3話 怒るアリア
俺は死を覚悟した――
そう死を覚悟したのだ、何故ならつい先ほどまで彼女は俺を殺す気で来ていたのだから、しかし俺はまだ死んでいない。
何故――そう聞かれれば、答えは一つしかない。俺の身体ギリギリでサナエは刃を止めているからだ。そして今の彼女からは殺気は全くない。
「びっくりしたー?」
いたずらが成功した子供のような笑顔を向けられ、呆気に取られてしまう。そしてそのままゆっくりと刀を鞘に納める。
鞘に収まった音で我に返り、俺も自らの刀を鞘に納める。すると、誰かが走ってくる音が聞こえドンッと衝撃が走ると、数歩後ろに足を動かし、飛びついてきた人物を見る。
「いきなりびっくりするだろ。アリア」
「よかったです楓様」
アリアは俺の身体に抱きつきながら泣いていた。全くいつもの強い姫様はどこにいったのやら……。そんな事を頭に浮かべながら頭を撫でる。
こんなところをメアリーに見られたら、この場で雷が落ちていただろうな。アリアを泣かせるような事をするなって――
思わず微笑んでしまう。
だがタイミングが悪かった、俺の胸で泣いていたアリア・レイチェルが丁度顔を上げていたのだ。
これは不味い、と思うと同時にアリアは口を動かす。
「何を笑っているのですか?」
「いや……あの」
「なんですか!? 私を困らせて! 心配させて楽しんでいるのですか!?」
「いや、だから。そうじゃない」
「そうじゃないなら、なんで本気で殺し合ったのですか! サナエさん貴女もです!」
「わ、わたしも?」
火の粉はサナエにも降りかかり、燃え移る。
こうなってしまっては、燃料が燃え尽きるまでずっと激しい炎を灯らせているだろう。
そして全く火の粉のかかる心配のないルトガアは、こちらを見ながら少し微笑んでいた。
「まったく、楓様! 本来サナエさんと戦うのは実力を見極めるためでしたよね?」
「あ、あぁそうだな」
「だったら、どうしてあんな事になるんですか!」
その後、いっこうに怒りが収まる気配のないアリアに俺とサナエは謝り続けた。
今回でわかった事はアリアは普段は明るく優しいアリアだが、怒らせると怒りを鎮めるのが大変だと言う事を知ることができた。今後は注意しないといけない。
「はぁはぁはぁはぁ」
「お、収まった?」
サナエがそう言うと、アリアはサナエを睨む。サナエは「ごめんなさい」と言い、身体を縮こませる。
その姿はまるで蛇に睨まれた蛙の様だった。かくいう俺も似たような状態だ。
サナエから目を離すと、今度はこちらを睨みつける。そしてその目はジッと俺を見据える瞬間――ふっとアリアの周りに渦巻いていた怒りのオーラが消えた感じがした。
「これに懲りたら、もう心配させないでくださいね?」
「……わかった」
「わたしもやり過ぎました」
俺達二人が返事をすると、今までずっと様子を見ていたルトガアが話掛けてkる。もちろんその顔はニヤニヤしていた。
そして俺の隣で正座していたサナエから、「師匠後で覚えていてくださいね」というつぶやきが聞こえる。額に汗を流しながら、内心女って怖いモノなんだな、と思っていた。
「いやー面白い物見せてもらったぞ、さて、楓、うちのサナエはお目にかなったか?」
「ええ、十分です。むしろ予想以上でした」
「そうか良かったなサナエ」
「そうだねーこういう風に褒められるのは、やっぱり悪い気はしない」
サナエと俺は立ち上がる。そして俺はサナエの方へ向きサナエの目を見る。一瞬びっくりしてサナエは目を逸らしたが、すぐに俺の目を見つめてくる。
俺は意を決して頭を下げる。人に頭を下げるのは一年ぶりくらいだろう。そう――ゼル師匠に鍛えてくれるようにお願いしたあの日だ。
「お願いします。俺に、俺に剣術を教えてください」
三者が見つめる緊張感の中、サナエの返答を待つ。
そして微かに息を吐く音が聞こえ、続けてサナエの声が聞こえる。
「わたしなんかで良ければ」
その言葉を聞き顔を上げる。するとサナエは笑っていた。どこか懐かしそうに――
「ふ。さて、色々まとまったところで俺から一言言いたい」
「なんだ?」
「お前傷は大丈夫なのか?」
「え?」
そう思い俺は自らの身体を見る。するとそこには血が滲み出て赤く染まったいる箇所がある。
あ――
「あわわわッか、楓様!」
「ご、ごめん楓君!」
俺の傷を思い出し二人は慌て出す。というか、俺もすっかり忘れていた。戦いで興奮していたからなのか、痛みも感じなかったし、何より先ほどのアリアの怒りを収めるのに精一杯だったからな。
まぁこのぐらいの傷ならほっといても死にはしないだろう。だが――傷口から菌が入ってしまう可能性もあるし応急処置くらいはしておくか。
「あぁ忘れてた。ちょっと応急処置しないといけないな」
「楓様! 傷を見せてください」
「え?」
俺が答えるよりも早くアリアは服をたくし上げ、傷口に手が当たるか当たらないくらいの距離に手を置く。すると彼女の手が光だし、手が当てられている場所が暖かくなっていく。
治癒魔法か――
「アリア治癒魔法使えたのか?」
「はい。黙っているつもりは無かったのですが、楓様が怪我をする様子も無かったですから……」
言うタイミングを逃していた、いやうかがっていたのか。
それからしばらくして、俺の傷は塞がった。
「ありがとう。アリア」
「はい」
ニコリと太陽の様な笑顔を向けてくる。それを見てこちらも微笑んでいると、サナエが口を開く。
「さて、楓君の傷も治ったし、ヒダの町でも案内しようか?」
サナエがそう提案してくる。それと同時にアリアの反応を見るためにチラリと見る。すると、アリアと目が合ってしまった。どうやら同じ事を思い、同じ行動をしてしまったようだ。
なら、答えは決まっているな。
「わかった。ならお願いする」
「はい、私もお願いします」
「よし、それじゃあ。まずは甘い物を食べられるところから案内しよう」
その言葉にアリアは目を輝かせる。
やっぱり女の子だな。
別に俺も甘い物が苦手なわけでもないし、何よりアリアが喜んでいるのなら、問題ないだろう。
「それじゃあレッツゴー」
「れっつごおー?」
「早速行こうかってことだ」
「そうなんですね。れっつごおー!!」
レッツゴーの言葉に意味が分からず戸惑っていたが、俺が意味を教えてあげるとすぐに元気よくサナエの真似をして、手を上にあげる。
このノリの良さはアリアのいいところだな。




