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手がかり

 預かっていた学院生が事件に巻き込まれたと判明し、巡回兵団内は上を下への大騒ぎだった。

 シェイラはアビィと話し込んでいるのだろうと決め付け、ディリアムだけを迎えに行かせた。イザークはあの時の選択を、ずっと後悔していた。

 ディリアムまで戻ってこないことでようやく異変を感じ、急いで少女の自宅へと向かう。イザークは幾らも進まず、すぐに立ち止まることになった。

 誰もいない路地裏の石畳に突き刺さった剣を見つけたためだ。それは間違いなく兵団の備品だった。

 イザークは己の見通しの甘さに、歯噛みせずにはいられなかった。一度拐い損ねた子どもを、再び狙うことはないだろうという先入観があった。なぜもっと警戒しなかったのか。

 アビィ宅へ所在の確認に行っていたゾラとハイデリオンが、悪い報せを持って帰ってきた。少女は兵団員に、現場検証のために連れ出されたのだという。シェイラはそれを告げると、追うように走っていったらしい。

 二振りの剣が置き去りにされた現場で何が起こったのか、想像に難くなかったが、手がかりは欠片も残されていなかった。

 ――血痕がなかったことだけが、せめてもの救いか…………。

 とにかく、誰も怪我をしていないと祈るしかない。

 手がかりがない以上、目星を付けていた場所や空き家をしらみ潰しに探していくしかない。今は巡回兵団が総力を上げ、怪しい建物を片っ端から調べ尽くしているところだった。

 人手が必要だったので、学院の生徒達も駆り出されている。単独行動はさせられないため、彼らを使うにも制限はあるが、猫の手でも何でも借りたい状況下では役立ってもらうしかない。

 元々コディとハイデリオンは、兵団側が止めたとしたって振り切る勢いで捜査に加わろうとしていた。当然だ。三週間も寝起きを共にした仲間が、目と鼻の先で拐われてしまったのだから。

 イザークだって同じ気持ちだ。言葉を交わし、信頼を分け合い、彼らに対してとっくに情が湧いていた。

 意外だったのは、レイディルーンも捜査に積極的だったことだ。

 学院生時代、何度か会話をしたことはあったが、いつもどこか冷めたような印象を受けていた。彼が僅かにも熱くなる様子を、イザークは初めて見たように思う。感情を押し殺す術に長けている上級貴族の彼には珍しく、傍目にも分かるほど焦っているようだった。

 けれど今までの失踪同様、手がかりが全くない。なさすぎる。

 このままズルズルと時間ばかりが過ぎていく内に、彼らやアビィに何かあったら。苛立ちと焦燥に捕らわれそうになっていたイザークだったが、ある男の登場が状況に一石を投じる。

 彼は手がかりを携えてきたのだ。くたびれたボロ切れのような、青い糸を。

 シェイラ達がどこにいるのか。無事なのか。

 分からないことだらけだったのに、援軍として到着したその男が、全てを解決することになる。


  ◇ ◆ ◇


 シェイラは柔軟性を生かし、縛られた手を体の前に持ってくることから始めた。ディリアムは驚愕していたが、特に難しいことではない。

「僕はちょっと時間がかかってしまいましたけど、体が柔らかければ誰にでもできますよ」

「普通は柔らかさにも限度というものがあるんだ」

 ディリアムの皮肉は耳を素通りしていた。縄を犬歯で引き千切ろうとしながら、アビィがこの場にいない意味について考えていたのだ。

 シェイラのにらんだ通り、彼らはアビィに用があるらしい。

 ――目的は分からないけど、酷いことされてなきゃいいな……。

 やはりあの時、彼女だけでも逃がせればよかった。

 シェイラは後悔をぶつけるように縄を噛み続けた。少しずつ結び目が緩んできている。

 ――とにかく早く拘束をほどいて、何か武器になるものを探そう。鍵がかかってるから部屋を出るのは難しいかもしれないけど、脱出経路を探りつつ、アビィの無事を確認したい。

 そうこうしている内に、結び目を歯でほどくことに成功した。急いで足の拘束も外す。

「また組織の人間が来るかもしれないから、ロープはそれぞれ手首足首に巻き付けておこう。手足を揃えれば、パッと見は縛られたままに見えるから」

 全員の手足を自由にすると、シェイラは苦心してロープを切断していく。もちろん刃物などないので、地道で原始的だが歯で千切るしかない。

 子ども達は手伝ってくれたがディリアムはどうしても体面を捨てきれないと言うので、その間彼には武器になりそうなものを探しておいてもらう。

「これが終わったら、次は脱出経路の確保だな……」

 何とか外に出る方法はないものかと思案していると、一番はじめに失踪した少年――――メルヴィスが口を開いた。

「俺、建物内の構造、大体把握してるぞ」

「えぇっ?どういうこと?」

「ここに連れて来られた時、何度か移動させられたんだ。この部屋、はじめの頃はつっかい棒みたいな鍵しか付いてなかったから、そのせいだと思うけど。鍵が開けられないからムリだったけど、隙があれば逃げ出してやろうって必死に覚えたんだ」

 何てことなさそうな口調だが、物凄く重要なことだ。

 少女のように可愛い顔をしているが、口論の末に家出しただけあって結構気が強いらしい。囚われている恐怖に我を忘れてもおかしくない状況で、逃げ出すために間取りを頭に叩き込んでおくなんて、そうできることじゃない。

 これでやらなければならないことが一つ減った。シェイラはメルヴィスの肩を叩いて喜んだ。

「本当に助かるよ。スゴいね、メルヴィスは。君は度胸もあるし、誰かを護る仕事が向いてるかもしれないね」

 言われた少年は面食らった。

「俺が、人を護る?母さんに怒られてばっかりなのに?」

「うん。メルヴィスは、絶対カッコいい男の子になるよ」

 自信満々で頷くと、メルヴィスは満更でもなさそうな様子で作業を再開させた。

 同じようにロープを噛み千切りながら、シェイラは見取り図を書ける素材と、それを外の人間に伝える方法がないか考えていた。内部の構造が分かれば、巡回兵団が突入時に役立てることができる。

「外との伝達手段があればな……」

 ディリアムは魔力を封じる腕輪を付けられているから、魔法を頼ることはできない。紙の代用は部屋にあるベッドで何とかなると思うが、兵団にそれを届ける方法がない。上手く外に落とせたとしても、不審な紙片があれば組織の者に拾われてしまう。悩ましい問題だった。

「……あの、」

 リィナという気弱げな少女が、遠慮がちに口を開いた。

「うちの犬が、日に何度か、来てるみたいなんだけど…………」

 シェイラは驚きのあまり、再び手を休めてしまった。

「えぇっ?そんな渡りに舟ってあってもいいの?僕らに都合がよすぎて怖いくらいなんだけど」

「あ、でも、そんなに頭のいい子じゃないの。私がここにいることを誰かに伝えてってお願いしても、今まで一度も成功したことなかったし。だから、本当に役に立つかは分からなくて…………」

 物凄い忠犬がご主人様のために頑張っている姿を勝手に想像していたが、その犬的には遊びに来ているような感覚なのかもしれない。

「そっか。そう何もかも上手くいくはずがないよね。ここは二階だから、その子にも色々手伝ってもらいづらいだろうし」

 けれど試してみない手はない。できる対応策を次々考えていると、パッとしない武器の代替品しか見つけられないディリアムが、ふと顔を上げた。

「そういえば、お前」

「何ですか?」

「額が腫れているようだが、奴らにやられたのか?」

 一瞬で悪夢のような出来事が脳裏に甦って、シェイラは腐った魚のようにドロリと瞳を濁らせた。 

「…………これには深く突っ込まないでください」

 重い重い声に、ディリアムだけでなくメルヴィスやリィナも怯えたように頷いていた。


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