺は今の模擬戦をそう感じた。
「さぁ、次いくよ!」
「あぁ」
そう言って再び正眼の構えを取る。
それから、四時間くらい同じことを繰り返した。
「はぁはぁはぁはぁ」
「ふー、結構疲れたね」
そんな事を言いながらもまだ余裕の様に見える。
まぁ俺も息は乱れているが、まだ体力はある。
「さて、今日はここまでにしておこうか」
「そうだな」
「楓様!」
俺たちが終わりにしようと言うと、アリアが近づいてくる。そしてその手にはタオルが握られていた。
「どうぞ」
「ありがとう。悪かったな、つまらなかっただろ?」
「いいえ。楓様が頑張っている姿が見られてよかったです」
少し幼さが残る太陽にも負けない笑顔をこちらに向ける。
俺はタオルを受け取ると、顔や首の汗を拭きとる。
そして俺は汗を拭きながらも頭の中で、今日の模擬戦という名の特訓を思い出す。
この四時間の間にしたことはずっと同じことだったが、一つわかったことがある。
自分が今までどれほど荒削りな刀の振り方をしていたのか理解できた。
「もっとちゃんとした振り方を覚えないといけないな」
俺がそんな事を思っているとアリアはサナエにもタオルを渡しに行っていた。
そして二人は笑顔で何かを話している。
「楓」
俺が二人を眺めていると、ルトガア声を掛けてきた。
「ルトガアか」
「お前何かつかめたか?」
「まぁ少しはな」
「そうか、サナエはどうだ? 強いと思ったか?」
その質問の意味は全く理解はできなかったが、それでも何か答えなければ失礼になる。
だから素直な感想を言う事にした。
「あぁ強い。こうやって何度か打ち合ったが、まだ勝つには長い年月が必要かもしれない」
「そうか――少し、昔話をしようか」
「なんだいきなり?」
「まぁ気にするな。久々に弟子が真面目に取り組んでいたから、弟子の手助けをしてやるだけだ」
意味がわからない。
久々に弟子が真面目にしていたからご褒美をあげるならわかるが、何故手助けなのだろうか?
「サナエはな、この森で拾ったんだ」
「拾った?」
「あぁ、一人路頭に迷っていて魔物に襲われていたところで、俺が助けた」
「サナエが魔物に襲われていた? そいつは相当強い魔物だったのか?」
「いいや、その辺にいる雑魚だ。だが、あの時はサナエも弱かった――心が」
なるほどそういう事か。
心――つまりサナエは俺が初めてこの世界で来た時のような状態だったんだな。
魔物を殺す事を躊躇いを覚えていたあの頃の俺の様に――
「意外だな」
「いまでは想像が付かないだろうな。だが、最初はサナエもそうだったんだ」
「ふーん。で、貴方が助けて、そして鍛えて、今のサナエが出来上がったのか?」
「少し違うな。確かに助けたのは俺だ。だが、あのサナエの強さは元々アイツが持っていたものだ」
そう言いながらサナエの方に顔を向ける。
そして俺もそれに釣られるように顔を向ける。
俺達の視線に気が付いたサナエがこちらに手を振っていくる。俺は手を上げる。
だが、ルトガアは振られる手を見続けるだけだった。
再びサナエがアリアとの会話に戻ると、ルトガアも口を再度動かす。
「アイツは天才だ」
「へー、そこまで言わせるか」
「アイツを助けてから、しばらくしてサナエから自分を強くしてくれといわれたんだ」
「それで特訓をしてやったと?」
「そうだ。だが、俺は弟子を取るつもりもなかったからな、条件を出した」
「その条件は?」
「俺と戦って一撃を入れてみせろ、だ」
なんと無茶な条件を出して来る。
ルトガアは仮にも戦神と言われるほどの武人。そんな人に一撃入れるのがどれほど大変か俺は良く知っている。
俺をここまで強くしてくれたゼル師匠に、一撃入れるのは六カ月はかかったからな。
「で、戦ってサナエは一撃入れる事ができたと?」
「最終的にはな。だが、最初は俺に一撃を食らわせることすらできなかった」
「もしかして、何回も挑まれたのか?」
「あぁ」
「なるほど。でも追い出す事もできたんじゃ?」
「…………それはできなかった」
「何故?」
俺がそう問いかけると、目を瞑り険しい表情をした。
少しの間が空き、目を開けると、口を動かす。
「サナエは俺の娘に似ているんだ」
「そうなのか?」
「あぁ性格は違うが、あの姿と雰囲気が似ていたんだ」
まさか戦神ルトガアに娘がいるとはな。
少し驚いたが、他の疑問が頭に浮かんだ。
今その娘はどこにいるのだろうか? そして妻は、と。
これは本来踏み込むべきところではないのかもしれない。
しかし、それでも自らの好奇心には勝てなかった。
「その娘は今何処にいるんだ?」
「……」
再び無言になる。
できれば、俺の考えが外れであって欲しいと思っていた。しかし、このルトガアの無言が俺の考えていることが正しいと肯定している。
「死んだ。娘も妻もな」
やはりそうか。
「その――悪い」
「気にするな。悪いのは全て魔物だ」
俺は今の言葉を聞きぞくりとした。
魔物――その部分を発した時のルトガアの声は怒り、そして恨みが込められていたからだ。
「そうか……それで、サナエを追い出せなかったんだな」
「あぁ全く困った奴だったよ。一日一回は勝負を仕掛けてきていたからな」
「それで、貴方に一撃与えるのに何カ月かかったんだ?」
「三ヶ月だ」
三ヶ月――俺よりも早い。
ゼル師匠からも俺は才能があるとは言われていた。
しかし俺よりも剣の才能がサナエには会ったのだろう。
「早いな」
「ふ、俺も驚いた。まさか俺に一撃を与えるとは思っていなかったからな」
「一撃を与えられた時のことを聞いても?」
「あぁ、いいぞ。まぁ多少なりとも予感はあった。サナエは俺と戦う度にどんどん剣の練度が上がっていっていたからな」
「そいつはすごいな」
「あぁ、そして俺に一撃を与えたあの日――サナエはこう言ったんだ。今日で一撃を与えてみせる、とな」
宣言したのかサナエは、そしてその宣言通りサナエはルトガアに一撃を与えた。
これは俺の勝手な想像だが。おそらくサナエは日々のルトガアとの戦いで身体能力、反射神経、戦いの癖などのを見極めていたのだろう。
ルトガアはサナエの事を格下と見ていたはずだ。もちろんそれは間違いではない。しかしそこがルトガアに一撃を与えられる、唯一の隙だったのだ。
相手が格下ならば多少は気を抜く。おそらくそこを突いたのだろう。
「まさか宣言通り一撃を食らわされると思わなかった」
「なんで一撃食らったんだ?」
「お前なら既にわかってはいると思うが、サナエを格下だと見ていた。そしてそのため少し攻撃する際に手を抜いていのだ。だが、そこをサナエに突かれた」
「凄いなサナエは」
「あぁ本当にすごい奴だ。まさかあの三ヶ月間、己の実力を押えて戦っていたのだからな」
「何?」
「まぁ正しくは戦い方を騙していた、だがな」
「それはどういう意味だ?」
「サナエはな俺と戦って来た三カ月間ずっと律儀に武器を構えて攻撃してきていたんだ。真正面からな」
なるほど、そういう事か。
ずっと真正面から攻撃を仕掛けて、こいつはこうい律儀な戦い方をする奴だと錯覚させたのか。
もちろん、それでもサナエは全力だっただろう。
ルトガアほどの歴戦の猛者なら、サナエが手を抜いているのか、そうじゃないのかくらいは判断が付くはずだ。
相手を油断させるには、騙すしかない。しかし並み大抵のことではダメ、ならば全力でありながらも全力じゃない矛盾の戦い方をしなければいけない。
「楓」
「ん?」
「アイツの本当の戦い方はな。刀が折れたとしても、その鞘で、鞘が折れたとしても、拳で戦うような荒々しいものなんだよ」
あれ――なんだ? その戦い方を俺は知っている気がする。
「あの時は度肝を抜かれた。今まで真正面から正々堂々と戦ってきていたのに、まさか、あれやこれやと、色々な物を利用して。最後は俺に拳をぶつけやがった」
ルトガアは昔のことを思い出し、少し懐かしむような顔をする。
しかし拳をぶつけるとはな。
確かにルトガアの話を聞く限りだと武器で一撃を与えろ、などとは言っていない。
「ふっ」
ふいにルトガアが笑う。
「何を笑っているんだ?」
「拳をぶつけてきたサナエが放った一言を思い出したんだ」
「何を言ったんだ?」
「聞きたいか? なら、教えてやろうサナエはな軽く俺に拳を当ててこう言ったんだよ――」
「一撃……当てたよ。これでわたしを強くしてくれるよねって言ったんだよー」
その声はルトガアの物ではなく、どこか間の抜けた陽だまりのような声が聞こえる。
そして声のした方に顔を向けると、サナエとアリアが立っていた。
「全く。人がガールズトークしている時に男二人でなんの話をしているのかと思ったら。わたしの過去を話しているなんて」
「師匠としてこいつにお前のことを知って貰おうと思ってな」
「え? なんでそんなことをする必要があるの?」
「昨日楓の話ばかりだっただろ? だからもしやと思ったが、違ったのか?」
ルトガアのその台詞にサナエはみるみる赤面していく。
「な!? そんなの余計なお世話だよー」
そしてここに来た時を同じ様に再び言い争いを始める師弟。
そんな姿を見ていた俺だったが、ふと、アリアが独り言の様に呟く声が聞こえた。
「むむ……強敵が現れた気がします」
意味は全く理解ができないが、おそらく俺には関係が無いことだと思ったので、スルーすることにした。
そして、その後は二人の言い争いが終わるのを待ち、一日が終了。




