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しばしの別れ

「そういえば、知ってるか?王都の外れにあるエイミー薬店に、新しく女の子が入ったって話」

 朝食の席でゼクスが放り込んだ話題に、シェイラはスープを吹き出しそうになった。

 普段なら打てば響くように返事をするシェイラの異変に、ゼクスは怪訝な顔を見せながら話を続けた。

「その子さ、もう何人かに口説かれてるらしいし、結構可愛いと思うんだよな」

「え…………口説かれてる?」

 身に覚えが一つもなかったので、内心別人の話かと首をひねっていると、聞き捨てならない台詞が続いた。

「なぁ、今度みんなで見に行こうぜ」

「…………見に行く?」

 とんでもないとシェイラはプルプル首を振った。

「え、その、やめた方がいいと思うな。どうせそんなに可愛くないと思うし。うん」

「何でお前にそんなことが分かるんだよ」

 敬語だけが取り柄の地味女など、ゼクスのお気に召さないはずだ。

 先日ようやく行った食堂で、噂のアリンちゃんに会うことができたのだが、笑顔一つで元気がもらえるようなとても可愛い少女だった。あれだけ魅力的な子とは比べるべくもないと思う。

 断言したことが悪かったのか、彼は迂乱げな表情になった。

「そういえば、お前最近付き合い悪いよな」

「う、」

 彼の指摘は正しい。今まで一緒に遊んでいた時間を削って働いているのだから。

「――――お前、さては」

 榛色の鋭い瞳に、ギクリと肩が強ばる。最早万事休すか。

「さては、とっくに一人で見に行ってるんだろ!?」

「………………へ」

「急に王都に行かなくなるなんて、怪しいと思ってたんだよな。薬店の看板娘は、アリンちゃんよりも可愛いのか?えぇ?」

「いや、だから……」

 シェイラははっきり脱力していた。

 よく考えなくても、男だと認識している友人と噂の少女が同一人物だなんて結論にはたどり着かないだろう。

 まして彼をして、五分で萎えると言わしめたほど女らしさとはかけ離れているのだから。

 ゼクスの勢いにたじろいでいるシェイラに、聞き役に徹していたコディが助け船を出した。

「まぁまぁゼクス、その辺にしておかないと出発までに食べる時間がなくなっちゃうよ。もし研修中にその女の子と会うようなことがあったら、どんな子だったのかちゃんと報告するからさ」

 すっかり手を止めていたことにはたと気付いたゼクスが、慌ててサラダを掻き込み始めた。シェイラも急いでパンを飲み込む。

 そう、夏の一の月になり、ついに今日から研修が始まるのだ。

 ゼクスは神妙な面持ちで透き通ったコンソメスープを見下ろしていた。

「……研修、頑張れよ。しばらくは会えなくなるけど」

 寝起きもそれぞれの研修先になるから、一ヶ月間は学院から離れることになる。一般コースのゼクスには研修がないため学院に居残りだ。

 一足先に食事を終えたコディが、口元を拭きながら微笑んだ。

「頑張ってくるよ。ゼクスがいないと、シェイラのフォローが足りなくて少し心配だけど」

 食事が済んだらすぐ馬車に乗って出発だ。

 着替えなどをまとめた荷物を部屋へ取りに行き、馬車停めに集合しなければならないためそれなりに忙しい。だというのに、最後の一瞬まで食べることをやめないと言わんばかりにパンを頬張り続けるシェイラが、真面目な顔を作ってこっくりと頷いた。

「大丈夫、コディのフォローは天下一品だよ」

 膨らんだ頬一杯のパンのせいで、モゴモゴとした発言は要領を得ない。

 これまでの付き合いから雰囲気だけは感じ取ったコディが、ガックリと項垂れる。

「シェイラ。そこは嘘でもいいから、迷惑をかけないように気を付けるって言ってほしかったな」

「だってこのパン、おいしすぎるんだよ」

 今朝のパンは特別製で、何と苺のジャム入りだった。食堂のおばさん達からの激励のような気がして、シェイラは惜しむようにもう一つと手を伸ばす。それを見て、コディが諦めたように笑った。

 最後に牛乳を飲み干すと、シェイラはゼクスに視線を送った。

「ゼクスも、僕達がいない間に、スゴく強くなってるつもりなんでしょ?」

 特別コースに入ると宣言した彼の強い瞳を、シェイラは忘れていない。特別コースの生徒が研修に行っている間にも研鑽を重ね、格段に剣技を向上させることだろう。

 ゼクスは不敵な笑みで応じた。

「当たり前だろ。ここで一気に差を縮めてやるよ」

 たった一ヶ月。しかも互いに、寂しがる暇もないほど充実した日々になるはずだ。

 シェイラとコディも友人に笑みを返し、それをしばしの別れの挨拶とした。


  ◇ ◆ ◇


 部屋に荷物を取りに行くと、自室の扉の前に人影があった。

「――――クローシェザード先生」

 こちらに気付くと、クローシェザードは寄りかかっていた扉から背中を離した。

「荷造りは終えているのか?」

 開口一番に問われ、シェイラは半眼になった。

「昨日の内に済んでます。もう、どれだけ信用ないんですか」

「君の信用など、私に黙って労働を始めていたことで地に落ちている」

「あう、」

 チクリと嫌みを言われて怯んでしまう。

 仕事を始めたことをクローシェザードに知られた時は、本当に酷い目に遭った。溜まりに溜まっていた分を吐き出すように、延々二時間もお小言が続いたのだ。

 淡々とした怒り方はフェリクスを彷彿とさせ、主従は似てくるものなのだろうかと気が遠くなった。終盤、つい居眠りをしてしまったシェイラは、頬を全力でつねられ叩き起こされることとなった。

 それからはお小言のたびに頬をつねられるようになったのだが、その際クローシェザードが嗜虐的に笑む姿が物凄い迫力なのだ。肝が座っている方のシェイラでも夢でうなされるほどだった。

「これからはちゃんと報告するように気を付けますから、もう掘り返さないでくださいよ……」

「報告ではなく事前に相談しろと言っているのだ、馬鹿者。そもそも、大変になるのは研修が始まってからという自覚はないのか?」

 意味深な言葉の意味が全く理解できず、シェイラは首を傾げた。クローシェザードは匙を投げた様子で話を変える。

「まぁいい。反対したところで君が折れないのは今回の件でよく分かった。だが、フェリクス様への対応もある。きちんと希望を尊重するから、君こそ少しは私を信用しなさい」

 クローシェザードが苦い顔でため息をつく。

「信用、してるつもりですけど……」

 意外なことに、シェイラの薬店勤務を知っても、クローシェザードが強行に辞めさせることはなかった。

 もちろん辞めるよう説得はされたが、シェイラがなぜ自分で稼ぎたいのかを熱弁すると退いてくれた。てっきり反対されると思って黙っていたのだが、主君であるフェリクスにも報告しないでくれているのだ。

 代わりに、危険があった時クローシェザードに知らせる魔道具、という物を身に付けさせられている。

 主君の命令を第一に掲げていても、シェイラの気持ちも慮ってくれる。

 それを今回知れたので、むしろ信用度は増したと思うのだが。

「クローシェザード先生のこと、スゴく信用してますよ?誰よりも頼ってますし。何なら学院での保護者だと思ってます」

「……君の保護者など、胃が痛む日々になりそうだからお断りだ」

 いかに信用しているのかを語ったのに、誤解が解けてもクローシェザードの眉間のシワは取れなかった。なぜだろう。

 一つ息をつくと、クローシェザードは真剣な面持ちになった。師とも言える彼の変化に、自然とシェイラの背筋も伸びる。

「私の仕事は特別コースの指導だ。研修が始まれば、各職場に赴き生徒の様子をみることになる」

「はい」

「いずれ君の研修先に顔を出すこともあるだろう。だが、他の研修先も気に掛けねばならないから、常に側にはいられない。私の目が届かないからといって、くれぐれも無茶はしないように」

「はい」

 無茶をした覚えは一度もないという言葉が浮かんだが、軽口は返さなかった。別れの挨拶くらい真摯な気持ちでかわしたい。

 クローシェザードは本当にかすかな、親しくなければそれと分からないほどの笑みを浮かべた。孔雀石色の瞳が優しく和む。

「学ぶべきことが沢山あるはずだ。――――頑張ってきなさい」

「――――はい!」

 シェイラは腹の底から答え、お日様のように笑った。


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