御前試合
驚きが去ると、冷静な思考が戻ってくる。
フェリクスがなぜ、シェイラとの繋がりを隠そうとしたのか。研修の時、変装をしてまで自分の存在を気取らせまいとしたのか。
――そっか……。王族だから、秘密にしたかったのか。多分、私の安全を考えて。
山育ちのシェイラには難しいことは分からないが、王族とは何かと危険がつきまとう身なのだろう。ヴィルフレヒトだって、常に何人もの騎士に囲まれていて、自由に動けるのは薬草園にいる時くらいだ。だから外部には無関係だと思わせたかった。
「シェイラ、大丈夫?」
「…………ん?あれ?」
コディが眉を下げて覗き込んでいる。
シェイラはふと思考の海から帰った。
剣舞を披露していたはずの彼がなぜ目の前にいるのかと辺りを見回すと、いつの間にか陣営内が賑やかになっていた。同級生全員が戻ってきているのだ。
トルドリッドが、呆れたように腕を組んだ。
「それで、どうだった?」
「え」
「見ていただろう、俺達の活躍を」
「え」
シェイラは頬を引きつらせた。ぼんやり見ていたせいであまり印象的な記憶はない。青い炎が綺麗だと思ったくらいだ。
後ろめたい気持ちで返答に困っていると、ゼクスが代わりに手を振って答えた。
「活躍って、結局三位じゃねぇか。六年生に逆転されたぞ」
「仕方がないだろう。魔力を物質にまとわせるのは、意外と難しいんだ」
トルドリッドが眉をしかめて嘆息した。
ただ放出するだけならば全力を出せばいいが、剣に魔力を込めるのは調節が大変らしい。小手先の器用さが必要になるという。
「じゃあ、魔道具を作るのって実は難しいんだ?」
ヨルンヴェルナやクローシェザードの顔を思い浮かべて問いかける。シェイラは無意識に腕輪をいじっていた。
それをつぶさに観察し、ハイデリオンが答える。
「難しいなんてものではない。あれほど精密な作業を何時間も続けられるなんて、並の神経ではできない。だからこそ、学術塔の魔術師達は称賛を集めているのだ」
「へぇ~」
ある一部の変態のせいでただの変人の集まりだと思っていたが、認識を改める必要があるらしい。
同時に、学術塔に籍を置いていないにも関わらず、簡単に腕輪を作ってみせたクローシェザードの実力の凄まじさにも思い至った。発動条件の変更を軽々しくお願いしてしまったが、常人ならば撥ね付けられていただろう。
内心冷や汗を掻いていると、言い合いをしていたトルドリッドが再びシェイラに顔を向けた。
「それで、舞はどうだった?」
「え?あ、えっと、」
何と答えるべきか言いあぐねていると、再びゼクスが横槍を入れた。
「こいつに聞いたってムダムダ。この野郎、第七王子を見てからずっとこの調子なんだよ。何度話しかけても無視しやがるし。一目惚れでもしたのかってぐらいだ」
フェリクスが必死に隠そうとしていた関係を、ここで知られる訳にはいかない。シェイラはギョッとして全力で首を振った。
「そそそそんな訳ないよ!?」
気が動転して酷くどもってしまったシェイラに、周囲は生温い視線を向ける。何だか完全に誤解されているような。
「ひ、一目惚れとかあり得ないだろ!?おおお男同士だし!」
更に重ねて否定すると、なぜかトルドリッドが肩を落とした。
「…………そうだよな。普通、あり得ないよな。男同士で…………」
「? 何でそんな沈んだ声なの、トルドリッド?」
訊いてから、シェイラは両手で口を覆った。失言だった。
きっと彼には、想う相手がいるのだ。とても親しげだったのは、友情ではなく愛情のため。
トルドリッドはおそらく――――ハイデリオンが好きなのだ。
――だからさっき友情を確認した時も、微妙な顔だったんだ。友達じゃなくて、愛し合ってるから。
珍しく察しのいい自分に少し興奮しながら、シェイラはトルドリッドの背中を叩いた。
「ごめん、言い方が悪かった!僕は男同士だって、全然ありだと思ってるから!」
「…………そうか?」
「そうだよ!恋って、気付いたら落ちてるものだって、村の女友達も言ってたし。その相手が男か女かなんて選べないよね。だって、いつの間にか好きになってるんだから」
力強くトルドリッドを慰めるシェイラは、コディとゼクスの呆れた視線には気付かない。
「あの馬鹿、勘違いに勘違いを重ねて墓穴掘ってるんですけど」
「…………全員が幸せなら、勘違いでも何でも、もういいんじゃないかなぁ?」
コディはここにきて、全力で匙を投げ捨てた。
◇ ◆ ◇
御前試合は、生徒全員が行う競技ではない。
実力のある何名かが、その場で選出されて試合を行うのだ。
大会も佳境に入り、全員が稽古場の中心に整列した。王族の前とあって、誰もが神妙な面持ちをしている。
「セイリュウ⋅ミフネ」
クローシェザードに名前を呼ばれた者が、御前試合の出場者だ。セイリュウが列から進み出た。
ミフネ家の将来有望な長男ということで、王族の覚えもめでたいのだろう。平民代表のようでシェイラまで誇らしい気持ちになる。
各学年から二名ずつが選出される中、六年生からもう一人選ばれたのはアックスだった。五年生からはレイディルーンと、シェイラがあまり接したことのないアークリーゼルという中級貴族。話したことはなくても、特別コースに進んだシェイラを目の敵にすることもなかった人なので、人柄は確かだ。
「四年生からは、トルドリッド⋅ロウル。そして――――――――シェイラ⋅ダナウ」
集まった生徒達が、内心驚愕しているのが分かる。御前でさえなければ声を上げていただろう。
シェイラも驚きを押し殺しながら、他の出場者と同じように最前列に進んだ。遮るものがないため、王族の顔もよく見える。
ヴィルフレヒトがシェイラを見つめ、うっすら微笑んだ。
フェリクスに視線を移すと、彼も僅かに目を細めた。あからさまに微笑むことはなくても、瞳の優しさが彼の愛情深さを物語っている。
王族だったなんて、正直今でも信じられない。
フェリクスに対して言った我が儘や、何度も迷惑をかけてしまった過去が走馬灯のように甦る。
けれど同時に、家族以外に滅多に見せなかった、はにかむような笑顔を思い出す。頭を撫でてくれる優しい手の温もりも。
――驚きはしたけど、それだけの話だ。フェリクスが私にくれた優しさの形が、それで変わっちゃう訳じゃない。
ヴィルフレヒトとも気安く会っているのに、王弟殿下とははばかられる、なんてあり得ない。
今まで通りに会うことができさえすれば、何も変わらないのだ。関係性が変質してしまうようなことはない。きっと、お互いが大切に守ろうとしていく限りは。
フェリクスがいる。ルルとリチャードも見にきてくれている。今は思い悩むのではなく、王都での家族とも言える人達に、いいところを見せるだけだ。
始まったアックスとアークリーゼルの戦いに集中していると、目の前に長剣が差し出された。
「君の出番は次だ。帯剣しておきなさい」
「――――クローシェザード先生」
彼が差し出すのは、稽古中にシェイラが愛用している剣だ。細身で軽く、長さも調度いい。御前試合のため模造刀ではないらしい。
すっかり手に馴染んできた長剣を受け取りながら、周囲を見回す。誰もが試合に熱中しているし、激しい剣戟に紛れて会話を聞き咎められることもなさそうだ。
「……クローシェザード先生は、知ってて教えてくれなかったんですね」
よく考えれば、クローシェザードは近衛騎士だ。
騎士とは王族を警護するためにいる。その彼がフェリクスに忠誠を誓っている時点でもう少し疑うべきだったのに、察しが悪いにも程がある。
アックスが振り回す大剣が、うなりを上げてアークリーゼルに迫っている。軽々と振り回せるだけでも凄いのに、速さも申し分ないからいつ見ても感心してしまう。
しかも彼はああ見えてとても器用らしく、常時魔力で剣を強化している。おかげでアークリーゼルが魔法を仕掛けても、大剣で跳ね返してしまうという出鱈目ぶりだ。
勝負の行方を何となく察していると、口を噤んでいたクローシェザードが呟いた。
「教えなくても、会話の端々に気付く要素はあったはずだが」
「ハッキリ言ってくれなきゃ分かりませんよ」
「君の鈍感ぶりにはつくづく恐れ入るな」
「…………」
シェイラは唇を尖らせて黙り込んだ。
謝罪をしろとは言わないが、少しも申し訳なさを感じないのは人としてどうかと思う。
フェリクスの正体を黙っていたことはともかく、クローシェザードが隠し事をしていたという点に、なぜか無性に腹が立った。それを悟らせることなく、平気な顔でいた彼に。
アークリーゼルの剣が弾き飛ばされ、アックスが喉元に大剣を突き付ける。悔しそうな降参の声と共に、会場中から歓声が響いた。
アックスはいつも通り筋肉を見せ付けているが、御前ということを忘れているのではないだろうか。
とはいえ、シェイラの出番が回ってきた。剣帯に剣を装備し、中央に向かって歩き出す。
拍手やどよめきで、何を言ってもどうせ周りには聞こえない。シェイラは振り返り、ニッコリと微笑んだ。
「それでは行って参ります、クローシェ様」
心からのイヤミを籠めて、ずっと躊躇っていた愛称を。
クローシェザードが僅かに瞠目したのを見て取って、シェイラは少し胸のすく思いがした。