10話 侵入者
コンコン。
俺が部屋で本を読んでいると、扉をノックする音が聞こえる。
「どちら様ですか?」
「私よ」
その声に聞き覚えがある。そう、毎日聞いている声だ。
「その声はメアリー様ですね。どうぞ入ってください、鍵は開けてますので」
「そう、なら失礼するわね」
ゆっくりと扉を開けメアリー様は俺の部屋に入って来る。
「今日はどうしたんですか?」
「ええ、昨日のお礼を改めて言おうかと思ってね……」
「その事ですか……別にいいですよ」
「良くないわ。ちゃんとお礼はしないと、王女としての品位を落とすことになるの」
「そういう物なんですかね?」
「そうい物なの」
俺にはよくわからないな。
「では、改めて。上代楓」
「はい」
「よく私を魔王の幹部エグルから守ってくれました。本当にありがとう。心から感謝します」
本当に王女に感謝されているような気分にされる。もちろん、メアリー様は王女だ。しかしあの性格なので王女とは感じられなかった。
「ありがとうございます」
「……」
「どうかしましたか?」
「なんか私に似合わないな、て思ってね」
「あぁ今の台詞ですか。確かに俺が知るメアリー様はもっと砕けた感じのお礼しそうですからね」
「ふふッ。よくわかってるじゃない」
そういうと、メアリー様、何故かジッと俺を見続ける。
「俺の顔に何か付いていますか?」
「いいえ。アリアが何故アンタを信頼しているのか、昨日の一件でなんとなくわかったような気がしてね」
「そうなんですか?」
「ええ」
ゆっくりと歩き出し俺の目の前に来る。そして、俺の顔に触れる。
「やっぱり、目を見ても闇しか見えない。だけど、とても素敵な闇ね」
なんだ? このメアリー様何か違和感がある。今までのメアリー様とは違う気がする。
見た目もメアリー様のモノ、声も同じだ。しかしなんだこの違和感は……。
「どうかしら? このまま私を守る騎士になってみない?」
「……メアリー様何を仰っているんですか?」
俺がそういうと、ハッと我に返ったかのような反応する。
「ごめんなさい、ちょっと悪ふざけ過ぎたわね」
「いいえ、大丈夫です」
「ねえ」
「はい」
「もう、嘘はつかなくていいから。アリアとアンタがどんな風に出会ったのか教えて貰えない?」
それを聞くのか……。
「別に俺は嘘など――」
「はいはい。それは良いから。ほら」
どうやら引く気はないらしい。
しかもその目は期待が込められている。
「……」
「はぁ……わかったわ。じゃあアンタの事は聞かない」
その言葉に少しだけ安心する。しかしその次の言葉で、俺の安心は無駄となった。
「その代り、アンタがオルレットで聞いたお話を聞かせて」
「は?」
「一人のお姫様と騎士の出会いよ」
それってもしかして、俺とアリア様の出会いの事を言っているのか?
「それは……」
「何? これも話せない? ただのおとぎ話じゃない」
そうか……これはあくまでおとぎ話。俺自身の話をするわけではない。そう言いたいわけか。
少し納得はできないが、まぁここは乗っかっておこう。
「わかりました」
「それじゃ、どんなお話なのか楽しみね」
俺はアリア様との出会いを語った。もちろんあくまで登場人物は騎士と姫だ。
ココナとかココナの父親の話は伏せて話を少し改変する。
「ふーん。それで、アリアと出会ったわけだ」
「これで満足ですか?」
「そうね。まぁなんか隠している事あるみたいだけど、アリアとの出会いは本当みたいだし。聞かないでおくわ」
やっぱりバレたか。
「あ。でも一つ聞きたいことはあるわね」
「なんですか?」
「何があって今のアンタが出来上がったの?」
「……」
何があって今の俺が出来上がった、か。
それは、俺がこの世界の悪を恨む様になってからだ。ココナがずっと書き続けていたあの紙……。あれにはココナの悲痛な叫びが書いてあった。
そして、もう自らの手で人を殺したくないとも書いてあった。
そしてココナは小さいころ一度、人を殺す事を拒絶した事があるようだった。
しかしそれは認めてもらえず、自らの父親にこう言われたようだ――お前も母親の様に死にたいのか、と。
俺は自らの目を疑った。読み間違いではないのかと……しかし何度読み返しても、同じ文章が並んでいるだけだった。
そしてそれ以外の事もたくさん書いていた。依頼の内容、依頼主の性格と身分、そして動機。
依頼主はその大半が貴族だった、そして動機もとても些細事だったり、その人物が邪魔だからだったりと、俺からしてみればたったそれだけで、人に殺しを依頼するのかと思うような物ばかりだった。
「……」
俺はギュッと拳を強く握る。
「話せない事?」
「話せない、というよりも――」
「話したくない?」
「はい」
「わかったこれも深くは聞かないわ」
「ありがとうございます」
「楓。貴方は本当に謎が多い人ね」
「すみません」
「いいわ。私も無理には聞こうとは思わないから」
そう言い微笑み、そして口を動かす。
「楓」
「はい」
「一つだけ約束してくれないかしら?」
「内容によります」
「とても簡単よ。ただ……アリアを裏切るようなことだけはしないで欲しいの」
その表情は真剣そのものだった。もしこの場で約束して破れば、俺は一生メアリー様に恨まれるだろうな。
そして俺がメアリー様の約束を守れるかと言われれば答えは否、だ。
俺はこれからもドンドン闇に落ちていくだろう。そして人もたくさん殺す。
そんな俺にアリア様を裏切るな、はこの世で一番難しい約束だ。
「その約束は……できないです」
「そう。わかったわ」
意外な事にすんなりと納得してくれた。
「それじゃ、私は部屋に戻るわね」
「あの」
「ん? 何かしら?」
「さっきの約束は何だったんですか?」
「もし今の約束守れるなら。アンタにはアリアを守っていてもらおうかと思っただけだから」
「そうですか」
「ええ、それと。アンタは気にしなくていいからね?」
「わかりました」
「よろしい。それじゃ、失礼するわ」
「はい」
「おやすみ。楓」
「おやすみなさい」
メアリー様は部屋を出て行こうとする。しかし、突然足を止め、こちらに振り向く。
「そうそう、私やアリアにも敬語使わなくていいわよ」
「え? しかし……」
「いいの! アリアも前からアンタが敬語ばかり使うって、愚痴ってくるし、この機会に敬語は使わなくてもいいわ、まぁ流石にアランとかお堅い人の前では使った方がいいかもしれないけど、物わかりの良い使用人には私から許可したことは伝えるから」
一方的に言うだけ言ってメアリーは出ていった。
彼女が去ったこの部屋は、彼女が付けている花の香りの香水だけだ残った。
「あれだけの地位を持つ人に敬語を使うなって……」
まぁ本人が許可してくれたみたいだし、敬語はこれからは使わないでおこう。使うほうがメアリーは怒って来そうだし。
そして俺は何となく窓の方へ足を運び下を見る。
するとそこにはアリア様が居た。
「何やっているんだ?」
ここは城の敷地内だが、一人で居るのは流石に危ない気がする。
「仕方ない」
俺はアリア様の元に行くことにする。
流石に安全だとは思うが万が一という事もある。何よりこんな時間に外に庭に出ているのかも気になるからな。
☆☆☆
「アリア様」
「まぁ! 楓様どうなさったのですか? こんな時間に」
「それはこちらの台詞です。なんでこんな時間に庭に?」
「私この庭から星を見るのが好きなんです」
そう言って上を見上げる。俺もそれに釣られるように上を向く。
するとそこには空一杯に星が出ていた。
「綺麗だ」
自然とそんな言葉が出てしまった。
「そうですよね! 綺麗ですよね」
なるほど、アリア様がここで星を見るのが好きというのも納得ができる。
俺もこの景色は好きだ。しかし星なんて久々に見た気がする。
「ふッ」
自分がいかに下を向いて過ごして来たのかを改めて実感して、自分に対して皮肉な微笑を浮かべてしまう。
「どうなさったのですか?」
「いいえ。何でもないです」
俺たちはお互いに空を見上げている。すると誰かが近づいてくる気配を感じた。
「何人かいるな」
「え? 何がですか?」
俺の独り言に反応したアリア様だが、俺は返事をせず、直ぐにでも動けるように心がける。
「来る」
「え?」
その言葉と同時に謎の仮面の連中が現れる。
そして、俺とアリア様の周りを囲む。
「な、なんですか!? 貴方達は!」
「……やれ」
リーダと思われる人物が指示を出すと一斉に周りの奴らが動き出す。
そして、その手にはナイフや剣が握られていた。
しまったな。俺の武器は部屋だ。
「はぁぁぁぁ!」
「きゃあ!」
一人がアリア様に斬りかかる。
俺の事を無視してアリア様一点狙いか――ん?
俺は襲ってくる奴の動きを見てあることに気が付く。
「よっと」
「な!?」
アリア様を狙っていた敵の横に素早く移動して、武器を持つ手を掴む。
「楓様?」
「アリア様を傷つけさせるわけにはいかないな」
「な、なんだお前! おい!」
他の奴がナイフで切る付けてくる。
俺は目の前の奴を蹴り飛ばし、襲ってきている奴の腹に拳を入れる。
「がはぁッ!」
「……やっぱりな」
こいつら――動きが素人だ。
さっきの奴も、今目の前で腹を抱えて嘔吐している奴も、全く戦闘慣れしていない。いいや違うな。戦闘慣れしてないというより、動きが荒すぎるのだ。
俺が今まで戦ってきて人たちは、みんな何かしら剣術や武術、または暗殺術を学んでいた。
そしてそんな人たちは考え、確実に相手の急所を狙って攻撃してくる。
しかし、こいつらは違う。全く何も考えていない動きだ。いうなら、やけくそに武器を振り回しているような、そんな感じだ。
「お前らアリア様になんの用なんだ? というより、どうやった入った? この城の周りは警備兵が交代制で一日ずっと徘徊してるずなんだが?」
ここの警備兵がこいつらに後れを取る筈がない。となれば、どこか警備が甘いところがあってそこから侵入したか?
「は。さあな? おいお前ら姫様は後回しだ。まずはそこの雑魚をかたずけろ」
雑魚……か。さてどっちが雑魚だろうな?
向かってくる奴らを軽くいなす。それを何回か繰り返す。
「どうした? お前らはこの程度なのか? 俺にまだ一度も傷をつけられていないが」
「なんだこいつ……この前と全然違うじゃねーか」
この前? こいつらは俺の事を知っているのか?
「あ、兄貴こんな奴がいるなんて聞いてないっすよ!」
「うるせぇ! 俺だって聞いてねーよ」
なんだこいつら。敵を目の前に言い争いを始めたぞ。これには流石にアリア様もポカーンとした顔をしている。
俺も少し拍子抜けだ。アリア様を狙っている暗殺者か何かだと最初思っていたが、こいつらは全く違う。
とわいえ、このままにしておける存在でもないからな。追い払か。
「おい」
「あ? なんだ? 今大事な話を――ぐふッ」
俺はリーダと思われる人物の顔に拳を叩きこむ。
まぁ、こいつらは別に殺さなくてもいいだろう。
「あ、兄貴!? お前よくも!」
剣で俺を斬りつけてくる。はぁ……仕方ない奴だ。
俺はそいつの手に手刀を当てて武器を落とさせる。そしてそれを地面に落ちる前に掴み、首にあてがう。
「ひッ!?」
「お前たちは殺すに値しない。とっと帰れ」
「あ、兄貴~」
目の前の奴は俺の睨みにビビり、体を震わせ情けない声を出した。
「ちッ! お前らしっかりしろ! ここで失敗すれば、あの人に結局殺されんだぞ!」
「く、クソー!!」
恐怖でこいつらを支配しているのか?
だが、俺はそれでも容赦はしない。お前らがこの後にあの人とやらに殺されようとしったことではないからな。
「ふッ」
「がッ!?」
目の前の奴の首に柄で打撃を与える
いや、西洋の剣だとヒルトっと呼ばれているんだったかな? まぁどっちでもいいか。
「さぁ、どうする? 今ここで俺がお前らを殺してもいいんだが?」
別に殺しはしないがな。その価値はこいつらにはない。
「どうします。兄貴」
「く、くそ……」
「いまここから去れば。俺はお前らを見逃す。どうだ?」
「………………わかった。お前ら行くぞ。そこで寝転がっているやつと。まだ腹を抱えている奴を連れてこい」
「はい」
そして謎の集団はこの場を去って行った。
「ふう……」
「楓様」
「ご無事でしたか? アリア様」
「えぇ。ありがとうございます」
少し顔に恐怖がまだあるが、いつものアリア様の笑顔だな。
「あの人達は何だったのでしょう? 何か心当たりありますか?」
「いいえ。わかりません」
まぁそうだよな……。
「まぁアリア様が無事ならそれでよかったです」
「また、守ってもらいましたね」
「え?」
「楓様は覚えていないと仰っていましたが、私はしっかりと覚えていますよ。一年前のことを」
一年前……か。
「そうなんですか?」
「ええ、私がとある人物に襲われているとこを助けてもらいました」
「全く覚えていないですね」
「ふふ……でも、一年前と違う事がありますね」
「それは?」
「楓様がその時に比べてはるかにお強くなられたことです」
「まぁ一年の時が流れてば強くもなりますよ」
「そうですね。でも、お強くなると引き換えに、何かを背負う事になられたんですね」
「え?」
「お姉様みたいな力は私は持っていませんが、それでもわかります。楓様……無理をなさらないでくださいね? そしてご自分を責めないで」
「ッ!?」
俺の顔に触れそう言う。
その言葉に俺の心が揺れ動く……。今直ぐにでも俺は弱音を吐きたい。そして言って欲しい、あの時の俺は何も悪くないと。
でも、ダメだ。それはアリア様に甘える事になる。何より俺はもうこの道に進むと決めたんだ。なら、それを貫こう。
「あ、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。俺は何も無理をしていないので」
「……そうですか」
「姫様!!」
突然声が辺りに響き渡る。
その声のした方へ顔を向けるとガタイの良い男が走って来るのが見えた。
「アラン」
「姫様ご無事ですか!」
「え。ええ。アランどうしてここに?」
「いえ、姫様の悲鳴が聞こえたので何事かと思い」
「あ。そういう事ですか」
凄いなあの悲鳴を聞いて走って来たのか。耳も良いようだなアラン騎士団長様は。
「それで、どうなさったのですか?」
「ええ、賊が少し入ってきていまして」
「何!? この城にですか!」
「はい」
「くそッ! いったどこから入って来た」
「それで、楓様がそこに現れて」
不味いな。このままだと俺が追い払った事がバレてしまう。
とは言えアリア様に黙っておいてくれと教える手段はない。諦めるしかないのか。
「それで賊は逃げていきました」
「え?」
「そうですか。上代楓よ、どうやらお前はまた姫様を助けてくれたようだな」
「い、いやそんな大それたことは……」
アリア様なんで? 俺は追い払った事を黙って欲しいなどという機会は無かった。しかし黙っていてくれた。
「取りあえず辺りの警備を強化しなくてはな」
そう言いアランは一緒に連れてき兵士数名と話始めた。
「楓様」
「はい」
「お姉様が幹部に襲われた時、幹部は何故か勝手に帰ったとお姉様は仰っていましたが、本当は楓様が追い払ったのでしょう?」
「そ、そんな事は」
「私の中では楓様が追い払って、お姉様を助けてくれたと思っていますので」
何故アリア様が追い払った事を隠してくれたのか理由は何となくわかった。
おそらく、アリア様はメアリー様が幹部に襲われた時の話を聞いて、本当は俺が追い払ったと勘づいたのだ。そして何故そのことを隠しているのか、それを考えて黙っていてくれた。
この人もあのメアリー様の妹なんだな。この気の利かせ方、あの人にそっくりだ。
「あ。そうでした。楓様」
「なんですか?」
「私に敬語は使わなくてもいいですよ?」
俺は内心驚く。姉妹揃って同じ日に同じ事を言われるとは。
「わかった」
「あれ? 意外と素直に受け入れましたね? もう少し粘ると思っていたんですが……」
「メアリー様……いや、メアリーにも同じように敬語は使わなくていいって言われたからな」
「お姉様が……。では、改めてよろしくお願いします!」
「あぁ、あ。でも、アラン騎士団長の前では敬語を使いますよ?」
「ふふっ……。そうですね。アランは少し頑固ですから、わかりました」
そう言って笑顔を向ける。
「では、ネズミ一匹入れるな! 各自持ち場へ迎え!」
「は!」
兵士たちが一斉に声をそろえて返事をする。そして走ってどこかへと向かう。おそらく持ち場とやらに向かったのだろう。
「アリア様」
「はい?」
「もう、夜遅いですし。また何かあるかもれもせん。なので私がお部屋までお送りします」
「あ、それじゃあお願いします」
「はい。お任せください」
「楓様今日はありがとうございました。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
アランに連れられてアリア様は城の中へと入っていった。
そして俺も自らの部屋に戻り眠りについた。




