技術披露大会
夏の二の月になると、王都の暑さは更に加速した。
シェイラがますます元気をなくしていくのと対照的に、どんどん勢いを増していく太陽。稽古中も集中力に欠けてクローシェザードに叱責されてしまう日があった。
このままではいけないと思い立ったのは、技術披露大会まであと二ヶ月を切っていたからだ。学年ごとに別れて点数を競うらしいので、足を引っ張る訳にはいかない。目指すはもちろん優勝だった。
「絶対優勝しようね、みんな!」
寮の談話室で、シェイラはこぶしを振り上げる。けれど同調する声は続かなかった。コディは困ったように笑っているし、ゼクスに至っては生温い視線を送るばかりだ。
「…………あれ?」
「落ち着けよシェイラ。そんなに盛り上がったってしょうがないぜ?」
学院あげての一代イベントのはずなのに、なぜここまで温度差があるのか。シェイラは眉根を寄せて唇を尖らせた。
「だって、前にゼクスが言ってたでしょ?王族や貴族も見学に来るから、実力を見せて取り立ててもらえるチャンスなんだって」
「そりゃ御前試合とか個人種目に限ってな。団体競技で本気出したってしょうがないだろ」
気怠げなゼクスにますます怪訝な顔を作って、今度はコディに視線を向ける。声高に主張こそしないものの、彼が友人を否定することはなかった。
「剣舞とかなんて特に、『一糸乱れぬ動きを練習して団結力を高めるため』なんて言われているけど、実際は貴族女性の目を喜ばせるためみたいなところがあるからね」
主要企画である御前試合や剣舞の他、棒倒しなど盛り上げるための競技もあると聞いている。作戦によっては実力差をひっくり返せる模擬戦争みたいなものだと教えられたが、それらの競技にも一癖あるらしい。
「棒倒しだってそうだろ。男の筋肉見てキャーキャー黄色い声援送ったりしてるぜ。毎年失神するヤツもいるんだ」
「それを言ったら借り物競争もだよね。いずれ仕える可能性があるからって貴族の持ち物ばかり指示されているらしいけど、やっぱり貴婦人方への以下同文だね」
「えぇ~……」
失神とは、流石に興奮のし過ぎではないだろうか。シェイラには、一体どういう楽しみ方なのかいまいち分からない。
「貴族の令嬢がキャーキャー言うの?何か意外だな」
「来場する女性はほとんどが既婚だよ。未婚の令嬢だとしても、婚約者を応援に来る方ばかりだね」
「そうそう。貴族の女は結婚するまで家でじっとしてんのが当たり前なんだよな」
「そういう言い方は、ちょっと語弊があると思うけど」
ゼクスのざっくばらんな物言いに、コディは困ったように笑う。
シェイラは、貴族女性の不自由さを不憫に思った。
「うわー。僕貴族じゃなくて本当によかった」
「そもそも女じゃねぇだろーが」
「そ、そうだけどさ」
サラリと口を突いて出た本音を慌てて誤魔化す。シェイラはすぐに話題を変えた。
「でも、だからって頑張らない理由にはならないでしょ?」
せっかくなら優勝を狙えばいいのに、ゼクスやコディだけでなく、周囲にいる他の生徒達も明らかにやる気に欠けている。近くに座っていたハイデリオンにも気まずげに目を逸らされた。
ゼクスは行儀悪く背もたれに腕を掛けながら、鼻を鳴らした。
「だってどうせ六年が優勝して、四年は最下位。毎年順位に変動なんてないからな」
頬杖をついて話を聞いていたバートが、のんびりと手を振った。
「よく考えてみろって。技術でも体格でも、高学年に勝てることなんて一つもないだろ?今年は普通にユルーく楽しんで、再来年頑張ろうぜー」
愛嬌のある垂れ目のバートは、気の抜けた発言が多い。けれど一ヶ月見ない内に、体が一回り大きくなった気がする。それは彼だけに抱く印象ではなく、一般コースの生徒全員に言えることだった。
約束通り、ゼクスも強くなっているのだろう。下級貴族の身分にある者達に混ざって、切磋琢磨して。
ちらりと、談話室にいる他の学年の特待生を見る。彼らはあまり体型に変化が見られない。セイリュウのように、以前から自主的に鍛練しているのかもしれないが――――。
「……いいや。僕らには、他の学年にはない武器があるよ」
周囲から諭され俯いていたシェイラが、ゆっくりと顔を上げる。そこには諦めどころか、不敵な笑みが浮かんでいた。
一変した雰囲気に目を白黒させているゼクスを流し見る。
「僕らが研修に行ってる間も、みんなで沢山稽古したんでしょ?貴族も平民も関係なく」
「……まぁ、空いた時間に試合形式で戦ったりしたな。せっかく一緒に残ってるしって誘ってくれて」
ゼクスとバートが何となく視線をかわしながら頷き合った。
彼らの剣技は素晴らしい。それのみで入学できたのだから当然といえばそうだが、一流になる素質を秘めた技だ。魔法を除けば彼らの実力は頭抜けている。それを分かっているからこそ、下級貴族の生徒も平民の彼らを誘ったのだろう。
けれど相手の実力を認めるというのはなかなか難しいことだ。自分達より身分が低いと見下していれば、尚更。
ゼクス達と、上級生の特待生をもう一度見比べる。
おそらく上級生の特待生達は、一般コースの仲間であるのに、授業以外は行動を共にしていない。同じ学年の下級貴族のような体格の変化がないことからも分かる。これは、大きな差だった。
「僕らにしかない武器――――――――それは、団結力だ」
こうして談話室に集まっている時だって、平民だからと疎外感を抱くこともない。発言が許されている。これは他の学年にはない、唯一の利点ではないだろうか。
シェイラにゼクスにバート。四学年には特待生が三人いる。五学年には四人。六学年には二人。これまでの貴族との軋轢を考えてみると、個として競技を行う分にはいいが、団体競技は難しいのではないだろうか。
「個人種目なら難しいかもしれない。でも、団体競技に必要なのは団結力だ。それなら僕達だって負けてない、でしょ?優勝の可能性は、そんなに低いかな?」
今やシェイラの演説に、集まっていた同学年は聞き入っていた。そうかもしれないと考えているのが顔で分かる。素直に頷くことはないが、下級貴族の何人かは腕を組みながらも顔を見合わせていた。だが、もう一押しが足りない。
シェイラは研修期間中に覚えた、相手を小馬鹿にするような笑みを作った。思い描くのはやはりヨルンヴェルナだ。
「そもそも、僕は結構負けず嫌いなんだけど、みんなはそうじゃないの?」
全員が、戦いを生業にするために学院に集った人種なのだ。負けず嫌いでないはずがない。
安い挑発に、果たして彼らは――――――――乗った。
「……チビガキにそこまで言われちゃ黙ってらんねぇな」
ゼクスがゆっくりと立ち上がった。
腕を組んだまま、ハイデリオンも静かに頷く。
「確かに、互いの力を合わせて戦えば、いけるかもしれん。僕らは野蛮な棒倒しは苦手だが、ゼクス達ならば嬉々として向かっていきそうだしな」
「おいハイデリオン。実際の泥臭い戦場では、そんなお綺麗な理屈は通じないぞ?」
「ふん。泥臭いのはお前ら平民だ。僕らは指揮だけすれば、あとは高みの見物だ」
「アハハ二人共言うなー」
ゼクスとハイデリオンの小競り合いに、バートがのんびりと笑った。悠長に構えていられるのも、彼らの応酬に悪意がないからだ。ハイデリオンは『庶民』ではなく『平民』と口にしたし、礼儀を失わないことで貴族に対して一線引いていたゼクスが、堂々と言い返している。
今までにない関係を築き始めているのは明らかだった。
ゼクスが榛色の瞳に獰猛な色を宿した。ニヤリと笑みを浮かべ、こぶしを手の平に荒々しく叩き付ける。
「よっしゃ!いっちょ優勝狙ってみますか!」
「おお!」
こぶしを振り上げて応えたのはシェイラだけだったけれど、談話室に集った四年生の気持ちは間違いなく一つにまとまった。