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平民いじめ

 柔軟を終えると、陣形の作り方の講義が始まった。

「まずは最も基本的な陣形、鷹の陣を教える。敵に対して翼を広げたように布陣する方法だ。敵軍が進軍してきた場合、左右の翼を動かして包囲することができる。それゆえ、両端は機動力の高い者を、中心には攻撃に持ちこたえる防御力の高い者を据えるのが一般的だ」

 宙に浮かんだ大きな板の上に、赤い駒が並べられる。魔道具の一種なのだろうか、クローシェザードの説明と同時に駒が勝手に動いて、下向きの矢印のような形を描いていた。

 説明を終えると、彼の指示に従って防御の魔法に長けた者が中央に選出されていく。シェイラは機動力を認められ、左翼の一員になった。両隣は知らない上級生で、こちらを冷たく見下ろしていた。

「有事の際は、このメンバーで事に当たる可能性もある。授業だからと気を緩めずしっかりと配置を頭に叩き込め。布陣が正常に機能するためには、一人ひとりの意識が重要になってくる。己の役割、周りとの連携を常に忘れぬようにしなさい」

 ――周りとの連携か……何か気が遠くなりそうな話だな。

 まず友好を深めるところから始めなければ、連携など夢のまた夢だ。そう感じるのはシェイラだけだろうか。

「次に、剣の陣を教える。中央が前方に突き出た形の陣。戦端が狭くなっており、特攻で相手を一気に突き崩すような超攻撃型の布陣だ。兵が密集していることから、消耗戦に強いという長所もある。一方で側面や後方からの攻撃に弱い」

 先ほどと同じ板が現れ、駒が動き始める。駒は剣のように、細長い陣形へと変化していった。

「この布陣の場合、突破力の高い者を先頭に据える。これは魔力の強いレイディルーン⋅セントリクスがいいだろう。そして彼を補助する者をすぐ後ろに配置する。魔力的な補助ができる者と、魔術が無効化した場合に備えて剣術に特化した者。リグレス⋅オルブラントとシェイラ⋅ダナウがいいだろう」

 クローシェザードの言葉に、生徒達がざわりとさざめいた。

 鷹の陣はともかく、剣の陣は少数の精鋭しか選ばれなかった。そこに平民のシェイラが選ばれたことに、他の生徒達は驚愕を隠せないようだった。ただ驚くだけで終わらず、怒りや嫉妬に駆られ激しい視線をぶつける者もいる。

「名前を呼ばれた者は前へ出るように」

「――――はいっ」

 レイディルーンとリグレスと目が合った。表情に変化はないものの、それぞれの瞳には案じるような色が見受けられる。シェイラはこっそりと頷き返した。

 それから、全員の立ち位置の確認をしていくクローシェザードをちらりと見上げた。彼はいつもと変わらない。あくまで公平な教師といった態度だ。一体何を考えてシェイラを抜擢したのだろうか。

 陣形が組み終わり、全体の動きを確認した。

 レイディルーンを先頭にすると、全員が一糸乱れぬ完璧な動きを見せる。補助のリグレスが前に出る時も、同じように問題はなかった。けれどシェイラが前に立つと、どうしようもなく隊列が乱れてしまう。ほとんどの生徒は感情と実習は別と割り切って真面目に取り組んでいるが、ごく一部の生徒があからさまに連携を守らない。それは下級貴族に多いように思った。食事会の時のゼクスの忠告が頭をよぎる。

 充実した授業になればいいと思っていたけれど、これはしばらく先が思いやられそうだ。

 朝に抱いていたやる気や期待が脆くも崩れ去っていく気がして、シェイラはため息を圧し殺した。


  ◇ ◆ ◇


 レイディルーンやリグレスに実力を認めてもらっているためか、表立って酷いことをされたりはしなかった。

 けれど日常のあらゆるところに、嫌がらせは散りばめられている。

 朝目覚めると部屋の前に蛇の死骸が置いてあったり。ロッカーの中が水浸しになっていて、稽古着がずぶ濡れで着られなかったり。

 教科書が忽然と紛失していたこともあった。フェリクスにお願いして新品の物を買い直してもらったが、平民のシェイラには心苦しいことだった。

 それからは私物の管理に気を遣っているので、物に対する嫌がらせはなくなったが、今度はシェイラ自身が攻撃対象になった。

 廊下をすれ違い様、肩がぶつかったり。足を引っ掛けられたり。しかしこの程度はシェイラが難なくかわしてしまうので、仕掛ける側を余計煽ってしまったらしい。

 放課後、久しぶりに図書館へ向かおうと一人で中庭を突っ切っていると、何もない空からザブンと水が落ちてきたのだ。

 これもやはり咄嗟に避けたため、肩が僅かに濡れる程度で済んだ。しかし相手も火がついたのか、立て続けに水を仕掛けてくる。おそらく水魔法だろうが、流石に避けきれる範囲ではなかった。その内の一つに着弾し、見事全身濡れ鼠になってしまった。

 最近は成績が落ち着いていたので、ヨルンヴェルナとの補習が連日ではなくなっていた。それがこんなトラブルに発展してしまうなんて、考えもしなかった。

 ――参ったなぁ。ブレザーが被害に遭わなかったことは本当によかったけど、稽古着だって替えは一着しかないのに……。

 とりあえず、常時胸当てを装備していて正解だった。おかげで稽古着が透けてもさらしを巻いていることに気付かれずに済む。シェイラは雫が滴り落ちる前髪を払い、服の裾をぎゅっと絞った。

 嫌がらせが成功したからか、物陰から満足げな表情の生徒が進み出た。授業で足を引っ張った一人だ。

「いい様だな。みすぼらしい格好だ」

 ふんぞり返ってせせら笑うのは、金髪の貴族的な少年。

 意地悪げに吊り上がった瞳が蔑みを込めてシェイラを見下ろしていた。

「貴様は特別コースに、いや、この学院に相応しくない。これ以上辛い目に遭いたくなければ、さっさとシュタイツ学院から出ていくことだな」

「…………………」

 これ以上、ということは、シェイラが受けてきた行為を把握しているということ。今までの嫌がらせの内、全てとは言い切れないが、幾つかには関わっていると自白したようなものだった。

 元々の大雑把な性格のおかげで大して気にせず過ごせているが、目の前に犯人がいるというのは何とも複雑な気持ちになる。

「あー……、えっと、すいません。お名前を窺ってもいいですか?」

 同学年でないことは確かだが、見覚えがないため何年生かも分からない。相手の燗に触らないよう、シェイラは怖々と口を開いた。

 しかし気遣いも虚しく、少年の神経質そうな柳眉が跳ね上がった。

「私を知らないとは、やはり庶民出身は学がないな。私はディリアム⋅イシュメール!イシュメール伯爵家の嫡男、つまり後継者だ!」

 腰に手を当てて高らかに名乗るディリアムの声が、ひと気のない中庭に寒々しくこだまする。そこそこ整った顔には、『さぁ存分に崇め奉れ』とハッキリ書いてあるようにさえ見えた。何ともツッコミたい衝動に駆られるが、ここは流すのが正解なのだろう。

 シェイラは何事もなかったかのようにコクリと頷いた。

「では、ディリアム先輩。こういうイタズラは、着替えを取りに行くのが面倒だから、やらないでもらえると嬉しいのですが」

 ディリアムはとても嬉しそうに、意地悪そうに笑った。

「なぜ私が庶民の願いを聞き入れると思う?」

「そうですよね…………」

 思った通りの答えが返ってきただけなので、落胆したりはしなかった。頼んで聞き入れてくれるようなら、まず嫌がらせをしないだろう。

 彼らはシェイラの存在自体を認めていない。嫌がらせをなくしたいなら、どうにかして認めてもらう他ないのだ。

「――――分かりました。時期的に服もすぐ乾くだろうし、やめてほしいという言葉は取り下げます。ディリアム先輩も忘れてください。失礼します」

 実力を示さねばならないならば、話し合いは無意味だ。

 折り目正しく礼を取ってその場を辞そうとしたシェイラだったが、なぜかディリアムに引き留められた。

「いや、ちょっと待て、貴様」

 振り向くと、彼は心底驚いたような顔をしていた。

「何ですか?」

「貴様、もう少しこう、怯えるとか、傷付いて泣くとか、それらしい反応はできないのか!」

「…………できないのか、と言われても、」

 なぜこんな会話を、被害者と加害者の間で繰り広げているのか。どちらかといえばその方が疑問だった。

 そんな理不尽なことで怒られても。

 シェイラは気が遠くなりそうな心地でディリアムを見つめた。


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