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借り物競争

 障害物競争など幾つかの競技を終え、次は借り物競争だった。メインイベントとも言える剣舞に出場できない分、シェイラは魔力を必要としないほとんどの競技を網羅している。

「借り物競争は、普通の勝負になればいいね……」

「障害物競争は、障害作ったのがヨルンヴェルナ先生だったからな…………」

 シェイラの呟きに、ゼクスも座り込んだまま遠い目になる。

 ヨルンヴェルナが製作に携わった障害物競争は、史上稀にみる負傷者続出の地獄絵図となった。

 行く手を阻むどぎつい青の液体に滑って転ぶと、なぜかトリモチのように張り付いて逃れられなくなったり。謎の発光液がなみなみ入った器をくわえて走る場面では、僅かにでも顔にかかった者は突如失神。どこからともなく毒針が飛び出してくる危険地帯では、ほとんどの生徒が屍のように動かなくなっていった。結果、まともに完走したのはシェイラも含め数名のみという散々な競争になった。

「あの毒針に刺されたヤツ、まだ意識ないらしいぜ。もう大会に復帰することもできないし、可哀想だよな…………」

「ホントに、何が塗られてたんだろうね…………」

 本人は毒ではないと言っていた。

 だがシェイラはあれを、ヨルンヴェルナの人体実験と睨んでいる。対人で試したかった薬品を公然と使えると、嬉々として製作に加わる姿が見えてくるようだ。

 現に今も中座して治癒室に向かっているが、献身的な性格ではない彼のことだから、間違いなく事後経過観察がしたいだけだろう。

「午前の部、貴族がやるには幼稚でアホらしい競技ばっかだと思ってたけど、今は心からほのぼのしたいぜ……」

「借り物競争くらいなら、きっとまともな競争になるよね……?」

「ヨルンヴェルナ先生がいない訳だし、そう信じたいよな……」

 彼が指揮していれば、生徒が苦しむ様をじっくり観察したいと思うはずだ。今この場にいないことを希望にしたい。

 借り物競争は、各学年から四名が出場する。四年生からはシェイラ、ゼクス、コディ、バートが出ることになっている。

 発走地点に走る順番で並んだ。

 真っ直ぐ伸びたトラックの先には、数枚の紙が鎮座している。あのどれかを選び取り、そこに書かれたお題を借りて一番早く走りきった者が勝利だ。

 競技の準備が終わり、まず走るのはゼクス。

 彼の足は速い方だが、出場者がほとんど特待生なので他学年の生徒も負けず劣らず。ほとんど差がない状態で紙までたどり着いた。ゼクスは躊躇いなく目の前の紙を選ぶ。

 一瞬驚いたようだが、彼はすぐに動き出す。来た道を引き返し、後続が待つ発走地点へ。

「来い!」

「え!?」

 ゼクスに手を乱暴に引かれ、巻き込まれるようにシェイラも走り出す。また、令嬢達のざわめきが大きくなった。

 なぜかは分からないが、ゼクスに選ばれたらしい。引き摺られていたシェイラも、とにかくゴールを目指して自主的に足を動かし始める。二人は、余裕で一着をもぎ取った。

 ようやくゆっくり話すことができると、軽く息の上がっているゼクスを見上げた。

「お題は何だったの?」

 彼は無言で紙を突き出した。そこには『赤毛の人』と書かれている。なるほど。確かにシェイラが該当する。

「これってさ、平民が貴族との接点を持ついい機会なんじゃなかった?せっかくだし、赤毛の貴族に声を掛ければよかったのに」

 貴賓席を見ても、数は少ないが赤毛がちらほらと見える。利に聡い商人の息子である彼が、好機を逃すなんてあり得ない。何か理由があるはずだった。

 ゼクスは堅そうな髪をガシガシと掻きながら、呆れたように答える。

「馬鹿野郎、全然分かってねぇな。貴族には金髪銀髪が多いだろ?平民に多い赤毛なんてのは、ヤツらにとって恥でしかないんだ。つまり赤毛って理由で貴族に助力を請うても、確実に撥ね付けられる。軽い引っ掛け問題だな」

「なるほど。まともな問題だったね」

 貴族の常識をきちんと学んでいなければ、安易に彼らへ近付こうとして痛い目をみる。これは平民側にも学びの大切さを示唆するための、いい問題だったようだ。

「作ったのはクローシェザード先生かもな。この、意外と頭使わなきゃいけないカンジが」

「確かに。陰湿さを感じるよね」 

「……俺はそこまで言ってねぇからな」

「いやいや。先に言い出した方が罪は重いからね」

 どこで聞かれているか分からないと、罪を擦り付け合う二人。

 そうこうしている内に、二走目のバートが完走していた。「俺の活躍ちょっとは見ろよ」、と呆れられてしまった。

 シェイラはゼクスを残し、そそくさと発走地点へ戻る。もうすぐ出番なので急いで戻らなくては。

 コディは既に走り始めていた。紙を手に取り、内容を確認する。驚きに目を見張り、焦った様子で貴賓席を見回した。

 彼はある一点に目を留め、風のような勢いで走り出す。真っ赤になりながら話し掛け、何者かの手を引いて走り出した。

「………………って、ルル!?」

 コディに連れられ、困惑げに走っているのはルルだった。いつの間に来ていたのか、よく見ると貴賓席にはリチャードもいる。しかし肝心のフェリクスの姿が見えない。席を外しているのだろうか。

 コディとルルが無事ゴールした。

 残念ながら二着だったが、女性を連れて走ったのだから仕方ない。一着の六年生は『扇子』だったため、借りてしまえば全力疾走ができる。

 コディのお題は、『友人宅に雇われている使用人』だったらしい。

 なるほど。よその家の使用人と顔見知りになっておくことは、意外と重要だ。信頼を得られれば色々な情報を引き出せる。

 ――このお題に当たらなくてよかった。私、貴族の家にお邪魔したことないし、話したことない人の顔を覚えるのって苦手なんだよね…………。

 レイディルーンやリグレスの側に、使用人がいたこともあったかもしれない。けれど、少しも顔が思い浮かばない。存在感を消して控えることが彼らの仕事とはいえ、全く注意を払っていなかった自分もどうかと思う。これからは、もっと周囲をよく観察しなければと決意した。

 ――でも、コディは何であんなに赤くなってたんだろう?

 首を傾げながら所定の位置につく。次はいよいよシェイラの番だ。

 魔道具の高らかな合図と共に走り出す。真っ先に紙片を手に取った。そこに書かれていたのは。

「――――『青いドレスの令嬢』?」

 これも、シェイラには難易度が高かった。

 青いドレスの女性は、パッとみた限り少なくない。けれど貴族の令嬢から許可を得ねばならないということは、話をする必要があるのだ。それだけだも十分難しいのに、高いヒールを履いている令嬢を強引に走らせる訳にもいかない。ゴールにたどり着くまでも難儀するだろう。

 まずいお題を引いてしまったと嘆いていても始まらない。シェイラはとりあえず、貴賓席に向かって走り出した。

 階段を駆け上り、淡い青のドレスを着た令嬢の前で跪いた。

「失礼いたします、美しい方」

 名前も家名も分からないから、そう話し掛けるしかなかった。

 年若い少女は、案の定目を見開いて硬直している。扇子の影であんぐりと口も開いているかもしれない。シェイラは構わず続けた。

「私はシェイラ⋅ダナウと申します。『青いドレスの令嬢』という要求を引き当てた時、青をまとう方は数多くあれど、この目にはあなた様しか映らなくなってしまいました。どうか憐れな私めに、いと高き御身に触れる幸運をお与えください」

 精霊を称える時のように、口調には気を付けたつもりだ。けれど令嬢は、真っ赤になったまま一言も口をきかない。

 何か失言があったのかもしれない。ゼクスのようにきちんと貴族の常識を学んでいれば、と後悔が込み上げる。

 それでも辛抱強く待つと、やがて少女は小さく頷いた。シェイラはホッと肩の力を抜く。

「お名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「…………リルシエル⋅ノワイユですわ」

「リルシエル様。素敵なお名前ですね」

 シェイラはリルシエルにスッと近付き、肩に手を添えた。

「失礼いたします」

「キャッ……!」

 抱き上げると、ドレスの裾がフワリとはためいた。嫌がられるのは承知で、横抱きのまま走り出す。非難の声だろうか、周囲がにわかに騒がしくなったので、彼女の耳元に顔を近付けた。

「走ればお御足を痛めます。しばらくご辛抱くださいませ」

 囁くと、リルシエルはピタリと身動ぎをやめた。シェイラはこれ幸いとさっさと走る。

 コディとルルを見て、女性を優先させれば足が遅くなるのは分かっていた。その対策としてシェイラが編み出したのが、この『お姫様抱っこ作戦』だ。

 この作戦が功を奏し、シェイラは見事一位を勝ち取った。

 リルシエルをすぐに下ろして謝罪すると、彼女は扇子で顔を隠したまま呟いた。

「わ、わたくし、重かったのではなくて?」

 実際、体重にドレスの重量が加算して、ゴール手前で腕力の限界を迎えそうになっていたが、痙攣していることが伝わらないよう必死に堪えていた。

 けれど令嬢は、折れそうな腰といい頼りなげな手首といい、明らかにシェイラより細い。女の腕力でさえなければ余裕で運びきっていたはずなのだ。

 なのでシェイラは、男だったらこう受け答えるだろうと想像しながら、流れるように跪いた。

「えっ……」

「とんでもないことでございます。羽のように軽い御身が、いつ羽ばたいてしまうのではと肝を冷やしておりました。麗しいリルシエル様が御名のごとく空へ帰ってしまわぬように、地を這う私などは必死に繋ぎ止めるばかりでございます」

「まぁ……」

 ヴィルフレヒトを称えた時のように、滑らかに賛辞がこぼれ落ちた。

 彼女の名前は空の神⋅リフェシェルクが由来だろうと予想しての発言だったが、間違っていなかったようで安堵する。

 顔を上げ、フワリと微笑んだ。途端、扇子の向こうでリルシエルの顔が真っ赤に染まる。

 また機嫌を損ねてしまったと慌てて頭を下げるシェイラは、令嬢をすっかり骨抜きにしてしまっていることに、やはり気付かない。


 この時点で、四年生は首位を独走状態。圧倒的点差で二位を引き離していた。


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