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研修終了

 今日も噴水広場では、沢山の子ども達が声を上げて遊んでいる。ここは、様々な巡回ルートの折り返し地点になる。

 もしかしたらレイディルーンと鉢合わせしてしまうかもしれないと、シェイラは警戒も露に辺りを見回した。

 不審な動きにコディが首を傾げた。

「誰か探してるの?」

「いや、別に誰も……」

「――――もしかして、レイディルーン先輩?」

 友人の口から飛び出した名前に、シェイラは飛び上がった。

「な、何で分かったの?」

「先輩が、今朝食堂で君を捜してたから。『シェイラ⋅ダナウはどこにいる』って訊ねられたけど、知らないって誤魔化しておいたよ」

 レイディルーンに探されている理由を考えると背筋が冷えたが、何よりもコディが庇ってくれたことに感動した。筆頭公爵家の子息相手に嘘をつくなんて、彼にとって寿命が縮まる思いだっただろう。

「ありがとう、コディ。友情って素晴らしいね」

「それで、何をやらかしたの?」

「…………」

 サラリと訊かれ、感動が半減した。幾らいつも迷惑をかけているとはいえ、シェイラに非がある前提で話を進めるなんて酷すぎないだろうか。

「僕がやらかしたって決めつけられるのは心外だよ。確かにやらかしたけど」

「じゃあ心外って言葉は、本当に心外な時だけ使おうね」

「グハッ」

 鋭い指摘がグサッと刺さった。

 最近、コディから粗雑に扱われている気がする。これも絆が深まっている証拠か。

 やらかした内容も心配から訊いてくれているのだろうが、話せる理由ではないため申し訳ないが黙秘する。

「えっと、今日で研修も終わりだね」

「誤魔化すのが下手過ぎない?」

「いざこざがあったせいか、何だか一ヶ月があっという間だったよね。アハハ」

 下手なりに気持ちだけは伝わったようで、コディはため息一つで流してくれた。

「……そうだね。君には本当にあっという間だったろうね」

「コディにも沢山お世話になったよ」

 たった一ヶ月の間に起こった様々な出来事が胸の内を去来して、何だか本当にしみじみと感じてしまう。まさに激動の一ヶ月だった。

 こうして王都を巡回するのも、今日が最後。

 商人が多く住む一番街。職人が多く住む二番街。地方からやって来た者が多く住む三番街。中央通り沿いにズラリと並ぶ商店や飲食店。そして、街の中央にある噴水広場。

 子ども達がはしゃぐ様子を眺めながら、もっと沢山巡回したかったな、と今になって思う。

「色んなことがあったけど、スゴく楽しかったよね」

 隣を歩くコディに同意を求めると、彼はすぐ笑顔になった。

「うん。それに、充実してたよね」

「日々の全てが勉強だったな」

 ハイデリオンも重々しく頷く。シェイラはその隣を歩いていたディリアムの顔を覗き込んだ。

「ディリアム先輩は、どうでした?」

「…………意外なことを沢山知ることができた研修だったと思う。お前も含めてな」

「へ?僕ですか?」

 ディリアムの紅茶色の瞳が、じろりとシェイラを睨んだ。不機嫌そうな様子に怯んでいると、彼は小声で付け加えた。

「…………あの時は、悪かった」

 ディリアムは、拐われて取り乱した時、シェイラに助けられたと感じていた。

 初めて気が付いたのだ。何でもないような顔をして、淡々と物事を乗り切ってみえるシェイラだって、怖くない訳ではないのだと。そんな当たり前のことに、初めて。

 その瞬間、過去の自分の愚かさを今さらながら思い知った。

 努力が認められることに庶民も貴族も関係ないのに、特別コースにシェイラが入ることがただ腹立たしかった。苛立ちをそのまま嫌がらせとしてぶつけた。シェイラが逆らわないのをいいことに、何度も何度も。

 貴族だから人の尊厳を踏みにじっても許されるなんて、なぜ思い込んでいたのだろう。

 ギルグナー伯爵の姿は、将来の自分だ。己の尺度でしかものを測れず、狭い世界で自分が一番正しいとふんぞり返っている。

 それに引き換え、シェイラは間違えなかった。

 目的を見失わず大切なものを護りきろうとする姿に、目が覚める思いだった。

 以前言っていた『誇り』の意味が、本当の意味で理解できた気がした。

 騎士を目指すこと自体が誇り。あらゆる感情も不遇も、その課程でしかないと。

 そこまでの覚悟ができている者を、なぜ庶民だからと貶められるのか。

「……仕方がないから特別に貴様のことを認めてやる。来年も再来年も特別コースに入ることができるのならばな」

 素直じゃないディリアムに、周囲で聞いていた者達は呆れて視線をかわす。けれど言われた当人だけは、お日様のように破顔した。

「はい!ディリアム先輩、僕頑張ります!」

 シェイラの喜びようには、ディリアムでさえ困惑してしまう。

「な、何をそんなに嬉しそうにしているんだ」

「だって、僕の研修中の目標の一つが、叶ったんですもん!僕、ディリアム先輩に認めてもらいたかったんです!」

「わ、私が少し認めるくらい、何だというのだ……」

 普段はボンヤリしているし、ヘラヘラ気の抜けた笑みばかり見せるシェイラの、満面の笑み。

 頬は子どものように赤く上気し、ちらりと覗く歯列の白さが際立っている。黄燈色の瞳は、命の輝きそのもののようにキラキラと光る。

 真正面からあまりに明け透けな笑みを向けられて、ディリアムは赤面して顔を背けた。

「ハァ~。ディリアム先輩にもちょっとだけ認めてもらえたし、無事に過ごすこともできたし、いい研修だったな……」

「お前はなかなか無事じゃなかっただろうが」

 胸が一杯になって呟くと、呆れたハイデリオンが訂正を入れる。

 それでもシェイラの気持ちは変わらない。こんな終わり方なら、上出来ではないだろうか。

 学生全員が、感慨深く王都の景色を眺めていた。これから何度だって遊びに来ることもあるだろうが、研修として巡回することはもうないのだ。

「俺達も、寂しくなるよ。お前らと賑やかに巡回するのが、当たり前みたいになってたからな」

 イザークが、少し寂しげな笑みを浮かべた。先頭を歩いていたゾラも振り返って苦笑する。

「お前さん達、騎士団もいいけど巡回兵団もいいぞ。王都の人々の暮らしを護るってのは、なかなかやりがいのある仕事だ。考えとけよ、歓迎するぜ」

 卒業後はぜひうちに、ということらしい。勧誘されるなんて、ある意味最高の褒め言葉だ。

「他の奴らは貴族だから強制できないが、特にシェイラ。お前さんの違法スレスレ感が半端ないやり方は、絶対巡回兵団向きだ。今回は、さすが野生児ってところを見せてもらったぜ」

「まぁ、こいつが近衛騎士団に入ったら、騒ぎが巻き起こる嫌な想像しかできないしな」

 頷き合う大人達に、高揚しかけた気持ちが一気にしぼんだ。どう考えてもシェイラだけは、騎士団の手に余るから、という理由が大半だ。 

「何だか物凄く貶されてる気もしますけど…………考えておきます」

 唇を尖らせながらも、シェイラは頷いた。

 巡回兵団の仕事に触れ、今回は沢山のことを学べた。

 苦しみや辛い現実に打ちのめされそうになったけれど、その見返りはとても大きかった。子ども達の未来を護れたのだから。

 憧れていた騎士とは別の選択肢を、研修を通して知れた気がする。

「――――うん。ちゃんと考えます」

 神妙に頷くと、両者から頭をグシャグシャに撫でられた。イザークはともかく、ゾラは手加減がなくて痛い。

 シェイラが頭皮の心配をしていると、遠くから小さな人影が駆けてきた。

「兄ちゃん!」

「――――メルヴィス」

 少女と見紛うほどの美少年が、嬉しそうに手を振っている。シェイラの腰辺りまでしかない小柄なメルヴィスを、笑顔で迎えた。

「元気だった?」

「おう!あの時一緒だったヤツらにも、会いに行ってるんだ。みんな元気そうにしてるよ」

「よかった。それだけが心残りだったから」

 シェイラの口振りに違和感を覚えたのか、メルヴィスが首を傾げる。

「巡回兵団での研修が、今日で終わりなんだ」

 少年は大げさに思うほど悲壮な表情になった。溌剌とした琥珀色の瞳が切なげに揺れている。

「そんな……もう、会えない?」

「王都に来なくなる訳じゃないし、どこかでは会えると思うけど。またいつか、会えたらいいね。元気で、」

「俺、シュタイツ学院の騎士科を目指すことにした」

 別れの挨拶の途中で、メルヴィスが遮った。シェイラは目を見開く。

「え?そんなに小さいのに?」

「小さいって言うな!」

「ていうか、メルヴィスって今10歳だよね?勉強間に合うの?」

 平民では教えられないような宗教学まで学ばねば、特待生にはなれないのだ。シェイラは本当に特例だったと言える。そのせいで、今現在でも勉強に追われているのが現状だが。

 現実的な指摘に、メルヴィスが噛み付いた。

「間に合わせるんだよ!つーかそっちがその気にさせといて!」

「え?僕がその気にさせたの?」

 いまいち要領を得ない会話に焦れたメルヴィスが、シェイラの手を掴んだ。小さいとばかり思っていた少年の手は、意外にもほとんど大きさが変わらなかった。

 それを確かめるように手の平を重ねていたメルヴィスが、不敵な笑みを浮かべた。挑戦的な眼差しに、理解が追い付かないシェイラは目を瞬かせた。

 少年はゆっくりと、思いをのせるように決意を紡ぐ。

「俺は、兄ちゃんみたいに誰かを護れる男になりたい。――――兄ちゃんに護られるばかりの自分でいたくないんだ」

 メルヴィスの両手が、シェイラの手を護るように包み込んだ。必死になっているためか、彼の頬は心なし赤い。

「だから、絶対追い付いてみせるから…………待ってろよ!」

 言い捨てるようにして、真っ赤になったメルヴィスが走り去っていく。「待ってるね」と返そうと思っていたのに、返事は必要なかったのだろうか。

 小さくなっていく背中を見つめているシェイラの肩を、コディが叩いた。

「…………あの子に、何かしたね?」

「何かって?え?何で確定形なの?」

 首を傾げつつ、再び少年の後ろ姿を見つめて目を細めた。

「でも、嬉しいね。こうして、僕らに憧れて騎士団や巡回兵団に入りたいって、後進が育ったりするんだね」

「あれは、そういう感じでもなかった気がするけど…………」

 コディの呟きは、誇らしげに笑うシェイラの耳には届かなかった。

「あぁ。明日休んだら、また学院か――――――」


 帰るのだ。

 別れの寂しさと、沢山の土産話を持って――――学院へ。


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