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貴族と平民

「騎士科の一般コースに進むと、大体が街の警備、騎馬警団の所属になるね。特別コースは近衛騎士団や特殊な役職に着けるんだ。ちなみに文官だったら一般が地方官、特別が王城勤務って感じかな。騎士科の特別コースには、今第二王子殿下も在籍されているんだよ」

「へぇー、そうなんだ」

「……って、入学前に説明があったと思うけど」

「あー…………、あったような、なかったような?」

 そういえば、わざわざ学院長が訪ねてきた気がするし、フェリクスと並んで長い話を延々と聞かされたような気がする。

「……つまり、聞き流したんだね。君がどういう奴か、段々分かってきたよ」

 コディはため息をつくが、説明が右から左へ流れていってしまうのはどうしようもなかった。向かって右側に、騎士科が使う練兵場が見えてきたからだ。

 その広さもさることながら、圧巻は武具の充実だった。

 細いレイピアから三日月のように刀身が反り返っている剣、短刀や片手剣もあるし、弓や槍もある。盾の種類も小さな物から、一人では持ち上げられそうにない代物まで様々だ。それらがズラリと揃えられているだけで、何だか迫力がある。

 シェイラは見慣れない武具の多さに目を輝かせた。もうすぐ強くなるための、騎士になるための、研鑽の日々が始まるのだ。考えただけでワクワクする。

「あの遠くに見えるのが学術塔。勤めているのはシュタイツ王国きっての魔法の使い手揃い、魔術研究の精鋭ばかりなんだけど、とにかく変わった人が多いからあんまり近付かない方がいいよ。あと、学院の図書館は王城に次ぐ蔵書量なんだ。最新のものが揃っているからとても勉強になるよ」

「そっかー」

「……もう。早速聞き流してるでしょ」

 歩いている内に本館の正面玄関が近付いてきた。近付くと、建物の偉容が更に浮き彫りになっていく。真っ白な建物のそこかしこに施された彫刻、薄く透明度の高い窓。屋上の鐘は日の光を弾いて金色に輝いている。

 その辺りまで来ると、水色のブレザーがちらほらと見られるようになってくる。貴族専用の馬車止めが近くにあるらしい。

「正面が本館。こちらからは見えないけど、本館の裏手に宿舎がある。僕らが寝起きする場所だからね。寮監さんに名乗れば部屋がどこか教えてくれるよ」

「分かった、それは大事なことだね。ちゃんと覚えておくよ」

「一応、全部大切なことなんだけどね……」

 全てが大切であることは重々承知している。けれどシェイラの小さな脳では、一気に情報を与えられても詰め込みきれない。何が最も重要か、すぐ必要になる知識はどれか、取捨選択をしなくてはならないのだ。

「ごめんねコディ。できれば、ゆっくり教えてくれると嬉しいな」

「分かった。そうするよ」

 どうやら彼は、言葉にしなかった部分まで読み取ってくれたようだ。苦笑しながらも頷いてくれた。真っ先にコディのような人間に出会えたことは、シェイラにとって最大の幸運だっただろう。

 正面玄関から本館に足を踏み入れる。

 フェリクスの館のように装飾品が置かれているわけでもなく、シンプルな玄関。けれど正面の広い壁にはとても大きな薔薇窓が飾られていて、それを惹き立てるためにあえて装飾品が最低限なのだろうと思った。描かれているのは、深い青の地色に金色の鷹と剣。シュタイツ王国の紋章だと聞いた。

 あまりの美しさにシェイラはしばし見惚れた。思わず足を止めてしまうほどの荘厳さがあった。

 そんな時だった。水を差すような鋭い声が飛んできたのは。

「おい、そこの庶民共」

 庶民と言われただけなら、シェイラと同じ特待生が他にもいるはずだから、振り返らなかったかもしれない。

 けれど同時に敵意を感じてしまったからには、振り向かずにいられない。山で獣を狩りながら育ったシェイラは、ほんの僅かな敵意や殺気でも、首筋にチクリと針を刺されたように察知できるのだ。

 無意識に腰を低く据えながら、ゆっくりと振り返る。

 そこには、長身の男が立っていた。肩を流れる長い黒髪に、神秘的な紫の瞳。切れ長の双眸も、細く通った鼻筋も薄い唇も整っているけれど、どこか神経質そうな容貌だった。その癖すらりと長身の体は武人らしく引き締まっていて、立ち姿だけで隙のなさが窺えた。

 シェイラを見据える瞳には、まるで感情がこもっていない。無機物でも眺めているようだ。

 ――貴族だ。しかもコディと違って、平民を蔑むタイプの。まさに思い描いてた貴族そのものだな。

 フェリクスに言われるまでもなく、関わってはいけないと本能が告げている。けれどやはり、話しかけられているのに無視をするのは得策ではないだろう。

「僕は確かに庶民だけど、コディは貴族らしいですよ」

 とりあえず無難な返答をしたつもりだったのに、隣にいたコディの顔面が蒼白になった。

「ははは反論はダメぇぇぇ!」

「え?あれ?ごめん」

 何やらまた間違えてしまったらしい。けれど、一度口から飛び出た言葉はもう戻らない。

 案の定、黒髪の貴族は不愉快そうに眉をしかめて吐き捨てた。

「口ごたえをするとは、最近の庶民はよほど物を知らないらしいな」

 反論したことがまずかったようなので、今度は肯定することにした。

「はい。山から下りてきたばかりで、常識も怪しいんです」

 今度こそ正答だったはず、とコディに視線を移す。彼の顔色は、なぜか青を通り越して真っ白だった。

「こ、肯定もダメぇぇぇ!」

「え?だって、」

「そもそも口を利くことを許可していただけるまでは黙っていなきゃいけないの!そういうものなの!」

「えぇ?そんな、イチイチややこしい……」

 驚くのはシェイラばかりで、いつの間にか周囲は静まり返っていた。こちらのやり取りなど素知らぬふりをしているが、固唾を呑んで成り行きを見守っているのが分かる。

 ここまで騒ぎが大きくなってしまえば、何事もなく事態が収束することはないだろう。命乞いもコディに言わせると間違った対応らしいからできない。学院内での一件なので、そこまで大事にならないことを願うしかない。

 シェイラは一つ息をつくと、黒髪の貴族を真っ直ぐ見つめた。

「じゃあもうダメらしいし、どうせなら参考までに聞かせてください。どうして僕が平民だって分かったんですか?一応身なりは整えてきたつもりなんですけど」

 発言した途端、周囲から息を呑む音が漏れた。

 コディを見遣ると、最早屍のごとく動かなくなっていた。白目を向いて面白い顔になっているが、貴族の体面というものは大丈夫なのだろうか。

 黒髪の貴族は、コディを心配するシェイラこそを呆れ果てたように見下ろしていた。まさに珍獣でも見るような目付きだった。

「少し立場というものを分からせてやろうと声をかけたが…………なるほど。山猿、か」

 それこそ失礼な物言いだと思うが否定はできないし、してはいけない状況だ。

「お前の立ち居振舞いを見れば一目瞭然だ、山猿。口を開いた間抜け面をさらし、キョロキョロしていただろう?」

 つまり、華やかな建物に慣れていない様子が丸分かりだったということか。貴族に目を付けられないよう気を付ける点が分かった。問題を起こした今となっては無駄になるかもしれないが、これで対策が練られる。

「なるほど、教えてくれてありがとうございました。これからは気を付けます。……あ、僕、今年から一緒に学ばせてもらうシェイラ⋅ダナウっていいます。よろしくお願いします!」

 満面の笑みでお礼を言うと、男は面食らったように目を瞬かせた。そうすると、神経質そうな面にあどけなさが宿る。ものすごい年上だろうと判断していたが、よく考えれば学院にいる時点で成人前のはずだった。

「…………レイディルーン⋅セントリクスだ」

 それだけ言うと、意外にもレイディルーンはそのまま立ち去っていった。



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