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意外な訪問者

 事態は思わぬところから動いた。

 以前たまたま王都で助けた迷子のアビィが、人拐いに狙われていた可能性が浮上したのだ。

 アビィ達親子はその足で巡回兵団の本部に連れていき、詳しい話を聞くことになった。

 母親も、迷子のアビィを保護した兵団員も、「友達を見つけてはぐれてしまった」という彼女の証言をそのまま信じていた。

 髪飾り売りに不気味さを感じていたものの、少女は母親に怒られたくなくて、あえて黙っていたのだという。

 聴取が終わると、大事なことを黙っていたため母親にこっぴどく叱られていたが、最後には無事でよかったと涙ながらに抱き締められていた。

 ともあれ、これでただの失踪ではなく、誘拐事件として捜査できるようになるのだ。

 先日イザークが怪我をした理由も、この時明らかになった。

 黒ずくめの怪しい人物を見かけて、不審に思い声を掛けたら戦闘になったのだという。

 かなりの手練れで結局逃げられてしまったが、兵団員にひけを取らない実力の持ち主が街に潜伏しているとしたら、それなりの理由があるはずだ。

 もしかしたら誘拐事件に繋がるのではという意見が、巡回兵団内ではまとまりつつあったのだという。

 そして今回のアビィの証言。これが駄目押しになった。

 一連の失踪が人拐い組織によって行われていたという仮定が、にわかに現実味を帯びてきたのだ。

「シェイラ、お手柄だ。これで失踪事件じゃなく誘拐事件だと立証された。あとは裏で手を引いてる奴がいるか、突き止めるだけだ」

 隠しようもなくなってきたので、ついに学院生にも事件のあらましについて語られた。

 けれどあくまで学生なので、求められたのは捜査の協力ではなく危機回避の一点のみだった。

 何もできないのは悔しいが、団内で決まったことなら守らねばならない。今シェイラは仮にも見習いの立場だし、輪を乱すことで状況を悪化させてしまうのも本意ではないのだ。



 会議に巡回に忙しく動き回る団員達をよそに、シェイラ達は今までと変わらぬ日々を過ごしていた。

 練兵場で鍛練をする日。イザークとゾラは忙しい身の上のため、シェイラ達は自習になった。

 何だか気が抜けてぼんやりしていた時、本部待機していた団員が練兵場にやって来た。何とシェイラに、面会希望者が来ているらしい。

「面会、ですか?」

 こてりと首を傾げると、顔見知りの団員は頭を掻きながら答えた。

「何かこう、ちょっと変わった服装の男だったぞ。どっかの民俗衣装みたいな」

 民俗衣装、と聞いて、真っ先に頭に浮かんだのはデナン村の装束だった。あれは王都の住民からすれば、かなり浮いているだろう。

 もしかしたら村の誰かが会いに来たのかもしれない。そう思い当たり、コディ達に声を掛けてから面会棟に向かった。

 面会棟は、機密保持の観点からある建物だ。巡回兵団は騎士団とも密に連絡を取り合っているため、部外者を招き入れるには重要書類が多すぎる。

 不審者に侵入される危険性を考慮し、門を入ったところに建てられたのが面会棟だった。

 教えられた個室に向かい、扉を開ける。

 窓辺に立つ人の、とても懐かしい装束に視線が吸い寄せられた。

 円筒形の帽子と足首まである上衣は、同じ白い布で作られており、赤い幾何学模様の刺繍が鮮やかに浮かび上がって見える。腰には麻を撚って作られた紐と幾何学模様の帯。下履きは体の線に沿うようにぴったりしていて、足元は獣の革をなめしたブーツ。間違いなく、デナン村での普段着だった。

 背の高い人物が、ゆっくりと振り返る。

「久しぶり、シェイラ。会いたくなったから来てしまったよ」

「――――兄さん!?」

 日の光に透ける銀髪を帽子に綺麗に隠してしまっているが、間違いなくフェリクスだった。

 村の装束姿を見るのは久々だったが、貴族の格好を見慣れてしまえば、激しく似合っていないことが分かる。

 駆け寄ると、コツンと額を弾かれた。

「こら。僕のことは名前で呼びなさいと言っただろう?」

「あ、ごめん」

 懐かしい出で立ちにつられて、つい馴染んだ呼び方をしてしまった。

「研修が始まったら休みも不定期になってしまったし、忙しいからと顔を見せに来てくれないし、寂しくてね」

「アハハ、ごめんね。まだ兵団の仕事に慣れなくて、休みの日は爆睡してるんだ」

 休日に働いたりしていたなんて、彼には絶対に言えない。

「ホラ、可愛い顔をよく見せて?」

 目を逸らしぎこちなく笑っていると、フェリクスに顎を持ち上げられた。蕩けるような笑顔を浮かべた極上の美貌が目の前にあった。灰色の瞳が優しく細まり、いつも眼差しで抱き締められている気分になる。

「フェリクス、何で村の装束を着てるの?」

「まだ、人前に出るべき時じゃないからね。妙に怪しい格好をするよりこの格好の方がいいかと思って」

 変装、ということなのだろう。確かに街で見かければ一際目立つだろうが、装いに目がいって美しい顔の印象は薄くなるかもしれない。そのために目立つ銀髪も隠しているのだろう。

 以前から素性を隠しているふしのあるフェリクスだが、まだその必要があるらしい。

「堂々と一緒にいられる日は、ちゃんと来る?」

 真っ直ぐに見つめて問うと、彼は窓の外に視線を逃がした。夏空と濃い緑の木々に、眩しげに目を細める。

「そうだね…………秋の技術披露大会には、お前の勇姿を見に行けるかもしれないね」

「本当に?じゃあ私、フェリクスが自慢できるくらいに頑張らないと」

 シェイラがパッと華やいだ笑顔になると、フェリクスは頭を撫でながら苦笑した。「やっぱりシェイラには髪を伸ばしてほしいな」と関係ないことを呟く。

「……顔が見たかったというのも本当なのだけれど。もう一つ、心配事があったから、無理やりにでも会いに来てしまった」

 フェリクスは灰色の瞳に辛そうな色を混ぜながら、シェイラの頬に触れた。

「王都で起こっていた幼児誘拐の証人を、お前が見つけたんだって?」

「フェリクス詳しいね」

「色々なところから情報は入ってくるんだよ。きっとクローシェザードも既に掴んでいて、今頃やきもきしているだろうね」

 無茶をしないように、と釘をさした仏頂面の保護者を思い出し、シェイラの背筋が自然と伸びた。

 フェリクスはもう一方の手も伸ばし、大きな手の平でシェイラの顔を包み込んだ。更に顔が近付く。灰色の瞳が切なげに揺れ、銀色の睫毛がゆっくりと伏せられる。

「シェイラ…………心配なんだ」

 ふわりと抱き締められた時、馴染んだ彼の香りがした。清涼な湧き水のように澄んだ香り。懐かしさに、瞳を閉じて体を預けきった。

「お前が騎士になる道を選んだ時から、危険と隣り合わせであることは承知していた。それでも僕は、お前をどんな些細なことからも護りたいと思ってしまう……」

 フェリクスの声が、直接体に響く。

 応援したい気持ちと、危険から遠ざけたい気持ち。どちらも本心で、相反する願いに揺れる心情が声から伝わってくる。服越しに感じる体温を味わっていたら、彼が続けた。

「その子の誘拐未遂現場に、たまたま居合わせていたとも聞いたよ。なぜシェイラが誘拐の現場にいたの?」

「……それは、本当にたまたまだったんだよ。その時助けた子どものことも、昨日までは普通の迷子だと思ってたくらい」

 答えながらも、シェイラは戸惑っていた。フェリクスがそこまで事情に精通しているとは、流石に思っていなかったのだ。

「私が関わってたことは、兵団員と上層部しか知らないはずなのに…………何で、フェリクスが知ってるの?」

 巡回兵団の全員はもちろん知っている。ただ、学院の生徒が関係していたことは機密事項とされていたのだ。団長のマット⋅キーナンにも口外しないよう厳命されていた。ここまで知られすぎていると何だか怖いくらいだ。

 シェイラの疑念を察したのか、フェリクスが体を少し離して妖しく微笑んだ。

「何でだと思う?例えば……その組織と繋がってるとか?」

 危うい質問だ。けれどシェイラは答えを迷わなかった。

「フェリクスはそんなことしないよ」

 硬質の美貌は、見る人が見ればきっと冷酷にも映るだろう。突き放すような言い方をされれば、心が震えるかもしれない。

 けれど確かに彼の瞳には愛情があったから、シェイラは何一つ怖くなかった。

「でももしそれが本当なら、その時は――――」

 フェリクスの腕を引き剥がし、黄燈色の強い瞳で射抜くように見据えた。

「私がフェリクスを捕まえる。この手で、必ず」

 シェイラの覚悟に、フェリクスは瞳を潤ませた。

 大切な妹は、こんなにも成長していた。兄として少し寂しいけれど、感動が大半だった。

「シェイラ…………大好き」

「わっ」

 今度は強い力で引き寄せられ、シェイラは胸に埋もれた。兄の愛情に息ができなくなりそうだ。

「こんなにも愛されて、僕はなんて幸せ者なんだろう。……シェイラと出逢えてよかった。お前が教えてくれたんだ。家族も、安らぎも、人を信じることも、愛することも…………全部」

 ぐっと肩が掴まれ、顔を上げる。痛いほど真剣な光を宿した眼差しとかち合った。

「シェイラ、約束して。僕もお前を信じているよ。だから、お前の夢をこれからも応援し続ける。――――そのかわり、どんな困難があっても、必ず無事に帰ってきて」

 誓いの言葉はすぐ胸に浮かんだ。フェリクスへの宣言は、敬虔な信徒の祈りに似て尊い。

「約束する。大切な人達がいる場所に、私は絶対帰るよ」

 フェリクスは安堵に表情を和らげ、体を離した。その際にするりと頬を撫でるのは、最早当たり前の触れ合いだ。

「そうだ、忘れていたよ」

 装束の袷から、フェリクスがおもむろに小さな袋を取り出した。

「甘いお土産があるんだ。マカロンと言って、今王城で流行っているものらしい」

 包みからコロンと転がり出てきたのは、まるくて可愛い、色とりどりの菓子だった。フェリクスは一粒を摘まんで差し出す。

「はい、あーん」

 口元に運ばれたマカロンを、シェイラは素直にパクリと食べる。

「これほど大きな物を一口で食べるなんて、僕の妹はなんて可愛いらしいのだろう」

 最早何でも可愛いに繋がってしまう兄に愛でられながら、シェイラは甘く穏やかな一時を過ごした。



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