1話 転生――そして、命の危機
唐突に意識がはっきりする。
尻もちをついた状態で俺は辺りを見渡す。
辺りには沢山の木が並び、草が生い茂っている。
そして俺は確信する。
ここはどこかの森の中だと。
俺はとりあえず立ち上がる事にして、そこで初めて気が付く。
俺の着ている服が変わっていることに――
先ほどまで学校指定の制服を着ていたはずだ。しかし、今の俺の服は白いシャツに黒いコートそして灰色のズボンだ。
その姿は転生黙示録の中の俺のアバターの服装と同じだ。
「なんだこの服?」
俺はコートを少し引っ張り頭をひねる。
そして、足元に鞄とその下に一枚の手紙があることに気が付いた。
手紙を拾うと上代楓様へっと書かれている。
どうやら俺宛ての手紙のようなので中を開けて手紙を読む。
『上代楓様。おそらくこれを読んでいるという事は転生したと思います。ごめんなさい実は本当は貴方を転生させてはいけなかったのです。ですが、私の自身の願いの為に転生させました――』
そこに綴られていたのは、俺は転生する権利が無かった事、そしてここが転生黙示録の世界だと言う事、そして、俺の転生はアテーナ様の目的のために転生させたっと書いてあった。
「しかし……あの声にも納得できるな」
俺が扉を落ちている時聞こえた男性の声――
女神アテーナ貴様を拘束する――あれは、おそらく神の世界の警察の様な存在の人の声だろう。
そして、アテーナ様はその人が来るのを察知したんだ。
俺は再び手紙に目線を戻す。
「一体誰を救えと言うんだ……」
手紙の最後には焦って書いたのか文字が少し雑だったが読むことができた、そしてそこに書いてあったのは――どうか彼女を助けてあげてください。だった。
「助ける人の名前を書き忘れないでくれよ……女神様」
ため息を吐くと、ショルダーバックに似た鞄を開ける。
すると、そこには地図と魔法全書と言う本が入っていることを確認する。
そして他にには小銭入れみたいな財布が入っていた。中身を確認すると何枚も金貨が入っていいる。
アテーナ様の手紙に掛かれていることが本当なら、このお金は転生黙示の俺のアバターが持っていた所持金だろう。
合計で10億くらいはあったはずだが……。
お金の価値は知らないが、これだけで、10億もあるのか?
そう思いもっと奥の方を探ってみると、さらに小銭入れの様な物があった、それも一つだけじゃない、何個もある。確かにこれだけあるなら10億くらいはあるかもしれない。
「はぁ、で、あそこの木に立てかけられているのが、『ムラマサ』か?」
ムラマサ――
俺が転生黙示録で使っていた武器だ。
転生黙示録は西洋の雰囲気が漂うファンタジーの世界だが、武器は意外にも刀がある。
そして、俺が使っていたのはこの『ムラマサ』だ。
「刃の部分って刀身って名称だっかな?」
ゆっくりと刀を抜刀する。
すると『ムラマサ』の刀身が見えてくる。
その刃は太陽の光に反射して紫色に光る。
千子村正が元ネタだと思っていたが、紫色に光るとまさに妖刀という雰囲気が醸し出される。
とりあえず、持ち物はこれだけだろうか?
では、次は町を目指して動かないといけないわけなんだが、今現在自分のいる場所がわからない。
とりあえず、現在地がわかるわけでもないだろうが、地図を広げてみる。
すると、一か所だけ光っている部分があった。
「もしかして、これ俺の現在地なのか?」
仮にこの光っている場所が現在地だとしたら、町らしき表記がされている所が少し離れた位置にある。
「ここが俺の現在地という保証はないが、現在地じゃないという可能性もないわけではない。なら、その可能性を信じてみるか」
俺は光っている場所を現在地と仮定することにした。
そして、町に向かう事に決める。
あらためて地図を見て町の位置を確認する。
現在地がここだとするなら町は――北西に向かへば辿り着ける。
俺はそちらに向かってゆっくりと歩き出す。
☆☆☆
歩いてから何時間が経ったのかわからない。
時間を調べる道具を持ち合わせていないため、どうにも時間の感覚狂う。
というよりも、この世界には時間を見る道具があるのかもちょっと怪しい。
「しかし、だいぶ日が傾いてきたな」
俺が歩き出した頃よりも日が傾いている。
太陽の傾き加減で大まかな時間がわかればいいんだが、残念な事に俺にはそんな知識は、持ち合わせていない。
しかし、こういった転生だとよく主人公がとんでもない能力持っていたりするが、俺にはそれが無いようだ。
「特別な能力があろうとなかろうと、別に構わないが、魔法など使えるようにはなりたいな」
そんな独り言を言っていると、近くの茂みがガサガサと音をたてる。
その音に俺は足を止める。
動物? いや、ここは異世界。もしかしたら魔物の可能性もある。
注意した方がいいかもしれない。
しかし、危険だとわかっていても自らの好奇心を抑えられない。
今あそこに居るのが、動物なのか、もしくは魔物なのかを気になって仕方がない。
たとえ魔物だったとしても、俺には武器がある、それで抵抗すればいい。
大丈夫、大丈夫――俺ならできる。そう自分に言い聞かせる。
そしてゆっくりと茂みに近づく。
すると――
「グガァァァ!」
「な!?」
その茂みに居たのは魔物だった。
あの緑色の体、そして尖がった耳――ゲームでもお馴染みのゴブリンだろう。
そして一匹が茂みから出てくると、奥から次々とゴブリン達だ奥から現れる。
俺はすぐさま刀を抜刀しようとする。
しかし――動かない。
いや、それどころか体が震えている。
あぁ……そうか。
武器があるから大丈夫?
転生する前は動物ですら殺したことのない、平和な暮らしをしていた俺が魔物とはいえ、生きている生物を殺せるか?
否――無理だ。
何より俺は今こいつらに恐怖している。
そんな俺が勝てるわけがない。
「くッ!?」
一匹のゴブリンが飛び掛かって、持っている剣で攻撃を仕掛けてくる。
咄嗟に横に避ける。
だが、一匹のその行動が引き金となったのか、次々とゴブリン達が攻撃してくる。
幸か不幸か遠距離武器――弓などを持っているゴブリンは居ない。
もし、弓などを持っているゴブリンが居れば、俺の生存確率は比較的に低くなっていただろう。
だがこれからどうするべきか、このままゴブリンの攻撃を避け続けるのは無理がある。
ゴブリン達の攻撃は実に単純で、予想していたよりも避けるのは簡単だ。
おそらく、俺が武器を使って攻撃すれば、すぐにでもこの場を切り抜けられると思う。
しかし、いまだに震えが止まらないのだ。
もし反撃に失敗したら? そう思うだけで死という文字が頭から離れなくなり、避けることしか出来ないのだ。
いまだ、震えは止まらない。
情けなく地面を転がり、ゴブリン達の攻撃を避けるしかない。
そして、俺は何とか立ち上がり走りだそうとするが、石か何かにつまずいたのだろう、転んでしまう。
そして、すぐに悟った。殺される、と。
アテーナ様の個人的な理由で転生させられたといえ、俺は再び命を貰ったんだ。
それをこんなところで散らせるのか――
俺は悔しさのあまり、唇を強く噛む。
すると鉄の様な味が口の中に広がる。
おそらく、血が出たのだろう。
そして、二匹のゴブリンが俺の目の前に立ち剣を上に構える。
今まさに振り下ろそうとする瞬間――
「え?」
二匹のゴブリンの肩、腰にかけて紫色の線が見える。
そして次の瞬間、フードを被った人物が目の前に現れた。
その人物の手には右手に黒、左手には白の剣が握られていた。
少し遅れて一筋の風が吹き抜ける。
まるでそれが合図かの様に、二匹のゴブリンの体に先ほどの線が見えた場所に沿って――体が真っ二つとなった。
「え?」
そんな情けない声しか出せなかった。
俺は目の前に起きた出来事を理解するのに時間がかかる。
そして、俺が理解するよりも早く、フードの人物は目の前から消える。
「グガァァ!!」
ゴブリンの悲鳴――その声のした方を見るとゴブリン達が真っ二つに斬られて倒れていた。
そして、フードの人物は真っ二つになったゴブリンの残骸の真ん中に立っている。
そしてまた消えたかと思えば、今度は反対側からゴブリンの悲鳴が聞こえる。
目線を直ぐにそちらに向けると、やはりフードを被った人物がいる。
それからは、フードを被った人物が数分もしないうちにゴブリン達を全て倒した。
「すごい……」
俺はずっと見ていることしか出来なかった。
そして、フードの人物は剣を収める。
そして――紫色の刺繍が入っているスカートと美しい銀髪の長い髪を揺らして、オッドアイが特徴の少女が振り向く。
俺は少し警戒する。
俺を助けてくれたが、しかし、俺の味方とは限らない。
彼女が意図して俺を助けたのか、それとも、ただゴブリン達が邪魔だったから退治して、その結果俺を助ける形になったのか。
ネガティブな考えだとは思う。しかし、ここは異世界――油断はできない。
「大丈夫ですか?」
こちらに微笑み掛けながら、彼女は手を伸ばしてくる。
「え? あぁ、はい。大丈夫です」
「そうですか……良かったです」
俺はその手を掴み立ち上がる。
そして、俺はその少女をジッと見つめる。
「どうかしました? やっぱりどこか怪我をなさいましたか?」
「あぁ、いえ本当に大丈夫です」
「そうですか? なら良かったです。しかし……貴方、『眼』をお持ちなのですね」
「眼?」
俺は咄嗟にそう聞き返していた。
その言葉を聞いた少女は驚きの顔になる。
そして、少し考える素振りをみせると、再び笑顔を作り口を開く。
「いいえ。なんでもないですよ」
「そう……ですか」
「しかし、貴方は何故ここに? 危ないですよ? ここはゴブリン達の縄張りですので」
なるほど、ゴブリンの縄張りだったのか、だからあんなに集団で集まっていたわけなんだな。
ちゃんと数えてはいないが、20はいたような気がする。これだけ居れば縄張りと言われれば納得してしまう。
「そうなんですね……ところであなたはこの近くの町の人なんですか?」
「私ですか? いいえ違いますよ」
俺が向かっている町の人ではなかったようだ。
とりあえず、ここまで会話して敵意は感じないし、こちらに危害を加えるような気配もないので少し安心する。油断はまだできないが。
「そう聞くってことは、あなたも町の人じゃないという事ですね?」
「ええ、俺は旅をしていまして。それで町に向かっていたところ。あのゴブリンに襲われまして」
「そうなんですね――大変でしたね。もし、宜しければ私が町の近くまで護衛いたしましょうか? これでも腕には自信がありますので」
それは助かる。こんな強い人が町まで護衛してくれるなら、安心できる。
「本当ですか! 是非お願いします」
「はい。お任せください」
そして俺たち歩き出そうとする。
だが俺は聞き忘れていたことがあったため、動きを止める。
「あの、一つ聞きたい事あるんですけどいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「名前を教えてもらってよろしいですか? 俺は上代楓っていいます」
「カミシロカエデ?」
少し考える素振りを見せる。
そしてしばらく無言だったが、口を開いてくれた。
「私は……リリーといいます」