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三戦目 レイディルーン⋅セントリクス

 長身で貴族然とした容姿のレイディルーン。小柄ながら、闘志がみなぎる瞳で敵を見定めるシェイラ。

 二人がゆっくりと、今定位置についた。

 フィールドを野次馬が取り囲み、因縁の対決だなんだと勝手に盛り上がっていた。

 ――特にお互い、恨んだりしてないと思うんだけどな……。

 どちらが勝つか、という話になると、レイディルーンの名前しか聞こえない。全く失礼なものだ。

 レイディルーンを見ると、外野の声など聞こえていないかのように、静かな面差しをしていた。紫の瞳は、感情が凍り付いているようにさえ見える。

 ――レイディルーン先輩の二戦目も見たけど、少しも感情が揺れてなかったな。

 貴族らしいといえばそれまでなのだが、感情を隠すというのは辛くないのだろうか。

 騎士科に在籍しているのだから、剣術は好きなはずだ。好きなことをしている時でさえ、つまらなそうに見せねばならないなんて、シェイラからすれば摩訶不思議な決まりだ。

 リグレスだって感情を剥き出しにしていた。まだ成人前なのだから、少しくらい羽目を外したっていいようなものなのに。

 ――よし。僅かにでもこの人に響くような攻撃をしよう。

 心の中で決意を固めていると、クローシェザードが拡声の魔術具を構えた。よく通る声が始まりを告げる。

「最終試合――――開始!」

 シェイラはすぐレイディルーンに斬りかかった。

 魔法の腕は聞かされているけれど、剣の技量は分からない。どの試合も魔力で押し勝っていたから、剣を構えているところすら見たことないのだ。まずは小手調べに正面から打ち下ろした。

 レイディルーンは難なく受けて力を流した。その間一歩も動くことなく。

 これは確かに難敵だ、と思いながら距離を取る。

 レイディルーンが正眼に構えた。それだけで小揺るぎもしない頑健さが窺えて、かなりの腕前であることを理解した。

 剣の技量だけで言うなら、互角かシェイラが少し上。

 けれど相手には魔法がある。それだけで攻撃力は一気に跳ね上がる。

 ――確か、一戦目で大きな竜巻を起こしてた。

 相手が降参してすぐに消えたが、フィールドのどこにも逃げ場がないような規模だった。あれを出されたら勝ち目はないかもしれない。だが、大きな魔法は詠唱も長くなると聞いた。防ぐ方法がないわけではない。

 ――とりあえず、呪文を唱えられなければ魔法は使えない。ならとにかく詠唱する暇もないくらい攻撃を仕掛けよう。その間に弱点を探るなり、対策を考える!

 まずは手数で攻めると決め、攻撃を加えていく。

 右肩から打ち下ろし、次は左に払う。胴を薙ぐ一撃は後退してかわされる。そのまま遠心力を利用して、勢いを殺さずにもう一撃。しかし読まれていたらしく簡単に受け止められた。

 正面から打ち合うと力負けするのはシェイラだ。素早く退いて体勢を整える。

 ――こうして、ただ打ち合うだけなら勝機がないわけじゃない。

 今度は思いきり跳躍し、上から攻撃する。全体重がかかっている分、威力は増しているはずだ。

「やぁぁぁぁっ!」

 烈帛の気合いを込めて打ち込んだ。


  ギィィィンッ!


 鋼がぶつかり合い、火花が散った。衝撃が腕に伝わる。

 レイディルーンと視線が交錯する。何の感情も映していなかった紫の瞳には、僅かに光が宿っているようだった。攻め続けられているこの時間を、楽しんでさえいるような。

 剣が好き。楽しい。そんな感情の片鱗に触れた気がした。

 レイディルーンが、試合を楽しんでいる。言葉なんてなくても、こうして打ち合っていれば互いの心の内が分かる。同じような気持ちでいると知って、シェイラも笑い出しそうなほど楽しくなった。黄燈の瞳が喜びにきらめく。

 ――うん。やっぱり試合はこうでないと。

 やる気が膨れ上がって、更に手数を増やしていく。すると、防戦一方だったはずのレイディルーンが、間隙を縫うように反撃する。一撃が重く、鋭い。素早さを生かしていなすことは難しくないけれど、シェイラの攻めはやはり決定力に欠けた。

「また素早さの段階が上がるかと思っていたが」

「! 僕の試合、見てたんですか」

 剣檄の合間に突然レイディルーンが口を開いた。一戦目、セイリュウと戦った時のことを言っているのだと分かる。

 レイディルーンがうっすらと口端に笑みを浮かべた。

「安心した。これ以上はなさそうだと、な」

「!」

 打ち合いに持ち込んで、すっかり忘れていた。口を開く余裕もないくらい、とにかく攻め続けると決めたのはなぜか。レイディルーンの詠唱を防ぐためだったのに。

「――――――っ、風よ!」

 剣を押し合う態勢から、いきなり幾つものつむじ風が巻き起こる。反射で避けたけれど、右腿に一つ当たってしまった。鋭い痛みに顔が歪む。

「……ぐっ」

 何とか距離を取ったが、シェイラはすぐに膝を付いた。刃物でスッパリ抉られたようになっていて、かなり出血していた。それ自体は適当に止血しておけばいいが、問題は足をやられたことだ。

 庇って動き回ることでどうしたって機動力が落ちる。今まで通りには戦えない。シェイラの持ち味を殺された形だ。こちらの戦法は把握済みだったらしい。

 ――私だって、この人の試合は見ていた。

 第四試合に、レイディルーンは六年生の貴族と戦っていた。魔術合戦のようになっていて、あまり参考にならないと思っていたが……。

 ――あの時、第一試合でも見た竜巻を起こしてた。……この人は。

「はぁっ!」

 何かに気付けそうだったのに、思考を邪魔するようにレイディルーンの追撃がかかる。目前に迫る刃を紙一重でかわした。けれど座った態勢では、二撃目、三撃目が避けきれない。シェイラは無様に転がりながら何とか逃れ、急いで立ち上がった。

 ズキリと右腿が痛む。このまま戦いが長引けば、おそらく勝ち目はない。一か八か、短期決戦でいくしかない。そのためには、レイディルーンの意表を突くような奇策が必要だった。

 攻守が転じて、今度はシェイラが防戦一方になった。しかも剣檄をいなすたびに、力を込めた足が痛む。踏ん張りがきかなくなっていくのが分かる。痛みのせいで頭も働かない。

 ――ダメ。このままじゃ……。

 そう思うのに思考が鈍る。敗北が脳裏をよぎった。

 もう、諦めてしまおうか。剣を手放せば楽になる。『こうさん』と言ってしまえばいい。たったの四文字で終わることだ。みんなどうせ勝てると思っていない。敗けたところで、誰も失望しない――――――。

 その時ふと、頭に浮かぶ人がいた。

 白に近い銀髪と孔雀石のような瞳。怖いくらい綺麗な顔をしているのに、表情筋が壊死しているのではないかと思うほどの無愛想。けれど最近、ほんの僅かな表情の変化を読み取れるようになってきた。昔はただの憧れだったけれど、教員室で勉強を見てもらっている間に色んな顔を知っていった。

 ――強い、誰よりも強い人。鋼みたいな人。あの人に憧れて、私はここまで来たんだ。あの人がくれる以上のものを返すんだって、決めたじゃないか。

 特別コースに上がるように、と彼は言った。ならばシェイラは、勝たなければ。期待に応えるために。どんな手を使ってでも。


  ギィィィンッ


 大きく剣を弾いて、再び距離を取った。足の痛みは無視だ。

 考えろ。考えろ考えろ考えろ。

 諦めるな。勝機をみすみす手放すな。

 剣を握るこの手は、誇りだ。

 シェイラは大きく息を吐く。痛みを殺す呼吸法は、子どもの頃に父から教わっていた。

 しんと頭が冴え渡っていく。研ぎ澄まされた剣のように、鋭く。

 燃える眼差しでレイディルーンを見据えた。

 いまだ冷めない闘争心に気付き、彼は僅かに目を見開く。怪我を負ってなお屈さぬ魂が、シェイラを凛と際立たせていた。

 気迫に圧し敗けてたじろぐレイディルーンを、シェイラは見つめ続けた。大きな竜巻。つむじ風。

 ――……この人は多分、風の魔法が得意なんだ。だから試合を決める時には、必ず風魔法を使う。

 本当に、一か八かになる。

 シェイラは一度瞑目し、剣を構え直した。

 我に返ったレイディルーンも素早く反応する。気迫に圧された己を恥じるように、すぐに斬りかかってくる。

 一方シェイラは、防戦に徹した。重い剣檄を何とかかわし続ける。レイディルーンが口の中で何やら呟いている。普段より長い気がした。

「―――――――っ、嵐よ!」

 ごうっと風が唸りを上げて巻き起こる。目も開けていられないような突風だった。薔薇色の髪が視界を遮る。

 再び目を開いた時には、眼前に風の塊が迫っているようだった。土が、石が、渦を巻きながら上昇していく。――――竜巻だ。

 目を見開いたシェイラは、あっという間に嵐に呑み込まれていった。



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