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迷子と迷子

「何でセイリュウ先輩が、レイディルーン先輩と?」

 人の波を縫って近付いてくるセイリュウは、シェイラの傍らにいる泣き跡も新しい少女の存在を気にしながら口を開いた。

「そういう君こそ何をしているんだ?」

「僕は、王都の散策です。コディとゼクスと来たんですけど、」

 シェイラは手を繋いでいるアビィをチラッと見下ろしながら、答えあぐねた。流石に声をかけてくれた相手が迷子などと知ったら、彼女の不安を煽るだけだろう。

 躊躇いに気付いたセイリュウが耳元近くでボソボソと呟く。

「……はぐれたんだな」

「……はい」

「しかもその女の子は――――」

「…………迷子です」

「…………そうか」

 シェイラとセイリュウは互いの目を見合わせると、二人してガックリと項垂れた。慣れない王都で迷子になっている癖に迷子を保護するなんて、我が事ながら考えなしにもほどがある。

 色々言いたいことはあるだろうが、優しい先輩はアビィの手前、シェイラを叱責しなかった。

「迷子は巡回兵団に預けると決まっているんだ。きっとその辺りを巡回しているはずだから、とりあえず広場の方へ向かおう」

「でも、コディとゼクスが探してるかも……」

 シェイラ達のやり取りをずっと無言で眺めていたレイディルーンが、そこで口を挟んだ。

「ここで俺達と別れるのは、迷子が増えるだけで得策ではないぞ。お前の友人達も巡回兵団を頼っているかもしれないし、そうでなくても俺達と寮に帰ればいい。お前が見当たらなければ、彼らも一旦戻ってくるだろう」

「うーん、確かに」

 コディ達には随分迷惑をかけてしまうことになるが、今はアビィが優先だ。あとで会ったら精一杯謝ろう。

 納得したと分かると、セイリュウ達は歩きだした。そのあとを手を繋いだシェイラとアビィが続く。彼らは子どもの歩調に合わせて、ゆっくりと歩いてくれているようだった。

「それで、お二人は何の用事で王都へ?」

 繰り返して訊くと、レイディルーンがチラリと振り返って答えた。

「夏の研修で巡回兵団の世話になるから、王都の様子を一通り見ておこうと思ったのだ」

「夏の研修?」

「特別コースに進むと、実際の現場の空気に触れられるようにと研修を行うのだ。俺はもう巡回兵団での研修が確定している」

 上位貴族だけあって、特別コースに進むのは当然のことらしい。今週中に発表されるとのことだが、まだ結果が出ていないコースだけでなく研修先まで把握していることに驚かされる。そこは貴族のコネという奴だろうか。

「でも巡回兵団って、一般コースの人が配属される場合が大半だって聞きましたけど」

 貴族の頂点に近い存在であるレイディルーンが巡回兵団への研修に行く必要があるのか疑問だ。このまま騎士になる道を選ぶなら、彼は近衛騎士団への入隊が決まっているようなものなのに。

「だからこそだ。貴族の多くは近衛騎士団に入隊する。学生の内に他の兵団の仕事を学ぶために、あえて近衛騎士団以外の研修を割り振られることもあるのだ」

「なるほど」

 シェイラとしては、物を知らない自分のためにレイディルーンが詳しく説明してくれることを意外に思った。面倒見のいいところがあるのかもしれない。

「へぇー、研修って面白そうだな。もし僕が特別コースに入れたら、どこに行けるんだろう?」

 シェイラの場合は一般コースの可能性も濃厚なので、あくまで想像になってしまうが。ほとんど独り言に近い呟きにはセイリュウが答えた。

「実習先は国境警備、王都の巡回、要人警護、城砦警備と色々あるけど、四年生は遠方には回されないぞ。危急の事態が起きた場合、足を引っ張る可能性があるからな」

「それなりに平和で安全なところに割り振られるってことですね。じゃあやっぱり、王都の警備かなぁ」

 想像を巡らせていると、繋いだ手をくいっと引っ張られた。

「もう、難しいお話ばっかりでつまんないよ」

「あ。ごめんねアビィ」

 膨れっ面の少女に慌てて謝るが、彼女の視線は既に前を歩く二人に向けられていた。

「ねぇねぇ。お兄ちゃん達は一緒に王都に来たの?仲よしさんなの?」

 シェイラですら聞きづらかったことを、アビィは恐れ気もなく質問する。セイリュウは目を瞬かせていたが、やがて苦笑した。

「そんなふうに考えること自体、恐れ多い話だ。今は学院の後輩でも、この方は貴族なのだから。俺は巡回兵団への配属がほぼ内定しているから、彼の案内役を務めさせていただいているだけだよ」

 堅苦しい言葉遣いにアビィは眉を寄せていたが、シェイラはパッと顔を輝かせた。

「そういえば、クローシェザード先生から聞きました。セイリュウ先輩はいずれ巡回兵団の団長になることが決まっているって。おめでとうございます」

「ハハ。まだ本決まりではないし、団長就任だって何年先の話になるか分からないんだがな。でも、ありがとう」

 照れたように髪を掻き上げるセイリュウと笑い合っていると、また膨れっ面のアビィに手を引かれた。

「おねいちゃん」

「あぁ、ごめんごめん。って、だからお姉ちゃんじゃないし」

「じゃあお兄ちゃん達は、おねいちゃんと仲よしさんなの?」

「お願いだから話を聞こうか」

 アビィの他意のない質問に、セイリュウとレイディルーンは同時に足を止めた。もしかしたら気分を害したのかもしれないと、シェイラは慌てて訂正した。

「先輩だよ。二人とも面倒見がいい、尊敬できる先輩。あと、ホントにお姉ちゃんはやめようね」

「だってこのお兄ちゃん達、スッゴーく遠くにいたのにおねいちゃんに気付いたよ?心配だからすごく走ってたんでしょ?」

 この子に限って悪気はないのだろうが、この話題は早く終わらせてしまいたい。セイリュウとレイディルーンが、何やら難しい顔で立ち止まってしまっているし。

 通行の邪魔だと邪険にされそうなものなのに、明らかに貴族にしか見えないレイディルーンのせいで、街の人々もどこか遠巻きだ。

「あの、セイリュウ先輩はともかく、レイディルーン先輩が心配してくれたなんて勘違い、僕は絶対しませんから。子どもの言うことなので大目にみてもらえれば……」

「その言い草だと、俺が冷酷な人間のようではないか?」

 アビィではなく、シェイラの発言の方が燗に障ったらしい。詰問口調で迫られ、キョトンと目を丸くした。

「じゃあ、心配してくれたんですか?」

「……それはそうだろう。後輩が物慣れない様子でいたのだから」

 微妙に間があったので本心ではないのかもしれないが、駆け付けたのは否定しなかった。実際に助かったのだから、シェイラはお礼を言うべきだろう。

「ありがとうございます。やっぱりレイディルーン先輩は、優しいですね」

 見た目に反して、という失礼に当たりそうな部分を呑み込んで笑うと、紫の瞳がほんの僅かに泳いだ。

「……この俺を優しいなどと表現するのは、お前くらいだ」

 戸惑っている様子が珍しくてジロジロと眺めていたら、鎧を見に着けた男達が姿を現した。彼らは見回りをしていた巡回兵団の団員で、高位貴族のレイディルーンの周りにできた人だかりがちょっとした騒ぎになっていたので確認に来たらしい。シェイラは全く気付かなかった。

 渡りに船とばかりにアビィの存在を知らせると、彼女を捜している両親が兵団の屯所に来ているということだった。シェイラは一安心して巡回兵にアビィを預けた。

 遠ざかっていく少女に手を振り返しながら、隣で手を振っているセイリュウを見上げた。

「よかったですね、セイリュウ先輩」

「あぁ、よかった。……ところでシェイラ。俺のことは呼び捨てでいいぞ。いちいち先輩を付けるのも面倒だろう」

 突然の申し出にシェイラは目を瞬かせた。

「いいんですか?」

「構わないさ」

 セイリュウは温かみのある微笑みを浮かべながらシェイラを見下ろしている。こちらが親しみを感じているように、彼も好感を抱いているのなら、素直に嬉しい。

「では、お言葉に甘えます。でももし先輩と同じ巡回兵団に配属されたら、ちゃんと団長って呼びますからね」

「まだ卒業もしていないのに、何を言っているんだか」

 軽口を叩き合っていると、やけに視線を感じた。振り返るとレイディルーンが、いつも通り傲然とシェイラを見下ろしていた。あくまで無表情なのに、その瞳は雄弁に何かを語っているようにも思える。

「…………どうしました?」

「…………別に。何でもない」

 レイディルーンの視線がスッと逸らされる。明らかに不審な態度だったが、シェイラはそれ以上の追及をしなかった。

「それにしても、ちょっと歩いただけで迷子に当たるなんて、王都は少し治安が悪いんですか?」

 これは、ずっと気になっていたことでもあった。何かに夢中になった子どもが親の目を離れてしまうのはあり得ることだが、アビィがいた辺りには煙草屋や薬屋などが並んでおり、子どもの目を引くようなものはなかったと思う。

 これに関してはセイリュウがすぐに否定した。

「いや、王都の治安は徹底して守られている。巡回兵が一時間に一度隅々まで見回りをしているし、それ以外にも常に街を見守る私服の兵を配備しているはずだ」

 巡回兵団への配属が内定している彼としては、手落ちがあるなどと考えたくないのだろう。悪いなとは思いつつ、何かがずっと引っ掛かっていた。

「治安はいい。兵が巡回をしてる。それでも迷子になる…………」

「そ⋅れ⋅を、お前が言うなぁ!」

「うぎゃっ」

 突然物凄い力で頭を押さえ付けられ、シェイラは悲鳴を上げた。何事かとすぐに顔を上げると、息を切らしたゼクスの怒り顔が眼前にあった。

「ゼクス!コディ!」

「よかった、見つかって。巡回兵団なら保護してくれてるかもと広場に来たんだけど、まさかセイリュウ先輩達といるとは思わなかったよ」

 どうやら彼らも闇雲に探すのではなく、巡回兵団を頼ろうと思ったらしい。

 コディが先輩方に礼儀正しく挨拶を済ませていたが、そんなことより万力を込めているゼクスの腕を引き剥がしてほしかった。シェイラの頭が緊急事態だ。

「お前がはぐれたせいでアリンちゃんに会いに行けなかっただろうが!どうしてくれんだコラ!無駄になっちまったクッキー代寄越せ!弁償しろ!」

 もう刻限が近いため、今から食堂に行くのは不可能だろう。シェイラが迷子になったために計画が頓挫してしまったことを怒っているらしい。

 珍しく友人を止めるつもりはないらしく、ゼクスの後ろでコディが苦笑していた。

「分かりづらいかもしれないけど、ゼクスもすごく心配してたんだよ。もちろん僕だって。今回はいい勉強になったってことで、彼のお小言も甘んじて受けるべきだね」

 助けが期待できないことを悟ったシェイラの頭の中に、自業自得という言葉がお説教の間中飛び交い続けていた。




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