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再戦

 シェイラの対戦相手はセイリュウだった。

 平民ながら多くの騎士を輩出してきた名門⋅ミフネ家は、国王の覚えもめでたい。嫡男のセイリュウが御前試合に選出されたのはそれが理由だろう。

 そして、セイリュウに最適な対戦相手として選ばれたのが、おそらくシェイラなのだ。魔力を持たない彼が対等に戦える、ある程度の戦力を有する者として。

 ――正直、私なんてオマケみたいなものだ。だからこそ、敗けたくない。

 周囲の思惑がどんなものであろうと、どうせ戦うなら勝ちたい。

 シェイラは意気込みのまま進み出る。正方形に整えられた中央の対戦場所には、既にセイリュウが待ち構えていた。

 視線が交わると、好戦的に目が細められる。戦いを前にしているからか、普段の穏やかな彼とは全くの別人だ。

「以前から、君とは正式に再戦したいと思っていた。――――今度は簡単には、敗けてやらない」

 シェイラも長剣を抜き放ちながら応える。

「こちらこそ。優勝だって、譲るつもりはありませんからね」

 暫定首位を六年生に奪われているため、シェイラ達四年生は最後の競技である御前試合を全勝しなければならない。アックスが既に勝ち星を得ているので、ここでセイリュウに敗ければ六年生の優勝が確定してしまう。

 開始の合図を待ち、正面から見合う。セイリュウがふと、相好を崩した。

「戦闘体勢に入った君は、抜き身の刃のようだな」

 彼も似たようなことを考えていたと知り、シェイラも笑い返した。

「それこそ、お互い様だと思いますけど」

「そうか? ――――とても、美しい」

「……………………へっ?」

 長剣を構えた手が、ガクッと崩れた。試合を前に高まっていた戦意が殺がれた形だ。

 ――臆面もなく、何言ってるの……!?

 以前にも似たようなことを言われた気がするが、御前試合の場で告げられると流石に動揺する。むしろ、集中を乱すことこそが彼の作戦なのではと勘繰ってしまう。

 ――うぅ、無自覚女殺し…………って、女だと知らないから言えるのか。

 だとしたら、彼に他意は一切ないのだろう。意識してしまう方が愚かだし、うがった見方をするのも失礼だ。

 シェイラは深呼吸で、乱れそうになる心を調えた。戦いを前に雑念は不要だ。目の前に立ちはだかる強敵を倒すことのみに集中しなければ。

 落ち着くと、糸を細く()っていくように神経が研ぎ澄まされていく。五感が鋭敏になり、周囲の喧騒が遠くなった。

「第二試合――――――――開始!」

 シェイラは最速でセイリュウの懐に飛び込んだ。まず銅を薙ぎ払うように一刀を浴びせる。もちろん彼は難なく避けた。

 重心の低さを意識し、半身で相対する。攻撃を繰り出しながらも、クローシェザードの指導が頭の中をめぐっていた。

 ――左足の開きを意識する。踏み込むのは剣を振ってから。相手の頭部に剣先を降り下ろすように。

 正しい型を意識せず動けるようになることが理想だが、今はまだ難しい。なので全身に神経を張り巡らせ、体の動きを完璧に統制する。そうすれば、我流で身に着いてしまった剣技との間にわだかまる違和感を、何とかねじ伏せることができる。

 これが迷い、悩み、それでもいまだ欠点を克服できずにいるシェイラが見つけ出した、唯一の突破口だった。

 ――まさか技術披露大会で、この破れかぶれな作戦を披露することになるとは思わなかったけど。

 しかしこれが、今のシェイラに披露できる精一杯の技術なのだ。痛快さに笑いが込み上げてくる。

 一方、繰り出される絶え間ない剣戟に、セイリュウは舌を巻いていた。

 この後輩は、しばらく不調を嘆いていた。

 今まで本能で動いていたところに正しい型を学ぶのだから当然とも言えるが、中々踏み出しがうまくいかないようだった。

 だが、今のシェイラはどうだ。

 むしろ正規の型を吸収し尽くし、以前よりもっと速くなっているような――――。

 一体、どこまで伸びていくのか。

 楽しみでもあり、空恐ろしくもある。

 どこまでも遥か高みへと上り詰める背中に、追い付くことなどできないのではと。

 剣戟を防ぎながらセイリュウは、口角を上げた。黒曜石のような夜空の瞳に、獰猛な光が宿る。

 うなじをチリリと焼くような焦燥に駆られ、シェイラは直ぐ様距離をとろうと後退する。

 しかし、追い詰めるセイリュウの反撃は苛烈だった。今までどこに隠し持っていたのかとおののくほど、彼の動きは素早い。

 片刃の、三日月のような反りが美しい長刀が翻る。日光を弾き、鈍い青に輝いた。それはまるで、獲物の命を刈り取る狼の牙さながら。

「――――――――そこまで!」

 クローシェザードの鋭い制止が入る。生々しく切れ味を主張する長刀が、紙一重の距離でピタリと止まった。

 シェイラは地面に片膝をついた状態で、対峙するセイリュウを見上げる。悔しさで顔を歪めるこちらとは対照的に、彼の顔には勝ち星を手に入れた者の余裕が浮かんでいた。

「勝者、セイリュウ⋅ミフネ!」

 会場が、爆発するような歓声に包まれる。

 ようやく周囲の状況を思い出し、シェイラは目を瞬かせた。すっかりセイリュウ以外目に映らなくなっていたが、これは御前試合だったのだ。

「あーあ。敗けちゃった…………」

 空を見上げてため息をつくと、セイリュウの声が返ってきた。

「そうやすやすと敗ける訳にはいかない。……特に、お前には」

 彼が手を差し出し、棒倒しの時のように引き上げられる。けれど今回は少々力加減を誤ったらしい。広い胸に飛び込むような形になってしまった。

 胸当てと額がぶつかってうめいていると、セイリュウが慌てて身を離した。

「すまない、大丈夫か!?」

「平気です、こっちこそごめんなさい……」

 顎に武骨な手が添えられ、顔を持ち上げられる。打った箇所を確認しようと、セイリュウが慎重な手付きで前髪を掻き上げた。

 されるがままにジッとしていると、彼はピタリと動きを止める。瞬間的に離れていく気配を訝しみ、シェイラは目を開いた。

「セイリュウ?」

「その、いや、すまない」

「いえ、だからセイリュウは悪くないですって」

 なぜだか彼は、時々挙動不審になる。原因が分からないため、シェイラは首を傾げるしかない。

 すぐに次の試合が始まるだろう。準備を終えたトルドリッドを視界の端に認め、改めてセイリュウに向き合った。

「悔しいので、ぜひ再戦をお願いしますね。次は絶対に敗けませんから」

 てっきりいつもの「もちろん」、という答えが返ってくるとばかり思っていた。しかし彼は、少し眉を下げて微笑んだ。

「――――どうだろうな。すぐにでも、と言いたいところだが、次に刃を交えるのは、随分先になるんじゃないか?」

 予想だにしていなかった返答に、シェイラはほとんど呆然と彼を見つめた。

 セイリュウは背中を向け、数歩進んでから立ち止まる。僅かに振り返った横顔には、揺るぎない意志が垣間見えた。

「冬の一の月になれば、我々六年は十八歳、成人だ。――――この学院を巣立つ時が、来る」

 呟くような声音は、歓声に紛れずシェイラの元へ届いた。


   ◇ ◆ ◇


 シェイラが敗けた時点で六年生の優勝ははっきりしていたが、五年生と四年生の順位はどうなるか分からない。五年生が逆転するか、四年生が順位を守りきるか。

 最後の御前試合は、六年生が全勝。五年生は一勝一敗で、四年生が全敗という結果に終わった。

 トルドリッドの試合は、悲しくなるほどレイディルーンが圧勝して幕を閉じた。

 どんより落ち込む同級生にかける言葉が見付からない内に、閉会式になった。

「僕だって敗けたし。あんなにみんなで頑張ったのに、優勝も逃しちゃうし……」

 シェイラもシェイラで珍しくどんよりしていた。敗けた悔しさもあるし、セイリュウの言葉に思いの外衝撃を受けているというのもある。

 卒業が近いことは分かっていたはずなのに、意外なほど動揺していた。なぜだか、いつまでもみんな一緒にいられると思っていた。

 ぼんやりしている内に、最終的な合計得点が出揃った。

 優勝は、やはり六年生。そして二位は――――。

「四年生だよ!」

 コディが興奮ぎみにシェイラの肩を揺さぶった。同級生達が快哉を叫ぶ中、置いてきぼりをくったように戸惑って辺りを見回す。

「えっと、喜んでいいの?僕らが御前試合で勝てなかったせいで、優勝できなかったのに……」

 自分の言葉に再び落ち込むシェイラだったが、コディは弾けるような笑顔を浮かべた。

「それでも、四年生が二位なんて大健闘だよ!もしかしたら創立以来じゃないかな!」

 ゼクスも、落ち込んでいたトルドリッドまで笑っている。珍しくハイデリオンも満面の笑みを浮かべていた。

「お前の努力は全員が認めるところだ。今は素直に健闘を喜ぼう。優勝は、来年のお楽しみだな」

 浅葉色の瞳を細めた、友人の言葉に救われる。来年もこの仲間で優勝を目指せるのなら、素敵なことだと思えた。

 ようやく少し笑顔になったシェイラは、手荒い称賛に呑み込まれて揉みくちゃにされた。




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