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孤独じゃない

「あとはみんな、座ってていいよ。火加減とか細かいことは僕がやる」

 シェイラは猪肉の巨大な塊に下味を付け、太い串に刺した。

 あらかじめおこしてあった火で炙っていく。炎の左右に串を支える柱を立ててあるので、そこに引っ掛ければあとは焦げないように炙る面を変えていけばいい。

 ジュウッと香ばしい音を立てて肉が焼けていく。ニンニクの食欲をそそる匂いに誰かが喉を鳴らした。

 シェイラは火加減を調節しながら、大きな鍋を時々かき混ぜるのも忘れない。そろそろお腹も空いてきたようだし、前菜に山鳥の調理でも始めようか。

「沢山あるけど、全部は食べなくていいからね。夕食が入らなくなったら、食堂のオバサン達も悲しむだろうから」

 フライパンを熱して油を引きながら言うと、バートが親しみやすい笑みを浮かべた。

「俺らがこの程度の量で、夕飯を食べられなくなると思うか?」

「まぁ…………ないだろうね」

 食べ盛り男子の食欲は無尽蔵だ。それぞれ全員が食事と食事の合間に何度か間食していることも知っていた。ゼクスやバートは王都で買い込んだ肉包みや揚げ物をガッツリと、貴族組は上品にお茶菓子などを。

 そうこうしている内に、コディがやって来た。時間通りにセイリュウとレイディルーン、寮長のアックスとリグレスも一緒だ。

 シェイラはちょうど串刺しにした大きな肉塊を、ゴウンゴウンと回転させているところだった。炎の熱さでにじんだ額の汗を拭いながら、晴れやかに笑って出迎える。

「あ、これで全員集合だね。もうみんな始めてるよー」

「おう、シェイラ!早速ウマイもん頼むわ!」

 筋肉と笑顔を輝かせるアックスの隣に佇むコディは、なぜかひきつっていた。後ろの三人に至っては、まるで何かを拒絶するようにぽっかりと表情が欠落している。

 アックスは早速どかりと地面に胡座をかいて、鳥の串焼きにかぶり付き始める。既に始めていた生徒達に直ぐ様馴染んだ。

 コディは少し居心地が悪そうに、そっとシェイラに近付く。

「えぇと…………シェイラ、遅くなってごめん」

「大丈夫だよコディ。流石、時間ピッタリだね」

「そう、よかった。ところでシェイラ。何と言うか…………見るからに漢の料理だね」

 ゴウンゴウンと未だに串を回し続けているシェイラの姿は、この場にいる誰よりも雄々しかった。

「いや、僕は何となく予想が着いていたよ?今朝の狩りの様子を知っているからね?でも手料理って言われたら期待する人もいるだろうし…………ホラ、何だか物凄いガッカリ感が背後から伝わってくるというか…………」

「背後?」

 コディの後ろにいる三人には、相変わらず表情がない。というより、目に光がない。

 首を傾げるシェイラの隣で、気遣い屋の友人は乾いた笑いを漏らした。

「何で僕がこんなに居たたまれない気持ちになるんだろうね……」

「あっ、そろそろ猪肉が焼き上がりそうだよ。よかった、みんなに出来立てを食べてもらえて」

 火から肉を下ろして、シェイラがにっこり笑う。

 額に輝く汗は努力の証。どんな料理でも、想像通りでなくても、自分達のために一生懸命料理をしてくれたことに変わりはないのだ。

 まず立ち直ったのはリグレスだった。

「猪肉なんて、僕食べたことないんだけど」

「そうなんですか?おいしくてビックリしますよ」

 不満を言いながらも地面に腰を下ろす姿に、シェイラは嬉しくなって急いで肉を取り分け始めた。

 次々に料理が盛り付けられていく皿を、セイリュウも座って受け取った。

「うま!」

「なんだこれ、豚肉よりウメーかも!」

 アックスを始め、ゼクス達も騒ぎ始める。それを見て、リグレスは恐るおそるフォークを口に運んだ。

「…………おいしい」

 ポツリと素っ気ない呟きだったけれど、水色の瞳がきらきらと輝き、頬が上気している。すぐ二口目を口にしている様子から考えても、どうやらお気に召したらしい。

 シェイラは、まだ腕を組んで立ち続けているレイディルーンに視線を移した。

「レイディルーン先輩、まずは座りませんか?」

 むっつりと黙り込んでいたレイディルーンが、ようやく口を開いた。

「…………他に人がいるとは聞いていなかった」

「………………」

 いつもの不機嫌そうな顔が、何だか拗ねているように見えた。平民もいるこの場で食事をしたくない、ということだろうか。

「えっと、ここでは食べられないってことですか?じゃあ、お皿に盛って渡したら、持ち帰ってくれますか?」

 シェイラが解決策を提案すると、彼の眉間のシワはますます深くなった。なぜだろう。

「…………もういい」

 レイディルーンが、シェイラの手の中にあった皿とフォークを奪い取っていく。さっさと座って食べ始めるが、もちろん味についての感想はなかったが、食べてくれるだけで十分だ。

 セイリュウが二皿目をおかわりしている。コディはいつの間にかゼクスの近くに行って食べ始めていた。アックスは既に食事会の中心人物になっており、なぜか上半身裸になって大暴れしていた。『筋肉同盟』という不穏な単語が耳に届いたが、シェイラはあっさり聞かなかったことにした。

 賑やかな空気が胸をじんと熱くする。

 目の前に広がるこの光景は、どうだ。今だけは貴族も平民もない。ただ一緒においしいものを食べる仲間だ。

 村にいた時のような気の置けない時間。シェイラは口元を緩めた。こんなひと時があるのなら、都会での生活も苦しくない。

 あらかたの調理が終わったので、シェイラも腰を落ち着けて鳥のバジル炒めを食べた。程よい塩気とニンニクの風味が口一杯に広がり、バジルの香りが鼻を抜けていく。おいしくできてよかった。山で薬草を栽培している何者かにも感謝しなくては。

 モリモリ食べ進めていると、隣にゼクスが座った。

「シェイラ、特別コース改めておめでとう」

「ありがとう、ゼクス」

 それきり黙り込んでしまった友人を、首を傾げつつも見守った。何だか普段より真面目な顔をしている。

「――――お前は、本当にスゲェよ。中途入学だから勉強も大変なのに、何だかんだ言って順調に成績を伸ばしてる。実力テストでも貴族に勝って、特別コースに入れた。……俺は、平民が特別コースに行けるなんて考えたこともなかったんだ。だから初めから、諦めてたのかもしれない」

 ゼクスが膝の上のこぶしを握った。きつく力を入れすぎて、手の甲には血管が浮いている。

 不意に、彼の瞳がシェイラを捉えた。榛色の瞳は、見たことがないほど真摯な光を宿していた。

「低級貴族のヤツら、お前に追い抜かれて相当悔しがってるから、きっと何か仕掛けてくるぞ。――――お前、俺とバートが追い付くまで、折れずに待ってろよ」

 忠告と、応援。必ず特別コースに入るという宣言。ゼクスの短い言葉には、全てが込められていた。

 シェイラはゆっくりと笑みを湛えて頷いた。

「じゃあ僕は、ゼクス達が追い付けないくらいもっと頑張るよ」

「ふん。これ以上差を付けさせるつもりねぇよ」

 ゼクスは好戦的な鋭い笑みを返してから、コディの元に戻っていった。それを見送っていたら、いつの間にかまた隣に気配が出現した。

「男の友情、これぞ青春って感じだねぇ」

「うわぁっ」

 座っていたのはヨルンヴェルナだった。その手にはちゃっかり串焼きが握られている。

 他の生徒達もヨルンヴェルナに気付いた途端、ざぁっと波が割れるように引いていく。取り残されたシェイラは、防波堤扱いが板についてしまっていることに頬を引きつらせた。

「いやぁ、おいしそうな匂いにつられてね。何だっけ、『お世話になった人達に感謝を込めて』?あれ、君の補習を一手に引き受けている僕は、その範囲ではなかったのかなぁ?」

「…………」

 せっかく会わなくてもいい休日にまで顔を突き合わせたくなかった、とは決して言えない。

 シェイラは無理矢理笑みを作った。

「わ、忘れてただけですよ。もちろんヨルンヴェルナ先生にも声をかけるつもりでした」

 気まずく感じている間にもヨルンヴェルナはパクパクと料理を食べ続けている。意外なほど食欲旺盛で、思わずまじまじと眺めてしまった。

 視線に気付いた彼は、気にしたふうもなく笑った。

「そういえば僕、昨日から何も食べていなかったんだよね。今気付いたよ」

 シェイラは目を見開き、急いで立ち上がった。猪鍋に串焼き、バジル炒めも猪の塊肉も全てかき集める。

「シェイラ君……?」

「そういう放っておけなくなるようなこと、サラリと言わないでください。心配になります」

 村という狭い共同体で育ったシェイラにとって、身内に弱っている者、飢えている者がいたら身を削ってでも助けるのは条件反射だった。

 ヨルンヴェルナを身内と認識していることに気付いてしまって何とも複雑な気持ちになったが、彼が珍しく含んだもののない笑みを浮かべたから、すぐにどうでもよくなってしまった。

「フフ。すごくおいしいよ。シェイラ君、ありがとう」

 幼くも見える笑みのまま、ヨルンヴェルナが顔を近付けてきた。

「僕のお嫁さんになって、毎日おいしいご飯を作ってほしいな」

 いつも通りのからかう口調に、シェイラは呆れてしまった。声を潜めた点に配慮は感じるが、そこまでして言わなければならないことだろうか。

 ため息をつきながらも、王都に沢山の身内が増えていることを不思議に思う。寮に入ってたった一ヶ月しか経っていないのに、デナン村を重ねるほどここに馴染んでいる。

 毎日何かしらの騒動が起きることも、変人と会話することも、既にシェイラの日常の一部なのだ。

 あと一人、家族のように思っている人を脳裏に描き、シェイラは立ち上がった。

「……僕、少し用事ができました。ちょっと席を外します」

 再び料理を集め始めるシェイラを眺め、ヨルンヴェルナが意味深に微笑んだ。

「日頃の感謝を、思い出したの?」

 彼はシェイラがどこに行くのか、分かっているようだった。

 シェイラもにっこりと笑い返す。ヨルンヴェルナとこうして笑い合うのは初めてだった。

「――――はい。行ってきます」


  ◇ ◆ ◇


 職員棟のその部屋には、今日も休日だというのに主の姿があった。

「失礼します」

 クローシェザードはいつも通り、こちらを見もせずに出迎えた。

「随分騒がしいようだったが、その様子だと成功したようだな」

「だから、料理は得意なんだって言ってるじゃないですか」

 シェイラは山盛りの皿を幾つも載せたトレイを差し出した。

「これ、日頃の感謝の気持ちです。一応学院長にもお礼を、と思って用意してきたんですけど」

 ニッコリ微笑むと、クローシェザードは顔を上げた。感情を気取らせない鉄面皮は今日も健在だ。

「学院長は王城に出仕している。礼を言っていたことは私から伝えておこう」

「ありがとうございます。じゃあ余っても勿体ないので、これは私が食べようかな」

 シェイラはいつもの席に着いてフォークを握った。クローシェザードも珍しく、説得なしに手を休めて食事を始めた。空腹だったのだろうか。

 彼は優雅にフォークを動かす。どんな反応を見せるだろうか、とにわかに緊張する。

 孔雀石色の瞳が、スッと向けられた。

「……今度作る時は私も呼びなさい」

 意味するところを察して、シェイラは笑い出してしまった。

「つまり、出来立てが食べたいんですね」

 クローシェザードは答えない。けれどシェイラを上回る舌鋒の持ち主が反論をしないということは、おそらく図星だ。きっと恥ずかしいから無言を貫いているのだろう。

 ずっと勝手に申し訳なさを感じて気まずくなっていたけれど、今ようやく、空気が解れた気がした。

 シェイラとクローシェザードは、温かい空気を共有しながら食事を楽しんだ。


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