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作戦会議

「――――あぁ、これを武器にすればいいんだ」


 結局、武器になりそうな物を見つけたのはシェイラだった。

 ディリアムが持ってくる物は、ベッドのシーツやら外れかけた鎧戸の板切れだの、武器にはできない物ばかりだったのだ。

 伯爵家の次期当主だと以前聞いていたが、彼が当主になって本当に大丈夫だろうかと一抹の不安がよぎった瞬間だった。

 しかし全く使いようがない訳ではない。薄手のシーツは繊維に添って簡単に裂くことができたので、目立たない部分を小さく切り取って見取り図を書くことにした。

 その時、複数の足音が近付いてきた。

 子ども達は急いでみんな元いた位置に戻り、縛られて絶望している演技を始めた。なかなか上手い。むしろディリアムがボロを出すかもしれないと些か不安だ。

 やって来たのはカラスと仮面の男、そしてブクブクに肥え太った壮年の貴族らしき男だった。

 らしき、と感じたのは、男の笑みがあまりに下卑ていたためだ。あんな笑い方ができる人間に、貴族の誇りがあるとは到底思えない。

 男の背後でカラスが楽しそうに手を振るのを無視して、シェイラは気味の悪い貴族を注視した。

 男はシェイラに目を留めると、ますますやに下がった笑みになる。

「ほほう。それなりに綺麗な少年じゃないか。ここまで鮮やかな赤毛は珍しい」

 男に距離を詰められ、シェイラはできる限り身を反らした。きつめの香水で誤魔化しているが、酷い腐臭が漂っている気がしてならない。

「あんたが人身売買の元締め?」

「口の利き方がなっておらんな。それに我々は子どもをここに保護しているだけ。人身売買などという無礼な言いがかりはやめてもらおうか」

「……」

 実際、拐いはしてもまだ売っていないようなので、確かに人身売買の証拠はない。核心に迫る言葉でも引き出せたらと思って誘導したのだが、そこそこ頭は回るらしい。

 男を睨み上げるシェイラの肩に、ディリアムの肩が当たった。

「おい、その方は伯爵だぞ。次期伯爵の僕よりも位が高いんだ」

 不遜すぎると言いたいのだろうが、悪事に手を染めた相手に敬意を払う必要などない。

 シェイラに軽んじる視線を向けていた男だったが、ディリアムにはにこやかに応じた。

「おお、イシュメール家のご子息ですな。今回は部下の不手際で、このようなことに巻き込んでしまい申し訳ない。もし今回の件、口を噤んでいてくださるならば、あなただけは悪いように致しませんぞ」

 呆れるほど分かりやすい口止めに、ディリアムは複雑そうに眉をひそめた。

「――――ギルグナー伯爵。子ども達は手足を拘束されている。それでも保護などと詭弁をおっしゃるつもりですか?」

 貴族の顔をしているディリアムは初めてだったので驚いたが、意外にも毅然とした受け答えだった。シェイラは彼を見くびりすぎていたようだ。

 けれどギルグナー伯爵と呼ばれた男は一枚上手で、にこやかに答えた。

「ああ見えて、あの縄は玩具なのですよ。子ども達の清潔な身なりを見れば、大切に保護していることくらい、お分かりになるでしょう?」

 伯爵はあくまでのらりくらりと罪をはぐらかす。ハイデリオンならばともかく、頭脳戦が苦手なシェイラやディリアムでは太刀打ちできない。

 シェイラは彼らの会話に横槍を入れた。

「アビィは今どこにいる?もう一人拐った子がいるはずだ」

「アビィ?はて、誰のことやら」

「…………」

 ギルグナー伯爵はよくよく狡猾な男だった。今回の件でもし巡回兵団に捕縛されたとしても、うまいこと言い逃れて瑕なく生き残るかもしれない。

 俯いている子ども達を見た。諦めきった顔を演じているけれど、ギルグナー伯爵の物言いに震えていた。理不尽な目に遭った怒りや悲しみが渦巻いて、感情を排そうと努めているのに体が勝手に反応してしまっているのだ。

「――――――――」

 この男を確実に仕留める方法を考えなければならない、と思った。これだけ惨いことをして言い逃れるなんて許さない。どんな手を使っても、社会的に抹殺しなければ。

 ギルグナー伯爵達が去っていっても、シェイラはしばらく身動きしなかった。頭の中は怒りに燃え、全身の血液が沸騰しているみたいだ。

「兄ちゃん?」

 メルヴィスが心配げに覗き込んできて、ようやく我に返った。今は傷付いている子ども達を優先するべきだ。

「――――リィナ、大丈夫?」

「あの人なのに……あの人が一番偉い人で、みんなあの人が命令してたのに、何であんなことが言えるの…………?」

 シェイラは泣きそうに顔を歪めるリィナを抱き締めた。

 俯いてすがる少女の食い縛った唇から、嗚咽が漏れ聞こえる。握ったこぶしが震えるのは、ただ悲しいだけでなく、悔しいからだ。

 しばらく、彼女の背を擦って宥め続けた。他の子ども達はメルヴィスに励まされていた。誰かを護れる男の子だと告げてから、彼は率先して年下の子ども達の面倒をみるようになっていた。

 子ども達の感情が落ち着いてから、空気を一新するようにシーツに見取り図を書く作業を再開させる。

 シェイラは人差し指を口に含み、ガリリと噛みきった。縄をほどくことに顎を使いすぎていたせいか、加減ができなかった。思った以上に強く噛んでしまう。

「――――あ、やり過ぎた。まぁいいや」

 シェイラは血液をインクの代用にしようと考えていた。

 早速メルヴィスに間取りを訊こうと振り返ると、なぜか全員がドン引きしていた。やり過ぎた自覚はあるが、そこまで青ざめなくてもいいのに。むしろこの間にも無駄に流れている血液が勿体ない。

「おーい、早く教えてよメルヴィス」

 メルヴィスは目を見開いたまま、慌てて頷いた。

 窓が鎧戸で閉ざされているため気付きにくいが、ここは二階建ての建物だ。にも拘らず、彼は子どもとは思えないほど精密に間取りを把握していた。シェイラも自分が通った通路だけは分かるので、できる限りで捕捉していく。

 できあがった見取り図は見るからに不気味だったが、ある意味見つけた人が怖がって、巡回兵団に相談する可能性だってある。そう考えればむしろ仕上がりに満足していたシェイラだったが、他の者達の反応は微妙だった。

「……持ってると呪われそうだね」

「逆に遠巻きにされちゃうんじゃ……」

「しょうがないよ。お兄ちゃんはきっと感覚が変なんだよ」

「そうだよ、これくらいのことで嫌な顔したら失礼だぞ」

 子ども達がさわさわと囁いているのが、丸聞こえだった。

 随分年下の少年少女に気遣われ、何だか泣きそうだ。ディリアムにまで同情の視線を送られている。

「――――とにかく。どこにアビィが閉じ込められてるのか、あたりを付けておかないと」

 事情を知らない子ども達に、シェイラはもう一人拐われていることを話した。ディリアムにはなぜ拐われることになったのか、自分の中にある推測を伝える。

「なるほど…………。そういった意味でも、彼女を失う訳にはいかなくなったということか」

「逃げる時、一緒に助けられたらいいってことだね」

 ディリアムとメルヴィスが頷き、真剣な面持ちで見取り図を覗き込んだ。

 シェイラ達は、巡回兵団が救出に来ると同時に脱出しようと考えていた。もし人質にされれば彼らの足を引っ張ってしまうし、危険性は高まる。混乱に乗じて逃げられるところまで逃げ、兵団と合流できれば勝利はこちらのものだ。

「少なくとも、鍵がかかるところだろうな」

「誰かに見つかるかもしれないから、一階にはいないんじゃない?」

 メルヴィスの指摘にシェイラは頷いた。

「確かにそうだね。じゃあ、同じ階にいるかもしれないってことか……」

 そこでシェイラはハッと気付いた。

「伯爵達の足音、こっちに向かっていったよね。行きはこっちから来たのに」

「言われてみれば、そうだな。行きはこの階段から上ってきたのだろう」

 ディリアムの細い指が、階段からの道順を示した。リィナが首を傾げる。

「えっと、行きと帰りが違うってことは、つまりこっちに用事があるってこと?」

「そう。もしかしたら、アビィの顔を見に行ったのかもしれない」

 シェイラは口元で笑い首肯を返した。

 アビィが同じ階にいると仮定して、彼女の声がこちらに少しも届かないということは、それなりに離れた場所であるはずだ。

「この部屋は鍵が付いてないし、なら、ここか…………この辺りか」

 シェイラは自分達がいる部屋とほぼ対角線上にある、物置のように狭い部屋を指した。メルヴィスも一度だけ閉じ込められたことがあり、窓もなくベッドも入らないような部屋だったという。

 子ども一人だったら、しかも当人の精神を削りたかったら、最適な部屋ではないだろうか。

 アビィから何かを聞き出したいのなら、まず彼女を追い詰めるはず。考えれば考えるほど、間違いないと本能が告げていた。

 脱出するために考えねばと思っていたことが一つひとつ決まっていく。シェイラ一人ならば絶対こうはいかなかった。改めて、少しずつ自分の意見を主張し始める子ども達に、感謝の眼差しを向ける。

 その後は、兵団が突入するとしたらどこを通るか、組織の者達が逃げるとしたらどの道を選ぶのかを話し合った。その頃には全員すっかり遠慮がなくなり、忌憚ない意見を出し合うようになっていた。

 メルヴィスがシェイラに顔を向ける。

「兄ちゃん。あとの問題は鍵だけど、これはどうするんだ?」

「うん、それはもう考えてあってね――――」

 作戦会議は食事が配膳されるまで、長々と続いた。



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