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誘拐

「そういえば、うやむやで別れちゃったな……」

 巡回中、シェイラが何気なく呟いた言葉をコディが拾った。

「誰と?」

「アビィだよ。事情聴取が優先だったから、お別れが言えなかったなって」

 あれだけ再会を喜んでくれていたのに、仕事中だったとはいえ申し訳ないことをした。

 今度の休みにでも会いに行こうかと考えていると、イザークがシェイラを見下ろした。

「どこに家があるのかは、聞き取りの時に確認してある。ルート沿いだし、会いたいなら少しだけ時間とってもいいぞ。俺達も彼女の証言のおかげで助かったしな」

「本当ですか?ありがとうございます。じゃあ、早く回れるように頑張らないと」

 シェイラは笑顔になってやる気をみなぎらせた。

 今日も小競り合いは幾つかあったが、それほど時間が取られることなく順調に進んだ。

 アビィの家は職人が多く住む二番街にあるらしい。

 たどり着いたのはごく普通の一軒家。三人暮らしだと少し手狭かもしれないが、平民なら妥当な大きさだ。

 イザーク達は噴水前まで巡回を進め、そこで待ち合わせることが決まった。距離にして歩いて5分くらいなので急がねばならない。

 アビィ宅の玄関扉を叩くと、中から母親が出てきた。

「こんにちは。あの、先日はすいませんでした」

「とんでもないです。こちらこそ、うちの子が色々黙っててすいませんでした」

「そんな、僕に謝らないでください。ところで、アビィは今いますか?」

 屋内は広い間取りではなく、彼女の向こうのリビングを見渡すことができる。見た限り、アビィの姿はないようだった。

 一緒に室内を振り返っていた母親が、頬に手を当てて笑った。

「あの子なら、さっき兵団員の方が来て連れていきましたよ。聞き漏らしたことがあるから、拐われそうになった現場で確認したいとかで」

「そう……ですか」

 巡回兵団内で行われている調査の詳細は学院生に知らされて居ないので、シェイラは違和感を覚えてもとりあえず頷いた。

 ――イザークさんもゾラさんも、アビィの家に行くことを止めなかったのに…………。

 なぜ彼女の不在を知らなかったのだろう。伝達で手違いがあった?それとも、シェイラ達が巡回に出てから聞き漏らしが見つかった?

 何だか嫌な予感で胸がざわつく。シェイラは母親に礼を言ってすぐに走り出した。

 とにかくアビィの無事を確認したい。幸い現場は噴水広場の途中なので、待ち合わせに遅れることはないだろう。

 何度か角を曲がると、アビィの薄茶色の頭が見えてきた。シェイラは姿を潜めるように手前の角で立ち止まった。

 アビィは黒髪の少年と一緒だった。

 少年の髪色には、まるで鋼のような不思議な光沢があった。瞳の色はよく見えないけれど、にこやかに微笑む姿には親しみやすさがある。

「君が兵団に話したんだよね?じゃあ、ご褒美をあげないと」

 少年がアビィに話しかける。少女は無警戒に頷いていた。

 シェイラは、戦闘時のように思考が研ぎ澄まされていくのが分かった。

 少年は間違いなく兵団の制服を着ているが、シェイラより年下に見えた。

 学院の出身じゃなくても、兵団に雇ってもらえることはままある。戦争時に功を上げたり兵団員が推薦した場合だ。

 確かに兵団には数人、年下の少年がいた。

 けれど若いと目立つので、その一人ひとりの顔をシェイラは覚えていた。あの少年は――――――絶対にいなかった。

 少年が、楽しそうに一層笑みを深める。シェイラはそこに、暗い愉悦を見つけた。

「――――ご褒美に、金持ちの家で一生楽な暮らしをさせてあげる」

 チリチリとうなじが痛くなった。

 イザークやゾラを呼びに行くべきだと思ったが、少年が動く方が早い。

 不穏な空気を感じ取ったアビィが逃げ腰になった途端、手刀を繰り出して彼女を気絶させたのだ。華奢な少女はそのまま軽々と抱え上げられてしまう。

 歩き出す少年に、シェイラは逡巡した。無茶とは思うが見失う訳にはいかない。

 迷った末、シェイラは足止めすることを選択した。しばらくすれば、なかなか帰ってこないシェイラを不審に思った援軍が来てくれるはずだ。

「――――待ちなよ」

「およ。ようやく出てきたの?」

 少年は、金緑の瞳を細めて余裕そうに笑った。気配にとっくに気付いていたということか。

 シェイラは剣を構えながら、なるべく会話を長引かせようと口を開いた。

「君は、人買い組織に与しているの?自分の行いがどれだけ罪深いことか分かってる?お願いだからその子を返して」

「ヤだな~。分かってなきゃ、こんな小さい子に手刀なんてできる訳ないでしょ」

 少年は、アビィを脇に抱えながらシェイラに歩み寄った。足音が少しもしない。まるで猫のような身のこなしだ。

「しっかし、この街の巡回兵は結構優秀だね。このまま簡単に事が運ぶと思ってたのに。こないだやり合った筋肉のお兄さんもそこそこ強かったし~」

「筋肉のお兄さん…………イザークさんのことか」

「君は味方なんだから、筋肉で納得しちゃダメじゃん!」

 少年は腹を抱えてケラケラと笑った。

 シェイラの背中に冷や汗が伝う。油断しきっているように見えるのに、少しも隙がないのだ。

 イザークに一太刀浴びせたのが本当にこの少年なら、シェイラには手に負えないかもしれない。

「フフ……君、変なヤツだね。面白い」

 笑い止んだ少年が、金緑の瞳にシェイラを映した。そこには、先ほどまではなかった興味の色が浮かんでいる。

「ねぇ、君さ、何で僕がこんなに色々話すと思う?」

 少年は突然落ち着いた声音に変わった。

 雰囲気までサッと変わった気がして、すぐに剣を構え直す。

「君の考えてることなんてお見通し。誰か、待ってるんでしょ?でもムダだと思うな~」

 ニッといたずらっ子のように笑う少年。シェイラは怪訝に眉をひそめたが、すぐに目を見開いた。

 背後に、気配がもう一つ。

 ――……ダメだ!とっくに挟まれてたんだ!

 まだ姿を見せていないが、シェイラがここまで接近を許すなんて、相当の手練れだ。

 技量で上回る二人に挟撃されては、なす術がない。

 ――せめて、アビィだけでも無事に取り返したかったのに……!

 シェイラが歯噛みする思いで少年を睨みつけると、彼は肩をすくめた。

「そもそもはじめから勝負はついてるでしょ。君なんてホラ、これだけで無抵抗になっちゃうんだから」

「――――――――!」

 言葉と共に、アビィの首筋に短刀が突き付けられる。

 一歩間違えたら致命傷にもなり得るというのに、少年の動きはあまりに無造作だった。別に死んだら死んだで構わないモノと、無機物のように捉えている瞳。

「あ、ちょっと切っちゃった。ヤベーヤベー」

「やめろ!」

 少女の首筋をゆっくりと伝う赤色に、シェイラはすぐ長剣を手放す意思を見せた。

「お、話が分かるじゃん」

 少年は駄目な生徒を褒める教師みたいに、感心したような声色になった。

 ――クローシェザード先生…………。

 眉間にシワを寄せる彼の顔が浮かんだ。

 シェイラはスッと瞑目し、細く息を吐き出す。

 クルリと剣を逆手に持ち替え、ひび割れた石畳に全力を込めて突き刺した。

 鈍い音と共に、ビリビリした衝撃が腕を伝う。

 少し屈んだ上体をゆっくり起こす。その際、青い腕輪がはらりと地面に落ちていくのを、彼は不自然に思っただろうか。

 擦りきれたように細い糸だったので、衝撃で外れたと判断したらしい。特に少年が言及することはなかった。

 気付かれないように息をつくシェイラの耳が、ここで第三者の足音を拾った。

「――――おい、一体何をしているんだ?」

 曲がり角から姿を現したのはディリアムだった。シェイラの戻りが遅いために迎えが来たのだろう。先ほどまでは待ちわびていた援軍だった。

 けれど状況はどんどん悪い方へと傾いていく。

 やって来たのはディリアムたった一人。手練れの敵が二人もいる状況では、こちらの劣勢は変わらない。しかもシェイラは武力を放棄してしまっているのだ。

 ディリアムが目の前に広がる光景に眉を寄せる。

「ディリアム先輩、来ちゃダメ……!」

 シェイラの警告が最後まで発せられることはなかった。

 首の後ろに衝撃が走り、景色がグニャリと歪む。少年のニヤニヤした笑顔は辛うじて見えるので、背後にいた敵の攻撃を受けたのだろうと思われた。

 自分がいつ倒れたのかも分からないまま、頬に石畳の冷たい感触が当たる。

 絶対無茶はしないようにと、クローシェザードに言われた。

 フェリクスには、どんなことがあっても必ず帰ると誓った。

 昏倒する寸前、彼らの言葉が頭の中でチカチカと明滅していた。



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