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剣舞

 昼食を挟み、午後は剣舞から始まる。

 これは競い合うものではないと思っていたのだが、学年ごとに別れて舞う部分があり、その出来映えによって順位が付けられるのだという。

 ここまでの合計得点では四年生が圧倒的に優位だが、六年生は手強く油断できないだろう。一気に突き放したい場面なのに、魔力を持たない特待生には剣舞ができない。仕方ないと分かっていても、シェイラは歯痒かった。

「ごめん。……何も力になれなくて」

 落ち込むシェイラをしばし眺め、ハイデリオンはスッと遠くを見晴るかした。

「――――お前は知っていると思うが、僕は運動より、頭脳労働の方が得意だ」

「ハイデリオン?」

 急にどうしたのかと首を傾げるが、彼の浅葉色の瞳は至って真剣だった。

「トルドリットは貴族だからと努力しているが、あぁ見えて人前では緊張する性質だ。誰にでも、得手不得手はある。魔力がないというのは、それと同じことなのだと――――最近思うようになった」

「ハイデリオン…………」

 シェイラはゆっくりと瞠目した。

 魔力の有無はいつだって貴族と平民を隔てていた。それはまるで越えられない溝のように、両者の意識に深く根差していた。

 しかしハイデリオンは、それを大した差ではないと言い切るのだ。誰にでも長所と短所があるように、個性の一つに過ぎないのだと。

 言葉もなく見つめるシェイラに代わり、トルドリッドが声を上げた。

「おい、なぜ俺の秘密だけをばらしている?お前だって、虫が嫌いというもっと恥ずかしい短所があるだろうが」

「トルドリット!」

「足が沢山ありすぎたり、逆に一本もなかったりする生き物が駄目なんだよな?」

「駄目ではない、存在が視界に入らなければ問題ないんだ!」

 仲のいい二人は、もしかしたら入学前から顔見知りだったのかもしれない。気まずげな顔で小突き合う様子は、どこにでもいる男友達と一緒だった。

 感極まったシェイラは、彼らにぶつかるように抱きついた。

 二人から苦鳴が漏れたけれど気にしない。またもや起こった黄色い悲鳴だって気にならなかった。

 いつの間に、ここまで歩み寄っていたのだろう。同じ学舎で日々を重ねている内に、きっと少しずつ芽吹いていたのだ。この大会の間にも、どんどん距離が縮まっているように。

「僕、ハイデリオンもトルドリッドも大好きだよ。貴族も平民も関係なく、大好き」

「だ、大好き…………」

 うめくように呟いたきり無言になる二人を不思議に思い、顔を上げた。どちらも何とも形容しがたい表情をしている。

 熱い友情を感じたのは自分一人だったのかと悲しくなっていると、背後から襟首を掴まれた。猫の子のようにハイデリオン達から引き剥がされる。

「だからお前は、何でそう……」

「あれ、ゼクス?コディも」

 襟を引っ張っていたのはゼクスだった。隣には困り顔で微笑むコディもいる。

「シェイラは、友達としてハイデリオン達を好きなんだよね。友達として」

「もちろん!さっきからそう言ってるよ?」

 なぜ念を押すように二回繰り返したのかは疑問だが、間違いなかったので力強く頷き返した。

「友達……」

「えぇ?今の流れは絶対友情の確認だったでしょ?あれ?違った?僕空気読んでなかった?」

「いや……そうだな。友情だ、うん」

 なぜかハイデリオンとトルドリッドは、疲れた顔で離れていった。ゼクスもうんざりしているようだが、一体どうしたのだろうか。

 ともあれ、苦笑しているコディに向き合った。

「コディ、具合は大丈夫?」

「え?僕?」

「うん。借り物競争の時、赤くなってたから」

「あ、あれは……」

 コディは再び真っ赤になって黙り込んでしまった。ルルと走っている時と同じ症状だ。

 心配していると、彼は何かを決心したように顔を上げた。相変わらず赤いが、表情は男らしい。

「――――シェイラ、実は僕、」

「コディ、剣舞の準備だ。行くぞ」

 何かを言いかけていたコディに、トルドリッドの声が重なった。肝心なところを聞き逃してしまって、シェイラは首を傾げた。

「ごめん、もう一回言って?」

「あ、うぅ、その、……………………また、今度でいいです」

 そそくさと立ち去っていくコディを半眼で眺めていたゼクスが、シェイラの隣に並ぶ。もうすぐ剣舞が始まるため、見やすい最前列の席を確保した。

 バートも揃って席につく。普段はだらしない姿勢の彼らも、もうすぐ王族が登場するとあってか行儀正しい。

 ゼクスがふと、シェイラ達を見回した。

「そういえばお前ら、冬は実家に帰るのか?」

 バートはだるそうに首を掻きながら答えた。

「帰るよー。うち実家が宿屋だからさ、帰るとめっちゃ手伝わされて大変なんだー。ゼクスのところも、家業手伝わされるんだろ?」

「まぁ、うちの家訓は『働かざるもの食うべからず』だからな。シェイラは?」

 話を振られたくなくて存在感を消していたのだが、白状しなければならないようだ。

「あー……。帰るつもりだったんだけど、多分、学院に残ることになりそう。ヨルンヴェルナ先生に捕まっちゃってさ」

「うわマジかよ。かわいそー」

 同情を口にしたバートだが、体は思いきり引いている。そんな反応を引き出してしまうほど悲惨な状況に陥っているのかと思うと、シェイラは物悲しくなった。

「で、でも、前向きに考えることにしたんだ。クローシェザード先生も残るみたいだから、稽古を見てもらう約束をしてるんだ。あの人と個人的に打ち合いができる機会なんて、そうないだろ?」

「そうか……」

 悲しい前向き発言を更に憐れまれるかもしれない。そう思っていたのに、いつも辛口のゼクスからは毒舌が聞こえなかった。

 何やら考え込んでいる友人を訝しんでいたが、王族が入場するということで慌てて姿勢を正した。

「国王陛下の名代、ベルディナード⋅フォン⋅シュタイツ皇太子殿下、入場!」

 学院長の高らかな声と共に、その場にいる全員が一斉に跪いた。

 ――流石に国王陛下は来ないんだ。やっぱり忙しいんだろうな。

 第一王子ということは、ヴィルフレヒトの実の兄だ。どんな男性か興味がある。

「――――――――面を上げよ」

 威厳ある声に打たれ、自然と前を向く。誰もいなかった王族席に、遠目だが人影を見つけた。

 まず目に入ったのは長身の男性。年齢は二十代半ばくらいだろうか、引き締まった体躯の凛々しい青年だ。金髪の色合いや優しげな目元が、よく見るとヴィルフレヒトに似ている。おそらく第一王子その人だろう。

 彼の隣には、ヴィルフレヒトがいた。昨日はどこか元気がないようだったので、いつも通りの穏やかな表情にホッとする。

 ベルディナードが労いの挨拶を済ませると、次はヴィルフレヒトが挨拶をする。

 黙って見ていると、彼らの更に奥、目立たない立ち位置に、誰かがいることに気付いた。廂の影に隠れていて容貌は判然としないが、王族席にいるのなら王族なのだろう。

 ベルディナードの奥方ということも考えられるが、どうにもドレスを着ているようには見えない。

 シェイラの他にも気付きだした人がいるようで、会場の雰囲気が何となくざわつき始めていた。王族が挨拶をしているからこの程度で済んでいるのかもしれない。

「――――最後に、このような席ではあるが、大切な家族を紹介したい。先の政変で憂き目に遭い、今まで身を隠していた彼とは、初めて会う者も多いだろう。現国王の王弟であらせられる」

「…………王弟、って……」

 先の政変で、前国王の息子はほとんどが亡くなっている。生き残っているのは現国王である第六王子、そして――――――――。

 集った全員が、今度こそ驚きでどよめく。会場中が揺れるような衝撃だった。

「第七、王子…………?」

「……そういうことだな。政変が終わっても姿を現すことがなかったために、実は既に死んでいるのではという噂さえ流れていたが――――」

 シェイラの呟きを拾ったゼクスを見上げる。緊張に彩られた横顔には、うっすら汗が浮かんでいた。

 姿を現すことのなかった第七王子が、なぜ今この時機を選んで公の場に出てきたのか。誰もがその疑問に頭を巡らせているだろう。

 シェイラは、廂からゆっくりと歩み出る第七王子から、目が離せなかった。

 日差しに透ける銀色の髪。知的な光を宿す、けぶるような灰色の瞳は、笑うと柔らかく細められることをシェイラは知っている。それらは幼い頃から、いつだって身近にあったものだから。

「彼が、フェリクシアン⋅リゲル⋅シュタイツ王弟殿下である」

「――――――――」


 ……困惑の冷めやらぬ空気の中、やがて剣舞が始まった。

 一糸乱れぬ動きから繰り出されるのは、美しい青の炎。長剣が炎をまとう様は圧巻の一言に尽きた。

 ――フェリクス…………。

 シェイラは、揺らめく魔法の残像をぼんやりと眺めていた。

 大切な兄の名前の由来は、光の神⋅フェリクシアビスだろうかと、いつもの癖で考えながら。




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