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失踪

 一番はじめに子どもが消えたのは、春の二の月も半ばのことだった。

 口喧嘩して家を飛び出した少年の帰りがあまりに遅かったので、母親から巡回兵団に相談が入った。

 出て行ったのは子どもの方なので、特段心配もしていない。頭が冷えれば帰って来ると思うが、流石に暗くなってきたし、そろそろ夕食なので見つけてほしい。

 家族からの依頼は、そんなのんびりした内容だった。

 少年の友人宅を幾つか訪ね、彼のよく行く広場も捜した。

 ただの子どもの癇癪ではないと気付きだしたのは、捜索が始まってどれくらい経った頃だろうか。

 子どもが寝る時間を過ぎても、深夜になっても、少年は見つからなかった。目撃情報すらなかったのだ。

 両親も流石に慌てだし、知り合いを片っ端から当たった。

 結局、どれだけ捜しても少年は見つからなかった。まるで街から、煙のようにふつりと姿を消してしまったのだ。

 けれどその後は何が起こるでもなく、春の二の月は終わった。

 地方から人が集まっている雑多なこの街で、行方不明者が出るのは、嫌な言い方だが日常茶飯事だ。

 もちろん子どもの失踪は少ないので、今後も少年の行方には目を光らせておくが、多忙な巡回兵団に、一つの事件にかかずらっている暇はない。少年の両親には悪いが、月が変わると事件の衝撃は薄まりつつあった。――――二人目の失踪者が現れるまでは。

 次の失踪者は女の子だった。

 母親との買い物帰り、彼女は突然走り出したのだという。

 何か素敵なものを見つけたようだった、とのちに母親は語っている。

 繋いでいた手を振りほどき、駆け出す少女を見失ったのは、ほんの一瞬。

 人波が割れた時には、小さな背中は忽然と消えていた。

 焦って辺りを捜したが、少女が見つかることはなかった――――。

「現在王都では、合計五人の子どもが失踪している。状況は様々で同一犯による犯行かどうかも不明。子どもの生死も不明。事件性があるかどうかも不明っつー、何とも掴み所のない話なんだ」

 不明な点が多すぎて情報を整理できないシェイラを尻目に、ハイデリオンが口を開いた。

「これも一人言ですが、事件性不明ということは、失踪した子どもの家に身代金の要求のような連絡はなかったということですね。それでも五人の失踪に関連性があると考えているのなら、巡回兵団はどんな危惧を抱いているのか――――あくまで一人言ですが」

 ハイデリオンはもたらされた情報を的確に分析し、独白の体を装っていた。

 彼の誘導のおかげでシェイラも何とか理解ができたし、余計な質問がなくなって格段に話が進みやすくなった。座学の成績が優秀な彼の明晰さが如実に表れている一幕だった。

 兵団の二人も感心したように眉を上げている。

「兵団は、一連の失踪はやはり誘拐ではないかと思っている。誰一人として遺体で見つかってないのも不自然だしな。ただし、身代金を要求して小金を稼ぐようなもんじゃなく、裏にデカイ組織がついた犯行だ」

 イザークは爽やかな笑顔を消し、いっそ人形のように失せた表情で答えた。

「人売り――――人身売買組織だ」

「人身売買……」

 驚愕に彩られたコディの声が、かすかに震えていた。誰かがごくりと唾を飲み込む音が響く。

 人が人を売り買いするのは道義に反するということで、シュタイツ王国では違法とされている。ファリル神教でもよしとされていないため、周辺国では違法にしている国の方が多い。けれど一国だけ、それを合法とし、なおかつ国の産業にしている国があった。

 ハイデリオンが刃物のように鋭い目をして呟いた。

「――――ヒュプラヤ国」

 隣の大陸と唯一地続きになっているため、この辺りで最も異文化が流入しやすい国。無国籍な国民に、入り乱れる言語。かの国をよく知らないシェイラでも、無法地帯という印象があった。

 もし、今回の失踪にヒュプラヤ国が噛んでいるのなら。

 少年少女達が、既にあの国にいるのなら。

 シュタイツ王国とは交流を一切持っていないため、救出はほぼ絶望的だ――――。

 落ち込んだ雰囲気を、ゾラが力強い声音で払拭した。

「一連の失踪の真相も、事件性の有無も分からねぇ。ヒュプラヤ国の関わりもな。だが過去に、これほど子どもの失踪が頻発した例はない。俺達の勘では、まず間違いなく人身売買組織が関わっているとみている。が、証拠は何もねぇんだ」

「人拐いの痕跡がないのか……」

「組織がこの国に潜伏しているかさえ、まだ掴めてねぇ」

 ハイデリオン達のかわす会話は重々しく、シェイラは口を挟めずにいた。けれどずっと気になっていたことがあったので、おずおずと発言した。

「あの~、根本的なことなんですけど。何のために子どもを拐うんですか?労働力としてはイマイチじゃありませんか?」

 言った途端、場が凍り付いた。

 団の規則に抵触しないよう各自が一人言の体を貫いていたのに、堂々と挙手して質問するシェイラの空気の読めなさというか、危機感の欠如っぷりに、全員空いた口が塞がらなかった。腹芸が下手すぎて真っ先に殺されるタイプだ。

 彼らの心境など分かるはずもなく首を傾げるシェイラに、ゾラが仕方なさそうに答える。

「……そりゃあ、悪趣味な金持ちの中には、毛の生えてないようなガキを――――」

「わー!ゾラさん!!」

 シェイラはゾラの言葉を最後まで聞くことができなかった。慌てたように叫んだコディの両手が、耳をしっかりと塞いでいたからだ。

 無音の世界で、ディリアムとハイデリオンの気まずげな反応だけが目に映った。

 ……深刻な雰囲気はどこかに飛んでいったまま、二度と帰ってこないだろう。

 一方、シェイラはシェイラで焦っていた。心根の優しいコディが目上の者に逆らうなんてあり得ない。そう認識していたのに、彼が引き続きゾラに食ってかかっていたからだ。

「シェイラはとても純粋なんです!そんな汚い言葉は聞かせないでください!」

「何だお前、こいつのかーちゃんか」

 苦々しげに閉口するゾラに代わって、イザークが進み出た。

「コディ。気持ちは分かるが、過保護はためにならないぞ。人を守る仕事をしてれば、いずれ酷い現実に直面する」

「もちろん、あなた方が間違っているとは言いません。でも、下品な表現を使わずとも説明はできますよね?」

 にこりと笑う彼には妙な迫力があった。ディリアムとハイデリオンもたじろいでいる。

 もう問題ないと判断したコディの手から解放されたシェイラも、オロオロしてしまう。

 場が落ち着くと、ゾラが困った様子で頭を掻いた。

「つまり、なぜ幼児が狙われるのかっつーと……あれだ。ぬいぐるみやペットみたいな感覚で愛でたい奴らがいるんだよ」

「ペット…………」

「だから拐われるのは、顔立ちの整ってる奴が多いんだ」

 人をペット扱いする輩がいるなんて、のどかな村で育ったシェイラにはにわかに信じられない話だ。

 衝撃に固まっているシェイラの隣で、コディがゆったりと口を開いた。

「その説明もどうかと思いますけど?」

「いやわりぃな、オレ口下手なんだよ」

「……口下手なら仕方ありませんね。けれど、これからのためにも改善の努力は続けてくださいね」

 再び笑顔を凶器に変えたコディを眺め、ハイデリオンが囁いた。

「以前から思っていたが、コディは時々考えられないことをするな。上司に楯突くなんて、普段の姿からは考えられない。……子を守る母とはこういうものなのか」

 小声での付け足しに、コディは笑顔のまま振り返った。隣に立つシェイラまで、思わず身をすくませてしまう。

「ハイデリオン、これはあくまでも意見であって、楯突いている訳じゃないよ。僕が尊敬するお二方にそんなことするはずないじゃないか」

「……僕に至っては、敬語ですらなくなっているのだが」

 確かに、ほんの少し前までは丁寧に対応していたはずだ。

 口元を引きつらせるハイデリオンに何と言葉を掛けるべきか分からず、シェイラは曖昧な笑みを浮かべた。いつもコディにフォローされている分、彼の窮地には助けてあげたい。

「えーと。相手をどう思ってるかの問題じゃないですかね?」

「……貴様、僕には敬意を抱けないと言いたいのか?」

 火に油を注いでしまったようで、シェイラは慌てて謝った。

「すいませんっ。悪い意味じゃなくて、きっとコディは大切な友人と思ってるって言いたかったんです。僕だってたまに、つい敬語を忘れちゃいますし」

 ハイデリオンは貴族のため、もちろん気安く話し掛けていい相手ではない。だが彼は一度たりとも身分を振りかざしたことがないため、つい油断してしまうのだ。

 笑って誤魔化そうと試みるシェイラを横目で見つめていたハイデリオンが、ふいとそっぽを向いた。

「……別に、構わない。今後貴様らが敬語を使わずとも、不問にしてやろう」

「え。いいんですか?コディだけじゃなく、僕まで?」

「何度も同じことを言わせるな、愚鈍が」

 ハイデリオンの偉そうな言葉に、シェイラは目を瞬かせた。顔を背けたままだが、よく見ると耳が赤く染まっている。友情の確認作業のようで照れくさいのだろうか。

 目元を和ませていたシェイラは、コディも似たような顔をしていることに気付いた。ハイデリオンの面子を潰さないよう、こっそりと笑い合う。

「――――うん。ありがとう、ハイデリオン」

 にっこり笑い掛けると、彼は真っ赤な顔を隠すように俯いた。恥ずかしさが極限に達したのだろうと微笑ましく見つめていたが、なぜかコディは何とも言えない顔に変わっていた。

 学生のほのぼのとしたやり取りに、イザークは肩をすくめて息をついた。

「……一応、深刻な話をしてたつもりなんだけどな」

「まぁ、起こってもないことで神経ピリピリさせてるよりゃあマシだろうよ」

 これだから学生は、と呆れるでもなく、むしろ余分な力が抜けたように二人は笑った。

「いいか。今のはあくまで一人言だが、誰にも言うんじゃねぇぞ」

 最早一人言も何もない状況であったが、最後にゾラが付け加えた忠告には、全員が神妙な顔で頷くのだった。



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