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棒倒し

 一番最初に行われる競技は棒倒し。総当たり戦で、まずは六年生と四年生の試合だ。

「とりあえず、この作戦の要はシェイラ、お前だ。大会はこれからなのだから、無茶をし過ぎて怪我をしないようにしろ」

「了解」

 ハイデリオンが出場者一人ひとりに指示を飛ばしていく。

 まずは搦め手は使わず、正攻法で攻めることになっていた。上手くいかないようだったらハイデリオンが司令塔として、その場に応じた判断を適宜下していく。五年生との試合も控えているので、手の内は最低限しか見せないということだ。

 つまり一回戦の作戦は、シェイラの身体能力でのごり押し。この一言に尽きる。

 ――難しいことは分からないから、単純な作戦で丁度いい。

 肩を回し、股関節をほぐし、柔軟は済んだ。袖と裾を捲り上げ、戦闘準備は万端整った。

「よし、気合いだ。全速前進!」

「アホ。無茶すんなって言われたばっかだろーが」

 こぶしを振りかぶるシェイラの頭を、ゼクスが小突いた。

 今日の大会には、治癒室を利用した生徒は戦線離脱、という決まりがある。魔力のないシェイラは、一つの傷が致命傷になるかもしれないのだ。

 ちなみに貴族達も、自らの負傷を治す分には決まりに抵触しないが、剣舞が控えているため魔力を使いきる訳にはいかない。潤沢な魔力量の者以外は、平民と同じく慎重にいかなければならなかった。

 審判のクローシェザードが、稽古場に立った。

 敵陣と自陣に丸太が立てられ、その周囲を生徒達が囲う。どちらの準備も整ったことを確認し、彼は号令をかける。

「試合――――――――開始!」

 いち早く飛び出したのは、やはりシェイラ。

 稽古場を軽やかな足取りで横断する。すぐ敵陣にたどり着いた。問題は、彼らの棒を守る人数。ざっと見たところで十人以上が残っている。ということは、六年生は防御重視の作戦らしい。

 ――やりやすい。攻撃の手が少ないなら、後ろを気にせず戦える。

 防御はゼクスやトルドリッドが担っている。彼らを信用して、シェイラは速攻で棒を倒すのだ。

 問題は、防御の輪を越えて棒にたどり着いたとしても、シェイラにあの丸太を倒せるか、ということだ。棒を支える人数は多い。シェイラの体重が余分にかかったくらいでは、彼らは揺るがないだろう。

 ――その辺は、臨機応変にいこう。

 体格のいい六年生が、二人がかりでシェイラに襲いかかった。剣舞と御前試合以外での魔術使用を禁止されているため、やみくもにこぶしを振り上げている。おそらく、肉弾戦には慣れていないのだろう。動きに粗が目立つ。

 一人目を難なく避け、二人目を受け流し、彼らの勢いを利用して背後をとった。一人の背中に肘を落として手早く沈める。崩れた先にいた二人目が、友人を咄嗟に支えた。身動きが取れなくなったところで、シェイラは悠々と手刀を叩き込む。

 ぐう、と呻いてもう一人が沈んだところで、味方もようやく出揃ってきた。コディとハイデリオンに目配せをすると、彼らは小さく首肯する。

 コディが正面突破を試みる。夏から集中的に鍛えていたとはいえ、体格では敵わない。引き倒されないだけ幾分マシといったところだ。ハイデリオンがコディを支えているおかげで何とかしがみついていられる。

「シェイラ!」

 ハイデリオンが叫んだ。

 それを合図に渦中へ飛び込もうとしていたシェイラだったが、再度行く手を阻まれた。今度は手強い相手だ。

「――――セイリュウ」

「ここから先は行かせない」

 体格のいいセイリュウは、棒を守る役割らしい。シェイラを真っ向から迎え撃つ構えだ。

 右を抜くと見せかけて、左に体を動かす。しかしこの程度の陽動はセイリュウには効かない。こちらの動きにピタリとついてくる。

 少し考え、棒から離れるように走ってみた。セイリュウを引き付けられれば利点は大きいと思ったのだが、彼は一定の位置から追うのをやめてしまう。

 ひとまずシェイラは、棒の背後に回り込むことにした。正面からくる者に気を取られ防御が疎かになっているのではと思ったが、甘い考えだった。セイリュウだけは、シェイラから決して視線を外さないのだ。

 ――これは、完全に私を押さえる作戦だ。

 シェイラの機動力の高さは全学年に知られているから、体術に秀でたセイリュウをぶつけてくるのは当然の措置かもしれない。

 彼を突破しなければ、作戦が成り立たない。一回戦はシェイラの力だけで勝ちを取りたかったが、流石最上級生といったところだ。

 ハイデリオンならば、無理だと分かれば即座に作戦を立て直してくれるだろう。

 ――でも、私が、敗けたくない。

 できると信じて託してくれた作戦を、潰したくない。絶対諦めたくなかった。

 シェイラは気合いを入れ直す。一度瞑目し、開いた両目には、剣を握っている時のような闘争心がみなぎっていた。

 セイリュウは、獣のように猛る黄燈色の瞳にゾクリとし、すぐに口角を引き上げる。そうこなくては面白くない。

 シェイラの動きが、先ほどまでとは比較にならないほど速くなった。残念ながら最速を出されたらセイリュウには追い付けない。だが、目で追うことはできる。

 先手を取られる前にと、シェイラの胴体へこぶしを打ち込む。あっさり避けられるが、それも予測済み。セイリュウは全てを凪ぎ払うように、右足を思いきり振り抜いた。

 重い蹴りが発する風圧などものともせずに、シェイラは紙一重でかわしてみせた。そのまま右足を両手で掴む。

 驚いたセイリュウだったが、冷静に相手の出方を待った。人間、足を取られれば咄嗟に取り返そうとするものだ。だがここで考えなしに足を引くと、転倒の恐れがある。

 実力テストで初めて試合をした時、彼には確かに、僅かな慢心があった。力量を見定めてみようと、上位に立ったつもりで考えていた。それがどれほど傲った気持ちか学んだから、セイリュウはもう油断しない。だからどんな攻撃を繰り出されようと、対応できる自信があった。

 しかしその直後に起こったことは、どんな想定とも違っていた。

 シェイラはあっさり足を手離し、宙ぶらりんのそこへ身軽に飛び乗った。ズシリとかかる重みに倒れそうになったセイリュウだったが、その前にシェイラは肩へと足場を移し、そのまま一気に跳躍する。

 セイリュウが驚愕と共に振り返った時には、シェイラは輪の中心――――群れた男共の頭上に飛び降りるところだった。

 想定していた以上の身体能力に、セイリュウは笑いが込み上げてくる。ここまであっさり出し抜かれると、悔しいを通り越して最早痛快ですらあった。

 一方シェイラは、舌打ちしたくなるような状況に追い込まれていた。目測ではコディ達の近くに着地できるはずだったのだが、敵がひしめく場所にしか届かなかった。

 思いきって彼らの肩や頭を足場にして進んでみたが、文字通り足を引っ張られてしまう。まるで亡者の群れに降り立ったようだ。猛然と伸ばされる手を足蹴にしながら、何とか前進する。

 それでも、それも長くは続かない。遂には足首をグッと掴まれる。引きずり込まれる、と思った瞬間、その手を何者かが振り払った。

 下方を見てすぐに気付く。コディだ。彼は荒波に揉まれながらも、先輩達の防御に負けずこれほど中心に食い込んでいたのか。

 コディとハッキリ目が合った。立ち止まるな、と彼の瞳が語っている。シェイラは叫んで応えた。

「行くよっ!」

 彼が差し出す両手の平に、躊躇わず足を載せた。ぐん、と下から突き上げる反動を勢いにして、シェイラは更に飛び上がる。

 足元の熱気が遠のく。右手を棒の頂上に載せ、グッと体を持ち上げた。

 足を掛け、登頂に成功する。ここまで来れば喧騒も争いも何もかも遠い。

 シェイラは中空から戦局を見守った。自陣の棒はやや傾いているものの、まだ無事だ。

 足元を見下ろす。コディ以外にも、ハイデリオンやバートも中心地に食い込んでいる。少しずつ、棒を守る人数を削っていた。

 これなら、こちらに勝機がある。傾ける情熱が違うのだ。

 どちらの学年も、大半を構成しているのは貴族。そして彼らは、揉みくちゃになることも本気でぶつかり合うことも、本来ならば好まない。

 王族も観戦に訪れる大会なので、力を抜くことはしない。けれど彼ら一人ひとりの心にきざす、『誰かが頑張ってくれれば自分は汚れずに済む』という感情が、勝敗を左右する。

 真剣に、がむしゃらにぶつかり合った結果、今や六年生の棒を守る人数はたったの二人。シェイラはこの時機を待っていた。

 ヒラリと身を躍らせ、落下しながら思いきり棒を蹴り付ける。

 二人でも、普段から鍛えているため棒は支えられる。だが、突然衝撃を加えられたために、反動で一人が体勢を崩した。

 突然一人に降りかかった負荷が大きすぎる。何とか転倒は踏みとどまっているが、隙だらけだ。

 悠然と着地したシェイラがにこりと笑い掛けると、彼は一気に青ざめた。

 棒を支え続けた六年生の脇腹を蹴り上げると、太い丸太がグラリと傾いだ。

 この瞬間、四年生の勝利が決まったのだった。

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