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囚われの身で護るもの

 薄暗い廊下を連れられた突き当たりに、頑丈そうな扉があった。

 扉を開くと階段になっており、カラスと仮面の男は、明かりもないのに危なげなく下っていく。

 暗闇の中で地面に足すら着いていないと、とても危うい気がする。シェイラを抱えているのが敵だから、と言うのもあるかもしれないが。

 階段を下りきった先は、天井が高く広さもあった。元々は倉庫として使われていたのかもしれない。魔道具のランプが一つだけ灯っている。

 そこに広がる光景に、シェイラは絶句した。

 平民のわりに上等の衣類を身にまとった子どもが何人もいたのだ。

 泥や垢も付いていない綺麗な肌。ロープで手足を縛られている以外は、一見とても大切に慈しまれている良家の子どもだ。けれど瞳は、暗闇よりもなお暗い。この年頃の子どもとは思えないほど生気を失っていた。

「こんな…………」

「ギャアギャア騒ぐんじゃなく、人形みたいに静かな方が高く売れるんだ。ホント金持ちって悪趣味だよね。だから絶望しきるまで、こうして閉じ込めておくんだよ」

 子どもの人数は、五人。なぜかアビィはいないようだが、イザークとゾラから聞かされていた子どもの人数と一致していた。

 つまり、一番はじめに拐われた少年は、こんな場所におよそ二ヶ月も閉じ込められていたというのか。

「何て酷い…………」

「アハハ、そりゃオレ達ワルモノだもん」

 カラスの表情が、笑っているのに空虚なものに変わった。

「――――でも同情なんて必要ないよ。こいつらはもう人買いに捕まっちゃった時点で、地獄みたいな人生が決定しちゃったんだもん。あとは泥水をすすってでも、カビだらけのパンを食べてでも、しぶとく生き延びようとした奴だけが強くなれる」

 彼のまとう空気は凍てつくほど冷たかった。自嘲気味な言葉は、まるで自分に刃を向けているようだ。

 不本意ながら間近で表情の変化を観察できたシェイラは、金緑の瞳に何も映っていないことに気付いた。

「――――カラスは、そういうふうに強くならなきゃいけなかったの」

 ……彼だけ、時が止まったようだった。

 望洋とした瞳が、ゆっくりとシェイラを映す。

 やがて細く息を吐き出したカラスは、酷く凪いだ笑みを浮かべた。

 今までの彼とは対照的なほど静かな笑顔は、まるで戦いに疲れた歴戦の兵士のようだった。まだ幼い外見には、あまりに不釣り合いな表情。

 けれどシェイラは本能で、これがカラスの本質なのだと察した。彼の突き放した物言いは、そんなふうに生きるしかなかった自身の現実。シェイラは、あんな表情ができるほどの彼の壮絶な人生に、一瞬だけ思いを馳せた。

 カラスの金緑の瞳が、暗闇に輝いている。

「…………君、ホントに不思議な子だね。この状況でオレの心まで救おうとするの?」

「救おうだなんて考えてないよ。こんな酷いことが平気でできるカラスは、敵だから」

 すぐに否定したけれど、声に先ほどまでの威勢はなかった。彼を取り巻く残酷な世界を垣間見てしまったせいだ。好んで悪行に手を染めた訳ではないと、知ってしまったから。

 どんな理由があろうと罪は罪だ。許されるはずがない。けれど今となっては、『敵』と口にすることが酷く物悲しかった。

 俯くシェイラにカラスは苦笑し、優しい手付きで床に下ろした。

「もし伯爵が売り物にならないと判断したら、絶対オレのものにしちゃおっと」

 いたずらっぽい表情に戻った彼を、じっと見上げる。『伯爵』。彼はそう言った。

「……絶対にお断り」

「残念、君に拒否権はないの。そういう生意気なところも面白いけどね」

「生意気って。確実に私の方が年上なのに」

「そう幾つも違わないのに大人ぶるところが子どもっぽいんだよ」

「…………」

 シェイラは反論できず、手を振りながら部屋を出ていくカラスを無言で見つめ続けた。



 カラスと仮面の男が出ていき、施錠の音がすると、シェイラは辺りを見回した。

 会話は聞こえていたはずなのに、子ども達の表情に変化はない。感情が欠落してしまったような彼らを見ていると辛くなった。

 それでもきっと助けは来る。だから今は、自分にできる最大限のことを。

 とりあえず脱出経路の確保はしたい。内部構造を全く把握できていないが、すみやかに逃げるために必要なことだ。いざという時すぐ動けるよう、拘束も外しておきたい。この部屋に武器になるものはないだろうか。

 しかし何よりも、まずは子ども達を正気に戻すことが先決だ。助けが来た時戦闘に巻き込まれる可能性もあるため、せめて自分の意思で動けるようになっていないと危ない。

 ――私に、できるのかな…………。

 何ヵ月も閉じ込められ、精神的に痛めつけられてきた子ども達の心を開くことが。

 弱気が首をもたげそうになって、シェイラは首を振って前を向いた。

 武器は取り上げられているし、巡回兵団の服を着ていても中身はただの学生だ。でも、騎士になりたいと願う、この胸の誇りだけは本物だから。

 騎士らしく、顔を上げて。毅然と自信を持って。

 この道の先にいる、クローシェザードのように。

「――――喧嘩して家を飛び出した男の子は、誰?」

 ピクリと反応を見せたのは、部屋の隅に座った少年だった。女の子のように整った容姿をしているけれど、一番長く閉じ込められいるためか憔悴の色が濃い。

 シェイラは何とかにじり寄り、彼の顔を覗き込んだ。

「お母さんが、後悔してたよ。あんなに強く叱らなければよかったって。そしたらこんなことにならなかったのにって」

 少年の視線が、僅かに動いた。

「…………お母さん……会ったの?」

 長い間口を閉ざしていた彼の声は酷く掠れていて、聞き取りづらい。けれどシェイラは強く頷き返した。

「うん。まだ諦めずに君を捜し続けてるよ。ずっと」

 少年の手を握れないことがたまらなく悔しかった。体が自由であれば、瞳を揺らす彼を抱き締めることもできるのに。

「……………………私…………」

 別の場所から、か細い声が上がった。こちらも端整な顔立ちの少女だった。

「私も、後悔してる。何であの時、お母さんの手を、離しちゃったんだろう…………」

 内容から、二人目に失踪した少女だと分かった。虚空を見つめる彼女に、シェイラは想いをぶつけた。

「その気持ちも、ちゃんとお母さんに伝えよう。大丈夫、絶対助けは来るよ」

 助けが来る、と断言したことに、他の子ども達も反応した。今初めてシェイラの存在に気付いたように、目を瞬かせている。

「お兄ちゃん、兵団さんの制服着てる……」

「うん、まだ見習いだけどね」

 王立学院の生徒であるとは言わなかった。巡回兵団という肩書きがある方が、信頼感は増すだろう。それは彼らの希望に繋がる。

「手がかりは残してきたから、絶対助けは来るよ。その間は僕が君達を護る。家族の元に必ず帰すって約束する」

 視線が一心に集まるのが分かる。ほんの僅かの希望と大きな締観、それでも信じてすがりたいという気持ち。信じた希望が潰えてしまったらという不安。全てが痛いほどに伝わってくる。

 シェイラは何も恐れることはないとばかり、ニッと笑った。薄暗い部屋に閉じ込められていることを忘れさせるような、真っ直ぐな笑顔。

 それは子ども達に、カラリと晴れ渡った青空を思い出させた。そうだ。季節はいつの間にか、夏に変わっていたのだ。

 五感が、今まで過ごしてきた夏の記憶を呼び起こす。

 肌を焦がすような日差し。湿気を帯びた熱い風。駆け回ると身体中から吹き出す汗。今頃噴水広場で、友人達はずぶ濡れに遊んでいるのだろうか。

 記憶は自然に希望へと変わっていった。

 輝かしい、外の世界。

「………………帰りたい」

 誰かが、ポツリと呟いた。

 シェイラは笑みを深めて頷き返した。

「――――うん。絶対帰ろう」

 子ども達の瞳が、少しずつ輝きを取り戻していく。

 一人ひとりに言葉をかけ、名前を聞き出している最中。気絶させられていたディリアムがようやく目覚めた。

「起きましたか。ディリアム先輩、どこか体に異常はありませんか?僕のことは分かります?」

 彼は紅茶色の瞳をしばらくさ迷わせ、呻き声を漏らした。

「くそ……なぜ私がこんな目に……」

 項垂れる様子から、なぜこうなったのかは覚えているらしい。気絶のさせ方によっては記憶の混濁がみられるかもしれないと危ぶんでいたので、無事で何よりだ。

 シェイラは励ますつもりで状況を伝えた。

「先輩、悪いことばかりじゃないですよ。子ども達が全員無事だったんです。ヒュプラヤ国に渡っていたら、もう連れ戻せないところでした」

 ディリアムはカッとなったように声を荒らげた。

「だから何だ!こうして縛られては私達になす術はないんだぞ!?むしろ一纏めに売られてしまう可能性だってあるというのに、……っ」

 恐怖と不安に捕らわれた彼の肩が震えた。先ほどまでの子ども達と同じような目をして俯く。

「――――ディリアム先輩、俯いちゃダメです」

 シェイラの声は矢のように鋭かった。

 横面を叩かれたような衝撃に、ディリアムは目を瞬かせながら顔を上げる。

「僕達は、背中に護るべき誰かがいるなら、容易く絶望してはいけないんです。――――騎士の誇りがあるんでしょう?」

 静かに諭すような言葉には、以前交わした問答が含まれていた。逆に問い返されることになると思っていなかったディリアムは、睨み返そうとして気付いた。

 そう言うシェイラだって、かすかに震えていたのだ。けれど、黄燈色の瞳だけは光を失っていない。ディリアムはそこに、燃えるように輝く意志を見た気がした。

「僕達が護るんです。絶対にできます」

 シェイラの強さに惹かれるように、ディリアムはいつの間にか頷き返していた。



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