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特別コース始動

 朝になると、シェイラは自然と目が覚めた。

 白い雲の浮かぶ青空には鳥の鳴き声が響いている。窓辺に燦々と差し込む、柔らかな白い光に目を細めた。起き抜けなのに頭がスッキリしていて、とてもいい目覚めだ。

 今日からいよいよ特別コースの授業が始まる。

 適度な緊張とやる気に満ちていて、シェイラはすぐに着替えだした。

 少し早いが、食堂に下りていく。いつもより早い時間だというのに食堂は混雑していた。多くの生徒がシェイラと同じように起床の合図前に起きてしまったのかもしれない。

 その中に、コディとゼクスを見つけた。

「おはようコディ、ゼクス」

「おはよう、シェイラ」

「おー、お前も早く起きたのか。お前みたいなヤツでも人並みに緊張とかするんだな」

 普段は朝に弱いゼクスが、欠伸一つしていない。彼のような人が緊張している方がシェイラには余程意外だった。

「ゼクスこそ。僕みたいな一般的な感覚とは無縁だと思ってたよ」

「お前が一般ならこの世は終わりだ。国が崩壊する未来しか見えねぇ」

「何それ、失礼だなぁ」

 失礼だが言われたことはもっともだと思う。国の中枢を任されたところで、シェイラにはどうせ何もできない。

 今日の朝食には、ジャガイモのポタージュが付いていた。皮がパリッとしたジューシーなウインナーも好物だ。何となく幸先がいい気がする。

「今日からどんな授業が始まるんだろうね」

 フワフワの白パンをかじりながら呟く。上品にスープを飲んでいたコディが顔を上げた。

「今までは個人の技を練習してきたけど、これからは実践形式で試合をしたりするんだよ。クラスの全員で陣を組んで、戦闘時の役割分担を考えたりとかね。特別コースだったら他にも、魔術と剣術の融合技も習うよ。実際の現場に行って仕事を学ぶ機会もあるし」

 融合技というものは学びようがないので残念だけれど、研修の話はセイリュウからも聞いて楽しそうだと思っていた。

「そっか、特別コースに入れたから、僕も研修に行けるんだ」

 まだ先の話になるだろうが、楽しみで仕方がない。

 特別コースに進むことによって同じ特待生のゼクスやバートとは離れてしまったが、コディが一緒だから何とかやっていけるはずだ。

 ――そういえば、未だに第二王子殿下に会ったことないんだよね。特別コースの授業には参加するだろうから、今日は顔を見れるかもしれないんだ。平民と一緒に授業を受けるなんて、殿下も嫌がるかもしれないけど。

 シェイラを疎ましく思っている者達がいることは承知しているが、起こっていない衝突を気にしているのも馬鹿らしい。騎士という目標にまた一歩近付けたこの状況を楽しまないなんて損だ。

 牛乳をグビリと一気飲みするシェイラの隣で、ゼクスがため息をついた。

「羨ましいなぁ。俺も研修に行ってみたかった。近衛騎士団への配属もあり得るんだろ?」

 騎士を養成する学院に通うからには、やっぱり目標は兵士ではなく騎士になることだ。それも花形の近衛騎士団ならば、憧れて当然というもの。

「確か四年生は、あんまり危険な現場に回されないって言ってたよ。それにレイディルーン先輩から、上級貴族は近衛以外に回されることが多いとも聞いたな」

「僕も、要人警護の現場では、ほとんど研修生を受け入れないって聞いたことある」

 コディの話と総合してみると、近衛騎士団での研修は貴族であれ平民であれ、ほぼないに等しいと分かる。

 ゼクスもその結論に行き着いたのか、つまらなそうに頬杖をついた。

「何だよ。研修に参加すれば城に上がれると思ってたぜ」

「お城かぁ。確かに平民の僕らからすれば未知の領域だよね」

 フェリクスが暮らす屋敷でさえ、シェイラには勿体ないほどなのだ。王族が暮らす城とは一体どれほど絢爛豪華なのか、想像もつかない。

 ゼクスが気を取り直したようにこぶしを握った。

「とにかく一般コースでも真剣に取り組んで、トップの成績を目指さなくちゃだな。特別コースに上がるにはそこからだ」

「うん、ゼクスならきっとできるよ」

 シェイラに触発されて発奮している友人に、コディが微笑んで頷いた。ゼクスも特別コースに入れたなら、彼にとっても喜ばしいことなのだろう。

 改めて目標を見据える三人の背後から、何やら不穏な気配が漂った。

「――――お前達、話は聞かせてもらった」

 ぬっと大きな図体を現したのは、朝から元気な寮長のアックスだった。

「りょ、寮長…………」

「普段は飄々としているお前に、そんな熱い一面があったなんて!俺は猛烈に感動しているぞ、ゼクス!この感動を筋肉で表現しようではないか!」

 アックスは迷惑そうに顔をしかめるゼクスを捕まえて、ガッシリと肩を組んだ。

「やめてくださいよ、朝っぱらから!くどい!胸焼けがする!」

「胸が焼けるように熱い、だと!?いいぞゼクス、その身を焦がさんばかりの情熱、天晴れだ!」

「今日だけはあんたに絡まれたくなかった!授業前なのに消耗させるんじゃねー!」

 ゼクスはジタバタと暴れたが、筋肉の檻の前には無力だった。少しずつ力尽き、ぐったりと屍のように動かなくなっていく。

 もぐもぐと口を動かしながら、シェイラはコディを振り向いた。

「ゼクスって貴族相手には礼儀をわきまえてるけど、コディと寮長にだけは素で接してるよね。信頼してるからこそなんだろうね」

 青ざめながらゼクスを見守っていたコディは、光を失った瞳で乾いた笑いを漏らす。

「寮長相手だと、真面目にしてるのが馬鹿馬鹿しくなるとは言ってたかな…………。というか僕は、この混沌とした状況で平和な感想しか出てこない君がすごいと思うよ…………」

 広い食堂に、アックスの高らかな笑い声が轟く。のどかで騒々しい朝の光景に、コディは遠い目をした。

「ゼクスが言ってた通り、この世の終わりが見えるよ、うん」


  ◇ ◆ ◇


 稽古場に集まったのは、特別コースに進んだ四年生から六年生までの生徒、総勢60人。

 一般コースとは午前と午後で稽古場を使い分けることになっているらしい。

 右から学年順に並んでいて、先頭には高位貴族。序列でいうと平民のシェイラはもちろん最後尾だった。コディの背中は少し前に見えるけれど、レイディルーンの姿は視認できない。王族であるヴィルフレヒトも同様だった。

 皆の視線の先に、クローシェザードが現れた。

「クローシェザード⋅ノルシュタインだ。知っていると思うが、特別コースは私が指導することになっている。今年は平民が選ばれており、皆も戸惑うことがあるかもしれない。だが私は、強さに貴賤は関係ないと考えている。平民だからと特別扱いもしなければ、極めて貶めようとも思わない。それぞれが己の強さと真摯に向き合うことを願う」

 全員を見回し、クローシェザードが軽く挨拶をする。授業以外のことで時間を割くつもりはないらしい。

「まずは二人一組になって、準備運動を始める。騎士とは体が資本だ。万が一にもただの訓練で怪我などしないよう、入念に体をほぐしておくように」

 クローシェザードが手を打つと、それぞれが動き出した。コディが人のいい笑みを浮かべて近付いてくる。

「シェイラ、僕と組もう」

「ありがとうコディ。でも、僕と組んだら君に迷惑が…………」

「いいんだよ。初めに言ったでしょう?僕は貴族にも平民にも馴染めないんだって。君のおかげで、今年はそこそこ上手くやれているくらいだよ。だから、僕も君の役に立ちたいんだ」

 これまでに勝ち取ってきた信頼があるからか、同学年の生徒からの反発は少ない。けれど準備運動の時間になった途端、物珍しげな視線や攻撃的な視線、好奇の視線など、不躾なほどまじまじと観察され始めた。一緒にいることでコディにまでこの視線が刺さってしまうことを思うと、ただただ申し訳ない。

「シェイラは、平気?」

「うん。狼の群れに囲まれた時の方が、よっぽど怖かったから」

「ハハッ、シェイラらしいや。やっぱり君はすごい」

 背中を合わせて後ろ手に腕を組み、お互いの体を持ち上げ合う。まずはシェイラが屈んだ彼の上で背中を伸ばした。

「……スゴいのは、コディの方だよ」

 ハイデリオンなど、同期の貴族ならばそこそこ親しくなれてはいる。けれど矢面に立ってまでシェイラを庇ってくれるのは、やはりコディだけだと思うのだ。

 彼はシェイラをすごいと言うが、自分のすごさを分かっているのだろうか。ゼクスもシェイラも、彼が困ったように笑いながらも見守っていてくれるから、怖れずに先を目指すことができるのだ。

 コディの背中に乗り上げながら空を見上げ、シェイラは微笑んだ。

「僕、コディと友達になれてよかった。コディ大好き」

「…………………ありがとう。だけど大勢がいる場でそういう発言は控えた方がいいと思うな。何人か殺気を飛ばしてきそうな人に心当たりあるから」

「へ?」

 彼の声が硬いようなのは、気のせいだろうか。

 話しながらも柔軟体操は進んでいく。コディが前屈をする番になり、シェイラは彼の背中を軽く押しながら補助をした。体が柔らかいため、つま先にも余裕で届いている。

 シェイラはふと、ある生徒に目が吸い寄せられた。

 そこには、日の光を浴びてまるで金細工のように輝く髪の少年がいた。不意に振り向いた彼と目が合う。

 まだ成長期に入ったばかりの中性的な容貌は、ドレスを着ていても全く違和感がなさそうだった。

 陶器のように曇りのない肌。小造りの顔には形のよい鼻と薄い唇が完璧な配置で並んでいる。けれど一際印象的なのは、やはりその瞳だ。宝石のように鮮やかな碧眼がどこまでも澄んでいて、何もかも見通されているような心許ない気持ちになる。

 柔軟体操の相手が公爵子息のレイディルーンだったから、という訳ではない。

 一目で第二王子殿下、ヴィルフレヒトだと分かった。

 簡素で無骨な胸当てや籠手、くたびれた稽古着。同じ物を身に付けているはずなのに、彼の醸し出す空気が、存在そのものが、最上位以外あり得ないほど圧倒的だった。

 全てにおいて完璧で欠点のない人だと噂されている、貴族を束ねる存在。そんな人が、特別コースを受けるシェイラをどう思うか。

 目が合ったのは一瞬のことだったが、体にピリッと緊張が走った。もしかしたら睨まれるかもしれない。そう思ったのに。

 ヴィルフレヒトは、花が綻ぶような可憐な風情で、確かに微笑んだのだ。

 面食らったシェイラは、コディに声をかけられるまで目を見開いたまま硬直していた。



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