一戦目 セイリュウ⋅ミフネ
セイリュウ⋅ミフネはシェイラと同じ平民だ。
剣技や頭のよさで特待生になった。しかも最上級生ということは、ゼクスやバートとも比べ物にならないくらい熟練しているはず。
試合開始の合図があっても、二人は一歩も動かなかった。否、動けない。
――隙がない……。
指先一つにまで神経を行き渡らせているのが分かる。こちらが動けば、全く同じタイミングで動くことができるはずだ。
――どうする?私の武器をいきなり出して、動揺を誘うか……。
相手が冷静なままでは付け入る隙がない。試合開始直後で奥の手を見せれば対応策を練られる可能性は否定できないが、出し惜しみができる相手じゃないのは明らかだ。すぐに頭の中で作戦を組み立てる。
決断するのは早かった。まず、シェイラが動き出す。
「なっ…………!」
シェイラの跳躍に、セイリュウが目を見開いた。
あまりにも高く、遠い跳躍。しかも速さが追えない。対戦相手には、煙のごとく消えたように映るだろう。
シェイラが一足飛びに距離を詰め、刃を振り抜いた。
ガギィンッ
咄嗟に受けて立ったセイリュウは流石と言えるだろう。膂力には差があるため、競り合いは危険だ。撹乱が成功しただけで十分として、シェイラは深追いせずに距離を取った。
野性児並の身体能力の高さに、周囲からも驚愕の声が上がった。
「マジで猿かよ!」
「なんつー身軽さだ!」
「動きが全く見えなかったぞ!?」
外野の声は、集中しきっているシェイラの耳には届かなかった。全神経が鋭敏になり、目の前にいるセイリュウに注がれていく。息遣いさえ聞こえてきそうだ。
彼が腰に差したままだった剣に手を掛け、僅かに腰を落とす。
その動作さえ、酷くゆっくりに見えた。
――………………来る。
「はぁぁぁっ!」
居合い一閃。刃の届く範囲外にいるというのに、危険を知らせるようにうなじがチリッと熱くなった。シェイラは本能が告げるまま、横に飛びすさった。
脇を、剣風が通り過ぎていった。その瞬間、頬に痛みが走る。つうっと血が一筋滑り落ちていくのが分かる。シェイラはそれを拭うこともせず、セイリュウを見据えた。
――原理は分からないけど、剣風を飛ばして攻撃ができるんだ。けど飛ばすまでの動作が長い。攻撃範囲が広いから気を付けなきゃいけないけど、動きをよく見てれば問題ない。
シェイラは居合いに動揺することなく、再び斬り込んだ。
固く斬り結び、すぐに離れる。セイリュウの死角に入り、また斬りかかる。斬撃を読んでいたのか、彼は直ぐ様反応した。返す刀でシェイラを攻め立てる。
「うぅっ……」
圧し負けそうになり、すれすれで刃をかわした。
臆することなくまた斬りかかる。止められる。同じような攻防が何度も続いた。
周囲で観戦していたコディとバートも焦れ始めた。
「このままでは消耗が激しい。何か決め手がなければシェイラに勝ち目はないね」
「おいおいどーすんだよ、あいつ……」
セイリュウが試合開始からほとんど定位置を動いていないのに対し、シェイラは縦横無尽に飛び回っている。体の鍛え方も違うため、先に力尽きるのはシェイラだろう。
「でも、シェイラだし、きっと打開策があるはずだよ」
ひた向きに友人を見つめながら、コディは呟いた。
他の何も見えないような集中力を発揮しているシェイラに、声援はきっと届かないだろう。コディは心の中でエールを送った。
視線の先で、シェイラが地面に片膝をついた。
「はぁっ……」
努めて荒く呼吸し、目一杯空気を吸い込む。
セイリュウが定位置からようやく動いた。シェイラにとどめの一撃を加えんと、剣を上段に構えている。肺に詰まった息を全て吐き出し、シェイラは瞑目した。
勝負は一瞬。
カッと目を開き、目前に迫る刃を紙一重で交わす。その動きは―――――――先ほどまでより更に一段階速い。
瞠目するセイリュウのすぐ横に立ち、胴を薙ぐような形で剣を止める。勝負あった。
「…………………降参だ」
セイリュウが重い口調で吐き出した。途端、観戦していた男達がワッと騒ぎだす。
「スゲェあのチビッコ!セイリュウに勝ちやがったぞ!」
「何だよ、メチャクチャ格好いいな!」
一気に喧騒に包まれたシェイラは、ようやく肩の力を抜いた。
始めに素早い動きを見せ、それが最高速度だと思わせる。何度もぶつかって相手がスピードに慣れてきたところで、更に速さを上げてみせるという、シェイラなりの作戦だった。
――まぁ、最初の段階で隙を突いて一気に叩けたなら、その方がよかったけどね。まだ一戦目だし。
ちなみに呼吸を荒らげて見せたのも演技だ。
シェイラは元々獲物を追って一週間山を駆け回れる、無尽蔵の体力の持ち主である。弱っていると油断させて、少しでもセイリュウの隙を作りたかった。
卑怯な手段ばかりで騎士道には反しているかもしれないが、どう足掻いても膂力で劣ってしまう自分が騎士として認められるためには仕方がない。
慣れない駆け引きに体力よりも精神力が疲弊したシェイラが、へなっとその場に崩れ落ちる。それをすかさず抱き留めたのは、今しがた激闘した相手、セイリュウ⋅ミフネだった。
「大丈夫か?」
「すいません、膝に力が入らなくて……情けないです」
「勝った君がそんなことを言うものじゃない。……とても素晴らしい勝負だった」
セイリュウは控えめに微笑むと、シェイラに片手を差し出して握手を求めた。敗北を喫した相手の戦いぶりを認められるなんて、どこまで素晴らしい心映えなのか。シェイラは感激して、堅い握手を交わした。
フィールドの外をふと見ると、いつの間にかクローシェザードが観戦していた。眉間のシワがすごい。
「あれ?クローシェザード先生?」
「……シェイラ⋅ダナウ。君はもう少し、騎士らしく礼を重んじて戦うようにしなさい」
早速耳に痛いお小言を頂戴してしまった。シェイラは口を尖らせる。すいません、と謝ろうとして、相手が間違っていることに気付きセイリュウと向き合った。
「すいませんでした。入ったばかりで要領が分からないとはいえ、無礼な態度を取ってしまいました。……あの、よかったら先輩の動きを参考にさせてもらってもいいですか?ピシッとしていてすごく綺麗だったので!」
彼は礼の角度といい、立ち居振舞いが全て美しかった。
礼を尽くす、という考え方はまだよく分からないが、セイリュウの所作の素晴らしさは手放しで褒めることができる。まずはそこから騎士らしさを学んでいけばいい。
期待の眼差しでセイリュウを見上げると、彼は戸惑った風情で頷いた。
「あ、あぁ」
「それとその武器!あとで見せてもらってもいいですか!?とても芸術的な剣ですよね!」
興奮に頬を上気させながら笑うと、なぜか彼は微妙に視線を逸らした。
「……戦っている時は、あれだけ凛と美しいのに、終わったらこのギャップか…………」
セイリュウが口元を隠しながら呟く。
よく聞こえなかったために訊き返そうと見上げ、シェイラはぎょっとした。彼の涼しげな目元が赤く染まっていたのだ。
「せ、セイリュウ先輩?もしかして、体調が優れないのに無理をしていたんですか?任せてください。僕、クズやシャクヤクの根もあるし、ショウガも持ってます。そうだ、今すぐショウガ湯を作りますからお待ちくださ――――」
「待ってくれ」
直ぐ様駆け出そうとするシェイラの襟首に、セイリュウが指を引っ掛ける。おかげで「ぐえ」と品のない声を上げてしまった。鋼製の胸当てもしているため、結構息苦しいのだ。
「すまない、痛かったか?」
「大丈夫です。えっと……遠慮しなくてもいいですよ?沢山ありますし、また採集すればいいだけですから」
まだ熱を残したままのセイリュウが、気遣わしげに首を傾げるシェイラをひたと見据えた。
「その、違うんだ。……君とは、万全の体調でぶつかった。あとになって、そのような小賢しい嘘をつく男だと、君には誤解されたくないんだ。――――――シェイラ」
宵闇のような漆黒の双眸が、眩しげに細められる。セイリュウは、今度こそはっきりと笑みを浮かべた。
「君さえよければ、また手合わせに付き合ってほしい」
素晴らしすぎるお誘いに、シェイラは一も二もなく飛び付いた。
「喜んで!僕の方こそ、またセイリュウ先輩と戦えるなんてスゴく嬉しいです!」
安請け合いする戦闘馬鹿を端で見ていたクローシェザードが、面倒そうに眉間のシワを増やしてこっそりため息をついた。