激戦
「何とか、勝てた…………」
試合が終わると、そこかしこで四年生が力尽き、地に伏した。六年生もバタバタ転がっているが、その比じゃない。
持久力だけは人一倍あるシェイラもあお向けに横たわっていた。けれどそれは疲労からではなく、充実感から。
「勝ったんだ…………」
仲間と協力してもぎ取った勝利とは、なぜこれほど心を揺さぶるのか。空の青にさえ感極まって、熱いものが込み上げてくる。
勝利の余韻に浸っていると、視界にセイリュウの顔が現れた。
「シェイラ」
目の前に差し出された手を握り返す。グッと引き上げてくれる彼に身を任せ、シェイラは体を起こした。
「素晴らしい試合だった。簡単に勝たれてしまって、上級生としては恥ずかしい限りだがな」
「いやぁ。全然簡単ではなかったんですけどね」
時間にしたらあっという間だったかもしれないが、シェイラにとっては激戦だった。おそらく、同級生の面々にとっても。
稽古場を見回してみると、コディやゼクス、ハイデリオンやトルドリッドなどの親しい友人達も地面に転がっていた。貴族も平民も関係ない光景に笑みを深める。
友人らを見つめるシェイラの表情は、宝物を手にした少年のように眩しく、誇らかだった。
セイリュウはそんな後輩に瞳を細めると、頭をくしゃりと掻き回した。いつになく乱暴な手付きに目を瞬かせるシェイラに、優しく微笑みかける。
「今回は勝ちを譲ったが、次は絶対に敗けない。俺達は、更に気を引き締めてこれからの競技に挑むとしよう」
「えぇっ、それ以上強くならなくても大丈夫だと思いますよ…………」
手を振って爽やかに去っていくセイリュウを見送りながら、シェイラは乾いた笑みを浮かべた。
一度勝てば警戒されて勝ちを得にくくなるだろうとハイデリオンが予想していたが、こうも序盤に警戒レベルを引き上げられてしまうとは。熱戦の予感に、シェイラは身震いした。更なる強敵に巡り合える期待感からの武者震いということにしておこう。
コディ達と、互いの健闘を称え合いながら陣営に戻った。
ヘロヘロに疲れ果てているが、次は五年生と六年生の試合。シェイラ達は束の間ではあるものの休むことができる。
試合が始まると、シェイラ達は疲労を押し殺して真剣に観戦を始めた。次に戦う五年生の戦力を把握するためだ。
レイディルーンは攻撃に回っていた。魔法が使えなくても体術の基礎ができているため、危なげない活躍を見せている。
ちなみに本日ヴィルフレヒトは欠場している。王族として出席するため、御前試合の頃合いになったら姿を現すと聞いていた。
他に知っている顔はと見回したが、リグレスは棒倒しに出場していないようだった。彼は当たりも強くなさそうなので、当然かもしれない。
「リグレス先輩みたいに華奢な人には攻撃しづらいから、六年生としてもありがたいのかも……」
シェイラの独り言を、ハイデリオンが拾った。
「甘いなシェイラ。僕ならその感情すら利用して、リグレス先輩を勝負の場に立たせるだろう」
「うわぁ、えげつな……」
弱味を前面に押し出して攻撃の手を緩める作戦なのだろうが、あまりに冷酷ではないだろうか。
シェイラが身を震わせていると、トルドリッドが口を挟んだ。
「お前はそう言うが、お前自身が対等に戦えているだろう。リグレス先輩と同じくらい、華奢でか弱げなお前が」
「あぁ、そういえば」
男と比べれば、シェイラだって断然華奢でか弱げなはずだ。言われてようやくその事実に思い至るが、ふと疑問がよぎって首を傾げた。
「…………あれ?じゃあ僕は、何であんなに全力で襲われたんだろう。先輩達、興奮した猪みたいな勢いだったけど」
むしろ真っ先に潰しにかかっていたような、と思い巡らせていると、だらしなく椅子に足を掛けたゼクスが肩をすくめた。
「そりゃ、お前の実力を認めてるってことだろ」
「え、ホント?」
「ってくらい前向きに捉えないと、格差に物悲しくなるだけだぞ」
「……………………」
フォローと見せかけて落とされた。
そもそも、彼に慰めを期待したシェイラが浅はかだったのだ。真の優しさと善意を兼ね揃えた人物が、すぐ傍にいるではないか。
直ぐ様コディに期待の視線を向けると、頼りになる友人にすらサッと目を背けられた。申し訳なさそうな表情がなおさらシェイラの胸を抉る。
――リグレス先輩より男らしいって…………確かにそうなんだけどさ。
正真正銘女である身としては、どうしても釈然としない。
くだらないことを言い合っていたら、いつの間にか試合は終盤になっていた。
レイディルーンはどんどん敵を凪ぎ払って前進するが、セイリュウが五年生の陣にたどり着く方が早かった。
「うおおおおぉっ!!」
セイリュウが獣のような咆哮を上げながら、棒に全体重をかける。その間にも周囲を守る者達を足で蹴散らしていく。
アックスも獅子奮迅の活躍ぶりを見せていた。先の試合では防衛に回っていた彼だが、今回は攻撃に投入されたらしい。セイリュウを助けるように敵を抑え込んでいた。
間もなく棒が倒され、勝敗が決まった。
アックスがなぜかおもむろに脱ぎ出し、筋肉を見せ付けながら勝利の雄叫びを上げる。見ている方まで脱力してしまいそうな光景に、五年生は膝からくずおれたり顔を覆ってうめいたり、様々な反応をしていた。彼らの心情を慮ると涙を禁じ得ない。
「―――しかしこれで、五年生も本気になりだすはずだ」
ハイデリオンの言葉に、全員が一斉に表情を引き締めた。
六年生に敗けるならばともかく、下級生に敗けるなど彼らの矜持が許さないだろう。しかもシェイラ達は、彼らに勝った六年生を撃破しているのだ。
「敵は本気になったからこそ、シェイラを全力で狙ってくるだろう。君が強敵を引き付けている内に、今度は僕達が棒を倒す。トルドリッドとゼクスも攻撃に加えて戦力を補強しよう。バート、防御はきつくなるが、しのげるか?」
「短い時間なら、何とかいけると思いまーす」
間延びした声で返すバートに、ハイデリオンも頷いた。シェイラ達を見回すと高らかに告げる。
「次は先ほどより短期決戦になる。――――みな、心してかかれ」
応、と返し、シェイラは微笑んだ。やはり切れ者の彼は参謀向きだと思う。
少しの休憩を挟み、四年生と五年生が位置についた。番狂わせを期待して、下級生や来賓らの応援にも熱がこもる。
レイディルーン達は呼吸こそ整っているものの、疲労を隠しきれていない。休憩時間が長く取れた分、四年生が有利だ。
試合が始まると、ハイデリオンの作戦は見事にはまった。
シェイラに向かって来たのはレイディルーン他数名。主戦力を割いてまで動きを封じようとしているのが分かった。
うまく逃げ回りながら応戦している間に、ゼクス達が動き出すのを視界の端で捉える。シェイラの陽動が効いている内は彼らも動きやすいだろう。もちろん、ただ逃げ回るだけでは作戦を見抜かれてしまう恐れがあるため、棒を狙いに行く素振りを見せるのも忘れない。
思う存分派手に暴れ回っていると、ゼクスが敵陣の棒を引き倒した。頬に傷を作っているものの、大きな怪我はなさそうだ。
してやられたことに気付けば、レイディルーンはさぞ悔しがるだろうと思っていたが、そうでもなかった。むしろ試合が終わったことに安堵しているように見える。
「……レイディルーン先輩、もしかして僕が囮だって、気付いてました?」
確信を込めて聞くと、彼は受け流すように片頬を上げた。
シェイラの肩に手を置き、ゆっくりと美しい容貌を近付ける。
「お前に怪我がなくてよかった。――――あまり無茶はするな」
耳元近くで囁かれて目を瞬かせた。まるで、シェイラさえ無事なら試合などどうでもいいと言わんばかりだ。
鮮やかな笑みを残して去っていく背中を見送る。
男扱いも釈然としないが、女扱いされると妙にくすぐったい気持ちになる。レイディルーンのような雲の上の人が相手だと、尚更居たたまれない。全力を賭して戦ってほしいと不満に思うべきなのに、不意討ちの気遣いに頬が熱くなった。
一連のやり取りに、令嬢方が悲鳴じみた奇声を上げていることにさえ気付かないほど、シェイラは呆然と立ち尽くしていた。
これが、今年最後の更新になります!
みなさま、よいお年を~ m(_ _)m