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大会の練習

 技術披露大会に向けて、騎士科の一般コースと特別コースが一堂に介し、何度か全体練習を行うことになっている。学年ごとに組分けをするために、全員が集まる必要があった。そこで団体競技の動きを自分達で話し合い、決定していくのだ。

 シェイラ達四年生は、円陣になって作戦会議をしていた。

 棒倒しに参加する人数は20人。人員の選出から始めなければならない。数回の全体練習の機会で全てを決めねばならないので、なかなかに忙しかった。

「まずは棒倒しの必勝法を考えようか」

「いや……お前、本当にそれでいいのか」

 にも拘わらずハイデリオンが気遣わしげに問うのは、ちゃんとした理由がある。シェイラはチラリと後方を見遣った。

 ――………………何か、ものすごい視線を感じる。

 膝を抱えて座る背中に、先ほどからずっと熱視線を浴びていた。おかげでシェイラどころか、四年生全体が全く集中できない。

 視線を辿った先には、話し合いそっちのけで四年生陣営を見守るレイディルーンがいた。

「お前、よりにもよってレイディルーン先輩に目を付けられるなんて……一体何をやらかしたんだよ?」

 クラスメイトのトルドリッドに訊ねられ、シェイラは苦笑いを返すしかない。どう考えても原因は一つしかないからだ。

 ――あの時無理やり逃げようとしたのが、やっぱりよくなかったのかも…………。

 頭を抱えるシェイラを尻目に、クラスメイト達は冷静に分析を進めていく。

「あまり立ち入ったことを聞くべきではないぞ。逃げ続けているということは、何か不利になるような罪を犯してしまったということだ」

「だがハイデリオン。それが何なのか、知らないことには気になって授業にならないぞ」

「知らない方がいいこともあるということだ。もし真実を知っていたら、後々問題になった場合、不利な立場に立たされる可能性もある」

「……あのー、そこまで犯罪っぽいことはやらかしてませんから」

 トルドリッドとハイデリオンの失礼のやり取りにツッコんだけれど、言った端から自信がなくなっていく。

 身分詐称。不正入学。

 シェイラがしたことを言葉にすると、犯罪臭がプンプンする。

 クローシェザードにはのんきなことを言ったけれど、やはり当初考えていた通り、国家反逆罪という大げさな犯罪に該当するのかもしれない。

「……あれ?犯罪っぽい、のか…………?」

 シェイラが首を傾げながら呟くと、ザッと音を立てて周囲から人が引いた。何とも薄情な学友達である。

「冗談だよ。……ってことになればいいな」

「付け足した言葉が不穏すぎるぞ、シェイラ」

 ゼクスは全力で引いたまま指摘する。

 冷や汗をかいていたコディが、苦笑いを浮かべながら全員を見回した。

「と、とりあえず練習しない?時間はあまりないんだし」

「…………そうだな。僕らには関係ないことだ」

 ハイデリオンは無情にもシェイラを切り捨てた。酷すぎる。研修で深めた絆はどこに行ったのか。

「では、作戦を話そう。当たり負けしない者は棒を守る敵に突っ込む。その隙に身軽な者が棒を倒す。単純だが、シェイラがいるならこれが最も成功率の高い作戦と言えるだろう。……シェイラがいれば、な」

「ハイデリオン、まだ引きずってんのか?こいつのやることいちいち気にしてたら身が持たねぇぞ?」

 ゼクスが頭を掻きながら肩をすくめる。シェイラに振り回されることが多い彼は、何だかんだ順応性が高い。

 ハイデリオンは息を吐きながら首を振った。

「だが、大会当日までにシェイラが学院から消えていたら、この作戦は成立しない」

「酷いハイデリオン。そこまで最悪の場合を考えてるの?」

 シェイラが学院にいられなくなる事態。追放か、存在自体を消されているか。どちらにしても、友人に淡々と可能性を示唆されるというのはキツい。

 半眼になって見つめるも、彼はあくまで冷静だった。

「作戦を立てる立場ならば、常に最悪の局面を想定しておくものだ」

「酷い。冷たい」

「何とでも言え」

「意地悪ー、バカー」

「……お前、悪口の語彙が少ないんだな」

 ハイデリオンから憐れみの眼差しを向けられ、シェイラは胸を押さえた。悪口を言っていたこちらの方が被害甚大で、彼は髪一筋すら傷付いていないとはどういうことか。

 悪口の才能のなさにいじけていると、ハイデリオンが嘆息した。

「…………セントリクス家には到底叶わないが、うちも伯爵家だ。万が一の時は、命くらい助けてやる」

 命というと大げさな気もするが、筆頭公爵家に逆らってでも、なんて言うだけでも不遜だ。礼儀をわきまえたハイデリオンがそれを口にした。とても分かりづらいけれど、彼なりの励ましなのだろう。

「――――ありがとう、頼りにしてる」

 シェイラが微笑むと、ハイデリオンは浅葉色の瞳を居心地悪そうに逸らした。研修の時と同じように耳が赤い。

 からかい交じりにそこをつつくと、彼はますます赤くなった。他愛ないいたずらにハイデリオンがキッと睨む。しかしその顔は真っ赤に染まっているため、全く迫力がない。シェイラはクスクスと笑った。

 その時、殺意にも似た感情を感じて悪寒が走った。シェイラ達は本能的に距離を取る。

 痛いほどの視線の先を、恐るおそる辿っていく。そこには、レイディルーンがいた。氷点下の眼差しで睨み付けられ、シェイラ達は一瞬で震え上がった。

「……何となく、原因が分かった気がする」

 そう呟くと、ハイデリオンは更にシェイラから離れていく。身も心も寒いのに、肩を寄せ合う仲間がいない。切なすぎる。

 空気を読んだコディが、引きつった笑顔を力一杯張り付けながら話題を戻した。

「よし、作戦会議に戻ろうか。シェイラ、人を飛び越えることはできる?」

「あぁ、助走をつければできるけど」

 答えながら、シェイラも気持ちを切り替える。今は何も考えず、技術披露大会に集中しよう。

 やはりこういった騒動には慣れているゼクスが、すぐに話を継いだ。

「棒の長さって、三メートルくらいだったか?お前なら、棒の天辺にも登れそうだな」

「うん。棒って確か、人が周りを取り囲んで支えてるんだもんね。足さえ引っ張られなければ、人を踏み台にしていけると思う」

 問題は、囲っている者達が全員敵のため、素直にシェイラの足場になってくれないことだろう。足を掴んで引きずり落とされてしまえば、揉みくちゃになって再度挑戦も難しいかもしれない。

「踏み台になれるほど近くに、味方が入り込んでいる必要があるな。味方ならば、お前も安心して足場にできるだろう」

「そうだね。とりあえず、棒まで届くか練習してみる?」

 ハイデリオンの言葉に頷き、軽く練習をすることにした。

 棒の役目は人が二人いればできる。だが、レイディルーンの脅威にさらされ、『とりあえずシェイラに近付くのがまずい』という感覚が芽生え始めているようで、誰もその役をやりたがらない。仕方がないのでゼクスがコディを肩に載せることになった。棒の前に立つ踏み台役を、不本意ながらハイデリオンが請け負う。

 準備が整ったら、シェイラは離れた場所から助走を取り始める。速さが乗ってきたところで、強く地面を蹴った。

 軽々とした跳躍に、周囲で見守っていた者達から感嘆の声が漏れる。体重を感じさせない滞空時間。シェイラの足はハイデリオンの肩に余裕で届いた。

 ぐっと踏み込み、更に高みにいるコディを目指す。

 不安定な足場であっても、山歩きに慣れたシェイラにとって難しいことではない。コディの右肩に手を置き、左肩に膝を掛ける。腹筋に力を入れ、ぐんと体を持ち上げた。

「よっ、と」

 座っている状態から、コディの肩を足場に立ち上がる。ゼクス、コディの更に上なので、結構な高さだ。

「できたよ」

「凄い、シェイラ!」

「まさに山猿だな」

 コディやハイデリオンだけでなく、他学年の生徒達も驚いた様子でシェイラを見ていた。

「おい!そろそろ降りろ、重い!」

 ゼクスが余裕のない声で叫んだ。

「ごめんごめん」

 慌てて降りようと屈んだ瞬間、折り悪く突風が吹いた。シェイラの体がぐらりと傾ぐ。

「!?」

 すぐに体勢を整えようとした。空中感覚に優れたシェイラならば、体を折り畳んで難なく着地できるはずだった。――――――――予想外のことが起きなければ。

 突風がさらったのは、シェイラだけではなかった。落ちていくシェイラの視界に、体勢を崩したコディの姿が映る。

 ――危ない!

 このままだと、コディと折り重なるようにして落ちることになる。どちらが下になるかは分からないが、おそらく下敷きにされた方は大怪我をするだろう。

 シェイラは咄嗟に、コディの体を軽く蹴った。傾いていた方とは、逆の方向へ。

 コディの足元は安定した。しかしその分、自分は体勢を整え損ねる。

 シェイラは受け身もほとんどできていない状態で、地面に叩き付けられた。









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