9話 最強の騎士と皇女様 前編
宿屋を出てから三十分くらい経過した。
行き先を知らないので、俺はココナの後ろをついていくしかないが、いっこうに目的地に着く気配がない。
しかし、そろそろ目的地くらい教えてくれてもいいのではなのだろうか?
とりあえず、ダメ元で聞いてみるか。
「なぁ、そろそろどんな所なのか、教えてくれないか?」
「なぁに? そんなに気になる?」
「そりゃぁ、あんな朝早くに来たんだし……気になるさ」
ココナは少し考える素振りをする。しかし――
「おしえなーい」
と、一言言った。
おいおい……。本当にどこに向かっているんだ? 俺もここに来てからしばらく経つから、ある程度どこに、どんなお店があるのか知っているが、流石にこの方角は来た事無いぞ。
というか、この方角って貴族とかの家が集まってる場所だと聞いたことあるんだが。
もし本当に貴族の家が集まっている場所なら、俺なんかが来ていい場所じゃないよな……。
「はぁ……」
「そんな顔しないで、もう少ししたら買い物ついてきて良かったって思えるよ」
ついてきて良かったって思えるってどういう事なんだろう?
そんな疑問が浮かび首を傾ける。しかし、理由はココナしか知らないため俺では想像もつかない。
「そうか……ならココナのその言葉に期待しておくとしようか」
「うん、期待してて。絶対に来てよかったは思わせてみせるか」
ココナのこの自信は相当だ。まぁさっきも言った通り楽しみにしておくか。
「わかった。なら、せめてあとどのくらいか教えてくれないか? 流石に距離くらいは知っておかないと、いつ着くのか不安になる」
「もう。その必要はないよ?」
「なんでだ?」
「あそこの角曲がったら到着だから」
え? あの角を曲がったら?
確かあそこは……帝都のお偉いさんの別荘がある場所じゃなかったか?
まさか目的地って――
「ココナ。あの角で間違いないんだよな?」
「そうだよ?」
「あそこに何があるのか知ってるのか?」
「何年ここに住んでると思ってるの? 知ってるよ」
とういうことは、間違いなく目的地ってあそこなんだな? てか、買い物って言ってなかったか? あそこは物なんて売ってないぞ!?
「あそこって物なんて売っていたか?」
「売ってないよ?」
「じゃあなんで向かってるんだ?」
「カエデ君に会わせたい人が居てね。その人が今こっちに来てるから」
俺に会わせたい人?
それに今こっちに来てる? 一体ココナは誰と会わせようとしているんだ?
「俺に会わせたい人って?」
「それはね、帝都のお姫様の護衛をしている最強の騎士だよ?」
は? 帝都最強の騎士?
「帝都最強の騎士ってもしかして……」
ここに来て俺は新聞を読む様になった。
流石にゲームの知識があるとはいえ、もうこの世界は俺の現実になっているんだ。全てがゲームの通りに動くはずがないからな。
そして、そこで何回も目にしたことがある名前が帝都最強の騎士、その名も――
「そう! アラン・レイモンドだよ」
アラン・レイモンド――帝都にある騎士団の隊長であり、今この国最強の騎士と言われいる人物である。
「そんなすごい人と会わせてくれるのか……しかし、なんでココナがそんな人と知り合いなんだ?」
「それは秘密です」
「最近秘密多くない?」
「女の子は秘密が多い生き物なんですよ?」
漫画とかで聞く台詞をリアルで聞くことになるとは思わなかったが、でも確かに女の子は秘密が多い生き物だと思う。
ふと、現代の事を思い出そうとしが、頭を振りやめる。
また頭痛が起こる可能性がある。
「はいはい、わかった。つまり知り合いである理由は聞くなって事ね」
「そういう事です! まぁ別に、やましい関係じゃないので安心して?」
「それじゃ、心の準備はオーケイ?」
「え? あ、あぁオーケイ」
俺のオーケイを合図に角を曲がる。するとその先には大きな建物が建っていた。
勿論この辺は貴族達が多い場所なので、周りの建物も大きいのだが、それでも、この建物はまた一段と雰囲気が違う。見ただけでとても偉い人が住んでるとわかる。それほど高級感が溢れているのだ。
それと、どうでもいいことだがOKとココナに教えたのは俺だ。前に癖で使ってしまい、聞かれたので意味を教えた。
まぁ少しぎこちない感じはするが、意味をちゃんと理解して使っているので問題ないだろう。
「おぉ……すごい」
「本当にね、何回か来た事はあるけど、いつ見てもすごいと思うよ」
ここに何回も来た事があるココナも、相当すごいと思うのは気のせいなのだろうか?
というか本当にどういう関係なんだ? こんな所に何回か来た事あるってことは、仕事関係で呼ばれたりしてるのだろうか? 確かココナの家は武器屋だったよな? だとしたらアラン・レイモンドと接点があっても不思議ではないのか?
「それじゃ、行こうか?」
「ああ」
俺たちは目の前の屋敷に向かって歩き出す。そしてある程度近づいてから、ココナが急に足を止める。
「どうした?」
「ここまでくれば向こうから来てくれるよ」
一瞬言葉の意味をできなかったが、それはすぐに理解することになった。
何故ならまだ屋敷にそれほど近づいていないのに、一人の武装をした人物が屋敷から出てきたのだ。
「ほら出てきた」
「あの人は?」
「さっき話したでしょ? 最強の騎士さんだよ」
ということは、あの人がアラン・レイモンド……。
身長高いな。180以上あるんじゃないか? そして鎧を付けているとはいえ、体格を見ただけで相当ガッチリしていて、筋肉もすごいことがわかる。
「威圧感半端ないな」
「まぁ最強と呼ばれてるくらいだしね」
その最強はゆっくりと俺たちの方へと向かってくる。
そして、門の前で立ち止まる。
「久しぶりだな。エンドゥの娘」
「ええ。お久しぶりです。ですけど前も言いましたよね? その呼び方はやめてくださいと」
エンドゥの娘……そう呼ばれた時、一瞬だがココナの顔から笑顔が消えた。
ココナはエンドゥと呼ばれるのを嫌っている。理由は教えて貰えなかったが、今エンドゥと呼ばなくて良かったと思った。エンドゥと呼ばれたココナの目はとても恐ろしいモノだったのだ。今にもそう呼んだ人を殺しかねないそんな恐ろしい目だ。
これは無理に理由を聞こうとしない方がいいな。
「む? そうだったな、すまない。ところで、隣にいる男は何だ?」
アラン・レイモンドはどうやらココナの隣にいる俺が気になっていたらしい、
まぁ気にはなるよな。ココナとは前から知ってたみたいだが、俺はこの人とは初対面なんだから。
「彼が前話した人ですよ」
「ほう……ではお前が」
アラン・レイモンドはジッと俺を見てくる。なんだか品定めでもされてる気分だ。
「アランさん彼が困ってますので。やめてもらっていいですか?」
「ッ!? あぁすまない。初めまして俺はアラン・レイモンド。帝都の騎士団の団長を務めさせてもらってる」
「初めまして……お噂はかねがね聞いています」
一瞬だがアラン・レイモンドが怯んだ気がする。
それにココナの口調も少しだけ強かった。
「ありがとう。とりあえず、皇女様にお前たちを屋敷に招いていいか聞いてくるので、少し待っていてくれ」
そういうと、アランさんは屋敷の中に戻っていった。
それから、五分後くらいにアランさんが屋敷の中から出てきた。
「待たせたな。皇女様からの許可も下りた。屋敷に入ってくれ」
ゆっくりと門を開けてくれる。皇女様……か。一体どんな人なんだろうか? 皇女って呼ばれているくらいだし相当偉いよな……。そしてそれを守る騎士団の団長か。
なんだか緊張してきた。
「ありがとうございます」
「ありがとうアランさん」
「お礼は皇女様に言ってくれ」
「わかりました」
俺たちはアランさんの後ろについていく。そして一つの部屋に案内された。
アランさんはその部屋の扉をノックする。
すると、中から「どうぞ」と女の子の声が聞こえる。
「失礼します」
アランさんはその声を聞くと同時に、丁寧にそう言い、ゆっくりと扉を開ける。
そして、その部屋に入ると周りには本棚や見るからに高級そうなツボなども置いてある。
そして、真ん中に暖炉があり暖炉の前にテーブルとソファーがある。
ソファーには一人の女の子が座っていて、その女の子はソファーから立ち上がると、こちらに近づく。少女の身長はそれほど高く無く髪は綺麗な金色で、目はアメジスト色をしていた。
「……」
「カエデ君?」
「あ、あぁなんでもない」
俺はあまりにもおとぎ話に出てくるお姫様のような可憐な姿に、言葉を無くし見惚れてしまった。
「初めまして! ようこそいらっしゃいました。あ、でもココナさんは初めましてではないですね」
「ふふ、そうですね皇女様」
「もう! 皇女様はやめてください! 親しみを込めてアリアと呼んでと言いましたよ?」
「ごめんなさい。アリア様」
「『様』もいらないんですけど……まぁいいです」
どうやらココナとかなり仲が良いみたいだ。
まぁ同じ女の子だし、ココナの性格もあいまって仲良くなれたのだろう。
「あ。すみません。自己紹介をしてませんでした。私の名前はアリア・レイチェルといいます」
「上代楓です。よろしくお願いします。レイチェル様」
「名前で良いですよ? カミシロ様」
呼び捨てや『君』などつけて呼ばれたことはあったけど、流石に『様』つけはすごく違和感を感じる。
「そんな恐れ多いです。それと俺の事は呼び捨てで構いません」
「気にしなくても良いですよ? それと私は誰かを呼び捨てにするのは慣れてないので、どうしても様付けで呼んでしまうのです」
「そうですか……」
でもココナは『さん』付けだったよな?
うーん。でも、この目は引きそうにないしな。違和感を感じるが、ここは我慢するしかないか。
ならせめて名前呼びにしてもらうとしよう。
「でしたら、レイチェル様、楓とお呼びいただけないでしょうか?」
「わかりました。ではそう呼ぶ代わりに、私の事をアリアとお呼びください」
「し、しかし!?」
「ア・リ・ア」
「わかりました……アリア様」
「あなたも様付けですか……しかたないですね」
いや――本当に呼び捨ては恐れ多いので、というかアランさんが、さっきらかちょっと睨んできている。呼び捨てにしたら斬られそうな雰囲気醸し出してるから呼び捨てにはできない。
「というか、カエデ君なんなの? その変な喋り方? 気持ち悪いよ?」
「き、気持ち悪いってなんだよ!? アリア様は偉い人だから、こんな喋り方にしてるだけだぞ!!」
そんな俺たちの会話を聞いていたアリア様はクスクスと笑っている。
「ふふッ面白い人ですね。別に気を使わなくてもいいですよ?」
「しかし……」
「いいんです」
念を押されてしまった。
「ほら? アリア様もこう言ってるし」
「わかりました……」
俺は渋々従うことに決めた。まぁアリア様が言うんだから、良いよな? いきなり無礼者という事で牢屋とかに入れられたりしないよな?
「今何考えてるか当ててあげようか?」
「あ、ああ」
「無礼者として罪に問われて牢屋に入れられたりしないか、心配なんでしょ?」
見事に言い当てられた。
「えー!? 私そんなことしませんよ!」
いや――アリア様はしないだろうけど、アランさんがね?
「最強の騎士様が怖いんだよね?」
「アランが?」
ココナのその言葉にアリア様はアランさんの方へ顔を向ける。
「……皇女様がよろしいのでしたら、私は何も言いません。しかし、もし皇女様の許可が無かった場合はそういった行動を取るかもしれないですね」
「もう! アラン!? そん乱暴な事したらダメですよ?」
「それはわかっております。しかし、皇女様もご自分の立場をご理解ください」
その言葉にアリア様はうーうー言っている。ちょっと可愛らしいと思ってしまった。
というか、俺が思っていたのといい意味で違ったな。
俺は帝都の皇女様ということでこう言ってはなんだが、もっと高飛車な人だと思っていた。
しかし、こうして出会ってみればごく普通の女の子だ。
「私の立場くらいわかってますー!」
「あはは。アリア様も堅物騎士様相手は大変だ」
「誰が堅物だ、俺は間違った事は言っていない。それより、何か用があってここに来たのではないのか?」
「あーそうだった」
ココナは何かを思い出したかのような声を出す。
「実はね、騎士様に聞きたいことがあったんですよ」
「俺にか?」
「ええ」
そして、ココナは俺に目線を向けてくる。
その意味を俺は理解した。
あぁ――ココナはこの人に聞けって言ってるんだな、ゴブリン達との戦いで体験した、あの謎の力を……。
「実はですね……」
俺は今までに経験したことを全て話した。