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そこは、変人の巣窟だったわけで。

 この学院の学院長だという老爺が、壇上で始業式の挨拶をしている。

 学院長の前に立ててある細長いものが学術塔で開発された魔道具らしく、広い講堂の隅々まで声を届けてくれる。

 学院長は、屋敷に来て入学に関する説明をしてくれた人だった。今日もとびきり話が長く、シェイラにはどうにも要点が分からない。演説開始からすぐに集中力が散漫になった。

 広い講堂に、一堂に会した生徒の数は多い。文官科の生徒も合わせて500人くらいだろうか。前列から下級生が並んでおり、入学式を済ませたばかりの新入生が最前列にいる。シェイラのようにだらけることなく真面目に話を聞く姿は、希望に満ちていて何だか眩しい。

『それでは、ヴィルフレヒト⋅フォン⋅シュタイツ第二王子殿下から、生徒代表の挨拶をいただきたいと思います』

 魔術具を通した声が響くと、万雷の拍手が起こる。シェイラも一緒になって手を叩いた。純粋に、この国の王子殿下という人に興味がある。

『ただいまご紹介いただきました、ヴィルフレヒト⋅フォン⋅シュタイツです。この度は、代表挨拶という任に就かせていただき、大変光栄に思っています』

 澄んだ美声は清々しくさえあった。学院長挨拶でだらけた顔をしていた周囲の雰囲気も引き締まった。けれど。

 ――遠っっ。

 シェイラは思いきりガッカリした。

 講堂が広すぎるため、あまりに遠い。豪奢に光り輝く金髪ということが分かるくらいで、顔立ちも瞳の色も判然としない。

「……まぁでも、すごい人なんだろうな。代表挨拶を任されるくらいだし」

「それはどうかな?」

 一人言のはずが、潜められた声が返って来た。シェイラは目を瞬かせながら辺りを見回す。斜め後ろに立つ砂色の髪の少年が、意味ありげに笑いながらこちらを見ていた。榛色の瞳は好奇心で目一杯輝いている。

「お前、あれだろ?あのセントリクス公爵家に喧嘩売ったっていう、噂の赤毛君」

 彼の口からとんでもない言葉が飛び出して、シェイラは慌てて否定した。

「喧嘩なんて売ってないよ。普通に会話しただけ」

「貴族相手に普通に会話って、それが喧嘩売ってるっつーんだよ。今学院中、お前の話題で持ちきりだぜ」

 内容はともかく、彼の話し方は耳に馴染んだ下町言葉だ。シェイラは久しぶりに肩の力を抜ける気がした。

「君、もしかして特待生?」

「おう。よろしくな平民仲間。オレはゼクス⋅ガーラント。ちょっとした商家の四男坊さ」

「よろしく。僕はシェイラ⋅ダナウだよ」

 一気に親しみが湧いて握手を交わそうとすると、隣に立っていたコディに咎められた。

「こら二人とも。殿下がご挨拶なさっているのにお喋りなんて、不敬だよ」

「あ、ごめん」

 シェイラは慌てて口を塞いだ。ゼクスもばつの悪そうな顔で、短く刈り込んだパサつく髪を掻いている。目が合い、お互い苦笑をこぼした。

 しばらく粛々と王子殿下のお言葉を聞いたあとは、教師陣の挨拶になった。これは担当科目の紹介が主目的なので、一人ひとりの挨拶は簡潔な一言で進んでいく。

 シェイラは小声で会話を再開した。

「……そういえば、さっきの『そりゃどうかな』って何で?」

 途端、コディが険しい視線を向けてきたけれど、思わせぶりな台詞がずっと気になっていたのだ。

 ゼクスは「あぁ、あれな」と頷いた。

「生徒代表挨拶ってのはさ、一応最高学年の首席がやるって慣例だったんだよ。でもあの王子殿下が入学してからは、毎年この調子らしいぜ」

 最高学年でもないのに挨拶を行うことは本来あり得ないことらしい。学院内身分制撤廃を謳っていても、やはり身分がものを言うようだ。

 ――羨ましいな、簡単に慣例をなかったことにできちゃうなんて。私に権力があれば、わざわざ男の子のふりをする必要もなかったってことだもんね。

 寮もトイレも浴場も、男子用しかないということはなかったかもしれない。

 シェイラが遠い目になっている横で、コディとゼクスが言い合いになっていた。

「ゼクス、本気で不敬だぞ。王子殿下だって、お前にとやかく言われるような成績じゃない」

「そりゃ優秀なのは認めてるさ。でも五年生の首席ではない」

 ゼクスの反駁に、シェイラはふと疑問が湧いた。

「殿下より優秀な五年生の首席って誰なの?」

 ゼクスは人の悪い笑みをシェイラに近付けた。

「そりゃお前、今日忘れられない出会いを果たしてるだろ?」

「って…………」

 シェイラが今日会話をした人数なんて限られている。コディは同級生だからあり得ないし、ヨルンヴェルナは教師だ。ならば後は、あの神経質そうな黒髪の貴族しか思い浮かばない。

「だから、喧嘩を売ったわけじゃないんだってば……」

 レイディルーン本人にも、周囲で見ていた生徒にも、ぜひ水に流していただきたい出来事だ。シェイラ自身が些末なことだと思っていても、周りがそう認識していないのだから頭が痛い。

 始業式が終われば、今日は授業がないから解放される。寮で部屋の掃除をしたり、やらなければいけないことは細々とあるが、まずは一人になってゆっくり羽を伸ばしたい。

 今日一日の、怒濤のような出会いを思い出す。

 コディと友達になり、公爵家のレイディルーンに話しかけられ。危ない雰囲気のあるヨルンヴェルナに女だと見破られ、同じ平民出身のゼクスと親しくなり。

「……まぁ、何だかんだあったけど、今日は充実した一日だったな。楽しそうな人ばかりだったし。うまくやってけそうでホッとした」

 総括しながら頷いていると、コディががっくり頭を抱えた。

「君にまともな感性があるなんて……うん、全然期待してなかったけどね…………」

 ぶつぶつとぼやき始めたコディが見慣れないらしく、ゼクスがドン引きしている。

 いつの間にか教師陣の挨拶も終盤に差し掛かっており、ヨルンヴェルナの番になっていた。

「ヨルンヴェルナ⋅アリフレイ。魔術による戦闘訓練の担当をしています。学術塔での研究の主体は魔術具の開発、性能の向上です。そのための被験者なら随時募集しているので、気軽に声を掛けてください」

 麗しい笑顔で理解不能なことを言い出したので、新入生達がざわついている。二年生以上はそれほど驚いていないので、この手の発言は日常茶飯事なのだろう。公衆の面前で言うことでもないかもしれないが。

 呆れつつ壇上に注目していると、ヨルンヴェルナの隣に立つ人物に目が吸い寄せられた。

 細身ながら全身のしなやかな筋肉が想像できる引き締まった体躯。それを覆う銀色の鎧は、胸元に鷹と剣の紋章。ほとんど白に近い銀髪に、瞳は恐らく鮮やかな孔雀石色。遠すぎるが、怖くなるほど完璧な美形であることも分かる。知っているから、分かるのだ。

「うそ………………………………」

 シェイラの口から呆然と声が漏れる。

 壇上のその人が、静かに口を開いた。

「クローシェザード⋅ノルシュタイン。騎士科特別コースを担当している。厳しく指導するから、そのつもりでいるように」

 冷然と厳しい声。それすら幼い頃の記憶のままだった。

 シェイラが幼い時に見た、フェリクスを守る騎士。

 クローシェザード⋅ノルシュタインは、目指すほどに憧れた、あの時の騎士だったのだ。

 十年以上前の光景が、胸に鮮やかに甦る。

 一刀の元に、人間の胴より太い大虎の腕を断ち切る豪腕。相手の力を確実に削ぎ落としてから、見事に弱点を突く鋭い剣技。素早い身のこなしは流麗な舞のように見えた。

 憧れ続けた姿を、シェイラは食い入るように見つめた。

 年は二十代後半くらいだろうか。ということは、あの時は成人したてだったのかもしれない。子どもの目には立派な大人に見えていたが、今の自分とそう年齢が変わらなかったということだ。何とも感慨深い。

 一心に熱い眼差しを注いでいると、クローシェザードが一言付け加えた。

「なお、これより始業式前に問題を起こした生徒の呼び出しを行う。――――シェイラ⋅ダナウ。その場にいた生徒からの報告があった。本人からも事情を聞く必要があるため、式が終わったらここに残りなさい」

 前代未聞の始業式最中の呼び出しに、全生徒が驚愕の声を上げる。隣同士で視線を交わしあったり、こそこそ耳打ちをしている。中には騒ぎの渦中にいたのか、シェイラを指差す者までいた。

 クローシェザードの口から紡がれた自分の名前に、シェイラは夢から覚めたような心地で目を瞬かせた。

 ゼクスが同情の眼差しで振り返る。

「……お前ってホント、話題性あるなぁ」


 ――――どうやらシェイラの長い一日は、まだ終わりそうにない。


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