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料理をしよう

 仕留めた獲物の運搬は、コディとゼクスに頼む羽目になった。

 呼び出されたゼクスには、なぜ後先を考えずに狩りをしたのかとお決まりのお説教を受けた。日頃の感謝のつもりだったのに迷惑をかけてしまって、これでは本末転倒である。

 反省はしつつ、すぐに料理に移らなければならない。

 感謝の祈りと血抜きは済んでいるが、より新鮮な内に捌いてしまいたい。

 仲よくなった食堂のおばさんから、肉のお裾分けを交換条件に大人数用の調理鍋や野菜、調味料などを借りていた。昼食や夕食作りの迷惑になってはいけないので厨房にはお邪魔しなかった。調理器具を貸してもらえただけでもありがたい。

 クローシェザードを通して、庭で調理する許可も貰っている。準備は万端だった。

 山鳥の羽根を手早くむしり、部位ごとに肉を切り分けていく。こちらは三羽とも比較的短い時間で済んだ。けれど大猪はそうもいかない。猪が大きすぎて、捌くのはかなりの重労働だった。大きな肉包丁を借りておいたのは本当によかったが、終わる頃には汗だくだった。

 猪肉のバラの部分は脂身がたっぷり入っている。

 煮ても焼いてもおいしく食べられるから、鍋に沢山使おう。分厚く切っても、時間をかけて煮込めば柔らかくなるから問題ないし、脂身からとてもいい出汁が取れる。皮のコリコリした食感もおいしい。時期的に鍋料理はそぐわないが、一番おいしい調理法だ。

 ロースも新鮮だから柔らかく、癖がない。鍋に少し入れて、あとはすりおろしたニンニクと塩胡椒で味付けをして、こんがり焼くといいだろう。

 山鳥は塩胡椒を振りかけたシンプルな串焼きと、刻んだバジルの葉で炒めた物を作る。

 串焼きには玉ねぎとピーマン。バジル炒めにはトマトを添える。鍋には大根、ごぼう、白菜など、大量の野菜を投入した。体が資本なのに肉ばかりでは栄養が偏ってしまうから、野菜は大切だ。

 野菜を切る間にも鍋に火を入れ、猪肉を煮込み始める。煮込みにはとにかく時間をかけたいからこのまま放置だ。

 大量の玉ねぎを一生懸命刻んでいると、急に後ろから肩を掴まれた。

 振り向くとそこには、どこか焦った表情の同級生がいた。

「あれ?ハイデリオン?」

 金茶色の髪に浅葉色の瞳をした端整な顔立ちの彼は、普段は貴族らしく偉そうな態度をしているのに、今はやけに気遣わしげだった。

「どうしました?」

「どうしました、ではない。貴様、なぜ泣いているんだ」

 苛立った口調だから分かりづらいものの、どうやら心配してくれているようだ。大げさな反応だが、彼は玉ねぎの特性を知らないのだろう。

「これは、玉ねぎを切ってるからです。玉ねぎを切ると目が痛くなるものなんですよ」

 貴族の彼にも分かるように簡単に説明すると、ハイデリオンはガックリと脱力して離れていく。しばらくすると何事もなかったかのように、いつも通りふんぞり返った。

「それで?これはどういう状況なんだ?」

「どうって、料理をしています」

「なぜ貴様が料理をしているのかを訊いているんだ」

 つまらなそうに嘆息されたが、狩りに行ったのも、それをおいしくいただくために料理をしようと考えたのも、ただの思い付きでしかない。

 大した説明ができなくて小馬鹿にされる未来しか見えなかったシェイラは、うやむやにすべく手近にあったフォークでトマトを刺した。

「よかったらハイデリオンも食べますか?」

 くし切りになったトマトをいきなり近付けられたハイデリオンは、顔をしかめてのけ反った。

「何だ、これは?」

「何って、トマトですよ」

「トマト?これが?」

「えっ?トマトを見たことないんですか?」

「トマトは生で食べるものではない」

「えぇっ?貴族ではそうなの?」

 トマトを生で食べることは、平民には当たり前だ。まさかそうでない人種がいるなんて思いもよらなかった。

「生だっておいしいのに。ホラ、食べてみなよ……じゃなかった、食べてみませんか?」

 同級生という気安さも手伝って、つい敬語を忘れてしまった。

 慌てて取り繕うも、ハイデリオンはそれほど気にしたふうでもなかった。むしろ浅葉色の瞳は差し出されたトマトに釘付けだ。

 シェイラはクスリと笑って、トマトをハイデリオンの口元に近付けた。

「はい。あーんして」

 ぎょっとした彼はシェイラを食い入るように見つめると、なぜか真っ赤になっていく。わけが分からず首を傾げてしまう。

 ハイデリオンはしばらく、何か見えざるものと必死に葛藤しているようだったが、やがてゆっくりと口を開いた。

 薄く開いた唇にトマトをねじ込もうとした時、その手が横からさらわれた。止めるより先にパクッとトマトを食べてしまったのは、眉間にシワを寄せたゼクスだった。

「ゼクス。いつの間に」

 トマトをしっかり咀嚼し飲み込んでから、ゼクスはシェイラを睨み付けた。

「お⋅ま⋅え⋅は!全然学習してないらしいな!」

「学習?ちゃんと勉強してるよ?」

「そういうことじゃねぇ!」

「いたっ」

 額を指で弾かれ、シェイラはうずくまった。何を怒っているのか知らないが、こんな全力ですることあるまいに。涙目で痛みに悶えながら、非難がましく友人を睨む。

 すると今度は、ハイデリオンがゼクスに突っかかっていた。

「ゼクス貴様、突然何をする!?」

「お前こそ何やってんだ、ハイデリオン!貴族の矜持ってヤツはどこに落としてきた!?」

「う、」

 コディ以外の貴族には礼儀を欠かさないできたゼクスの珍しい態度にか、ハイデリオンは言葉に詰まっていた。

「だからって貴様、何も横から、」

「食べたかったのか?じゃあ食べさせてやる。ホラ、これで文句ないだろ」

 今度はゼクスがくし切りのトマトを差し出す。ハイデリオンはハッキリ顔をしかめたが、シェイラの視線に気付いて嫌そうにしながらも口に運んだ。

「ね?おいしいでしょ?」

「…………悪くはないな」

「よかった」

 安堵から微笑むと、ハイデリオンがシェイラから視線を逸らした。その反応を見てなぜかゼクスが頭を抱えている。

「そういえばゼクス、コディは一緒じゃないの?」

「あいつは図書館に本を返しに行ったから、一旦別れたんだよ。どうせ次に借りる本が選びきれなくて、今も悩んでるだろうよ」

 そうして本を読み耽ってしまうのがコディの行動パターンだと、シェイラも承知していた。何度呼びかけても気付かない友人に匙を投げるゼクスが目に浮かぶようである。

「おーい、シェイラ」

 背中から呼びかけられて振り向くと、同級生達がぞろぞろと連れ立って歩いてくるところだった。

 平民仲間のバートや、普段から親しくしている低級貴族は気安く手を振ったりしている。上級貴族はハイデリオンのように偉そうにしているが、こちらに向かってくる足取りに迷いはない。

「あれ?何か沢山来たね?」

「いい匂いにつられた、って設定だとよ」

 肩をすくめるゼクスの声は、後半が聞き取れなかった。

「そうなの?猪肉を煮込んでるだけだし、味付けもまだなのに」

「だから言っただろ。大量に必要になるって」

 大猪の他に山鳥を三羽も仕留めているから、その辺の心配はしなくてよさそうだ。野菜は足りないだろうから追加が必要だろう。

 来週からクラスが別れてしまう友人が多いから、こうして同級生全員でご飯を食べるのもいいかもしれない。

「まぁ、何とかなりそうかな。どうせならみんなで食べた方がおいしいし」

 シェイラは同級生達に向き直った。

「僕、日頃の感謝を込めてご飯を作るつもりなんだ。よかったら一緒に食べよう。そのかわりちゃんとお手伝いしてね」

 同級生達が元気な声で、おうと応える。

 調理を開始すると、手先を動かすことに慣れている平民のゼクスとバートが活躍した。

 同級生で平民なのは彼らとシェイラの三人だけ。主戦力が三人だけでは時間もかかるだろうと思いきや、意外にも負けん気を出した貴族組が四苦八苦しながら奮闘する。不器用な手付きで包丁を握る姿は微笑ましく、ゼクスとバートと笑い合う。

 おかげで、下準備はあっという間に終わった。


 野菜の皮剥きや切ったり刻んだり、大変な作業になると思っていたけれど。

 調理の課程は、思いの外賑やかで楽しい時間となった。

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