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研修開始

 貴族街と平民街を隔てる門の傍らに、巡回兵団の本部はあった。学院からは馬車で四半刻もかからない。

 多くの人が働く詰所と宿舎、学院の稽古場には敵わないけれど、そこそこの広さが確保された練兵場で構成されている。

 学院と違って実利に重きを置いているため、本部内は装飾などがほとんどなかった。白漆喰の簡素な建物は男臭く武骨な印象が強い。

「ちょっと緊張してたけど、去年卒業した先輩もいるから安心したよ」

 先導する兵団員のあとを歩きながら、コディがこっそり胸を撫で下ろした。

 巡回兵団に来た学院の生徒は、35人。シェイラとコディは身分の関係もあり、その最後尾にいた。

「知ってる先輩がいたの?」

「そうか、シェイラは今年入学したから知らない人ばかりだよね。例えばホラ、あそこにいる人」

 聞き返すシェイラに、コディは先導する兵士の一人を示した。

 視線の先には短い金髪に愛嬌のある空色の瞳、線が細い顔立ちをしているのに、屈強な体つきが絶妙に不釣り合いな青年がいた。

「イザーク⋅ブライトリア先輩だよ。去年の寮長だったんだ」

 寮長という単語に、シェイラはアックスを思い出した。

 イザークは高身長なためか、あまり筋肉質には思えない。だがよく観察すると、胸の厚みもアックスより遥かにしっかりしている。無駄に清々しい笑みも、受ける印象は違えどよく似ているような気がした。

「なんか、寮長の完成形って感じだね…………」

「よく分かったね。イザーク様は、寮長の二番目の兄上なんだ」

 コディの肯定に、シェイラは目を丸くした。

 あの爽やかなイザークが、暑苦しいアックスと兄弟。

「――――え。寮長って確か伯爵家だよね?何でイザーク様は近衛騎士団じゃなく、巡回兵団に?」

 わざわざ巡回兵団を選ぶ必要はない身分だ。シェイラが眉根を寄せて訝しむと、コディは困った笑みを浮かべた。

「そこがまたややこしい話なんだけど……ブライトリア家に生まれた男児は、5歳から10歳までの五年間を平民街で過ごすっていう家訓があるんだよ」

 下町で過ごし知り合いが増えることで、巡回兵団を希望する子息は昔から多いらしい。

 アックスには男兄弟が四人いるため、家督を継ぐのは長男じゃなくても構わないという。

「なるほど……寮長も、下町で暮らしてたことがあるんだ」

 ブライトリア家のぶっ飛んだ家訓はともかく、アックスが下町言葉を自在に操る理由がこれで判明した。

「コディも、他家の家訓をよく知ってたね」

 そういえば、アックスとはいつも親しげにしている。家同士の親交が深いのだろうか。

 話をしている内に、広い空間にたどり着いた。ズラリとテーブルが並んでいる様子から、おそらく食堂だろう。

 突き当たりには屈強な兵士がズラリと並んでいた。その中央に、一際威圧感のある壮年の男性が立っている。

 ほとんど黒に近い茶髪に、鷹のように鋭い同色の瞳。整った口ひげが威厳と覇気を醸し出していた。

「私は巡回兵団の団長、マット⋅キーナンだ。これより一ヶ月、君達の指導を引き受けることになっている。実際に働くということは、とても大変なことだ。学院に比べて規律も厳しい。しかし君達にはここで多くの実践を積み、一回り成長して学院に戻ってほしいと思っている。実りの多い時を過ごせるかどうかは君達次第だ」

 マットの挨拶に、学院の生徒達の緊張感が増していく。非日常に浮かれていた一部の生徒も気持ちが引き締まったのか、急に姿勢を正していた。

 挨拶が終わると、荷物を置くついでにと寮に案内された。

 シェイラ達の先を歩くのは、ゾラという男性だった。背が低くちょっと固太りぎみだが、その分小揺るぎもしない磐石さを感じた。

 案内された部屋は四人部屋だった。個室のシャワールームと洗面所が付いている以外、二段ベッドが二つ置かれているだけの殺風景で狭い部屋だ。

 シェイラは瞳を輝かせてベッドに駆け寄った。

「スゴい、僕二段ベッドって初めて見た」

 シーツは清潔だが、腰が痛くなりそうなマットレス。上段に上るための梯子に触れると、ギシギシ嫌な音がした。

「――――こんなもの、大して珍しくもないだろう」

 そう言いながら入室したのは、同学年のハイデリオンだった。

「ハイデリオン。もしかして同室ですか?」

「悪いか?」

「いいえ全く。一ヶ月間、よろしくお願いしますね」

 笑い掛けると、ハイデリオンは視線を逸らしてしまった。

「僕、上の段で寝てみたいです。ダメですか?」

「研修だというのに旅行気分か、貴様は。ベッドごときにわざわざはしゃぐな」

 彼の浅葉色の瞳が呆れたようにすがめられる。

 不謹慎だったと反省しつつも、シェイラは少し唇を尖らせた。

「だって僕が育った村では、ベッドなんてなかったんですもん。みんな地面で寝てましたし」

 地面で眠ると聞いて、ハイデリオンは愕然とした。

「何という貧しい環境なんだ……」

「そういう文化だっただけです。別にそこまで貧しくなかったですよ」

 ワイワイ言い合っていると、最後の一人が入室してきた。

「ディリアム先輩」

 ディリアムは入り口に立ったまま、腕を組んでふんぞり返っている。シェイラは身を乗り出して声を掛けた。

「先輩、ベッドは上と下どっちがいいですか?上の段は早い者勝ちですよ?」

「この年で誰がベッドの上段を取り合うか!というか危ないから乗り出すな馬鹿者!」

 ディリアムが苛立たしげに怒鳴った。紅茶のような色の瞳を真っ直ぐ向けられ、シェイラは怒鳴られているというのに目元を和ませた。

 一時期嫌がらせをされていた時と違って、彼の言葉には敵意や害意を欠片も感じられない。嫌われてはいるのだろうが、鬱屈した気分にならないのが不思議だった。

 ――この研修期間に、ディリアム先輩から認めてもらえるように頑張ろう。

 シェイラは心の中でこっそりと決意した。

 ディリアムは眉間にシワを寄せてずんずん進むと、空いている上段に荷物を置いた。

「――――やっぱり。ディリアム先輩は何となく上段を選ぶと思ってました」

 シェイラが笑み混じりに言うと、彼は照れ隠しで更に眉尻を上げた。

「誰も選びそうになかったからであって、別にこだわりなんてないからな!」

「何というか、先輩は結構、僕寄りの人間ぽい気がするんですよね」

「甚だ不本意な評価だ!」

 ギャアギャア騒いでいると、兵団の者から「早くするように」と急かされたので、シェイラ達は慌てて荷物を置いた。

 すぐに先ほどの食堂に集合し、まずは巡回兵団の仕事について説明を受ける。

 巡回兵団に所属している人員の総数は100人ほどで、第一部隊と第二部隊に分かれている。

 勤務に当たるのは一部隊ずつ。

 10人が所定の位置で街を見守り、10人が定められた幾つかの巡回ルートを回る。それは日勤と夜勤で交替制だ。残りの10人は本部で書類仕事をしながら緊急事態に備えることになっていて、これを二日間こなすと部隊の交代になる。

 しかし勤務に当たっていないその二日間も、ずっと休んでいるという訳ではない。その内一日は練兵場での訓練に充てているので、実質休日は週に一、二回しかないということになる。

 王都の巡回では、どんな小さな問題も見逃さないようにしなければならない。スリや強盗のようなものから、夫婦喧嘩の仲裁だって大切な仕事だ。日常の些細な諍いが大きな事件に発展する可能性を考えてのことらしい。

「どんな時でも君達は基本、同室の四人での行動を心掛けること。巡回の時は兵士二人について、先輩の言うことをよく聞くように」

「はい!」

 学院生全員の元気な返事に、説明をしていた兵士が満足げな笑顔を浮かべた。

 昼食のあと、練兵場で軽く体を動かす時間があったのだが、ここでもシェイラは個別指導を受けることとなった。

 全員が乗れて当然という馬に、一人だけ乗ることができなかったからだ。どうやら緊急時には騎乗の必要な場合があるらしい。

「鹿には乗ったことがあるんだけどな…………」

「それは逆に難しそうだな。一体どんな乗り心地なんだ?」

 シェイラの呟きに、指導を受け持ったイザークが興味深そうに反応した。間近で見ると、やはりアックスによく似ている。

 鹿で慣れていたおかげか、騎乗はすぐに形になった。駆け足やギャロップはまだ難しいが、速足程度なら何とかなる。

 団体行動を乱してしまったけれど、鹿と馬の乗り心地の違いについてひとしきり語り合ったことで、イザークとはかなり打ち解けることができた。

 アックスともそうだったが、脳筋とはなぜか話が合うことを、シェイラはつくづく不思議に思うのだった。

 




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