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ごめんなさい。

いつもお読みくださり、

ありがとうございます!m(_ _)m

 変装セットで茶髪おさげの目立たない格好になると、シェイラは城下へと足を運んだ。

 変わらぬ賑わいを見せる街に驚きつつ、普段と異なり出歩く子どもが少ないことにも気付く。確かに、いつまた緊急事態になるか判断がつかない状況なら、子どもを外で遊ばせる親は少ないだろう。

 一見いつも通りの街並みも、元気な声と足元を駆け回る姿がないと味気なく感じるものだ。

 通い慣れた道順をたどり、寂れた雰囲気が漂う裏路地に入る。

 蔦で覆われた怪しげな外観のエイミー薬店は、意外にもそこそこ混雑していた。

 避難の際に混乱があり、多少は怪我人が出たのかもしれない。

 知り合いの安否を確認するつもりで来店したシェイラだったが、忙しそうに働くエイミーの姿を見てじっとしていられなくなった。

 覗き込むように細く開けていた扉の中へ、足を踏み入れる。薬草茶の件以来だから、少し緊張する。

 一瞬静かになった店内に、笑顔が弾けた。

「シェイラちゃん!」

 エイミーが笑顔で呼ぶと同時に、わらわらと周りに人だかりができる。真っ先に口を開いたのは常連客のトマスだった。

「おぉ、本当にシェイラちゃんじゃ。久しぶりだのう。避難の時どこにも姿が見えんから、心配しとったんじゃ。よかったよかった」

 無事を確かめるように肩を叩く老人に、内心冷や汗をかいた。

 シェイラは前線にいたため避難先で顔を合わせるはずがないし、それでなくとも変装時の姿を見つけることは不可能だろう。

「いやぁ、たまたま実家に帰ってたんですよ。帰ってきたらこの騒ぎで、急いでお店に来たんです。それよりトマスさん、お久しぶり。今日はどこか悪いところが?」

「わしは、ただ様子を見に来ただけじゃよ。だが考えることはみんな一緒のようじゃな」

 視線を巡らせる仕草から察するに、心配で足を運んだのはシェイラやトマスだけでないらしい。

 次にずいっと進み出たのは、これまた常連の無口なノーマンだった。

「あれ、ノーマンさん。お久しぶりです」

「ひ、久しぶりだ」

 会話が苦手なようで、少しつかえながら喋るくせも変わっていない。見たところ怪我はないようで、安堵に頬を緩めた。

 すると勢いよく顔を逸らされたので、シェイラは再びトマスに視線を戻した。

「ところで、ロイが元気にしているかって、分かります? 子ども達の姿が見えないから心配で」

 気になっていたことを聞くと、老人はノーマンに呆れたような眼差しを向けながらも答えてくれた。

「あの小僧なら、元気に決まっておるだろう。下町の子どもは逆境に強い。どこのうちの子ども達も、家でじっとしていられなくて親を困らせとるところじゃろうのう」

 顎髭をいじりながら朗らかに笑うトマスに、シェイラは胸を撫で下ろした。

 しばらく再会の挨拶に気を取られていたが、エイミーはまだまだ忙しそうにしている。シェイラは慌ててカウンターに向かった。

「すみませんエイミーさん、手伝います」

「シェイラちゃん、本当にいいところに来てくれたわ。休日出勤手当て支給してあげる」

 しばらくは無駄口すら叩く暇もなく、薬店の仕事に没頭した。

 シェイラが患者の問診をして、エイミーが薬を作る。彼女との連携は久しぶりだったけれど、徐々に慣れていった。

 患者の列が落ち着いてくると、シェイラは怪我人の多さに肩を落とした。

「やっぱり、少しは怪我人が出たんですね……」

 完璧とは言わずとも、王都を護った気でいただけに落胆が大きい。ゼクスやコディも頑張ってくれただろうに。

 会計を終えたエイミーが、目を瞬かせながら肩をすくめた。

「あら。それでも巡回兵団の皆さんが、だいぶ頑張ってくれたのよ? 王都住民全員避難なんていったら、食料品店に強盗が押し入ったり、火事場泥棒が出てもおかしくなかったんだから」

「そうなんですか……」

 エイミーには、シェイラが戦いに加わったことを話していない。

 それなのに、巡回兵団やコディ達の努力を理解した上で庇ってくれる姿に、胸が熱くなった。

 誰もが分かってくれるとは限らないが、確かに認めてくれる人はいるのだ。

「それに今日来店した患者様は、怪我人ばかりじゃなかったわ。寒さから体調を崩してる方もいらっしゃってたでしょう?」

 冬季は閑散期になりがちな薬店だが、体を壊す人が増えるのもまたこの時期だ。

 春先まで家で安静にしてやり過ごすのが王都での主流だが、この機会に薬を求めて来店する者が増加したのだろう。出来事を共有できる空間は大事だ。

「そういえば。ゼクスが薬草茶の量産に向けて、かなりグイグイ動いてますよ」

 まだ目処は立っていないが、来年の夏頃までには何とかすると言い切っていた。冬までに普及させ、寝込む者を少しでも減らしたいと。

「行商を定期的に派遣するっていうのも、デナン村の若者達には結構好評みたいです。扱う商品の内容は、みんなの意見を取り入れながら好きに決めてもいいって村長が」

「何というか、村長さんまでおおらかなのね。さすがシェイラちゃんが育った村だけあるわ」

「どういう意味ですか」

 むくれて答える内に、次の患者がやって来た。

「よかった、シェイラちゃん。無事だったんだね」

「ジェレミーさん」

 なぜか流し目を送ってきたのは、常連の一人ジェレミーだった。特に悪いところもなさそうなのに、動悸、息切れ、目眩に襲われるという謎の客だ。

「君が怪我をしていないか心配で、居ても立ってもいられなかったよ。恐ろしくて胸が痛かった」

「胸の痛みまで発症しましたか。お辛いですね」

 そっと手を握られたので、ついでに脈をとる。

 特に異常は感じられないけれど、もう少し詳しく調べる必要があるだろう。

「それでは……」

 カウンターから移動しようとしたその時、ジェレミーの手が第三者によって叩き落とされた。

「久しぶりだな、シェイラさん」

「イザーク様……」

 短く刈り込まれた金髪に空色の瞳、惚れ惚れするような鋼の肉体美。

 久しぶりに間近で見るイザークの存在感は、ほとんど威圧的と言ってもよかった。恐れをなしたジェレミーが、顔を引きつらせながら去っていく。

 彼の体調を心配するより、シェイラもついカウンター下に隠れそうになった。

 変装前の姿を知っているイザークとの遭遇を必死に避けてきたのに、すっかり油断していた。

 不自然に視線をウロウロさせていると、彼はため息のような苦笑を漏らす。

「やはり、俺を避けてたんだな」

 切ない笑みに、ギュッと胸が痛んだ。

『イザーク様は、あなたのことが好きなのよ』

 エイミーの言葉が頭の中でこだまする。

 秘密を守ろうと避けているだけなのに、結果彼を傷付けてしまっている。『シェイラ』であることを隠しているために。

 それは、ひどい罪悪感だった。

 本当にイザークがシェイラを想っているのか分からない。けれどもしそうだとしたら、これはあまりに不誠実ではないか。

「ちがっ……違うんです!」

 必死に首を振るも、彼の表情は崩れない。

 ただ否定するだけでは届かないのだと気付かされる。それは、安易に逃げ回り続けた代償。

 正面から向き合わなければいけない。

 シェイラがそう覚悟を決めた時、見計らったようにエイミーが口を挟んだ。

「シェイラちゃん。とりあえずお店も落ち着いてきたし、外でゆっくり話してきたらどうかしら?」

 ありがたい申し出に首肯を返す。そのまま、イザークを見上げた。

「イザーク様、少々お時間よろしいですか?」

「――あぁ」

 シェイラが先導する形で、二人は歩き出した。

 ゆっくり話せる場所を求めて、薄暗い裏路地をさらに奥へと進んでいく。

 そこは奇しくも、この変装姿で初めてイザークと出会った場所だった。

 あの時、不審人物と戦闘になった彼は負傷し、一人うずくまっていた。

 店先から偶然その姿を発見したシェイラが、治療のために駆け付けたのだった。

 肌を撫でる夏の熱気までまざまざと思い起こされ、思わず立ち止まる。彼も当時のことを考えていたのか、自然と足を止めていた。

 イザークの声音は、とても穏やかなものだった。

「俺は馬鹿だから、まだるっこしいのは苦手だ。気の利いた言葉も知らない。だけど、言わせてくれ。――俺は、あんたが好きだ」

 きっぱりと、潔く告げられた言葉が、ずんと胸に突き刺さった。

 エイミーに言われるまで、考えもしなかった。シェイラが鈍いというのもあるかもしれないが、何より、逃げていたから。

 彼をまともに見ようとしなかったから。

 不意に涙が込み上げてくる。けれど、泣くべきではないと思った。ただ真っ直ぐに彼の気持ちを受け止め、空色の瞳を見返す。

 そして、深々と頭を下げた。

「すごく、嬉しいです。イザーク様は、私なんかには勿体ない人ですから。だけど……ごめんなさい」

「――――そうか」

 返事の予想がついていたのか、イザークはひどく肩を落とすことはなかった。頭上に広がる狭い空を見上げ、細く長くため息を吐き出す。

 次にシェイラを見下ろした時、彼はどこか吹っ切れたような笑顔を浮かべていた。まるで、瞳の色と同じ空のような。

「我ながら未練たらしいが、聞いてもいいかい? 他に、好きな人が?」

 こくりと、シェイラははっきり頷く。

「でも、好きな人がいるから断るんじゃありません。好きな人ができたからこそ、分かったんです。ちゃんと向き合わなくちゃいけないって。――私には、目指すものがあるから」

 シェイラは黒縁眼鏡を外すと、躊躇わずウィッグを取り去った。

 黒髪の奥から現れた鮮やかな薔薇色に、イザークが呆然と目を見開く。

「騎士を目指す。もう、そこが終着点ではなくなっているんです。私は騎士になって、たくさんの人を救いたい」

 そして、クローシェザードと同じものを見たい。

 その頂がどれだけ高みにあるのか気付いたから、今以上に頑張らなくてはならないのだ。

「シェイラ、なのか……?」

「はい。……謝って許されることじゃないですけど、ずっと黙っていてすみませんでした」

 未だ驚きが覚めやらない様子だが、落ち着いたらどんな対応をするだろう。

 性別を偽って学院に編入したことは犯罪に近い。国に報告される可能性だってあるのだ。

 イザークは優しい。フラれた腹いせをするような性格でないことも分かっている。

 けれど王国に忠誠を誓う貴族であり、兵団の一員だ。それが彼の誇りであることも知っている。

 職務に忠実な彼がどう出るかは、全く予想がつかなかった。まして向き合うことをしなかったシェイラに、止める権利はないのだから。

 シェイラはひたすら、彼からの言葉を待った。

 やがてイザークは、ゆっくりと微笑んだ。あくまで穏やかな眼差し。

 頭をくしゃりと撫でられる。その少し乱暴な手付きは、研修の時と何一つ変わらない。

「お前は本当に、俺の想像を軽く超えていくよな」

 手のかかる後輩に向けられる温度。

 シェイラを気遣って、あえてそうしてくれているのだと分かる。

 罪悪感や感謝、苦しみ。この優しい人の手を取れない切なさ。

 様々な感情がごちゃまぜに押し寄せてきて、また泣きそうになった。

「お前の夢、俺にも応援させてくれ。仲間として」

「……はい。本当に、本当にありがとうございます。――イザークさん」

 歯を食い縛ると、シェイラは涙を堪えて笑った。

 それを見守るイザークの笑顔は、手を振って別れる最後まで優しかった。


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