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アジト

 ぼんやりと意識が浮上してきた時、視覚よりもまず先に聴覚が明瞭になった。

「――――なぜお前はわざわざ面倒事を持ち込む。子どもを一人抱えている程度なら、逃げるくらい簡単だっただろう」

「えー。だって、こいつ面白いんだもん。連れて帰りたくなっちゃって」

「そんな犬猫でもあるまいし……」

 軽い口調の方には聞き覚えがあった。裏路地で対峙していた黒銀の髪の少年だ。

 楽しそうに笑う声には子どもじみた狂気が見え隠れしており、彼の好奇心が一過性のものだとよく分かる。

 面白いと笑っている内はいいが、興味を失ったら途端に態度を豹変させ、シェイラを手に掛けるのだろう。

 かすみがかった視野も、少しずつ光を取り戻しつつあった。暗くてよく見えないのは気絶したためだと思っていたが、どうやら部屋自体が薄暗いようだった。

 頬に木の感触がする。おそらく床材だろう。シェイラはどこかの屋内に転がされているのだ。手足の自由が利かないのは、縄か何かで拘束されているためか。

 目覚めたことに気付かれないよう、薄く目を開けて辺りを観察する。王都ではよく見かける内装の部屋だった。その分詳細の特定には至らないが、王都から離れていないのは確かだ。

 ――……さっきの、低い声の男が言った言葉。あの言い方だと、元々アビィは標的だったってことだ。

 シェイラ達を邪魔者扱いしているが、アビィについては何も言わない。身勝手そうな少年の独断ということもあり得ると思っていたが、そうではないらしい。

 組織ぐるみでアビィを掴まえようと思ったのは、なぜ?

 既にあの当時のことを証言しているのだから、今更口封じのためというのも不自然だ。かといって住所を調べたり兵団の制服を手に入れたり、わざわざ報復行為のためにそんな回りくどい真似をするだろうか。

 証言されたと知ったなら、どこかに身を潜める準備をする方がずっと建設的だ。

 ――まだ何か、ある?

 少女の話した内容以上に、話されたくないこと。組織の者達にとってまずいことがある。

 ならば、口封じするというのも彼らにとっては今更じゃない?その場で殺さなかったのは、彼女がその何かを理解しているか、確認しなくてはならないから?

 思考に集中していた視界の片隅に、金色の髪が見えた。ディリアムだろうか。あの後どうなったのか分からないが、彼も捕まってしまったらしい。アビィだけでなくシェイラまで敵の手の内にあっては、仕方がないことだが。

 足手まといになってしまった悔しさを噛み締めていたら、誰かの靴が視界を遮った。

「もう起きてるんでしょ?せっかくだし楽しく話そうぜ~」

 視線を上げると、少年が至極楽しそうにこちらを見下ろしていた。シェイラは無言で睨み付けたまま、背後にある壁を利用して何とか体を起こした。少年の背後には、顔を奇妙な仮面で隠した大男が立っていた。声がくぐもっている気がしたのはこのためか。

「この縄外してよ。じゃないと立ち上がることもできないし、ゆっくり話せない」

「そーゆう口利けるってことは、十分まともに会話できると思うけど?」

「体が自由になったら更にスゴい実力を発揮するかもしれない」

「何その根拠のない自信」

 少年はまたケラケラ笑った。

「オレ、カラスっつーんだ。君は?」

「教えるから縄解いて」

「アッハッハーそう来たか。じゃあ、」

 無邪気に笑いながら、少年――――カラスの腕は鋭く短刀を放っていた。突き刺さったのはディリアムの鼻先。心臓が、きゅっと縮まった気がした。

「…………っ」

「殺さないでやるから、教えて?」

 小首を傾げておねだりされて、シェイラは吐き捨てるように名乗った。

「へぇ~、シェイラか。何か女の子みたいな名前だね」

 カラスは頬を掻きながらしゃがんだ。金緑の瞳が、冷静に分析するようにシェイラを観察する。笑っている時は分かりづらいが、少年は整った顔立ちをしていた。少し垂れた瞳が人懐っこくも見える。

 けれど見透かすような瞳にさらされるのは居心地が悪く、シェイラは身をよじって視線から逃れようとした。

「ふ~ん…………」

 カラスはおもむろに、再び短刀を取り出した。シェイラは何をする気かと肩を強ばらせる。

 背中に彼の両腕が回された。ゴソゴソと上衣をまさぐっている。まずい。けれど後ろ手で縛られているせいで、カラスを止めることができない。

 やみくもにジタバタしてみたが、背中がスッと外気に触れた。彼が何をしようとしているのか、分かってしまう。

「やめ、っ!」

「いや~、気になることはその場で解明したい主義で」

「ふざけるな!」

「ちょっと~、動かないでよ。怪我するよ?」

 ザク、と布の裂ける音がした。

 シェイラが衝撃にすくんでいる内に、ザクザクザクと短刀が進んでいく。

 制服は切られていない。その下に着ていたシャツも。

 けれど更にその下、シェイラの肌に直接触れていたもの――――さらしが、切断されてしまった。

 ハラリと用を成さなくなった布が、腹部に落ちていくのを感じた。カラスが至近距離で笑う。

 制服の中をうごめく彼の両手が背中から移動し、あろうことかシェイラのささやかな胸を、ぐわしと掴んだ。

「あぁ、やっぱり女の子だったんだ。下手な男より肝が据わってるから気付かなかったよ」

 言いながら、カラスの両手は色気もなくシェイラの膨らみを揉みしだく。ただ確かめるための行為とでもいうように。

 色恋沙汰と無縁に生きてきて、シャツ越しとはいえ異性に胸を触られたのは初めてだった。いずれ恋人か夫ができて、その人が初めてになるのだろうと何となく思い描いていたのが、この想像を絶する状況。

 受け入れがたい現実に、シェイラの脳は機能停止していた。男勝りとはいえ、一応女としての恥じらいはあるのだ。

「う~ん、可哀想になるくらい貧しい胸だねぇ。まぁでも、成長期はこれからだし、希望を持って強く生きてね」

 あまりの出来事に呆然としていたシェイラだったが、カラスに憐れみの眼差しを向けられて正気を取り戻した。

「貧しいって言うな!ていうか揉むな!」

 シェイラは怒りに任せ、思いきり頭を振りかぶる。そのまま間近にある整った顔に、渾身の頭突きを放った。

「ぐっ、」

「痛っ!」

 頭突きはする方もされた方も負傷する、いわば両刃の剣だ。目の前を火花が散って額がぷっくりと腫れたが、シェイラは微塵も後悔しなかった。

 ――むしろ体の自由が利くならボコボコしてやるのに!

「もう、凶暴だなぁ」

 痛がりながらも身を起こしたカラスが、さらしをまとめて放り投げた。確かにもう役に立たないけれど、自分で片付けることもできないけれど、酷く屈辱的で真っ赤になりながらプルプルと震えた。

 生地がしっかりしている制服の上からは変化がないように見えるが、胸を抑えるものがないと何とも心許ない気持ちになる。こんなことで傷付きたくなくて必死にカラスを睨み続けていたら、彼は不敵に微笑んだ。

「可愛いなぁ、シェイラちゃん。懐かないケモノみたい」

「うるさい。お前はあとで絶対殴る」

「――――いいね。逢瀬の約束みたいだ」

 飄々とシェイラをからかい続けるカラスが相手をしていては埒が明かないと思ったのか、仮面の男が進み出てきた。

 近付くと、尚更背の高さに圧倒される。これだけ大きな男を見るのは初めてだった。

「年齢は注文よりいっているが、そこそこ整った顔をしているな。女だし、売れば金にはなりそうだ」

 仮面の男の視線がディリアムに移った気がして、シェイラは彼を必死に庇った。

「この人は貴族だ。手を出したら大問題になるよ」

「なら、シェイラは売っても問題ないってことになっちゃうけど?」

 後ろからカラスが茶々を入れるが、シェイラは否定しなかった。

「事実だから仕方ない。売ろうとするなら、思いっきり暴れてやるけど」

 何を考えているのか分からないが、仮面の男は息をついた。

「とりあえず、元締めが来るまでは子どもと一緒に待機していてもらおうか。奴が気に入らなかったら、その時殺せばいい」

「え~、殺すなんて勿体ない。元締めがいらないって言うなら、これはオレのペットにするよ」

 仮面の男はうるさいカラスに辟易しながらも、シェイラを運ぶよう指示をした。

 小柄な彼のどこにそんな力があったのか、カラスは軽々とシェイラを抱き上げた。なぜかお姫様抱っこなのでジロリと睨むと、カラスは片目を瞑りながら「女の子だからね」とうそぶいた。

 まだ意識が戻らないディリアムを担ぎ上げながら、仮面の男が歩き出す。

「……その人は、無事なの?」

「失神させただけだ。じきに目を覚ます」

 寡黙な仮面の男とおしゃべりなカラスに挟まれながら、シェイラはいずこかへ運ばれていった。


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