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お見舞い

 月の日。自室のベッドにて、シェイラとコディはずっと押し問答をしていた。

「そりゃ僕だって今日はじっくり休む気ではいたけど、一日中休むとは言ってないもん」

「君が安静にしていられなかったから、熱が上がってしまったんだろ?外に出ればまた何をされるか分からないし、心配なんだ。ヨルンヴェルナ先生に抱えられてる君を見た時は、本気で寿命が縮む思いだったよ」

「でも、」

「とにかく今日はじっとしてて。絶対安静だからね」

 熱はそれほど高くないと主張しても、コディは頑として聞き入れてくれない。

 なかなか用具室から戻って来ないことに余程やきもきさせられたのだろうが、だからといってせっかくの月の日を一日中ベッドの上で過ごせというのは、じっとしていられないシェイラにとって拷問にも等しかった。

「…………いじわる」

 首までしっかり上掛けに潜り込みながら、額にタオルを当ててくれるコディを恨みがましく見つめた。友人は一瞬怯んだようだったが、厳命を翻す気はないようだった。

「多分、今日のシェイラは誰にも会わない方がいいと思う……」

「なんで」

 コディが額を押さえながら、「僕でさえクラクラする」と小声で呟く声を拾う。もしかしたら、風邪が移ってしまう可能性を考慮しての発言かもしれない。人に移すのはシェイラとて本意ではないので、大人しく引き下がることにした。

「……分かった。今日はちゃんとじっとしてる。いつもごめんね、コディ。僕、入学してからずっと君に頼りきりで…………情けない」

 休日を返上して、朝早くから看病してくれていること自体、感謝してもしきれないほどなのに。

 何だか急に悲しい気持ちになって、上掛けで目元まで隠す。弱気なシェイラに、コディが苦笑したようだった。

「シェイラがそんな殊勝なことを言うなんて。…………本当に具合が悪いんだね」

「……普段の僕をどう思ってるのか、よく分かる発言だね」

 コディは失言を誤魔化すように、濡れタオルで汗を拭ってくれる。

 あまりの気持ちよさに、シェイラはあっさり陥落した。目をつむり、今日会う予定だった兄の顔を思い出す。

 ――フェリクスに、会いに行けないって伝えられなかったな。もうルルが迎えに来てるかもしれない。

 考え始めると、どんどん不安になってきた。

「……ねぇコディ。もしかしたら迎えの馬車が来てるかもしれないんだ。悪いんだけど、一応馬車停めを確認しておいてくれないかな?もし来てたら、今日は帰れないって伝えてほしい」

 コディは頷いたものの、心配そうに表情を曇らせた。

「分かった。でも、君を一人にするのも――――」

「よぉシェイラ。見舞いに来たぞー」

 突然前触れもなく、玄関扉が開かれた。

 遠慮なくズカズカ踏み込んできたのは、砂色の短髪を掻き上げるゼクスだった。

「あぁ、ゼクス。丁度よかった」

 コディは肩越しに振り返り、ホッと胸を撫で下ろした。

「僕、少し用事が出来たから、その間シェイラの側にいてあげてほしいんだ。具合が心配っていうのもあるけど、風邪の時って心細くなるからね」

 やんわりと頭を撫でられ、シェイラは胸が詰まった。

「コディが優しすぎて、もう泣きそうなんだけど……」

「大丈夫だよ。なるべくすぐに戻ってくるからね」

「うん。嬉しい」

 コディのような優しい人と出会えてよかった。

 心の底から感謝を込めて見つめると、彼の表情が微妙に引きつった。隣でシェイラを覗き込んでいたゼクスまで顔を強張らせている。

 二人は視線を交わすと、ベッドに背を向けてがっしりと肩を組んだ。

「――――ゼクス、くれぐれも気を付けて」

「あぁ。了解した」

 なぜかやたらと連帯感が高まっているようだが、そこまで移りやすい風邪なのだろうかと不安になる。

「移ったら悪いし、ゼクスも無理しないでいいよ?」

「何の話だ?それよりじっとしてろよ、部屋から毛布持ってくる。もう少し温かくした方がいいだろ」

 コディと一緒に、ゼクスも部屋を出て行った。

 無理するなと言った側から心細く感じて、シェイラはじっと扉を見つめ続けた。先ほどのコディの言葉ではないが、一人きりになるのはひどく寂しい。

 実家で暮らしている頃は滅多に風邪を引かないシェイラだったが、その分こじらせて長引く傾向があった。そのため、弱っている時は家族の誰かがいつも付きっきりで看病してくれた。一人きりがこんなに怖くなるなんて、知らなかったのだ。

 扉からすぐにゼクスが顔を出してくれた時は、それだけで嬉しくなってしまった。

「どうだ、調子は?明日は授業に出れそうか?」

 毛布を丁寧に掛けながら彼が顔を覗き込む。

「出たいけど、人に移したくないから、完全に治るまでは我慢するよ」

「嫌がらせをする連中の目もあるから、休まないのが一番だけどな。あいつらが気に入らないのは、お前が特別コースにいることなんだから」

「一応、村にいる頃作っておいた薬は飲んだけどね」

 村に伝わる製法で作った薬は、効能の違いはあれどどれもよく効く。ゼクスも傷薬などで試しているため納得の表情で頷いた。

「お前の故郷の薬はどれもよく効くよな。正直、王都のものより効能は上かもしれねぇ。うちの実家から販売したいくらいだ」

 ゼクスがにやりと笑い、にわかに商人の一面を見せる。

 シェイラは、年に何度か村を訪れていた商人の、にこやかでいながら計算高い瞳の色を思い出した。商家で生まれ育ったゼクスは、騎士を目指そうと根本的が商人なのだろう。抜け目のなさが染み付いているようだった。

 ――ベッドに寝てる人間に商談を持ちかけるなんて、商人ってスゴい人種だな……。

 呆れながら、シェイラは少し掠れた声で答えた。

「そんなに量産できないと思う。村人の絶対数が少ないから」

「じゃあ、製法を売ってくれよ。売り上げの何割かをデナン村に渡すって契約にすれば、お前の村も潤うだろ?」

「うちの村は、ほとんど外界と接点がないんだよ。自給自足で何とかなってるから、お金もほとんど必要ないんだ」

 村を訪れた商人が、取り引きを諦めていった理由がこれだ。

 シェイラが淡々と否定材料を挙げていくと、ゼクスは難しい顔で腕を組んだ。

「なるほど、貨幣価値が低いのか。つまりそれ以外の利益を提示できなければ取引にならない、と…………」

 ぶつぶつ呟いているところを見るに、まだ諦めていないらしい。この情熱があれば、商談をまとめられるのは時間の問題な気がする。

 シェイラが遠い目になっている横で、ゼクスが丸椅子から立ち上がった。

「さてと。話は済んだし様子も分かったことだし、俺は部屋に戻るかな」

 さっさと出て行こうとするゼクスにシェイラは愕然とした。

「――――え。もう行っちゃうの?」

「昨日出された古代語の課題が終わってねぇんだよ」

「にしても、冷たすぎ。結局商売の話しただけじゃん」

「毛布持ってきてやっただろー?一応心配して来てやったのに、人聞き悪ぃな」

 ゼクスは決してシェイラを甘やかさない。

 それをコディの優しさと好対称だと評価していたものの、今だけは素っ気なく感じた。風邪のせいだろうか。

 洗いざらしの白いシャツが離れていくのが酷く悲しくて、気付けば裾をギュッと握って引き止めていた。

「行っちゃヤダ。もうちょっとだけで側にいてよ…………」

「いやぁ、俺にはアリンちゃんに会いに行くという崇高な使命があってだな――――」

 振り向いたゼクスの視界に映ったのは、不安げに眉を下げるシェイラ。

 赤く色付いた頬に、潤んだ黄燈色の瞳。華奢な肩を震わせる、その可憐さといったら――――。

 ざっと青ざめたゼクスは、危険物の鎮座するベッドからすかさず距離を取った。

「ゼクス?」

「………………お、」

「お?」

 小首を傾げて聞き返すシェイラを、彼は決して視界に収めることはなかった。


「俺をそっちの世界に引きずり込むなー!!!」


 バターンと大きな音を立て、扉から飛び出していくゼクス。

 シェイラはただ、引き止めたにも関わらずいなくなってしまった友人を、「やっぱり冷たい」と恨めしく思うのだった。



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