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二戦目 リグレス⋅オルブラント

「やったね、シェイラ!」

「おめでとさん。しかしお前はホントに山猿だったんだなー」

 笑顔でコディとバートがやって来て、それを潮にクローシェザードが静かに去っていく。あまり人目のあるところで軽口は叩けないので、シェイラは一礼して見送った。

「おめでとう。本音を言うと、シェイラがセイリュウ先輩に勝てるとは思わなかったよ」

「え。コディ酷いな」

「だってとっても強いんだよ?魔力がある僕ですら、勝てるか怪しいくらいなのに」

「ご謙遜を。私などまだまだですよ」

 シェイラとコディの気の置けない会話に、セイリュウが苦笑する。コディが貴族だからか、最上級生だというのに敬語を使っている。

「セイリュウ先輩、僕に敬語など使わないでくださいと言っているじゃないですか」

「そういうわけには参りません。特に今は公の場ですので、ご容赦ください」

 恭しい態度にコディが居心地悪そうに恐縮しているのが、何だか可笑しかった。バートと二人して笑っていたが、次の試合の準備や審判があるということで、すぐ三々五々に散っていく。

 見ていてくれたコディとバートのどちらかを選んだら角が立つ気がして、シェイラはどちらの応援にも行かず、セイリュウの審判ぶりを見学することにした。

 結局やはりというか、試合観戦に熱中しすぎて審判のやり方などまるで見ない内に終わってしまう。

 寮長アックスの試合だったのだが、見かけ倒しではない筋肉の力を思いきり見せつけてもらった。

 ゼクスとも合流し、第四試合の観戦が終わるとすぐ食堂に直行した。彼は第五試合に予定が入っているので早く食べなければならないのだ。

「そういや、セイリュウ先輩に勝ったんだって?」

「うんまぁ、小手先で色々やってね」

「だとしてもスゲェって。次のリグレス先輩も頑張れよ。お前相当嫌われてるはずだから、マジで殺る気でくるかもしれねぇし」

「殺る気かぁ。じゃあ僕も敗けないように頑張るよ」

「……お前の順応性は見上げたもんだよなぁ」

 そんな会話を合間で交わしながら、急いで料理を掻き込んだ。いつもよりずっと早く食べ終わり、食堂を出る。

 シェイラは第五試合が始まっても、腹ごなしに軽めの運動を続けた。自分の持ち味である俊敏さを生かすため、なるべく早く消化したい。

 腹が軽くなったところで、稽古場へと向かった。もうすぐ第六試合の時間になる。シェイラはそのまま指定されたフィールドに向かった。

 そこには、分かりやすくシェイラを睨む少年がいた。試合には目もくれず一心に睨み付ける様は、聞き及んでいた『リグレス先輩』の挙動に重なった。

 ――あの人が、リグレス⋅オルブラント……。

 とても綺麗な顔立ちの少年だった。ピンクがかったフワフワの巻き毛。水色の瞳は大きくて、パッチリしたアーモンド型。全体に、気まぐれな猫のような印象だった。五年生だというのに、女のシェイラと同じくらい華奢で小さい。

 ――かわいいな。

 ゼクスの情報によると、魔力はそれほど強くないらしい。コディと同じように小技で撹乱してとどめは剣、という戦法が考えられる。相手の動きに不自然なところはないか、常に注意を払っておく必要があった。

 しばらくじっと見つめていたら、燗に障ったらしく表情が険しくなった。どうやら喧嘩を売っていると思われたようだ。

 ――かわいいなって思っただけなのに。見惚れてたのにな。

 試合が控えているというのに、こんなところで前哨戦が勃発するとは、本当にとことん嫌われている。

 とはいえリグレス程度の眼力で怯むほど、シェイラは柔じゃない。だてや酔狂で野生動物を相手してきたわけじゃないのだ。

 しかしその平然とした態度がよくなかったらしく、リグレスの殺気がいや増した。

「第六試合を開始する。それぞれ位置に付きなさい」

 そんな状態で、戦いの火蓋は切って落とされた。

「――――――始め!」

 クローシェザードの合図を皮切りに、間髪入れず氷の礫がいくつも飛んでくる。シェイラは余裕をもって避けた。

 同じような二撃目が来る。三撃目、四撃目。

 いくら何でも、当たらないと分かっている攻撃を何度も闇雲に繰り返すはずがない。そろそろコディのように搦め手を使ってくるだろう。

 舞うようにヒラリと交わしながら、シェイラは神経を研ぎ澄ます。リグレスは目立った動きはしていない。一体どこから来る?

「――――――――、風よ!」

 何度も口の中で繰り返していた詠唱とは違う呪文だった。シェイラは風の攻撃が飛んでくると警戒し構えたが、リグレスはそんな様子を嘲笑った。

 ――違う!!

 急に首筋の産毛がチリリと逆立つ。視界の端で何かが光った気がして振り返ったのは、本能だった。

 上手く交わしたはずの氷が、軌道を変えて再びシェイラの方へ飛んでくる。数も多いし、何より距離が近すぎて避けきれない。

「くぅ……!」

 交わしきれなかった一つは、剣で受け止めざるを得なかった。氷柱のように細く鋭ければ叩き切ることもできたが、岩のような塊では刃が立たない。重い感触に両腕がじんと痺れた。

 油断せず構えてはいたものの、風魔法を使って氷の軌道を変える策は読みきれなかった。魔術の知識が乏しいことは、こんなふうに戦局に影響するらしい。

 腕が痺れて構えが崩れたシェイラに、すかさず次の攻撃が飛んでくる。コディが放っていたような雷が、いく筋もシェイラを襲う。数が多すぎてまずい。バートのように、いちいち避けている暇がなかった。

 シェイラは瞬時に剣を手放す決断をした。地面に思いきり突き刺してからサッと離れ、すぐに身を低くした。

「なっ!?」

 リグレスは驚愕を隠せなかった。シェイラに向けて放ったはずの雷が、バリバリと音を立てて剣に落ちていくのだ。

「そうか、避雷針…………!」

 ぎりりと歯噛みしながらも、リグレスは理解した。

 金属は雷を引き寄せる性質がある。剣より更に屈み込めば、落雷を避けられるのだ。

 けれどこれはシェイラにとっても賭けだった。プスプスと煙を上げる剣は、まだとても握れる状態ではない。しばらくは丸腰のままで戦わねばならなかった。

 リグレスがこの好機を逃すはずもなく、魔法を連発してくる。

 氷の礫を転がって避け、足元が隆起すれば飛び上がって回避する。シェイラを屈服させるために、あらゆる魔術が繰り出されていた。

 火の玉が風魔法で煽られて目の前で巨大化した時には、さすがに腕に火傷を負った。けれど動かせないほどではない。まだ戦える。シェイラは煤けた腕で顔の汗を拭った。

 傷だらけ、顔は煤まみれのシェイラを眺めて、リグレスが愉悦の笑みを浮かべた。

 それでもシェイラは毅然と顔を上げた。不格好で、どんなに無様でも、誇りを失ったわけじゃない。心の剣は、まだ折れていない。

 どんな相手にも勝利すること。騎士になること。それがシェイラの誇りだ。

 風魔法で威力の上げられた爆撃魔法が放たれる。


  ドォォォォォンッ


 凄まじい轟音と共に、砂埃がもうもうと辺りに充満する。

 一瞬不明瞭になった視界が、さぁっと晴れていく。

 リグレスはすぐにシェイラを探した。地面に蹲る様に勝利を確信したが、身じろぎしていることに気付いて品もなく舌打ちした。けれどもう身体中ボロボロだ。そう余力もあるまい。

 シェイラが爆風に巻き込まれながら、真っ直ぐに立ち上がる。その凛とした姿に、リグレスは目を奪われた。黄燈色の瞳が決して消えることのない炎のように輝き、薔薇色の髪が風に舞う。

 ――――――なんて、美しい。

 リグレスはハッと我に返り頭を振った。敵に見惚れるなんてどうかしている。

 矜持が傷付けられた気がして、またも爆撃魔法を仕掛ける。

 シェイラのすぐ側で爆発が起こる。避けたわけではないのに、直撃には至らなかった。

 リグレスは強くないわけじゃない。けれど心が乱れているせいか……。

 ――隙だらけ、だ。

 怒りに我を忘れているためか、二本の剣はまだ腰に差さったまま。すっかり魔術頼みになってしまっている。

 ――二刀流は初めてだから、どんな戦い方をするのか見てみたかったな。なんて、今考えることじゃないか……。

 セイリュウの居合いのような攻撃方法も考えられるので、間合いには気を付けなければいけないけれど。

 ――いける。

 爆風で舞った土煙が、シェイラにとっては煙幕の役割を果たした。度重なる攻撃で拾う機会を逸していた剣が、煙幕のおかげで手元に返ってきた。


 シェイラはしっかりと柄を握り直し、渾身の跳躍をした。


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