8話 朝の素振り、見ていたのは……
早朝に俺は目が覚めた。
最初は何もしていなかったが、流石にやることが無さすぎたため、刀の素振りをすることにした。
素振りをすることにしたのにも一応ちゃんと理由がある。
それは昨日の力だ――もしかしたらあの力が使えないかと思っていたのだ。
「まぁ使えるわけないよな」
始めて、一時間くらいはやっているが、コツを掴む感覚すらない。むしろそんな力なんて、初めからなかったんじゃないかと思い始めてくる。
「まぁ、朝早くに体動かすのも悪くはなかったけど」
タオルで顔を拭きながら、そうつぶやく。
「終わった?」
「え?」
後ろから声を掛けられ、少し驚くが、その声に聞き覚えがあったため後ろに振り向く。
「何でいるんだ? ココナ」
「んー? カエデ君に会いに来たんだよ」
なんとも嬉しいお言葉。だが、俺は少し気になることがあったので聞いてみることにした。
「一体いつから見ていた?」
そう、先ほどココナは終わったと聞いてきたのだ、ならば俺が素振りをしている所を見ていたということになるが……。
「初めから?」
「まじ?」
「まじ」
一時間ずっと見ていたのか? 全然気が付かなかった……。
「本当に? 一時間くらいやってたけど」
「うん。本当だよ? 結構真剣に素振りしてたよね」
そうか……なんか見ていたと言われると、少し恥ずかしさがある。
それに、よく一時間も俺の素振り見てられな。あんな構えもしっかりしてない、何も面白みのない素振りだったのに。
俺もあっちでは剣道部の素振りとか見てたことあるし、やったことは少しだけあるが、部員の人は一振り一振りがちゃんとしていて、迫力もあり飽きなかった。
だけど、それは練習を積み重ねてきてからこそであって、お遊び程度しか剣道をやったことのない俺にそんな迫力があるわけがない。
「まぁ……な。だけど、つまらなかったろ? 俺の素振りなんて」
「そう? さっきも言ったけど、真剣にしていて結構格好良かったよ?」
その言葉に嬉しさと、さらなる恥ずかしさがこみあげてきた。そして、ココナの顔を直視できず、顔をそむける。
「あ、ありがとう。でも、なんか面と向かってそういわれると恥ずかしいな」
「お? 照れてるの?」
あ――やばい。これはからかいモードのココナが来るぞ。
何とかして回避しないと。
「ねぇねぇ。照れてるの?」
「照れてない」
「いやいや照れてるよね? 私が格好良かったって言って嬉しかった?」
普通ならここで嬉しくないというだろうが、そうするとさらにヒートアップするからな。なら正直に言ってしまった方がまだ楽だ。
「まぁ嬉しかった、かな」
「え?」
「だから嬉しかった」
「そ、そうなんだ……」
今度はココナが顔を赤くして顔を逸らす。
よし、なんとかココナのからかいモードを解除することができた。
あのままだとずっとからかわれる可能性があったからな。
「なんてね」
「へ?」
「私がそれでからかうの止めると思った?」
安心したのも束の間、先ほどの顔は演技だった模様。本気で照れてくれてると思ったのに……。
「騙された……」
「ふふん。私結構演技には自信あるんですよ?」
「そんなの初耳だよ」
「言ってないからね。まぁ今回はからかうのは大目に見てあげます」
「感謝します」
俺は大げさに頭を下げる。
「うむ。とりあえず、すごい汗だから汗流してきなさい」
「はい! 重ね重ね感謝しますココナ様。では行ってまいります」
「はい。行ってらっしゃい……」
何でこんなノリなのかは俺も良くわからないが、なんだか楽しいし。ココナも楽しそうなので気にする必要はないだろう。
そして俺は走って自分の部屋に向かい、服を脱いでシャワー室に入る。
「はぁ……」
ココナが見ていた事には驚いた。だけど、今はそれよりも、昨日の能力の事を考えないと……。
素振りしていても何も感じなかった。まぁあんなので何かわかれば苦労はしないだろうが、だけど何か掴みたかったのが本音だ。
とりあえず、あの力を発動した時のことを考えてみるか。
まず、あの時は無我夢中だったが、ココナを助けたいと思って飛び出したんだ。そして、頭の中でカチッと何かのスイッチが入ったような感覚があり、辺りが突然スローモーションになった。
おそらく、何かのスイッチが入った時がその力が発動した時だろう。。
そして気が付いたらスロモーションは無くなり、いつも通りに戻っていた。
「はぁ、考えれば考えるほどわからないな」
ひとまず考えるはここまでにして、さっさとシャワーで汗を流して、シャワー室を出る事にした。
あまり長く入ってると、ココナを待たせてしまうからな。
☆☆☆
「お待たせ」
「お。結構早かったね」
「まぁココナを待たせてるからな」
「別に気にしなくて良かったのに」
「流石に男として、女の子を待たせるのは気が引ける」
「そっか……」
俺はココナの隣の席に座る。そして、店員さんを呼んでコーヒーを一杯頼む。
「あれ? 私のは頼んでくれないの?」
「いや……目の前のテーブルにあるカップはなんだ?」
おそらく俺を待ってる間に頼んだ飲み物だろう。中身は俺が頼んだ物と同じコーヒーだ。そして、まだ少しだけ中身が残っている。
「ちぇーケチ」
いやケチって、既に飲み物を頼んでいるのに何でまた頼むんだ。
「まぁ、その飲み物の料金は俺が支払うよ」
「え? 本当?」
「あぁ、俺が待たせたしな。そのくらいなら問題ない」
「そっか。ありがとう」
別にこのくらいでお礼を言われるほどでも無いと思うが、ココナの感謝の気持ちはしっかり受け取っておこう。
「ん。で?」
「でって?」
「俺に何か用があったから待ってたんじゃないのか?」
正直、そう思っていたからこそ、早めにシャワーなどを終わらせてきたのだ。
「そうだね。用事あったよ」
「なんだ?」
「それはね――カエデ君一緒に買い物いかない?」
「え?」
え? どういう事だ?
何回か買い物を着いていった事はあるが、こんな風なお願いはされたことはない。
いつもなら、買い物したいから荷物持ちしてっといった言い方のはずだが。
「どうかな? ダメ……かな?」
「いや――構わないけど。どうした?」
俺は素直に感じたままの感想を言った。
他の人ならいつもと誘い方が違うだけでなんてことはないだろう。と言うと思う。
しかし、何か引っかかるのだ。
特に少し前からココナの態度が一緒の様で違う。
「うーんそれは秘密ってことで」
「なんだそれ……」
秘密と来たか。
そう言われては深くは聞けない性分だ。
心に引っかかりはあるが、ここはおとなしくココナの買い物をついていくとしよう。
それに――ココナと買い物行くのが嫌という訳でもないからな。
「まぁいいや。で、どこに買い物行くんだ?」
「そうだね。じゃあ、そのコーヒー飲んだら案内するよ」
どうやら、買い物の行き先も教えて貰えないようだ。まぁ、それも楽しみの一つとしておくか。
「それじゃ。さっさとこのコーヒーを飲み干すとしますか」
俺とココナが会話している最中に、店員さんが持ってきてくれたコーヒーを一気に飲み干す。
「おおー! いい飲みっぷりだねダンナ、これもグイっていっちゃってください!」
「あぁ」
そして言葉通り差し出されたコーヒーをグイっと一気に飲み干した。そして飲み干してから気が付く。今渡されたのは、ココナのコーヒーだと。
「ココナ!?」
「何?」
「いや、何って、これお前のコーヒーじゃ?」
「そうだよ? 良かったじゃん私と間接キスだよ?」
そう言われ顔が熱くなる。
俺はこういうのには慣れてないのだ。あまりからかわないで欲しい。
「まぁ今口を付けた所は私が口を付けた所ではないけどね」
いたずらっぽい笑顔を俺に向ける。その笑顔を見て、無言でデコピンをする。
「いたぁ!? 何するの!」
「天罰です」
「何の!?」
「俺をからかったでしょ?」
「むむ……暴力反対! 憲兵に言いつけてやる!」
「お好きにどうぞ。ほらもう行くよ」
俺がその言葉と同時に立つとココナも同じ様に席を立つ。
「先に出ていて、俺は会計すませるから」
「わかった。ありがとう」
軽く手を振って、見送ると、会計するために店員さんを探す。
そして会計を済ませた後外に出ると、ココナが扉の横に立っていた。
「お待たせ」
「今日は待つことが多いなー」
「悪かったよ。それじゃ行こうか?」
「うん」
ココナは静かに歩き出し、俺もその後ろを付いていく。
「それで、目的地は教えてくれないのか?」
「着いてからの楽しみだよ」
やっぱりそうか。まぁ俺も少しはこの町の事は頭に入っているし、着いていけばどこに向かってるか予想はできるかもしれないな。
それからは、雑談を交えながらココナについていく。