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お仕事さがし

 剣舞には、剣に魔力をまとわせるくだりがあるらしい。

 剣を強化するためのもので、ただ魔法を放つより難しい技らしいが、魔力を持たないシェイラには全く関係ない。よって、その授業は免除となった。

 ポッカリとできてしまった空き時間。

 クローシェザードは勉学に励みなさいと言っていたけれど、真っ先に頭に浮かんだのは、仕事を探すことだった。

 クローシェザードの部屋の模様替えに力を入れているシェイラであるが、それをフェリクスから貰ったお小遣いで行うことに、常々申し訳なさを覚えていた。

 いい機会だから王都でお金を稼ぐ方法を探してみようと思ったのだ。

 シェイラの特技は狩猟と薬を作ること。それを生かせる仕事に就きたい。

 ――前にゼクスが、村で作った薬には価値があるって言ってたな。

 この製法は、精霊術のように秘伝ではなかったはず。薬店に卸しても問題ないだろう。

 ということで、シェイラは自室に籠って延々薬を煎じていた。

 以前山で採集した薬草が程よく乾燥していたので、いずれまとめて調薬せねばと思っていた。この空き時間は、本当に都合がよかったのだ。

 ゴリゴリと薬草をすり潰す音が静かに部屋を打つ。潰すことでつんと増す匂いの強さが癖になる。

 シェイラはふと手を休め、先日ヴィルフレヒトに話し掛けられた時のことを思い出す。作り物のように綺麗な存在感、それと対照的に、淋しげな様子を見せた王子。

 稽古場から随分離れているのに、特別コースの授業が聞こえてくる。剣戟や、生徒達の騒がしい声。

 ヴィルフレヒトの淋しさは、ほの暗い部屋で友人達の笑い声を聞いているようなものなのかもしれない。

 全てを煎じ終え、調合はせずに薬包に包んでいく。結構な量になったから、あとはこれを薬店に卸すだけだ。

 シェイラは気持ちを切り替えて立ち上がり、出掛ける準備を始めた。


  ◇ ◆ ◇


 王都も歩き慣れてきたが、薬店には行ったことがなかった。

 今まで中央通り沿いの店は一通り覗いてきたが、薬を扱う店には見覚えがない。通りを外れたところにあるのだろうか。

 通行人に聞きながら進んでいくと、どんどん人影がまばらになっていく。

 王都も裏通りは結構寂れていた。

 ヒビが入った石畳が多いし、剥がれてもそのまま放置されている箇所まである。建物と建物の間隔も狭く、日の光もあまり届かない。昼なのに薄暗い路地を、少し心細く思いながら歩いた。

 王都の外れ近くまで行くと、ようやく薬店が見えてきた。

 客の出入りがほとんどなさそうな扉は、蝶番が完全に錆びている。タイル張りの外壁も劣化が激しく、元が何色であったのか分からないほどだ。蔦が絡まる窓から中を窺い知ることはできない。

 しばらく店舗の周りをうろついていたが、シェイラは意を決して扉に手を掛けた。

 きぃぃ、と何とも不気味な音を響かせる扉を開くと、フワリと薬の匂いがした。簡素なカウンターの向こうには正方形のちいさな薬棚がズラリと並んでいる。内装は至ってまともな薬店のようだ。

 店内には、人影が一つあった。

 二十代ほどの、エプロンドレスを着た女性が振り返る。

 腰まで届く茶色の艶やかな髪、緋色の瞳。高い身長と折れそうに細い腰が印象的な美人だった。下がった眉と睫毛にけぶる瞳が儚げだ。

 若干緊張しながら店内に入り、頭を下げる。

「こんにちは」

 シェイラの挨拶に、美女は麗しく微笑んだ。

「――――こんにちは。可愛い子猫ちゃん」

 美女の声が思ったより低いことに、シェイラの表情が凍り付いた。何というか、低すぎる。

「…………あれ?男の人ですか?」

 ズバッと訊くと、推定女性は可愛らしく頬を膨らませた。

「やぁね。女に性別を聞くなんて、失礼でしょう?」

「す、すいません」

 年齢を訊くのは失礼にあたると聞いた覚えがあるが、性別を訊くのも失礼なことだったらしい。とりあえず謝っておいた。

 女性らしき人は優雅に立ち上がり、ゆっくりとシェイラに近付いた。くい、と顎を持ち上げられても嫌な気分にならないのは、相手の外見のためか、シェイラが無頓着すぎるのか。

 シェイラよりも圧倒的に女性らしい人は、にっこりと微笑んだ。

「あなただって似たようなものじゃない。とびきり可愛らしい女の子なのに、こんな格好をして」

「あ、いえ、僕は」

 あっさり看破され、シェイラは動揺した。一発で見抜かれたのは初めてだ。

 しどろもどろになるシェイラの唇に、手入れの行き届いた人差し指が当てられる。

「何か事情がありそうね。いいわ、何も聞かないであげる。いい女は無闇に詮索しないものなのよ」

 パチリと片目を閉じる彼女は、とても魅力的だった。

「ありがとうございます。実は僕、薬の材料を卸したいんです」

「あら、商談をしに来たのね。もちろん歓迎よ。こちらへどうぞ」

 シェイラをカウンターに誘導しながら、仮女性は振り返った。

「そうそう、私はエイミー。よろしくね」

「あ、僕はシェイラ⋅ダナウっていいます。ちなみにそれは本名ですか?」

「ヒ⋅ミ⋅ツ」

 やはり本名ではないのだろう。シェイラはいい女ではないが、詮索をしないことにした。

 薬包を差し出すと、エイミーは成分を調べるために、髪を縛って腕をまくった。職人の顔になると、彼女の容貌は男性に傾く。

 鼻を近付けて匂いを確かめると、エイミーはどこか難しい顔になった。

 一匙すくって水に溶かし、その溶解液を引き出しから取り出した紙片に垂らす。紙に変わった様子はない。

 真剣な眼差しで紙片を見つめていたエイミーは、ごく微量を舌先に載せた。吟味するように味わう間に、シェイラは次々と薬包を並べていく。

「これがインヨウカクで、こっちがモクツウ。あとこれはカタクリの花なんですけど、もし精製が手間じゃないなら買ってください」

 エイミーは薬包の全てを丁寧に確認し終えると、眉宇を寄せた。

「うーん、困ったわ。あなたが持ってきた中で、私が扱ったことのない薬草が幾つもあるみたい。おそらく、王都のどこでも取り扱っていないでしょうね」

「え……そうなんですか?」

 エイミーの言葉に、冷や汗が流れる心地だった。買い取ってもらえないなら企みが全てふいになってしまう。

 シェイラは商談が打ち切られることを恐れて、必死に売り込んだ。

「あの、でも、どれも本当によく効くんです。商家の息子だっていう友人のゼクス⋅ガーラントも、王都の薬より効能がいいと言っていたほどなんですよ」

 彼女はゼクスの名前に反応した。

「あら。ガーラント商会の息子さんのお墨付きがあるの。なら間違いないでしょうね」

「あ……といっても、騎士を目指してる四男ですけど」

「ガーラント家の子ども達は、誰でも商売について学んでいるのよ。彼らの慧眼に間違いはないわ」

「そうなんですか……」

 本人がちょっとした商家の息子だと言っていたのを鵜呑みにしていたが、もしかしたら彼の実家は王都でかなり名のある家なのかもしれない。

 シェイラが内心動揺していると、エイミーが頬に手を当ててため息をついた。

「でも、本当に困ったわ。ここにある材料だけではお薬なんて作れないでしょう?」

 確かに、持ち込んだ材料だけで薬を作るのは難しい。

 シェイラも目の前の問題に頭を悩ませた。

「そうですね、カンゾウなんかがあるといいんですけど……」

「あら。それならうちにあるわ」

 エイミーはふと、顔を上げた。橙と赤が混じった瞳が、何やらキラキラと輝いている。

「ねぇ、一つ提案があるのだけれど。――――あなた、ここで働いてみない?」

「え?」

 思いがけない言葉に、シェイラは目を瞬かせた。

「私、ガーラント一族に認められたあなたの製薬技術に興味が出てきたわ。材料を卸すだけではもったいないじゃない。お客さんの体質に合わせて、あなたが一つひとつ調合をしていくの」

 何だか確定事項のように、彼女の中では構想がまとまりつつあるようだ。

 しかし、ああしてこうしてと楽しそうに語るエイミーには悪いが、シェイラには現実的な問題があった。

「でも、働くのは難しいです。僕は補習授業とかも受けなきゃいけないし……」

 申し訳なさから頭を下げると、エイミーは気にしなくていいと手を振った。

「もちろん毎日なんてムリは言わないわ。週に二回、放課後から夕食前の少しの時間でいいの。たまに月の日にも来てくれたらとっても助かるけれど、そもそも王立学院は労働禁止だものね」

「――――――――えっ」

 それは予想外だった。思い付きで来たから誰にも確認をしていなかったが、つまり卸し業だって許可はされないはずだ。

 ――っていうか、通ってる学院までバレてるし。詮索はしないって言ったけど、ほとんどの事情をお見通しなんじゃ…………。

 怖い。何だかエイミーの手の平の上で転がされているような気がしてきた。

「でもね、一ついい方法を思い付いちゃった」

 彼女はしっかり膨らんだ胸の前で手を合わせ、可憐な乙女のような笑みを浮かべた。

 けれどぎらついた光がちらつく瞳の奥は決して笑っていない。シェイラは捕食対象にされた小動物のような心地がして、首の後ろがチクリと痛んだ。嫌な予感で悪寒がする。

「学院に通うシェイラ⋅ダナウ君だってバレなければいいのよ。つまり――――――――女の格好で働きましょう?」

「え、」

「男の子の格好にこだわりがあるのなら、無理にとは言わないわ。でも、可愛い女の子の格好でいれば、誰にも気付かれないんじゃないかしら」

 エイミーが呆然とするシェイラの手を取った。

 手入れの行き届いた女性らしい手だがとても大きく、彼女の性別が男であることを頭の片隅で実感した。

「あなたは学院にバレずにお金が稼げて、私はあなたの製薬技術でよりいい薬を売れる。その上可愛い女の子を着飾ることもできるなんて、あぁ、なんて素晴らしいの。お互いが幸せになれる案だと思わない?」

 エイミーが顔をぐっと近付けてくる。

 あくまで笑顔なのに、おそらく、逃げられない。

 シェイラは本能で悟った。



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