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忙しない休日

みなさま、いつもありがとうございます!(*^^*)


今日は感謝の気持ちを込めて

何度か投稿したいと思います!m(_ _)m

 不定休だが、初めての休日はたまたま月の日だった。

 相変わらず客が切れないエイミー薬店内で、シェイラは忙しく働いていた。

 客を扉口で見送ってようやく一息ついていると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 姿が見える前にイザークだと気付き、すぐ店内に引き返そうとする。だが彼の声に、妙な切迫感があることに気付いた。

 シェイラは足を止めると扉の影に身を潜めながら、暗い裏路地を注視した。

 忙しない足音に、金属がぶつかり合う音。――――間違いなく剣檄だ。

 不意に、剣檄が鳴り止んだ。

 打ち合いは数える程度だったように思う。一体どのように決着したのか気になって、シェイラは思いきって外へと踏み出した。

 こそこそと足音を忍ばせ、気配を殺して歩く。店の角を曲がったところで、イザークの大きな背中を発見した。

 シェイラ達の面倒を見ている彼も、今日は休日だ。

 白いシャツと紺色の下履きのみという、パッと見てとても貴族とは思えないような格好をしている。

 けれどシェイラが息を呑んだのは、そんな理由ではなかった。

 壁に背を預け、ゆっくりとずり落ちていくイザーク。彼は右腕を負傷していたのだ。

 白いシャツが赤く染まっていくのを見て、シェイラは店へとって返した。

「エイミーさん!」

 店内へ飛び込むとまだ客の姿があり、シェイラはたたらを踏んだ。

「っと……すいません、大声を出してしまって」

 シェイラは愛想笑いを浮かべながらエイミーに駆け寄り、耳元に囁いた。

「エイミーさん、外に負傷した兵がいます。治療して来ていいですか?」

 彼女はすぐに頷き返す。

「分かったわ。お店は私に任せて行ってきてちょうだい。治療薬は幾ら使っても構わないから」

「ありがとうございます」

 シェイラは外傷に効く軟膏と痛み止め、抗炎症薬と包帯、清潔な布、水など、必要になりそうな物は手当たり次第かき集め、急いで店を出た。

 角を曲がると、イザークはまだその場に座り込んでいた。

「大丈夫ですか!?」

 走り寄ると、彼は緩慢な動作で顔を上げた。

 傍らに座り患部を確認する。明らかに刃物の仕業と分かるぱっくりと開いた傷口は、シェイラの手の平ほどもあった。深くないからこの程度の出血で済んでいるが、もう少し位置がずれていれば血管を傷付けていたかもしれない。

 治療道具を並べながら、シェイラはイザークに治療の確認を取った。

「そこの薬店の者です!ぜひ、治療させてください!」

「あぁ、すまないな。見苦しい格好で……」

 いつもの爽やかな笑みは弱々しく、シェイラはシャツを裂き、傷口を洗い流しながら顔を歪めた。

「治癒魔法は使えないんですか?」

「あいにく、治癒魔法の素質はなかったんだ」

「せっかくのお休みに、何で怪我なんか……」

 眉をぎゅっと寄せながら言うと、イザークは怪訝そうに顔を上げた。

「俺が兵団の人間だと知ってるのか?そういや魔法が使えることも知っているようだし…………どこかで顔を合わせたことがあったか?」

 鋭い指摘にドキリとした。

 まずい。焦っていたために初対面のふりをすることを忘れていた。

「いえ、遠目に見たことがあるだけです。イザーク様は背も高いし目立ちますから、若い娘の間では有名なんですよ」

 適当にでっち上げた言い訳だったが、あながち間違いでもないはずだ。証拠にエイミーだって、イザークと付き合いたいとか騒いでいた。

「これは炎症を抑える薬と痛み止めです。水も用意してあるので、治療の間に飲んでおいてくたさい」

 消毒を終えてから軟膏を塗り始めると、イザークは苦悶のうめきを口中で呑み込んだ。しみるだろうがよく効くので、容赦なくたっぷりと塗り込む。

 包帯を巻く頃にはシェイラも冷静さを取り戻していて、静かに口を開いた。

「……仕事熱心なんですね」

 赤の他人なので、どういう経緯で怪我をしたのかは聞きづらい。だが、きっとちゃんとした理由があるのだろうと思う。

 休日なのに負傷までして、イザークの仕事ぶりと王都への思い入れは尊敬に値する。

 彼は少し皮肉げに片頬を上げた。

「それはお互い様だろう。いいのか?取り扱う商品をこうも惜しげもなく使ってしまって」

「怪我人の前で治療を躊躇ってたら、この仕事は勤まりませんよ。それに兵団の方に出し惜しみなんかできません。いつも体を張って街を守ってくれて、本当にありがとうございます」

 これは、紛れもなく本心だった。

 単純に憧れから騎士を目指していたが、巡回兵団の仕事に触れることで、彼らの凄さを知った。巡回兵団が王都の平和を守ってくれているから、近衛騎士団も仕事に集中できるのだ。

 シェイラが心から言っていることが伝わったのか、イザークはゆるゆると息を吐いた。

「……不思議な人だな。この血の気の多そうな風体を見て、ただ喧嘩してきただけとは思わないのか?」

 彼はアックスによく似ているし、無駄に爽やかだし、シェイラも初めはどこか胡散くさいと思っていた。もしかしたら、第一印象で誤解されやすいのかもしれない。

 けれど本当は頼りがいがあるところも、仕事に真摯なところも、間近で見て知っているから確信を込めて微笑んだ。

「あなたの仕事ぶりをきちんと見ていれば分かります。職務に忠実で、街を心から愛しているあなたが、無用な喧嘩をするとは思えません」

 包帯を巻き終え、シェイラは立ち上がった。

「とりあえず、三日分の薬は渡しておきます。それ以上は有料となりますので、悪しからず。今後もエイミー薬店をどうぞご贔屓に」

 エイミーから学んだ接客用語が、するりと口からこぼれた。彼女を置いてきているため、治療が済めば急いで店に戻らなければならない。

 シェイラはペコリと頭を下げ、急ぎ足で駆け去った。


  ◇ ◆ ◇


 翌日、太陽の日は、練兵場で訓練をする日だった。

 ゾラの指示を受けながら打ち合い稽古を終えたあと、シェイラは汗を拭きながら木陰に視線を向けた。

「……ねぇコディ、あれどう思う?」

 コディも気まずげに視線を送りながら声を潜めた。

「分からない。触れていいのかも分からない」

 シェイラ達の視線の先、木陰に座るイザークはぼんやりと虚空を眺めていた。

 コディと目を見合わせ、恐るおそる近付いていく。

「あの、イザークさん。言われた稽古は一通り終わりましたけど」

「そうか…………今日は暑いな」

「…………」

 今日の彼は始終こんな調子で、稽古にもまるで身が入っていない。はっきり言って腑抜けていた。

 あいにくゾラは現在席を外している。次に何をするにもイザークの指示が必要だった。

「……イザークさん、どうしちゃったんだろうね?」

「うーん、何だか恋でもしてるみたいだね」

 コディの言葉にシェイラは愕然とした。それだけのことでここまで腑抜けてしまうなんて、恋とは何と恐ろしいものなのか。

「……恋と言えば、シェイラ、僕ね――――」

 コディが心なし頬を染めながら言いかけた時、突然イザークが立ち上がった。長身の彼がぬうっと動くと異様な迫力があり、シェイラは友人の声を聞き逃してしまった。

 ビクビクと見守る生徒達の前で、イザークはおもむろに口を開いた。

「シェイラ………………………………………………お前、お姉さんか妹さんはいるか?」

「―――――――え、」

 既知の者からこの質問を浴びるとは思わなかった。

 確かにイザークとは昨日遭遇してしまったが、治療を終えすぐに離脱したし、真面目シェイラに対してその質問がされなかったからすっかり油断していた。

「えっと、何度も聞いてると思いますが、僕には兄しかいませんけど」

「だよな……そう言ってたもんな……」

 一体彼はどうしてしまったのだろう。生徒達は困惑げに視線をかわした。

 イザークが空色の瞳を物憂げに細めた。

「昨日、素晴らしい出逢いがあったんだ……俺としたことが、名前すら聞かずに別れてしまったのだが……あれは、そう、女神だったのかもしれない…………」

 女神という歯の浮きそうな単語がするりと出てくるところは、熱い男⋅アックスとの血の繋がりを感じる。

「へぇ、どんな人だったんですか?」

 男性陣はますます眉をひそめていたが、シェイラは逆に身を乗り出した。村でも一応恋バナに混ざったことがあるので、何か力になれることがあるかもしれない。

 イザークは女性の姿を映すように空へ視線を投げた。

「彼女はまるで、野に咲く菫のような女性だった。控えめで可憐で、けれど力強くたくましく、どこにでも根付く生命力を持ち併せているような、そんな芯の強さを感じさせる魅力があった…………」

「…………」

 前半は純然たる褒め言葉だが、後半は女性への賛美と思えない単語の連続だった。

 シェイラの頭の中では控えめと可憐が抜け落ち、アックスを女性にしたような想像図ができあがっていた。正直言って得体の知れない生き物だ。

「イザークさんて…………変わった趣味をしてるんですね」

 ようやくそれだけ呟くことができた自分を褒めてあげたい。

 シェイラは無力感に項垂れ、せめてもと心の中で応援をするのだった。


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