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研修先発表

「最近、ピタッとなくなったね」

 柔軟体操でいつものように組んでいたコディが、とても嬉しそうに口を開いた。

 今日も午後は特別コースの実習だった。

 内容は剣舞の練習だが、元々実戦から生まれた型なので学んでおいて損はない。本能と父の教えに従って武器を操っていたシェイラにとって、正しい型を一から習得できるというのはむしろありがたいことだった。

 授業内容がためになるというのもあるが、最近は実習が楽しくて仕方なかった。コディの言う通り、最近嫌がらせが全くなくなっていたからだ。

「そうなんだよね。理由が分からないからちょっと不気味だけど、授業が滞ることもなくなったし、スゴく気が楽になった」

「僕はひとえに、シェイラの努力の賜物だと思うよ。どんな嫌がらせにも屈しなかったから、向こうも気が削がれたんじゃないかな」

 柔軟を終え、再び整列する。

 その際、目が合った途端慌てて逸らした生徒が三名いた。

 彼らがシェイラをあからさまに嫌っていたのは気付いていた。どういう心境の変化かは分からないが、今までのように睨まれることがなくなったのなら進歩だろう。

 一人納得していると、クローシェザードと目が合った。

「これからシェイラ⋅ダナウに基本の型を教える。他の者達は適当に打ち合いをしていなさい。くれぐれも怪我のないように」

 シェイラは他の生徒より素地ができていない。入学してすぐの頃、基本の型ならかなり教わったつもりだったが、剣舞を習うにはまだ個人練習が必要らしい。

 急いで追い付かねばまた足を引っ張ってしまうため、真剣に取り組んだ。

「重心はもっと低く。半身で構えるんだ。左足の開きをもっと意識しろ。大きく外に開くのは、横からの攻撃に対応できるよう、とても大切なことだ。また、次に繰り出す攻撃の起点にもなる。今はやりづらいかもしれないが、基本の型はきちんと押さえておくように」

「はい!」

 クローシェザードの教えを、剣を握ったら体が自然に動くまで徹底的に叩き込む。体を動かしていると頭が空っぽになっていく感じが好きだ。

「相手の頭部に剣先を降り下ろすような感覚だ。剣を振ってから踏み込む。――――そうだ、筋がいい」

 剣舞を教えるための基本は、とりあえず押さえた。

 かなり早く覚えられたつもりだったが、クローシェザードの表情は浮かない。

「えっと、僕のせいで授業がなかなか進まないから、怒ってます?」

「授業がなかなか進まなかったのは君のせいではないだろう。その程度のことはどうでもいい」

「一蹴ですね」

 当事者であるシェイラは、結構思い悩んだりもしたのだが。

 少々不満に思っていると、クローシェザードが嘆息した。

「君の剣術は完全な我流だが、踏み込みの早さや剣を振るう動きは見事と言えるものだ。けれどここで型を教え込むことによって、君の持ち味である素早さに影響が出てしまうのではないかと……そう懸念していた」

 彼の瞳に浮かぶ憂いを見て、シェイラはこてんと首を傾げた。

「何だ、そんなこと。クローシェザード先生は心配性ですね」

 危機感の『き』の字もない教え子に、クローシェザードはため息を禁じ得なかった。

「新たな強さを求めるには、大胆さと高い能力が要求される。今まで積み上げた全てをなげうって、一から構築し直さねばならないのだ。並大抵の努力では叶わない。……私はそうやって使い物にならなくなっていった者を、何人も見てきた」

 馴染んだ戦い方を変えることがどれだけ困難かくらいは、分かっているつもりだ。それに伴う苦悩も、辛酸も。

 それでもシェイラはいつもの調子で答えた。 

「そりゃはじめの内は、動きが乱れることもあると思います。実際、今まで自分がどんなふうに戦ってきたのか分からなくなってますし。もしこの瞬間に魔物の襲来でもあったら、咄嗟に動けないでしょうね」

 シェイラの言葉に、クローシェザードは内心驚いていた。意外にも、しっかり己の現状を自覚しているようだ。

 けれど決して悲観することなく、シェイラ自信に満ちた笑みさえ浮かべてみせた。

「でも、難しく考えるよりも、まずは体を動かすしかないんです。僕は今回の件でそれを実感しました。そうしてればいつの間にか、案外問題なんて解決してるかもしれませんよ」

「……口で言うほど簡単なことではないぞ」

「分かってます。でも、そうやって強くなるしかないですから。それに二つのやり方を知ってるってことは、単純に二倍強くなれるってことじゃないですか」

 努力が必要なら、必要分以上の努力を。

 ままならないことに苦労や苛立ちを覚えても、それさえ強さに変えて。

 嫌がらせでも何でも、やっぱり一つずつ乗り越えていくしかないのだ。人や権力を動かす力がないシェイラにできるのは、努力することだけなのだから。

 クローシェザードはしばらく呆気に取られていたようだったが、やがて驚きを苦笑に変えた。ほんの少し目元が和らいだだけなので、端から見れば分かりづらいが。

「君が単純明快で何よりだ」

「相手が僕だから褒めてるって分かりますけど、それじゃただの皮肉にしか聞こえませんからね」

「こちらも決して手放しで褒めているつもりはないがな」

 クローシェザードが皮肉げに鼻を鳴らした。

 その後は打ち合いをしている生徒達に合流し、ようやく剣舞の稽古に入った。

 始まってしまえば、身体能力の高いシェイラが足手まといになることもなく、授業は終盤を迎えた。嫌がらせも最後まで仕掛られることはなかった。

 授業の最後にクローシェザードが、実地研修の配属先が決まったことを告げた。

 六年生から一人ひとり名前を呼ばれ、研修先が発表されていく。屈強で見るからに強そうな人達は、城塞警備などに選ばれている。寮長のアックスもその一人だった。

 五年生になり、真っ先にヴィルフレヒト王子殿下の配属先が告げられる。こちらも予想通りというか、やはり近衛騎士団だった。人数が限られている研修先なのだが、他にはリグレスなどが呼ばれていた。

 レイディルーンは以前聞いた通り、巡回兵団だった。

 四年生の番になり、どんどん行き先が振り分けられていく。

「コディ⋅アスワン。――――巡回兵団」

 彼は詰めていた息を吐き出しながら呟いた。

「まぁ、順当だね。国境警備じゃなくてよかったよ」

 それから何人かを間に挟み、最後にシェイラの番が回ってきた。

「シェイラ⋅ダナウ。――――巡回兵団」

 瞬間、コディとパッと目を見合わせた。

 どうやらシェイラは少なからず緊張していたらしい。

 だが行き先がコディと一緒なら、これほど心強いことはない。ようやく肩の力を抜いて笑った。

「コディ、一緒だね」

「シェイラと研修に行けるなんて嬉しいな。現役の兵団員に胸を借りるつもりで頑張ろうね」

「うん、何か前よりずっとずっと楽しみになってきたよ」

「あ、あんまりやる気を出しすぎて暴走しないでね……?」

 発表が終わり、生徒達が賑やかに寮へと戻っていく。話題に上っているのはやはり、それぞれの研修先についてだ。

 シェイラは前を歩くレイディルーンの背中を見つけた。

「レイディルーン先輩、本当に巡回兵団でしたね。僕達も一緒です。迷惑おかけするかもしれませんけど、よろしくお願いしますね」

 隣でコディが慌てているが、シェイラは気分が高揚しているのもあって気軽に駆け寄った。

 後ろから長身の彼を覗き込むも、特に嫌そうな顔はしていない。けれど紫の瞳が少し物憂げに見えて、シェイラは首を傾げた。

「もしかしてレイディルーン先輩は、巡回兵団より近衛騎士団を希望してました?」

 眉尻を下げて訊ねると、レイディルーンは緩く首を振った。

「いや。他の職場を知っておくことは、将来のためになりそうだと思っている。ただ、俺は庶民の生活について多くを知らないから…………それは憂慮すべき点だ」

 真摯な心情の吐露に、シェイラは目を瞬かせた。お見舞いに来てもらった時も思ったが、レイディルーンは意外と素直だ。

 以前彼が王都にいた理由をよく分かっていなかったが、あれは平民の暮らしぶりを事前に学ぼうとしていたらしい。

 シェイラは貴族との付き合いに、レイディルーンは平民の中に飛び込むことに不安がある。それなら補い合えばいいのだ。

「レイディルーン先輩。なら、お互いに助け合えばいいってことじゃないですか。先輩が困ってたら僕が助けます。だから先輩も、僕が迷惑かけた時はよろしくお願いしますね」

 背後でコディがハラハラしていることに気付かず、シェイラは満面の笑みを浮かべた。本人的には完璧な作戦のつもりだった。

 案の定、レイディルーンは呆れたように眉を動かす。けれどすぐに柔らかく微笑んだ。

「…………頼りにしている」

 シェイラの頭に、彼の大きな手が載せられた。優しく髪をかき混ぜてから、レイディルーンは去っていった。

 何だか兄に似ているな、と思いながら髪を整えていると、コディが恨めしげにため息をついた。

「シェイラ…………僕の心臓を本気で止めるつもりなのかな…………?」

「うわっ、ごめんねコディ」

 いつの間にかコディが背後にピタリと張り付いていて、シェイラは肩を跳ね上げた。この友人は時々、何だか不思議な迫力がある。

 二人がじゃれ合っていると、背後からクスクスと笑い声が響いた。

 振り向くと、目映くて直視できないほど美しい微笑を浮かべた、第二王子殿下⋅ヴィルフレヒトが佇んでいた。

 日の光を受けて豪奢に輝く金髪も、深い碧の瞳も、自然と頭を垂れたくなるような高貴さが滲んでいる。女性と見紛うほどの美貌は、唇の動き一つ取っても優美だ。

「――――失礼しました。とても親しげで微笑ましかったので、つい」

 まさか話し掛けられるとは思っていなかったため、シェイラは閉口してしまった。コディなど恐縮が過ぎて卒倒しそうだ。

 何も答えられずただ頭を下げる二人をしばし眺め、ヴィルフレヒトがすぐ隣を通り過ぎていく。一瞬淋しそうに伏せられた眼差しが、やけにシェイラの心に残った。

 彼とすれ違う瞬間、ふわりと香水が香った。

 清潔感がありながらどこか優雅な、森のような香り。シェイラの心を安らがせる香りだ。

「……………………あれ?」

 胸を撫で下ろすコディの横で、シェイラは細身の背中を振り返った。



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